第96話 張り巡らされる罠

「巡洋艦一隻、駆逐艦三隻。ありがとうございます、ポルタ司令」


 第六艦隊出向を間近に控えた頃。

 エリス艦長室にてリリアンは懇意となった第四艦隊司令のポルタと通信を繋げていた。


『どれも旧式、廃棄予定のものだ。くすねたようなものだからな。大した戦力にはならんが、無人で動かす分には問題なかろう。質量兵器として使うがいいさ』

「旧式でも軍艦を三隻も回すのは苦労なされたと思いますわ。他の艦隊の方々から虐められていませんか? 私の父から言って聞かせますが」

『やめてくれ。過保護な親じゃあるまい。そもそも俺は連中とは馬が合わないんだ。何を言われようと気にはせん。それより、貴様の方こそ大丈夫なのだろうな?』


 画面の向こうで、ポルタはアップルパイを齧っていた。

 そろそろ糖質制限が言い渡される頃だろうが、彼は気にもせず甘いものを摂取していた。これで一応働き者なのだから不思議である。

 廃棄予定とはいえ軍艦三隻を寄越すというのは艦隊司令の立場であっても簡単ではない。彼もそれなりの影響力があるという事だろう。

 甘党で肥満体質である部分を除けば、現場からは好かれるタイプなのかもしれない。


『第六艦隊は混成艦隊として出向するのは良い。お前たちも馴染みの顔が集まっているし、新造戦艦も配備されている。とはいえ、クルーの大半は新米、付け加えて皇妹殿下もいらっしゃるときた。何かあれば首が飛ぶどころではないぞ』

「仕方ありませんわ。これでも始めの頃よりは随分とマシ。やっと艦隊と呼べる規模になったのですから」


 リリアンの言う通り、現在の第六艦隊は月光艦隊と合わせて戦艦三隻、巡洋艦三隻、駆逐艦多数、そこに無人の旧式巡洋艦と駆逐艦を合わせれば艦艇数だけは大艦隊と言える。


「自分の言うのもなんですが、いつの間にか大艦隊を率いてしまって、驚いています」

『前代未聞だよ。公式で確認されている記録で十九の娘が艦隊を率いている事など聞いたことがない。アニメじゃあるまい』

「本当です。ですが、そうなってしまった以上はその任をしっかりと果たすつもりですわ。それに、私、実戦経験が多いので」

『だろうな。ティベリウス事件もそうだが、海賊の騒ぎも含めればな。だが、何度も言うがクルーの大半は新米だ。無理をさせればそいつらから死ぬ。まぁ何事もないこと願うよ。それではな。俺も入ってきたジャガイモ共を鍛えにゃならん』


 ジャガイモと言うのは一部の兵士たちの間で使われる俗称であり、新兵たちの事を指す。なぜそんな言葉を使うようになったのかは定かではない。

 たまたま誰かがそう例えたものが気が付けば続いているようなものだろう。

 ポルタとの通信が終わると、タイミング良くクラシックなベルのようなインターホンの音が鳴る。


「どうぞ」


 入室を促すと、姿を現したのはデボネアであった。


「失礼します艦長」


 ぴしっと敬礼を見せるデボネア。


「緊急の任務という事ですが……?」


 デボネアはリリアンから頼みたい事があると言われてやってきたのだ。

 

「まぁそんなに肩ひじ張らずにいつも通りで良いわよ。紅茶でも飲む?」

「あ、はい……いただきます」


 促されるままデボネアはテーブルに着く。

 この雰囲気はなんだか久しぶりな気がする。セネカ時代の頃は何だかんだとリリアンと駆けまわっていた気がするが、部隊の規模が艦隊に近づくにつれてリリアンは遠くなっていった気がする。

 それでも第一艦橋勤務だから近しい存在ではあるのだろうけど。


「なんだか久しぶりね、二人でこうするのは」

「そうですねぇ。お互い、忙しくなりましたから」


 デボネアもただの通信長ではない。部下が出来て、教えなければいけない事も増えて、通信を回す数も増えた。重要な案件に目を通す事だって珍しくないし、それなり偉い人たちと会話をする必要性も出てきた。

 それはデボネアだけではない。ミレイも航海長として各艦との航路の打ち合わせをしなくちゃいけないし、コーウェンに至っては一気に増えた主砲塔の制御を逐一確認しなければいけない。サオウもロストシップの整備という重大な仕事に就いている。


 何より、大変なのはステラかもしれない。あの子の妙な才覚は当時から感じていた。気が付けば中心にいるし、リリアンを含めた多くの人から頼りにされている。

 ただ仕事以外ではぼんやりしていて、面倒を見てないと何もないところで転んでそうな気がする危うさも感じる不思議な子だ。

 そんな子が、無人艦隊を率いる立場になってしまったのだから、その気苦労は計り知れない。


 月光艦隊の面々もそうだ。もう一人の司令官でもあるヴェルトールは相変わらずてきぱきと仕事をしているし、アレスもデランもそれぞれの新造戦艦を得て、やっと本領発揮と言ったところか。

 みんな、それぞれの立場が出来てしまったのだ。


「なんだか、怒濤の一年でしたね。今も大変ですけど」


 漂流事件からここまで、結構休息の時間もあったはずだけど事件ばかりが起きている。何なら命の危険もあったし、そもそも恥ずかしい場面も見られている。

 それでも良い思い出の一つとして刻まれているのは自分がまだ生きているからだろう。たった一年で何をそんな風にと思う事もあるけれど。


「はぁー大艦隊のクルーかぁ。一年前じゃ想像もつかなかった。適当な部隊に配備されて、適当に男捕まえて寿退社とか思ってたんですけど」

「あら、そういう部署が良いのなら手配するけど?」

「結構です。今の空気、好きですから。それに、ここに馴染んだらもう他の所じゃやっていけないですよ」


 二人して紅茶を飲みながら、緩やかな時間に身を任せる。

 仕事の話をしにきたはずだが、リラックスタイムになっていた。

 でもこの緩さは心地よい。


「ご歓談の所、失礼します」


 そんな空気に水を差すように、テーブルに備え付けられた投影機が作動し、立体映像が表示された。画面にはデフォルメされたイラスト調のニーチェの顔が表示されている。


「お邪魔でしたか?」

「えぇ、とっても」


 画面の中のアイコンが僅かに移動して、デボネアを見るような形を取った。

 対するデボネアも小さく溜息をついて答えてやるが、ニーチェは「そうですか」と淡々と答えるだけだった。

 このロボットに情緒を理解しろというのが、無理な話なのだろう。


「ですが、現在は勤務時間内です。私は人間にプライベートな時間が必要だとは理解していますが、それは状況が許す範囲内であり」

「あぁもうわかった、わかった。仕事すれば良いんでしょう」


 ロボット相手に本気で怒るのもなんだか変な感じだと思うデボネアだが、どうにもこのニーチェとかいうロボットはたまにロボットらしくない。

 生意気と言うか、第一艦橋のクルーとは必ず一回は口喧嘩をしている気がする。

 過去の遺産だかなんだか知らないけど、昔のロボットはみんなこんな性格なのだろうか。それともこいつだけが特別性なのだろうか。

 それを訪ねてもニーチェは「私はベーシックタイプです」と答えるだけなので、恐らく過去のロボット全員がこうなのだろうとデボネアは納得することにした。

 デボネアは軽く咳払いをしてから、リリアンに向き直る。


「それでは。任務とはいかなるものでしょうか、艦長」

「別に気にしなくても良いのに」


 リリアンはちょっとだけ苦笑いを浮かべた。

 ニーチェはニーチェで、馴染んでいるようだ。


「ま、頼みたいことがあるのは本当だし、これはあなたを信じて託す事であるのは理解して頂戴。ニーチェ、説明を」


 リリアンの命によってニーチェを映す画面が文字列に切り替わる。それが作戦概要書のようなものになっていることはデボネアも理解できた。

 同時に画像も表示されており、それは電波周波帯やチャンネルデータコードであった。


「これはニーチェの存在を考慮した上で、私なりの解釈と推測で考案したものよ。あなたなら、これが何かはわかるでしょう?」

「帝国や民間が使っている通信網ですね。いくつか見慣れないものもありますけど……独自回線? 主力艦隊では独自の通信網があるとは聞きましたけど」

「えぇ、これは第四艦隊のもの。特別に教えて貰ったわ。他の人たちは全然駄目だけど」

「そりゃそうですよ。こういうのは秘匿回線ですから。それで、これがなんだって言うんですか?」


 通信関係なら自分に仕事が割り当てられるのはわかる。

 とはいえ、データコードの解析とかは流石に専門外だ。似たようなパターンを検索して類似した通信回線を割り出すなんて簡単な事じゃない。流石に第二艦橋の電算室のバックアップが必要となる作業だ。


「旧連合軍の使用していた通信コードを追いかけて欲しい」

「それって……スパイ関係の話ですか?」


 デボネアの疑問に答えたのはニーチェだった。


「その通りです。これまでの情報を考慮すると、敵の正体がなんであれ私が製造された時代の技術が使われていることは明白です。かつて馬頭星雲へと脱出した移民船団。彼らの下には地球からそこまでの航路が残されているはず。だからこちらにこれた。惑星シュバッケンの事件も鑑みるに、スパイを送り込む方法も、そして皆様が体験したティベリウス事件も、ある程度の説明が付きます」


 ティベリウスがまっすぐ馬頭星雲へとワープアウトし、そこに敵がやってきたという事実。消し去られたデータ。

 もっと恐るべきは誰かがティベリウスに航路をインプットしなければいけないし、常に情報を送らねばならない。

 だが、少なくとも漂流してた時にそのような通信回線はなかった。

 いや気が付かなかったというべきだろう。あの時はそんな暇もなかった。

 今になってスパイの存在、そして過去の人類の存在を認識したからこそ、たどり着ける情報だった。


「我々が向かう先には恐らく通信のやり取りを中継する衛星があるはずです。そうでなければ、ティベリウス事件の一連の流れは起こらない」


 もはや使われていない何千年も昔の通信コードなど知っているものなどいない。

 適当に回線を探せばヒットするかも知れないがそんなのは何万分の一の確率だろう。

 そもそも一度文明は途切れている。

 だが、ニーチェが見つかった。ロストシップも。


「そしてつい先日。私はその通信コードを傍受しました。地球から、馬頭星雲へ。何者かが通信を行っています。残念ながら個人を特定することは出来ません。私もそこまでの機能はありませんので。ゆえに、監視が必要です。ですが、これを逆手に取ります。どうやらそのスパイとやらも相当に焦っているようです。尻尾を捕まえるのは容易でしょうが、ここはひとつ、罠を張り、待ち構えましょう」


 その時だけ、ニーチェはどこか人間らしい口調だった。


「敵をおびき寄せ、撃破するのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る