第91話 艦隊司令は辛いのです
真実に辿りつかねばならないなどと格好をつけても、軍人業務というものは容赦なく押し寄せてくる。これは何も派閥や上層部からの嫌がらせではない。どこもかしくも忙しい時期に入っており、なおかつ何度も説明される通り、旧第六艦隊の壊滅による一時的な戦力の解体、再編が挟まっている。
それをまた新たに組み直すというのだから、どこかの誰かに嫌がらせをしてやろう、妨害してやろうなどと言う暇はない。
それはリリアンたち新第六艦隊も同じだ。何せ、自分たちがあの奇怪な事件に遭遇してもう一年が経とうとしている。
そうつまり、新兵の編入がどこの部隊でも行われようと言うのだ。
特に今年に関しては前年が怒涛の事件の連続ゆえに、優秀な人材の取り合い合戦が行われようとしていた。
リリアンたちはその取り合いに関しては完全に出遅れた形となり、ピニャール参謀総長やゼノン少将、そして皇妹らを頼るにしても遅いし、そうそう何度も彼らの権力を当てにするのも、睨まれる事に繋がる為、おいそれとはできない。
そもそも月光艦隊の設立だけでも無理をさせたのだから、ちょっとは大人しくしておいた方が良いのだ。
それに付け加え、エリスなんてものを手に入れたのだから悪目立ちもする。
だが同時に第四艦隊との模擬戦に勝利したという実績はそれなりの武器にはなるらしく、一応は新規編成に考慮されるとの話も出ていた。
「人も物も圧倒的に足りない……」
未だ代理とはいえ、艦隊司令となったリリアンは事務仕事にも追われていた。そのせいで、趣味となっていた手芸やらなんやらは最近手付かずの状態となっていた。
彼女は新たに編入される新兵たちのリストを確認しながら、担当部署の振り分けを行っていた。
だがそこで問題がいくつも発生する。まず一つは、現在のエリスの乗員配置は完璧と言っても良く、増員によって交替勤務を円滑に回す事は可能だが、編入される新兵全員を配置するのは少し厳しい。
当たり前だが、本来ならいくつも艦が存在し、その中で振り分けされるべきなのだから。
二つ目の問題は第六艦隊の艦艇数である。
現状では旗艦エリスと無人の戦艦ティベリウスのみ。一応と言っていいのかどうかは首をかしげる所だが、模擬戦で使用した廃棄予定の駆逐艦も残ってはいるが、流石にこれを新兵に与えるのはかわいそうと言うべきか、危険と言うべきか。
一応、まだ型落ちしていない駆逐艦を一隻まわしてもらえる事になり、そこに成績優秀者らを配置することになるが、それでもやはりあぶれる者は出てくる。
こうなると、練習艦として運用されていたティベリウスに押し込む必要があるが、今度はそのティベリウスで誰が新兵の面倒を見るかという三つ目の問題が発生する。
「これだから最終的に無人艦隊に頼ることになるのよ……優先的に回してもらえないかしら」
それこそ、自分だけが知る事だが、この後に控える戦争で新兵たちが使い物になるかと言われると難しい。そもそも従軍四年目だったかつての自分が大して役に立っていなかったし、新兵の質の問題だけではない。
全体的に危機感が薄かったというのは事実だろう。
いくらヴェルトールたちが優秀でも、その足を引っ張る者が多くては才能を活かす事も出来ない。
だが、今はそれら未来の話はどこかへ置いて、今の話である。
第六艦隊をどうするかという直近の問題に対処しなければならないのだ。
「とにかくティベリウスに乗せる以外にないし……艦長はどうしたものか」
まず最初に浮かび上がるのはヴァン副長だ。優秀なのは間違いないが、あまりにも若い子たち相手だと活かしきれそうにもない。
ならば若い子をあえて指揮官に据える……そう例えば前世界では艦長を務めていたステラとか。
だがステラには無人艦隊の指揮をお願いしたい所であるし、ティベリウスに無人艦隊のコントロールを譲渡すると結局はエリスとセットで運用する必要が出てくる。
というより艦長だけじゃ普通は回らないのだから、やはり人員も足りない。
ティベリウスは戦艦なのだから、単艦として存在感を発揮してほしい所なのだ。
「月光艦隊が異常というか例外中の例外だったわけなのよねぇ……」
冷静に考えればコーウェンにしろミレイにしろ、何人かは別の部署、部隊に配属されていたのを昔のよしみだからとヘッドハンティングして組み込んで、その方法の中には権力に物を言わせたやり方もあった。
だがこうやってその権力行使が中々通用しない立場になると、重々その価値を理解する事になる。
「実際問題、スパイとか総司令とかそっちも問題っちゃ問題だけど、今一番考えないといけないのは確実に迫る戦いについてなのよね」
極端な事を言えば生き残る必要がある。
第一関門ともいうべきヴェルトールやステラとの関係性の構築は成功したと言ってもいいだろうが、それ以外は予想外の出来事ばかりが起きているので、そもそもまともに進んでいるのかどうか。
「はぁ……仕方ない……こうなれば奥の手を使うしかないか」
艦艇数に関してはぼやいても仕方がない。幸いな事にエリスの服従プログラムがあれば旧式の艦艇で数だけを補う事は出来る。
とはいえ、使い潰すような方法はそう何度も取れない。廃棄される艦艇がうじゃうじゃあるわけでも無いし、大半はそもそも航行に支障が出ているようなおんぼろばかりなのだから。
それに無人艦や少人数での運用を前提とした艦の開発は進んでいる。そうなれば必然的にエリスには優先的に回してもらえる事だろう。
で、残るは人材育成の方だ。
これに関してはかなり強硬策を取る必要があるとリリアンは決心した。
どうせ帝国の兵力の質を高めるという話は出ていたし、ヴェルトールたちもそれを目的としている。
ならその目的に沿った方法で新兵たちを鍛え上げればいい。
出来ないのなら出来るようになってもらう。
幸いにも、新兵たちの中にはかつての自分たちと同じく指揮官、提督候補生もいるわけだし、ならばやってもらおうじゃないかというわけだ。
自分たちも過程はどうあれ実戦的な方法で経験を積んだ。ティベリウスの事故、海賊騒動、エリス発掘に第四艦隊との模擬戦。
本当に色々あったのだから、彼らにも色々と経験してもらおうじゃないか。
何もこれを同じことをやらせるわけじゃない。流石にそれは無理だ。
それでも、残された時間がどれだけあるのかは分からないのだから。
***
「というわけで、とにかく演習よ」
『何が、というわけなのか……君からの突然の連絡はいつも突拍子がない』
このやり取りも久々だなと思うリリアン。
通信の向こうに映るゼノンはこの一年で結構気ごころが知れた仲間となったと思う。いつも不敵な笑みを浮かべて、余裕を持っているように見えるこの男にも苦手なものがあって、不測の事態には動揺もする。
それでも余裕を見せつけるのは彼なりの処世術なのだろう。
だがそれは親しくなるにつれて薄れていくようで、このように素の姿を見せるらしい。
もしかするとヴェルトールの前では愚痴の一つや二つは語っているのかもしれない。
「仕方ありませんわ。お互い、新兵の扱いには困っているでしょうし、即戦力になるような動きを身に着けてもらわないと今後起こりうる問題に対処できないでしょう?」
『それはわかっているさ。だからこその訓練と言うのもな。しかし、まさかまたもや第四艦隊も巻き込むのか? 私の権力もそこまで無尽蔵ではないぞ。君の父上もだが』
「その点に関しては心配いりませんわ。第四艦隊としても、兵士の質を上げる事には賛成のようですし。一番乗り気かもしれません。あちらにも新しい配属があったようなので、結局どこかでそういう合同訓練は必要になります。むしろ大手を振って他の陣営と接触できるチャンスじゃありませんか」
兵士の質を上げる。
これはもう一つの目的。それが中々なしえなかったのは立場や状況がかみ合わなかったからだ。
今だって万全とは言えない。それでも実行するだけの権利があれば、それを使わない手はない。
訓練は決して無駄にはならない。
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