第95話 親友たちの時間

 第六艦隊の辺境派遣は単なる左遷などの嫌がらせではなく、これも一つの演習でもあった。仮とは言え主力艦隊を名乗るのだから、いくつかの植民惑星やコロニーを経由して帝国支配領域の外縁部まで行ってこいと言うのは当然の仕事なのである。

 これにはいくつかの理由がある。一つは長期航海へ慣れさせる為。月光艦隊のような例外や各惑星の防衛部隊などを除けば、艦隊勤務の大半は宇宙空間で数か月航行なんて事は珍しくない。

 そこで訓練を実施したり、周辺警戒を行ったり様々である。


 またふるいにかけるような側面もある。形はなんであれ艦と言う狭い空間の中で長い時間を過ごすとなれば精神的な負荷というものはどうしてもかかる。

 基本的には慣れて貰わねばならないのだが、何事も適正というものがある。これは無理だなと判断されたら別の部署へ転属と言う事も珍しくはない。


 とにかく大がかりな仕事であることに違いはないので、その準備というものも入念に行われる。各種物資の補給、艦の整備状態、クルーの心身のチェック。巡回するコースの選別もある。

 その他にも航行中の業務の割り振りや訓練の実施方法など、それだけでも二、三週間程度の準備が必要になるし、この準備期間も演習の一環であるのだ。


 戦うばかりが軍人ではない。

 事務仕事もまた必要なタスクであると知るのだ。そして大半の帝国兵士がこの事務仕事に嫌な顔をするというわけである。報告書が溜まれば溜まる程、あとがきついのだから。


 とある砲術士の青年士官は青い顔をしながら、必死に自身のデスクで報告書をまとめていた。一方で淡々と仕事をこなす者も多く、そうなれば多少の自由時間が得られる。この辺りは良くも悪くも帝国の緩いところである。

 未だに火星に駐留する第六艦隊。手早く仕事を終えたクルーの何人かは火星の市街地へと繰り出していた。

 これから長い間、大地を踏める可能性は少なくなるのだから、リフレッシュ期間を設けられたというわけである。


「買いすぎじゃない?」


 テラフォーミングされ、緑豊かな大地となった火星。学術の星となった戦神の星にも繁華街などはある。

 その一角で二人の少女がカートにたくさんの買い物を重ねて移動していた。

 その内の一人、真っ白な姿が印象的なフリムは若干呆れ気味である。

 と言うのも買い物に付き合ったステラがそれはもう大量のお土産を購入していたからだ。

 曰く、「お父ちゃんと、工場のみんな、あとお父ちゃんの親戚と、お隣さんと」などと言うのである。


「100光年離れちゃうって考えると、中々戻ってこれませんからね。それにお父ちゃん、面倒くさがりで買い物とか行かないから、こうやってご飯とか送らないと、干からびちゃうんです」


 にへへと小さく笑うステラ。


「いやぁ、でもさすがは学術惑星の火星! 栄養バランスも凄い! そして安い! 私のお給料でも全然お釣りが出るんだから」

「まぁ安いのはわかるけど。あなたもしかして長期の仕事が入るたびにこうやって送ってるの?」

「そうだよ?」


 なんでそんな事聞くの? と言わんばかりの表情を浮かべるステラ。

 フリムとしてはステラとは長い付き合いだが、軍属になってからは付かず離れずみたいな距離感であった。

 親友……と言っても良い関係だとは思う。しかし、ステラは戦闘部隊。自分は医官として後方勤務。部署も違うし、時折離れた部隊への転属もあった。


 月光艦隊の頃はまだ近しい距離にはいたが、あのエリスを発掘してからは旧セネカ隊は部隊から切り離されて、気が付けば第六艦隊。フリムはセネカ隊に所属していたわけではないので、ここで一度関係性が途切れる。

 それでも今ここで一緒にいるのは先の合同演習のおかげだろう。


「それにしてもなんだかフリムと一緒に買い物するなんて久しぶり。フィオーネ様とレフィーネ様たちには感謝した方がいいよね?」


 フリムというより月光艦隊もまた火星にいた。

 と言うのも第六艦隊の長期航海に月光艦隊もついて行く事が決まったのである。

 これを進めたのがフィオーネとレフィーネである。いくら何でも艦艇の数が少ない第六艦隊に外縁部への派遣は危険が伴う。それに付け加えて月光艦隊も艦隊と名乗るのならば長期演習の参加は必須、ついでに学術調査の為の護衛が欲しいからついてこいと言うのが理由である。

 なんとも我儘な皇妹たちの思い付きではあったが、それはそれでありがたい話でもあった。


「感謝……そうね、感謝した方がいいのかもしれないわね。振り回されているだけとも言うけど。それより、あなた。お土産を買うのは良いけど、配送料とかちゃんと考えているの? 月から地球と火星から地球とじゃ値段は大きく変わるわよ?」

「あ……」


 そんな事はすっかり忘れていたという顔だった。


「そんな事だろうと思ったわ。ほら、とりあえず分割して送るように手配しておきましょ。料金は知らないわよ~貯金を崩しなさいな」

「う、うぅ……うっかりしてた……」

「はぁ……これが今話題の無人艦隊を操る噂の女性士官の正体だもね……本当昔から変わらないわね、あなた」


 どこか抜けている、どんくさい少女。それがステラだ。何かに集中すると別人のようになったり、意外と頑固だったり、厄介事に首を突っ込みたがる所が悪い癖な女の子。


(中等部で再会した時はまさかと思ったけど)


 コロニー惑星の出身と偽りながら、ステラは学園に転入していた。言葉は悪いは田舎から上京してきたおのぼりさんと言った状態の彼女が、かつて惑星シュバッケンで出会ったあの女の子だと言う事は直ぐにわかった。

 ステラという名前も覚えていたし、どことなく三歳の頃の面影が残っていた。


(整備士だけをやっていればいいものを……)


 最初は整備士だと言っていた。父親がそうであったように自分も工場を手伝わないといけないと。かと思えばゲームセンターに入り浸っては艦隊戦ごっこをして、容赦がない戦いばかりするから喧嘩っ早い連中に難癖を付けられたりもしていた。

 ほっとけばよかったのだが、脳裏に走ったあの泣きじゃくる三歳の女の子がちらつくと仕方ないから助けてやろうと思った。

 情が沸いたというべきだろうか。あの時は見向きもしなかった小うるさい娘だったのに。

 それ以降も、よく見ていないと面倒な事に巻き込まれそうになっていたこの少女。

 しかも一度助けただけなのにやたらとこっちにべったりと引っ付いてくる。


(甘え上手と言うか、人間誑しというか。それが今じゃ私から離れていく)


 いつしかステラの世話をするのが自分の日常の一つとなっていた。

 でもそれが変わったのは、ヴェルトールたちと出会ってからだ。いや、もっと前。リヒャルトがこの子の才能に気が付いてからだろうか。

 気が付けばステラが艦隊ゲームにのめり込むような状況を作ってはヴェルトールたちと引き合わせていた。

 そして、決定的になったのがティベリウス事件。

 それ以降、彼女は自分から離れていった。


(あいつらがステラを抱き込むせいで。それにあの女。リリアン……薄気味の悪い女。あいつのせいでこっちは動くに動けなかった。接触したのが間違いだった)


 何か一人でヒステリーを起こしている女。

 一応は医務の仕事をしなければいけない関係で声をかけたのが運の尽きだった。手伝うとか言い出してついてくる。無碍に断るわけにもいかない。

 ついでにステラも探しに行こうと思えば、二人で模擬戦を始めて圧勝。

 ティベリウスをワープさせたら奇襲を見抜かれるし、まんまと脱出を許す。

 挙句にはスパイの存在を認知しているかのような動きを見せていた。そうなったら下手な行動は出来なかった。

 全くのノーマークだった女が、一番厄介になったのだ。

 しかも、今ではロストシップまで手に入れて、艦隊司令になろうとしている。


「どうしたの? 凄い思い詰めた顔してるけど?」

「え? あ、あぁごめんね。ちょっと色々考える事あってさ」


 ステラの勘の鋭さにも気を付けなければいけない。

 フリムは苦笑いを浮かべて誤魔化す。


「悩み事?」

「まぁ、そんなとこ。家の話とかさ、私の将来とか」

「将来って。もう医官になってるし、フリムなら開業医だってできるって!」

「そんな気楽な話じゃないのよ」


 よかった。まだ間の抜けたステラだ。

 フリムは内心でほっと胸をなでおろす。


「それより、あなた、本当に艦隊勤務を続けるの?」

「もーまたその話? 大丈夫。私、こう見えても才能あるから!」


 時折、時間があれば整備士に戻るつもりはないのかなどを聞いた事がある。

 でもステラは今の立場に満足していて、やる気だった。


「才能って言っても、実戦をしたわけじゃないでしょ。全部模擬戦。リリアンさんもヴェルトール様もそういう部分わかってるのかしら」

「なによぉ、フリムはリリアンさんのこと信じてないの?」

「そういうわけじゃないけど……たまにあの人が怖く感じるのよ」

「怖い?」


 つい口に出してしまった言葉を飲み込むことが出来ない。

 フリムは追求のまなざしを向けるステラを誤魔化すことは出来ないと感じた。


「別に、馬鹿にしてるとか、否定してるってわけじゃないのよ? 優秀な人だっていうのはわかる。でも、時々何を考えているのかわからなくなる時があるの。私たちには見えてない何かを見てるような気がするし」


 まるで未来の事をわかっているとしか思えない。

 バカバカしい話だが、フリムはリリアンの危険性をそう認識した。

 実際は勘が鋭いもしくは計算してそのように動いているのだろうが……彼女の行動すべてが本国の侵攻の妨げになっていることは看過できない。


「あー……それはわかるかも。リリアンさん、何か一人で抱え込んでるみたいなとこあるし」


 ステラも意外とそこには納得してくれたようだった。

 これで話題が逸れると良いのだが、そうもならないようである。


「でもフリムもそうだよ。何か悩み事があるならさ、相談してよ。私たち、親友でしょ?」


 屈託のない笑顔を向けられる。


「もしも本当に困ってたらリリアンさんにも相談しようよ! って、それだとあの人の負担になるか……ウーン。どうしよう。あ、そうだニーチェに相談してみるのもいいかも。口悪いけど」

「あのねぇ……」


 本当に、この子はお気楽だ。


「目下私の悩みはお金の計算に無頓着なあなたのことよ」

「うっ……それまだ言うんだ……」

「才能のある人はお勘定だってちゃんと計算するわよ。はぁ……不安だわ。今でも何かの間違いじゃないかって思うのよ。それに、あなたは昔から変なところでおっちょこちょいじゃない」

「大丈夫! もう昔の私じゃないんだから。ずっと守ってもらってばかりの私じゃない。私はもう一人で歩けるし、みんなを守れる力だってある!」


 ステラはにこりと、そして自信に満ち溢れた笑顔を見せた。

 胸を張り、どんと叩く。そのしぐさは出会ったときから変わらない少女のものなのに、確かに大人びても見えた。

 それがフリムにはたまらなく認めがたいものだった。

 同時に恐ろしさも感じた。


(エリスの無人艦隊とそのコントロールは本国の脅威になる……今ここでステラを殺せば……)


 艦隊勤務から外そうとも考えた。

 だがステラは健康優良児だし、カルテの改ざんはすぐにバレる。パーソナルデータの更新もあるし、おいそれとは出来ない。

 でも……自分にこの子を殺せるのだろうか。


(なんでこの子はここまで強くなったのよ。泣き虫のままでいればよかったのに)


 引き込んだリヒャルトのせい? それともステラの憧れであるヴェルトール?

 リリアンとかいう女がステラを重用したから?

 いいや彼女の才能が全てだろうか。


(あなたはただ守られるだけの存在でいればよかったのに)

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