第97話 開戦

 惑星シュバッケン跡。目指すは100光年先の宙域。

 多くの帝国兵士からすれば遥かなる航海。しかし、ティベリウス事件を経験した者たちからすれば、何とも絶妙な距離。

 光の速度をもってしても百年はかかる道筋。遠くに見える星の光はまだ存在していた頃のシュバッケンが放つ光もあるだろう。

 だが自分たちがたどりついたその時には、その惑星は影も形もなく崩壊している。

 それは不思議な感覚だろうと誰もが思う。


「航海は順調。当艦の訓練及び補給も滞りなく完了。次のワープは十二時間後……」


 第六艦隊旗艦エリス。艦長室にて日誌を作成するリリアン。

 長距離航海演習は問題なく進んでいた。火星を出航して一週間。超長距離、短距離のワープを交互に繰り返し、ワープ機関の動作及びワープ手順の徹底的な訓練とワープ酔いへの耐性確保。

 その後も陣形編成や軽い模擬戦。その他にも空母システムを搭載した艦艇は艦載機の訓練も行う。

 特にやっと艦載機隊を得る事が出来たデランはまさしく水を得た魚と称しても良いぐらいにはつらつとしていた。


「フィオーネ様は本当に新型の戦闘機を配備してくれたのね」


 現在の時間帯は空母システムを搭載した軽巡洋艦リリョウが艦載機たちの訓練を行っていた。リリアンもその光景を中継で見ることが出来る。

 デスクのモニターを表示させれば、十二機の航宙戦闘機が編隊飛行をしている。


 それはパイロンに搭載されていた軽戦闘機テルプシコラーとは違い、対艦戦闘能力を持つウーラニアと呼ばれる重戦闘機である。対艦魚雷を搭載しつつも、機動性と運動性を損なわない新型である。欠点としては大出力故に航続距離及び戦闘稼働時間が短い事だろう。

 だがその火力は単純計算で巡洋艦二隻分とも言われる。

 

 「航空隊の隊長が確か、フランチェスカとか言ったかしら」


 いつぞやのビーチバレーでアレスと組んで見事優勝した子だ。

 名家のお嬢様とのことだが、類い稀なるセンスの持主であり、デランと同じように実家に反発して戦闘機乗りになったらしいとは聞く。

 会話をしたことはないが、フィオーネに恐れることなく新型戦闘機を要求した度胸の持ち主である。

 彼女の願い通り、新型が十二機も回ってきたわけだが、一体どういう手品を使ったのやら。

 過程はどうあれ、新型の戦闘機を早く使いこなしたいのか、ウーラニアは時折曲芸まがいの軌道を見せる。

 それは技芸の女神の名を冠するが故か。


 一応、リリョウ以外にも艦載機を搭載できる艦は存在する。ヴェルトールやアレスの艦にもそれぞれ六機程度は積み込めるし、ティベリウスも同じだ。一応ではあるが駆逐艦も最低二機、ただし小型の軽戦闘機を搭載できるものもある。

 それぞれの艦載機も同様に飛行訓練を行ってはいるが、やはりデラン隊の動きはとびぬけて鋭敏であり、ダイナミックでもあった。

 最悪、全ての戦闘機はデランが指揮してもいいだろうとすら思う程に。


「このまま、何事もなく進めばいいのだけど」


 中継映像を切りながら、リリアンは一旦日誌の作成を止める。

 ぐぐっと体を伸ばしながら、先々の事を考える。

 戦争が始まれば嫌でも被害は出る。自分はさておき、他のクルーたちは仲間の死に対してどこまで耐えられるだろうか。

 これまでは赤の他人たちが死んだからまだ慣れていただろう。

 だが、親しい友人同士の別れはその程度のものでは済まない。


「とはいえ……戦死者ゼロなんて到底無理な話なのよね」


 もしも、今から帝国があらゆる戦力を無人機に改修するというのなら可能性はなくはない。

 だがそれは現実的ではない。それを行うには主力艦隊全てが壊滅してまともな兵力が失われるという絵にかいたような最悪な事態が起きない限りは絶対に実現しない事だ。

 それを実現させてしまった自分が言うのもおかしな話ではあるが。

 それに、無人機をコントロールするのも相当なスキルと技術力、そして精神力と体力を必要とする。

 前世界のステラは全てをかなぐり捨てて実行していた。それでも六十余年も戦争は続いたし、決着もつけられなかった。


「和平……出来るものならやってみたいけど。私たちは敵の事を何も知らない」


 そもそも自分は前世界においても敵がどういう文明・文化を持っているのかもわからない。わずかに垣間見えたのは、かつての地球のロストテクノロジーを保有している事と外宇宙に脱出した人類がいる事。

 でもそこに紫色の肌をしたエイリアンの存在がまだ重ならない。

 実は外宇宙に脱出した人類がたどり着いた先には本当に知的生命体がいて、支配された?

 それはとんでもない悲劇であり、喜劇だ。

 三文SF小説のような展開じゃないか。


「ま、今からとやかく考えても仕方ない。最善を尽くす為にも今できる事をやるしかない。避けられない戦いなのだから……」


 こっちに戦う気がなくともあちらはやる気満々なのだ。

 白旗を上げて戦争が終わるのならそのようにしても良いが、それは無理な話だろう。

 でなければ何十年と戦争をぐだぐだと続けない。

 もしかすると意思の疎通すら難しいのかもしれないし、こちらとは違う理屈で動いているのかもしれない。

 

「さて……十二時間後。私たちは何を見る事になるのかしら」


***


 それぞれの訓練を終えて、休憩を挟んだ後に第六艦隊は超長距離ワープへと入る。

 指定座標は惑星シュバッケン跡。しかし一つの惑星が崩壊している関係上、その残骸がひしめき合う場所へ直接ワープアウトするのは危険だ。

 その為、惑星座標からは600万キロメートルと微妙な距離を刻む。


 100光年の航海。

 慣れないクルーには疲れやストレスも見られるが、そこは我慢してもらうしかない。

 あと数年もすれば100光年などあっという間に過ぎ去ってしまう程にワープ技術は進化する。

 1000光年すらも最前線と呼べるほどに戦線は拡大する。

 今に思えば、前世界のあの異様な技術スピードもロストテクノロジーをどこかで手に入れていたからなのだろうか。

 それともまだ自分が知らない何かが残されているのだろうか。


 だが、それもいずれわかる事だろう。

 第六艦隊はワープ空間の光の中を潜り抜け、目的地へと到着する。全艦がワープアウトを完了させると同時に陣形の再編成。なおかつ各種レーダー警戒。

 これはもう何度も何度も繰り返してきた訓練だ。

 流石にこれを手間取ることはない。


「これが惑星シュバッケンの成れの果て」


 陣形が動く中、エリスのカメラが捉えた宙域映像にリリアンは思わず息をのむ。

 無数のデブリが広がるその宙域は宇宙ではそう珍しいものではないのだが、ここにかつて人が住んでいた惑星があったと考えると、恐ろしい虚無感が沸いてくる。


「……不思議ですね。懐かしいっていう気持ちが沸いてこない」


 ぽつりとつぶやいたのはステラだった。

 かつてそこに住んでいたはずの少女。でもそれは三歳の頃、しかも辛い記憶の場所。

 そこにたどり着けば他にも思い出す事とか、感情の昂りがあるかもと彼女も考えていたが、そうでもないらしい。

 そこに散らばる岩石が、果たして本当にシュバッケンのものなのかもわからない。

 だが確かにエリスのコンピューターは、座標は、そこにシュバッケンがあったことを示していた。


 十五年。帝国軍も寄り付かない宙域。

 外縁部への長距離航海演習も他の宙域で実施するのが殆どであり、誰も好んでこの場所に来ることはない。被害者たちの慰霊も地球で行われる。

 もっと言えば、忘れ去られようとしている星。


「各艦異常なしとの報告」

「周辺宙域に異常なし」

「されど各砲座、待機状態継続」


 第一艦橋の報告を聞きながら、リリアンは頷いた。


「さて……ニーチェ」

「はい。マスター」

「パーティーの招待状はどう送ったらいいかしら」

「絶世の美女が二人お待ちですと送りましょう」


 帝国の最重要VIPでもあるフィオーネとレフィーネ。

 この二人の存在は餌としては上質である。


「採用。デボネア、どう?」

「通信コードの構築、割り込みは可能です。何か中継機のようなものを感知できます」

「100光年の彼方から。地球はずっと見られていたってわけね。では招待状を送付」


 リリアンの命令が下る。

 もはや使われていない通信回線へこちらから送信する。


【旗艦制圧完了。皇帝の妹二人を人質にしている。されど危機的状況。至急援護を求む】


 帝国公用語で送ってさて意味があるのかどうか。

 だがそんなことはどうでも良い。重要なのは秘密の回線にアクセスしたという事実だ。


「観測ドローン射出。最大望遠。最大感度」


 エリスに搭載された無数のドローン。それらは忠実な下僕のようにエリスのコントロールを受けて宇宙に飛び立つ。無人艦を操作するよりも遥かに容易である為か、エリスのコンピューターだけで事足りる。


「全艦、攻撃準備」


 リリアンは右後ろに立つヴァン副長に指示を出す。


「了解。全艦攻撃準備。繰り返す、全艦攻撃準備」


 ヴァンは頷き復唱する。

 その号令と共に艦隊は騒がしくなる。

 新人たちは一体何が起きたのかと驚きはするが、即座に対応した。ある瞬間、突然の指示が飛び出す事はこの航海中ずっとあった。

 それはもう慣れていたからだ。


「念の為、エリスのシールドを最大。前に出る」

「了解。エリスは微速前進。シールド出力最大」


 リリアンからヴァンへ。

 そのやり取りもどこか懐かしい。

 そして。


「きました。歪曲波感知! 前方800万! ワープアウトきます!」


 ミレイの報告が飛ぶ。

 その事実に全員が腹をくくる。奥歯を噛みしめる。

 動揺を見せるのは新人たち。

 だがティベリウス事件の経験者たちは違う。彼らだけは「ついにきたか」と理解していた。


 円形状、楕円形の特異な形状の艦体。

 それはいつか星の彼方で遭遇したエイリアンの艦。

 十六隻からなる艦隊がそこにいた。駆逐艦十隻、巡洋艦三隻、戦艦三隻。

 帝国の艦艇とは異なる存在。

 だがリリアンにしてみれば懐かしく、そして苦い思い出にもなる光景に近い。


(あんたたちは始めましてかもしれないわね。でも、私からすれば会いたくなかった、久しぶりの再会ってとこよ)


 冷や汗が流れていた。

 がらにもなく緊張している。

 リリアンはそれを笑みを浮かべて無理やり抑えた。


「さぁどうでる?」

「敵艦隊から高エネルギー反応!」

「ならばこちらも撃て!」


 敵はワープアウト直後。すぐには攻撃に移れないはずだ。

 だからエリスが早かった。全て実弾のエリスの主砲から弾丸が放たれる。純粋な質量が、加速と共に。


「三年。早くなったわね」

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