第99話 計画の為の踏み台

 敵は各艦を散開させ、こちらを包囲しようとしている。

 一見すればそう見える行動だが、アレスはその敵の動きが焦りから来た単独行動が結果的に散開と言う結果をもたらした事を悟っていた。

 出なければ、攻撃のタイミングも個々の進撃のタイミングもここまで揃わないなんて事はない。


「密集防御陣形を維持しろ。敵の散発的な攻撃ではシールドは破れん」


 旗艦エリスのシールド出力は桁外れである。

 四つの巨大なシールドユニットが可能とする高密度の防御壁は最高出力であれば艦隊の砲撃すらも防ぐだろう。

 もちろん無敵のシールドではない。連続で攻撃を受け続ければいずれ破れるものであり、エネルギーも無限ではない。


 その庇護下にあるラケシス含めた自分たちの艦隊も同じだ。

 シールドを同調させる事で密度及び出力を共有し、持続時間を延ばす。それでも無限のパワーではない。

 だが、敵はタイミングの合わない攻撃行動を取っている時点で、攻撃によるエネルギーの消耗よりもこちらの出力供給が追い付く。

 もしも敵が密集して砲火を集中させていれば結果は変わったかもしれないが、それをやるにはエリスの前面火力を真正面から受け止める事にもなる。

 

「こちらの真正面にワープアウトしたのが運の尽きだったな」


 アレスは猪突する一隻の駆逐艦を捉えながら、呟いた。

 距離はまだ300万キロ。砲撃の届く範囲内ではないが、その駆逐艦は最高速度で突き進んでいた。

 それを追いかけるように三隻の駆逐艦が加速を始めている。

 この時点で陣形などあったものではない。それに駆逐艦の機動性が高いとは言え、密集した敵艦隊へ単独で攻撃を仕掛けるのは無謀というものだ。


「あの突進する駆逐艦に狙いを定めろ。がむしゃらなワープにも警戒しろよ。よもや特攻などされたら敵わん」


 それと同時に別方面を担当するヴェルトールのフォルセティが機雷を散布している事が報告された。

 アレスもまたそれに倣い、機雷の放出を指示する。

 障害物の存在はワープの天敵である。広大な宇宙空間を移動するのであればまだしも、戦場という狭い空間ではこのように容易に障害物を出現させる事が出来るのだ。

 もしこの状況でワープが出来るのが、相当の変わり者か、無人機か。


「敵との距離が100万キロになったら砲撃をちらつかせる。それまでは魚雷と機雷で対応。各艦、いいな、落ち着いて行動すれば俺たちは無傷だ。あのように自分勝手に動いてしまえば、このように餌食になる。覚えておけ。俺たちは艦隊だ。艦隊にはそれぞれの動きがある。単独行動を取るのは特務艦だけと心得ろ」


***


「さぁて始まったか」


 後方に構えるリリョウにて、デランは手持ち無沙汰となっていた。

 艦載機を発艦させるのはまだ早い。敵との距離も開きすぎているし、接近する艦隊は駆逐艦が殆ど。ウーラニアを使うには少し勿体ないし、あの程度なら砲撃を集中すれば容易に各個撃破できるだろう。


 問題なのは身内だった。特にリリョウのクルーはどういうわけか血気盛んで好戦的である。それは海兵隊のアデルたちを保有しているからというのもある。気が付くと連中に影響を受けたクルーが多いのだが、それだけではない。


「またか」


 それは格納庫からの通信だった。

 そこにいるのは間違いなく艦載機隊の連中だろう。戦闘が始まってから「早く出撃させろ」「出番はまだか」と言う通信がひっきりなしに飛んでくる。

 無視するわけにもいかないので、デランは一々それに対応してやっているのだ。


「こちら第一艦橋」

『もう待ちきれません! 敵が来ています!』


 鼻息を荒く、それなりに整った美少女だというのに、フランチェスカはわーきゃーと騒いでいた。どういうわけか、アデルと意気投合して、どういうわけかお互いに染まりつつある、あのお転婆たち。

 この猛犬共の制御を任されているのはなぜなのか疑問が残る。

 と言うより、なぜ自分の部下はこういう変わった連中ばかりがくるのだ。


「まだだ。艦載機の射出はタイミングが肝心だ。それにお前たちの機体は航続距離と戦闘稼働時間が短い。それに俺たちが狙うのは大物だ。いいな、敵の戦艦を撃破するのは俺たちリリョウだ。真打は最後に登場して美味しいところを頂くものだ。そうすりゃお前、もっと良い戦闘機も貰えるし、数も増える。俺だって空母をゲットできるかもしれないんだぜ?」


 このように餌をチラつかせると、途端に彼女たちは大人しくなる。


『艦長殿! それは我々海兵隊の出番もあるという事ですか!』


 アデルも割り込んでくる。

 突撃艇もあるから仕方ない事だが。


「あぁもちろんだ。戦艦のどっちかをできれば確保したい。リリアン司令はそう仰られている。艦載機隊で敵の機動力を奪い、お前たち海兵隊を突入させて、制圧できりゃ大手柄だ」


 これで十分すぎる程の餌は当たられただろう。

 彼女たちは満足な顔を浮かべて「了解!」と元気に答えていた。

 通信を終えたデランは小さく溜息をついた。


「ま、その為にはこの前哨戦を勝たないといけないわけだが」


 その推移は見守るしかない。

 それに敵の方でも艦載機を出してくる可能性とてあるのだ。


「艦載機同士の戦いではシールドなんてのはあってないようなもんだ。戦死者が出るかもしれんな」


 艦載機は消耗品ではない。高額な兵器であり、パイロットもまた金がかかっている。単純な物品としてみても戦艦並みに貴重だ。それでも純粋な防御力は低いし、腕前という絶対的な存在が勝敗と生死を分ける。


「はぁ……アルベロはなんでこっちにこねぇんだよぉ」


 猛犬たちの顔を思い浮かべると、ティベリウスに乗艦していた戦闘機科の男の事を思い出す。寡黙な男で、妙に馬があった。ティベリウスで漂流していた時も、見事な戦闘機の操縦と指揮で貢献していた。

 彼は今、地球本土の航空防衛隊にいる。

 あいつがいてくれれば艦載機隊も少しは落ち着いていたかもしれないのに。


「あぁ全く全く。ここで手柄をあげりゃあいつを引っ張ってこれるってもんだ」


 だからリリョウは待機させる。

 全てはタイミングだ。まだその時ではない。


「だから頼むぜリリアン。俺はお前に賭けているんだからな」


***


 それぞれの思惑を乗せながら戦場は動いていく。

 無数の巨艦たちが漆黒の宇宙を突き進む。飛来する魚雷群を迎撃しながら、重粒子のエネルギーを蓄え、距離を詰めていく。

 100万キロという人の目からすれば途方もない距離は宇宙戦艦たちにしてみれば、すぐ目の前と言っても良い。

 その距離であれば重粒子砲は届く。減衰して、威力が低下し、シールドに阻まれる事はあっても、攻撃が届いてしまうという物理的な感情の刺激は否定できるものではない。


 だが悲しいかな、それが出来るのは砲撃能力の高い戦艦や重巡洋艦。もしくは砲艦と呼ばれるタイプの砲撃特化型の艦のみである。

 そして第六艦隊にはそれに準じた艦が数隻存在する。

 エリスも当然そのうちの一つだが、これは実弾という例外である。

 フォルセティやラケシス、そしてティベリウスなどは順次砲撃を開始する。

 暗い宇宙になお暗い闇のような砲撃が迸る。


 無音のはずの宇宙に轟音が響くような感覚。主砲を放つ度に振動する艦。

 そして重粒子の暗い光。

 それは内在する恐怖と闘争心を同時に掻き立てるものであった。


 人類が、少なくとも公式の記録においては初めて行われた知的生命体との本格的な艦隊戦。それは間違いなく歴史的な光景である。

 その戦争の最中にいる殆どの兵士が二十歳にも満たない少年少女たちであるという事実もまた、驚愕するべき事なのだろうか。

 艦隊を指揮する司令官も十九。それはまるで物語のような話だった。

 誰もがそう思う。指揮を執っているリリアンすらも。


「エリスは直進。敵の戦艦二隻を相手にする。ステラ!」

「はい。無人艦隊も問題ありません」

「ならば良し! 敵に楔を撃ち込む! 邪魔な巡洋艦を抑えるわ!」


 戦場は動く。

 少女の思惑の下で。

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