第101話 静かなる白兵戦
突撃艇はその艦首を楔の如く敵戦艦の右舷に突き刺す。その瞬間、先端部分が白熱化し装甲を溶断しながらさらに船体を食い込ませるのだが、仮に突入対象が予想以上に堅牢だった場合は当然、突撃艇は自壊する。
それ以上に砲火が交わる中でそれらを実行するのだから、その生存率は極めて低いと言われている。
かつて、海賊狩りの時代でも帝国艦船の被害はそう多くなかったとはいえ、白兵戦を仕掛ける海兵隊の戦死者は多かったと言われている。
それでも拠点制圧や要人確保などの観点から白兵戦力は貴重であり、決してなくなることが無い存在であった。
そのような命知らずを率いるアデルは戦闘用のパワードスーツを身に纏い三十人の部下を率いて、人類では初となるエイリアンの戦艦へと突入を成功させた。
突撃艇の艦首が口を開けると同時に、アデルはパワードスーツの右肩に装備されたキャノンを放った。
刹那、敵戦艦内部の通路が爆炎に包まれる。
センサーカメラが瞬時に爆発と熱を除外し、空間を把握する。左肩のシールドユニットを展開し、両腕のブラスターを構え前進。
「敵影なし! クリア! ゴーゴー!」
スーツのセンサーカメラが動く敵の存在を認めない。
三十一人の海兵隊が次々と通路を埋め尽くし前後からの襲撃を抑えるべく、シールドを構え、戦列を組む。
戦艦とはいえ、二、三メートルになるパワードスーツの集団にはいささか窮屈な場所であったが、驚くべき事もあった。
「隊長殿。エイリアンの艦とはいえ、内側は我々の知るものと酷似しています」
隊員の一人がそういう様に敵戦艦はその外見こそは帝国のそれとは違うが、中身の作りはどことなく類似性を感じさせた。
「それはつまり、我々にとっても進みやすいという事だ。大気濃度は?」
「不気味なぐらいに人類の生存環境に適しています。毒素も検出されません。少なくとも今の所は」
「スーツが破損しても息が出来る事だけは保証されたな」
部下の報告を聞きながら、アデルはキャノンで粉々になった区画を見渡す。
そして彼女たちは更なる衝撃を見る事になる。
「こいつがエイリアンか」
周囲に死体が転がっている事は承知していた。一々それに驚く事もない。
しかし改めて意識を向けると、人のようで人ではない物体が転がっているのは中々異質な光景だった。
紫色の肌をした人型の生物。目が大きいとか、鼻がないとか、そういう言った事はなく、頭髪がない事と肌の色以外は人間そのものだ。多少、手足が長いように感じられる。
「気分が悪くなった者はいるか!」
「アンドレーが吐きました!」
「ようし、吐けるなら動ける。パワードスーツの醍醐味だ。慣れろ」
吐いたのは新人の一人のようだった。
「我々が身に付けているインナースーツもそしてこのパワードスーツも、汚物処理は万全だ。吐こうが、漏らそうが気にするな! 生きて帰ったあとはシャワーを浴びれば綺麗さっぱりだ! 行くぞ! ついてこい!」
アデルの号令と共に海兵隊は動き出す。
「センサーに感! 前方、障壁の向こう側に敵!」
「シールド展開! 壁も引っぺがして盾にしろ!」
「アイアイ!」
緊急で閉じたと思われる隔壁の形も帝国のそれに似ていた。そしてその向こう側に敵が集まってきている様子だった。いかなる武器が持ち込まれるのかは分からない。もしかするとこちらのシールドや装甲を容易く貫く装備かもしれない。
それでも海兵隊は恐れてはならない。実行できる防御手段を用いながら、敵を迎え撃つ。
「隔壁、開きます」
「撃て!」
ほんの僅か、隙間が見えた瞬間、前衛を担当する海兵隊員がブラスターを連射する。その瞬間に黒に近い緑の血液をまき散らしながら、エイリアン兵士が倒れてゆく。その間にも海兵隊は手投げ式のグレネードを投擲していた。
爆発と同時に一瞬だけ、敵の攻勢が弱まるが、次の瞬間には凄まじい弾幕がシールドを叩く。
「熱源感知しましたー! 奴さんたちのパワードスーツじゃないですか!」
「いて当然だ! 腹をくくれ! 背後も警戒しろ! おい、壁に穴をあけろ、ここじゃ狭くてかなわん!」
爆炎の中に映る影。それを突き破るように全体的に球体を模したような、金魚鉢を逆さに被ったようなパワードスーツだった。
小雨のようなレーザーをばら撒き、海兵隊を迎え撃つ。
だが、それは艦内を破壊しないように配慮しているのか威力はさほどではない。
それでも無数のエネルギー弾を放つ関係で、シールドの減衰は凄まじかった。それに、パワードスーツ本体の防御を貫く可能性もある。
狭い通路での撃ち合いでは弾幕は脅威となる。アデルはそのことを理解していて、敵艦内部だからという事もあってか、積極的な破壊活動を命じた。
とにかく狭い空間での戦闘は避けたい。
爆発物もあるので、比較的広い空間に出たかった。ついでに言えば盾となる柱や壁があると嬉しい。もっと言えば人質を取れるとなお嬉しい。
そのあたりの考え方は、かなりドライであった。
「何だこの空間は……休憩室にしては味気ない!」
壁を破壊して、見えた先の空間は無数のカプセルが並んでいた。そこだけはどこかバイオテクノロジーのような要素を見せているが、カプセルの中にクリーチャーが潜んでいる様子はなかった。
つまりそれは睡眠用のカプセルだという事だ。
海兵隊員たちはそのうちのいくつかを引きちぎって敵兵に投げつける。カプセルの中からは薄気味の悪い液体が飛び散っていた。
「進め進め! 上への通路を探せ!」
アデルは何人かの部下たちを先導させ、自身は殿を務める。
「スタングレネード!」
アデルは投擲式の閃光弾を指示する。
同時にセンサーカメラが閃光防御へと切り替わる。数秒と経たないうちに眩い光がその空間を照らし出す。
その猛烈な光を受けて、敵兵たちもうろたえた。その隙を狙い、海兵隊はブラスターを掃射する。
「敵パワードスーツが来ます!」
だが敵のパワードスーツだけは構わず突撃してくるのも捉えていた。どうやら各種防御性能は高いらしい。
迫ってくる敵パワードスーツは三体。そのうちの一体が、海兵隊に取りつく。
パワードスーツ同士の格闘戦が始まるのだが、ここで意外にも海兵隊がパワー負けを喫した。
「おぉぉぉぉ!? 装甲がひしゃげる!」
簡単にねじ伏せられ、腕のブラスター発射口が握りつぶされる。そこに生身の手はないので、その隊員の腕が失われる事はなかったが、装甲が意味をなさない事は恐怖であった。
「シャッ!」
そんな部下を助けるように、アデルはカプセルを振り回す。
防御性能が高かろうと、純粋な質量を受け止める程ではないらしい。嫌な音と共に敵パワードスーツはカプセルごと吹き飛ぶ。
アデルはそのまま、残る二体のパワードスーツの頭部めがけて両拳を叩き込み、ブラスターを撃ち込む。
内側で破裂するように爆散するパワードスーツから飛び散る緑の液体がアデルの装甲を濡らす。
「各員に通達! 格闘戦を避け、先手でグレネードを撃ち込め」
冷静に敵の戦力を分析し、自軍の被害を減らす。
海兵隊にも即時の判断力は求められる。
アデルはそのエリアにもう敵がいない事を確認しつつも、敵の動きに奇妙なものを感じていた。
それはこちらの艦載機による雷撃の直撃を受けたのもあるし、護衛艦が存在せず、単独で包囲されているから敵も混乱しているのもあるだろうが、それ以上に妙に落ち着いているような気もするのだ。
「……悲鳴が聞こえないな」
どんな相手であれ、普通は声の一つは出てくるはずだ。
敵の殆どが即死しているのもあるだろう。小さなうめき声をスーツのマイクが捉えているのも分かる。
それでも「悲鳴」や「罵倒」がないのはおかしい。
発声器官が無いわけでもないだろう。
こちらに攻撃を加える意思もある。
「気持ちが悪い。なんだこいつら」
遠くで爆発が聞こえる。
歩兵の攻撃ではない。誘爆か、もしくは艦載機隊の第二次攻撃か。
どちらにせよ、あまり長居は出来ないようだ。
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