第98話 自分がされて嫌な事は相手にも返してやるのが一番だ
エリスの主砲と副砲から放たれる実弾の数を数えるのは馬鹿らしい。女神の名を冠する癖に全身に搭載された火器はハリネズミの如く。
実弾ゆえに延々と加速し、減衰する事もない。なおかつエリスは前進を続けている為、距離も縮まっていた。
しかもその殆どが前面に集中しているのだから、その砲撃密度は凄まじい。
局所的な破壊力と攻撃力だけを換算すれば一個艦隊の一斉砲撃にも匹敵する事だろう。
そして今のエリスは完全な状態ではない。四つのシールドユニットは本来なら巨大なマスドライバーキャノンだったのだ。もしそれが装備されていれば、もっと後方から大質量弾を撃ちだしていた事だろう。
そのような鉄の雨を突如として受けた敵艦隊は自分達の主砲を放つよりも先にシールドを展開しつつ、回避行動へと移りだす。
しかし、半ば奇襲、半ば不意打ちのような攻撃を受けまともに回避行動が出来る艦は少ない。
なおかつある程度は慣性に従い、艦隊は前進を続けていた。
特に真っ先に前線へと突撃を行うはずの駆逐艦へと弾丸は降り注ぐ。
十隻の楕円形の駆逐艦はかろうじて全滅は免れたが二隻は一瞬にして穴だらけとなり撃沈。残る八隻は何とか実弾砲撃を避ける事に成功したが、それは距離があったからに他ならない。
撃沈した駆逐艦は不運だったのだ。
「二隻撃沈を確認。ですが相手が散開を始めました」
戦況を確認するヴァンの報告の通り、敵艦隊は真正面からの撃ち合いを避けるように艦隊を広げ始める。
「距離、400万まで接近。敵艦隊より長距離魚雷らしき飛翔体を確認」
デボネアの報告にヴァンは即座に指示を返す。
「迎撃して下さい。この距離で長距離魚雷はあたりはしない。敵の短距離ワープに注意。相手も無人機の可能性があります」
「敵艦隊、全方位に展開。包み込むように進軍」
ミレイは敵艦隊の行動パターンの解析を行う。
「艦長。エリスの射角ではちょいときついですよ」
砲撃手のコーウェンはいくつかの敵艦に狙いを定めつつ、待機。
彼の言う通り、エリスの弱点はその前面に集中した砲塔配置である。それを補う為の無人機のコントロールなのだろうが、残念ながら今コントロールできる艦は大した攻撃力を持たない廃棄寸前のものである。
「今のエリスの防御力は堅牢よ。私たちはこの場で待機。ヴェルトール中佐たちに頼る事にしましょう。それより、ティベリウスは?」
そう、今は頼れる仲間がいる。
エリスはたった一隻で戦っているわけではないのだ。
それよりもいきなりの実戦に付き合わせてしまった新兵たちの様子も気がかりであった。
「動きは硬いですが、暴走している様子は見られません。とはいえ、何をしていいのかは分かっていない様子です」
ヴァンの報告の通り、ティベリウス含めた新兵たちの艦はエリスの後方で待機し、一応ヴェルトールたちの動きに従っているが、若干の動きの遅れなども見られる。
「今のうちに怖い思いをしておけば、あとは慣れるものよ。それに、この戦いは一つの賭け。いいえ、失敗の許されない絶対条件」
ハッキリと言って、この戦いは無茶であり、なんなら戦い自体が発生しない可能性だってあった。
それでも、必要な戦いであり、起きてしまったら必ず勝利を得なければいけない。
「壊滅した旧第六艦隊の仇を、新たなる兵士たちが、新しい第六艦隊が取った。謎のエイリアンの艦隊を撃滅した。この成果を持って、私たちの発言力と影響力は格段に上がる。民衆からの支持も得られる」
それは、総司令へと近づく為の賭け。危険な近道。そして最も欲張りな方法。
敵の正体も、スパイの存在も、みんな手に入れようとすればこうもなる。
こうするしかない
(ほんと……でしゃばりすぎなのよね、私は)
十八の体で目覚めた時。もう目立つことしないと誓ったはずだが、状況はそれを許してくれなかった。いつしか自分からがつがつと前に出ていた。
だってしょうがないじゃないか。
知ってしまって、何とかできるのは自分だけで、かつての後悔もあるのだから。
仕方ないじゃないか。自分が奪った若者たちの幸せを、もしも取り戻せるならと思ってしまったのだから。
それに何より……
(私は今、再び艦隊を指揮している。この刺激は、やめられないのよ)
***
高揚感に身を震わせていたのはリリアンだけではない。
本格的な実戦。艦隊戦闘。これを前にして武者震いが起きるのは当然だろうとヴェルトールは感じていた。
「柄にもなく、少し緊張しているようだ」
しかしヴェルトールはその高揚感に突き動かされることはない。
状況を冷静に鑑みる事が出来た。
「敵は機動戦を仕掛けているつもりだが、先手を打たれて恐れから出た行動だ。統制の取れた動きではない。こちらも長距離魚雷を射出しろ。重粒子の間合いには遠い。同時に観測ドローンを射出。敵が短距離ワープのそぶりを見せたら即座に報告せよ」
エリスが動き始めると同時にヴェルトールは即座に指示を出していた。
月光艦隊旗艦フォルセティは一般的な帝国戦艦をそのまま洗練させた構造となっていた。大火力、重装甲、広範囲レーダー、電子戦闘能力。あらゆるものがシンプルに、そして高水準にまとめ上げられている。
エメラルドの艦体に燃える炎のようなオレンジのライン。艦上部に三基、下部に二基の主砲。その穴を埋めるように副砲が配置され、艦首及び艦尾に魚雷発射管。特徴的なのは大昔のガレオン船のように両舷側面にも重粒子砲が装備されている事だろうか。
真正面の撃ち合いも、側面の撃ち合いにも対応した構成となっているが、同時にそれは出力調整に難を見せる。また側面の砲塔に直撃を受ければ堅牢な装甲も意味を成さない。
性能そのものはシンプルでも扱いは非常に難しい艦でもある。
「フォルセティはエリスの左舷へ。ラケシスは右舷。リリョウ、艦載機を発艦準備。後方から敵艦隊の動きを観測」
ヴェルトールの指示に合わせるように、副官を自任するリヒャルトもそれに続く。
その表情からはいつもの軽薄は笑みは消えていた。
「艦長。敵の動きから察するにあれは無人艦隊ではない可能性があります」
リヒャルトはそのように報告する。
ヴェルトールもそのことを察していた。無人であれば動きに多少の混乱があっても、すぐに統率を取る。
だが今対峙している敵艦隊は出遅れた艦もあれば、明らかに動きの鈍い艦も存在する。
「敵の正体が判明するかもしれません。可能な限り、捕虜を取ってみてはいかがでしょう」
「フム……確かに、敵の情報は欲しい」
「幸いと言うべきか、こちらには海兵隊も存在します。戦況次第ですが、突入艇を使う事を提案しますが」
「考慮しよう。だが、まずは艦隊戦を制する必要がある。敵を侮るわけにはいかん。今はこちらが先手を取り、有利かもしれないが、時間経過で落ち着くのはあちらかもしれない。こっちは艦隊とはいえ、混成艦隊でクルーの殆どが新人だからな……」
「そうですね……」
ヴェルトールの冷静な返答にリヒャルトはそれ以上の進言はしなかった。
手始めの魚雷による長距離の応戦。そのいかにも戦争さながらな光景にリヒャルトは複雑な顔を浮かべていた。
(あれは……本国の連中じゃないな。使い捨ての人類兵士か。僕と同型のクローンもいるのだろうか。それを見たときヴェルたちはどう思うのかな)
憐れんでくれるのか、ショックを受けるのか。
(これで名実共に僕は裏切者か)
エリスが見つかった時点で、遅かれ早かれこうなることは予想できた。
いや……リリアンがティベリウスの時の奇襲を見抜いたその時からだろうか。もうそんな事はどっちでもいい。
(古代メカのニーチェが機能している時点で僕たちの通信網は解析される。その所有権が僕たちから離れている時点で破壊なんて不可能。しかもリリアンは最初から僕たちの存在を見破っているような動きをしていた……フリム、もう僕たちは戻れないよ。覚悟を決めるんだ)
願わくば、妹が暴走しない事だ。
そう切に思いながら、リヒャルトは迎撃されるお互いの魚雷の爆発を眺める。
距離は300万キロにまで接近。数十分後には重粒子砲の撃ち合いが始まる事だろう。
(投降を呼びかけたいが……それは今は出来ないな。許してくれ、同胞たちよ。僕は臆病者だから、逃げるよ。それに……ヴェルたちといた方が、楽しいんだ)
リヒャルトは後悔を吐き捨てるように、指示を繰り出した。
「艦長、機雷を散布し、敵のワープに備えましょう。破れかぶれの行動は我々にとっても恐ろしいものだと思います」
「その通りだ、副長」
ヴェルは頷き、そしてリヒャルトの顔を見るように振り向いた。
「いいのか?」
「え?」
その質問の意図がわからなかった。
「いや……今は目の前の戦闘に集中するか。リヒャルト。頼りにしているぞ」
「……あぁ。僕は君の副官だ」
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