第100話 彼女たちの流儀
どう考えても艦隊旗艦と思われる艦が馬鹿正直に前進を行えば、それが何かの罠ではないかと考えるのが普通であろう。
いかに堅牢な装備に包まれているとはいえ、半ば単騎での進軍は自殺行為にしか見えない。
だが、そんな唐突な行動すらも、敵艦隊からすれば、どう対処していいのかわからないらしい。
奇襲を受けた側と言うのは心に余裕がなくなる。実は敵が大きな隙を晒しているという状態すらも疑心暗鬼となり、思考が鈍るのである。
それはつまり、戦場で足を止めるという行為に等しい。
「エリスのエネルギーはシールドと推進機関に集中的に回せばいい。重粒子砲がない分、余剰エネルギーで賄えるはずよ」
エリス艦橋の中で、リリアンは慌てふためく敵の駆逐艦隊を無視して、ただひたすらまっすぐにに敵戦艦を睨みつけていた。
こちらの動きに呼応するように、二隻の敵戦艦もおっとり刀で動き出す。
想像でしかないが、今頃あちらの司令担当の下には相当の数の指示を仰ぐ声が届ているだろう。
「主導権はこちらが握っている。散発的な動きしかできない連中なんて恐れることはないわ」
実際の所は、だからこそ注意しなければならないのだが、ここで弱気な発言をすればクルーを不安にさせる。
それに現在のエリスは本調子ではないとはいえ、シールドユニットを四つ展開している。単純な防御性能だけは随一であるし、だからこそこのような無茶が可能なのだ。
この動きによって、旗艦を叩けば戦況が変わると考えたいくつかの敵艦の動きが鈍る。
ヴェルトールらと対峙しているはずなのに、わずかな隙を見せる。
これは致命的であった。
「既にお互いの射程距離内。躊躇いの行動は何においても敗北に繋がるわ」
動きを鈍らせ、どちらを攻撃していいのかわからなくなったらしい敵の駆逐隊は脆弱な横っ腹を見せてしまう。そしてお世辞にも高いとは言えないシールド性能ではいかに距離が離れていても重粒子砲の直撃を防ぐ事は出来ない。
『包囲網の構成を途中でやめるのは脆弱性の証だ』
ヴェルトールはそう呟きながら、的確に砲撃命令を繰り出していた。まばらに撃つのではなく、動きの鈍い艦を瞬時に見極め、そこの火力を集中させる。
フォルセティやラケシスの砲撃は凄まじく。射程ギリギリからでも集中砲火を喰らわせていた。それに倣うように新兵たちの艦も攻撃に加わる。
ここでヴェルトールらが注意したのは優勢になったからと言って調子に乗り猪突する者が現れないかである。
『アレス、先走りそうな奴らがいる。叱っておけ』
その通信は後方に構えるデランからだ。
戦局を広く俯瞰してみる事の出来るこの少年だからこそ、敵だけはなく味方の状態も確認できる。だからこそ後方へと配置した。
『リリアン! 巡洋艦に動きがみられる。艦載機を出してくるかもしれないぞ』
ある意味、一番戦略的な目を持っているのはデランなのかもしれない。
彼の眼の良さ、そして思いきりの良さもまた総司令官向きなのかもしれない。
帝国の若き獅子。彼らはみな、そうなるだけの素質を持っていたのだ。
「ならばその隙をつく。ステラ、頼むわ」
彼らの才能を再確認しつつも、リリアンが一番に期待しているのはやはりステラだ。
こちらが命令を下すよりも前に、彼女は既に準備をしていた。
エリスのそばを、それこそコバンザメのようにくっついていた無人艦隊。数は少なく、大半が旧式。虎の子の巡洋艦は一隻と来たが、無人であるからやりようも使い道もある。
「敵巡洋艦、わずかに航行速度を緩めています」
ニーチェの分析結果を受けて、ステラは目を見開いたまま、無表情に近い顔で「突撃」と指示を下す。
ハイブーストによる加速。無人故の無茶な機動。無人の駆逐艦たちはそれこそ巨大な戦闘機ともいえる存在である。
例え敵の攻撃を受けてもエンジンが生きていれば動く。艦橋を破壊されようと、艦首が砕かれようと、質量兵器としての役目も果たせる。
だがステラは無人機を無駄遣いするつもりはない。避けられるものは避けるし、巧みな操作技術でいともたやすく、敵巡洋艦へと接敵させる。
一見すればそれは特攻に見えた事だろう。ほんの僅かではあるが、巡洋艦にも動揺が見られる。艦載機の発艦を取りやめる事はなく、むしろそれを急がせているようにも感じられる。同時に各砲座がせわしなく蠢く。高速で接近する駆逐艦の迎撃をしたいのだろう。
だが艦載機を飛ばすという行為の最中に主砲をやたらめったらに撃ち込んでは、味方へと被害が出る。
「もう遅い」
敵艦隊が取るべき行動は後退もしくは衝突を覚悟で前進し、駆逐艦との接触を避ける事であった。
もちろんその程度の事でステラの操る猟犬から逃れる事は出来ない。
空母システムを持つ艦にとって艦載機の発艦は著しい隙となる。
展開自体が遅かったのである。
至近距離、艦載機の滑走路めがけて無人艦の旧式重粒子が撃ち込まれる。それは例え装甲を貫通することは出来なくとも多少の爆炎と衝撃を与える事は出来る。
この時点で艦載機たちは発艦不可能となり、なおかつ途中で取りやめてしまった事で後続との衝突事故が起きる。
爆薬を抱えた兵器が誘爆を起こせばどうなるかは素人でもわかる。
「敵巡洋艦、一隻撃沈」
ニーチェの淡々とした報告と共に爆発が観測される。
『いまだ。この瞬間を逃すな!』
その指示はアレスからだった。
機動と防御の名手たる彼は陣形の脆さを即座に見破る。防ぎ、耐え忍ぶ時と烈火のごとく攻撃に転じる瞬間を見極める。
アレスの号令と共にラケシスは足の速い巡洋艦たちを引き連れて無数の重粒子を降らせる。
もはやこの時点で敵艦隊の駆逐艦たちはまともな戦闘行動を取る事など出来ないし、残った巡洋艦も後退を余儀なくされる。
しかし。
「敵戦艦より砲撃!」
「なに!?」
デボネアの小さな悲鳴にも似た報告を受けて、ヴァンが驚愕する。
それは敵の反撃に対してではあるものの、こちらの不利を感じたからではない。
敵の二隻の戦艦はどう頑張っても射程距離範囲外である。彼らの砲撃が効果を成す範囲内にいるのは、彼らにとっては味方のはずの巡洋艦とわずかに撤退に成功した駆逐艦たちであった。
「味方を撃ってやがるのか!?」
憤りの声を上げたのはコーウェンであった。
砲術士としての誇りもある彼にしてみれば、故意のフレンドリーファイアは到底許せるものではない。
彼の目から見ても、それはわざと味方に当てようとしている砲撃だった。
直撃は免れているようだが、撤退を許さない。そんな意思が感じ取れる。
「敵の司令が混乱している……というわけではないようね」
認識を改める。
敵は先発隊を使い捨てるつもりだ。
後方に陣取るのも恐らくは自分たちは撤退するつもりか?
「まぁそれも良いわ。一隻だけあえて逃がしてあげるわ」
その瞬間、リリアンには二つの考えがあった。
一隻は生け捕りにする。無理でも撃破は最低条件。残る一つは敵の撤退ルートを割り出すことで敵本拠地への案内をさせる事だ。
「連中は最初から様子見するつもりだったのかもしれないわね。でもそれは油断よ。お前たちを守る艦隊はもう壊滅状態」
友軍の砲撃を受けて、撤退すらも許されない敵艦隊を哀れだとは思いつつも、停戦を呼び掛けたところで聞き入れはしないだろう。
がむしゃらの突撃を行い始めた時点でもはや結果は見えている。
エリスはまっすぐにこちらへと向かう二隻の巡洋艦めがけて、全主砲を一斉射。宇宙においては近距離とも呼べる間合いから無数の弾丸が殺到し、巡洋艦を穴だらけにする。
残る駆逐艦もヴェルトールたちが掃討を完了していた。
「ステラ。駆逐艦を一隻、処分して」
リリアンはそのように命令を下す。
廃棄予定の無人駆逐艦で突撃を敢行しろと言う事だった。
「狙いは……そうね、左かしら」
特に理由はない。
リリアンの命令を受けて、ステラは損傷の激しい無人機を一つ選び、特攻を開始した。
巨大なミサイルと化した無人機。しかし、いくら高速で飛来しても、戦艦規模の弾幕を潜り抜けるのは至難の業である。
レーザー機銃、実弾機銃、そして速射砲らしき低出力の重粒子によって駆逐艦の艦体がえぐり取られる。
ついには敵戦艦へと接近を許すことなく、爆発四散した。
「ごめんなさい。ちょっと無理でした」
「良いわよ。それじゃあとはうちの妖精たちに任せましょうか」
その刹那。
エリスのすぐそばを十二機の戦乙女たちが駆け抜けていく。
ウーラニアの編隊がハイブーストによる超加速と共に突き抜ける。長距離魚雷を撃ち込み、敵の迎撃を誘発させると、十二機の戦闘機は爆炎に紛れながら懐へと接近を果たす。
そこへすかさず短距離の魚雷を撃ちだし、防御の隙間に針の一撃を与えた。
一撃を食らわせれば、そのまま離脱。対空機銃の中に留まる必要がないという判断である。
だが、この攻撃によって左翼の戦艦は黒煙を吹き出しながら、航行不能となったらしい。
無慈悲にも仲間を見捨てるように。いや、それが当然の行動であるように、もう一隻の戦艦は急速後退をかけて、回頭。歪曲波を発生させていた。
その行動は隙だらけだが、第六艦隊は誰も攻撃を加えることはない。
むしろ残ってしまった戦艦に対して、殺到する。
そして、もう一つの影がエリスのそばを飛んでいく。ウーラニアよりも二回りほど大きい突撃艇だ。
それは海兵隊を乗せた装備であり、一応は駆逐艦並みのシールドを搭載している。
その矢じりのような船が一直線に敵戦艦へと飛び立ち、突き刺さる。
『ゴーゴーゴー!』
アデルの勇ましい声が通信網に轟いた。
『誘爆する前に撤退するぞ! めぼしい奴だけ首根っこ引っ張っていけ! 我らアデル海兵隊一番隊が一番乗りだ!』
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