第92話 急がば回れ、星を回れ

「なんでこっち側に逃げてくるんだよ!」

「直撃! 直撃! 推進機関が停止判定! 舵が利かない!」

「馬鹿! 前を見ろよ!」

「囲まれてるよお!」


 右往左往する艦の群れが無数の閃光に包まれる。それから逃げようとあちこち不規則に艦が動けば、互いに衝突しそうになる。慌てて回避しようとすれば、またも別の艦が接近してきて、互いが互いの逃げ道を塞ぎ合い、そこへ再びの閃光。

 それでゲームオーバー。駆逐艦隊は無謀な突撃を実行した癖に一隻も突破すること叶わず、逆に猟犬に追い立てられる哀れな獲物の如く無様にも撃沈判定を受けていた。


「なんで突撃させたんだよ!」

「そんな命令はしてない!」


 その艦隊の通信を傍受すればお互いの責任のなすりつけが発生しており、無様さを加速させている事に当人たちは気がついていない事だろう。

 艦隊を動かしていたのは軍養成学校を卒業したばかりの新人たち。それでもエリートコースを歩み、即戦力となるように期待された若手のホープたちであった。

 つまり、かつてのヴェルトールたちと立場は同じなのである。だが、このありさまを見れば、力量というものは雲泥の差であった。

 それは艦隊だけの話ではない。


「ブレーク! ブレーク!」

「駄目だ振り切れない! 同じ機体なのに!」

「馬鹿! 散開するな、各個撃破で──!」

「よそ見してんじゃねぇ! ぶつかるだろうが!」


 本来なら艦隊を守護し、援護するはずの艦載機隊も猛禽類の餌食になるひな鳥のように次々と撃墜判定を受けて宇宙空間を漂う事になる。

 究極的には個人プレーとなる戦闘機同士の戦いは艦隊よりも比較的マシとは言え、それでも指揮官の存在はあるわけで、多少の言い合いというものは発生する。


 だが結局は己の腕のみがすべてを語るわけであり、言い訳は所詮、言い訳でしかなく、全く意味をなさない。

 しかも宇宙空間で高速で動き回る航宙戦闘機は敵との位置関係だけではなく、味方との位置関係も把握して飛ばねばならない。

 なぜなら衝突の危険性は戦艦よりもあるのだから。


「俺に近づくな! 安全装置で機体が止まる!」

「お前がどけぇ!」


 そんな言い争いをしていれば、丸ごと餌食になるのは当然と言えた。

 その日の訓練が散々たる結果に終わった事は言うまでもない。


***


 火星軌道上。エリスの艦長室。

 録画された、その訓練模様を見て、リリアンはただ一言思った。


(たくさんのかつての私がいる)


 新兵たちの相手が月光艦隊及びベテラン揃いの第四艦隊の一部部隊であることを差し引いても、このありさまは中々に酷い。

 艦種もある程度合わせて、しかも今回はお互いに艦載機もありという実戦さながらの大規模演習だというのに、一方的な運びとなる。


(いや、違うか……ヴェルトールたちが優秀すぎるのだ。改めて私の同期たちの優秀さには舌を巻く)


 新人たちも決して無能ではない。少なくとも艦を動かし、戦闘機を飛ばす。それだけでも困難な作業であり、その中で突然の実戦形式の演習をしかも新人とベテランで分かれてやれと言われたのだから、この結果が当然なのだ。

 だがあまりにも一方的になりすぎて、経験を蓄積する云々以前の問題になってしまったという事についても考えなければいけないだろう。

 そうなった原因は新人たちの力量もあるだろうが、それ以上に敵艦隊を指揮していたのがヴェルトールであるという事も含まれる。


「ちょっとヴェルトール。本気を出し過ぎじゃないの?」


 リリアンは容赦なく新人たちをすり潰していくヴェルトールにほんの少しの苦言を呈した。


「敵が手加減をしてくれると思うか? それに、我々の時に比べればむしろありがたい事だと思って欲しいな。命の危険もないし、ベテランの主力艦隊との演習など出来なかった」


 久々に対面するヴェルトールは涼やかな顔で答えつつ、用意されていた紅茶を一口飲む。すると、映像の中のヴェルトールがまたも陣形が崩れた新人艦隊を速攻で蹴散らしていた。

 この大規模な訓練は三日前のものだ。第六艦隊、第四艦隊、そして月光艦隊に配属された新人たちを一同に集めての実戦形式訓練。

 自信満々に、己の実力を見せつけようとしていた彼らの鼻っ柱が見事にへし折られた瞬間でもあった。


「俺たちはティベリウス事件で実戦を経験した。いや、してしまったと言ってもいい」

「もうあれから一年ね。懐かしいと言うには少し早いけど」


 リリアンにしてみれば本当に懐かしい事件でもある。


「本来なら俺たちもあの逃亡劇の間はこういった訓練期間だったわけだ。だが、いきなりの実戦。相手にも色々とあったようだが、死を感じさせた事が良い方向に働いたのもまた事実。だが、新人たちにそれと同じことをやらせるのは、酷だろう」


 実際、あの事件のおかげで才能が開花したものたちがいるのも事実だ。

 じゃあかつての自分は何なのだと言いたくもなるが、それを追求すると話が終わらないのでリリアンはすっぱりと忘れる事にした。


 もうあれも過去の話だ。乗り越えた話なのだから思い出す必要はない。

 それにヴェルトールの言っている事も分からなくはない。確かに当時のティベリウスクルーは実戦を経験した事で、飛躍的な成長を遂げた。

 それを他全員に実行させても、それは蟲毒にしかなりえない。全てが上手くいくわけではないのだから。


「それに、陸戦隊、海兵隊の訓練の方が大変らしいな。訓練のあとにアデル曹長の料理が振舞われているそうだ。新兵たちが涙を流す程らしいが……それほどまでに過酷なのだろう。上司とはいえ、女性からの手料理を振舞われて涙とは……それが唯一の救いになっていると思うとな……」

「いや……多分涙の意味が違うと思う」


 罵倒に等しい号令、何十キロもの装備を背負ってのマラソン、最低限の装備での宇宙活動訓練に、無酸素室での格闘技訓練など。話を聞くだけでも鳥肌が立つ過酷な訓練を歩兵は行う。

 そんな地獄の訓練を終えて、胃の内容物も体中の水分も失われた新兵たちに新たな活力を与える為に常に料理が提供される。


 高カロリー、高たんぱく、高エネルギーにして即効性があり、消化も早い。

 何か色んなものが混ざり、凝固して、べたべたとヘドロのようになった栄養食を前に、涙する若い兵士。

 そのすぐそばでアデルが「うまいか? おかわりもあるぞ」と囁いているらしいとは報告で聞いている。

 歩兵たちの本当の楽しみは味付けも何もされていない、ただの水を摂取する時だという。


「アデル曹長はデランがお気に入りらしいからな。また訓練に付き合わされるらしいが、あまり無理をして欲しくないところだ」

(そろそろ助けた方がいい気がしてきたけど)


 艦隊の構成メンバーの濃さだけを見るとなぜかデラン艦隊は変わり者が多い。


「まぁとにかくだ。話を戻すが、我々月光艦隊はそれ以降も何かと事件に巻き込まれたからな。経験という話だけを言えば、他の主力艦隊よりもあると自負している。まぁ俺は後方支援が殆どだったが」

「それも司令官としては必要な経験でしょ」


 情報を取り扱うという事はそれだけ引き出しが多く、その場で取れる選択肢が増えるという事だ。

 知識や情報はそれだけで大きな武器となるのだから。


「実戦経験のない司令官ほど怖いものはないだろう? 俺としては君の方がよっぽど向いている。事実、第六艦隊の司令だものな?」

「まだ代理よ。エリスに登録されたから仕方なくってことはあなたも知ってるでしょ」

「だが、君たちかつてのセネカ隊は俺たちの中で一番戦闘を経験している。次がアレスだな。そしてデランも……羨ましい限りだよ本当に」


 ヴェルトールの言葉には熱がこもっていた。

 それだけ本気だし、悔しがってもいるのだろう。

 しかし、ティベリウス事件で指揮を執り、艦長を務めたのは間違いなくヴェルトールだし、あの時は彼がそこに収まらなければもっと面倒なことになっていただろう。

 誰もがヴェルトールの実力を認めていたからこそ、適任だと思ったのだから。


「でも待った甲斐はあったでしょう? 新造戦艦がやっと届いたらしいじゃない」


 本来、ヴェルトールには戦艦が与えられる予定だった。それに伴い昇進するはずだったが、その順番が色々と入れ替わってしまい、現在の乗艦である巡洋艦マクロ・クラテスは仮のものだった。


「あぁ。戦艦フォルセティだ」


 これで月光艦隊にもまともな旗艦が出来た事だろう。


「それと、アレスやデランにもそれぞれ重巡洋艦ラケシス、新型の空母システムを搭載した巡洋艦リリョウを受理することになった。やっと艦隊らしくなってきたな。セネカ、パイロン、そしてマクロはそのまま月光艦隊にて運用する事になった」

「リヒャルトは?」

「あいつは相変わらずさ。俺の副官の方が収まりが良いと言ってな。セネカの艦長を降りて、また俺の真横さ」

「ふぅん。リヒャルトらしいといえば、らしいか」


 そう言えば彼の姿を見かけない。

 今回の演習にも参加していなかったようだが。


「ところで、そのリヒャルトは?」

「帰省中だ。養子とはいえ、貴族の息子。いや養子だからこそ、色々とやらなければならん事があるんだろう。それに、父親のミハイル卿も去年頃から体調を崩している。親は大事にしなくてはな?」


 リヒャルトは子がいない中流貴族の養子として引き取られていた。血のつながりはないとはいえ、一族の家名を継ぐ大事な御曹司だから、結婚だとかなんだとか色々と制限があるのだろう。


「彼の養父、お体がよろしくないの?」

「あぁ。なんでも若い頃に色々あったようでな。その時に奥方も亡くされているらしい。俺も詳しくは知らん。リヒャルトは知っているようだが、あえて語ろうともしないし、俺も聞き出すつもりはない。言いたくなれば言うだろうさ」

「そう……あまり深くは聞かない方が良いのかもね」


 他人の事情だ。ステラの事もそうだが、別に何か事情がない限りはほいほいと聞き出す必要はない。


「ま、他人の家の話はここまでにしましょう。それよりも、この訓練で彼らがどこまで使い物になるかよ。そっちの見立てはどうなの?」

「はっきり言って無理だな。それらしい動きは出来ても、やはりそれは付け焼刃だ。その中から抜きんでた者を集めても大した数にはならん……むしろ俺が聞きたいのだが、本当に良いのか? 第六艦隊の辺境派遣を受けても。お前は確か総司令の事を調べたいと」

「押して駄目なら引いてみろと言う言葉があるらしいわ。あからさまにあなたを疑っていますという態度は怪しまれるだけ。今はハイハイと言う事を聞いておく必要がある。父の力で無理やり会う事は出来ても、それは父の用事でしかない。それに、スパイの事だって色々と警戒したいの。惑星シュバッケン跡、辺境派遣及びロストテクノロジー探索の名目があるのならここも調べやすい」


 リリアンらはもうじき、地球を遠く離れる。

 それこそ100光年の手前まで。


「惑星シュバッケンでのエイリアン遭遇の噂……いや、もはや真実と言うべきか。ステラの話が本当なのだとすれば……」

「えぇ。あそこには何かが残っているかもしれない。逆に何も残っていなくてもそれはそれで怪しい話。でもこっちにはニーチェがいるわ。そしてエリスも。もしエイリアンの正体が過去地球を脱出した人類の末裔なら……そして私たちを馬頭星雲へといざなったのなら……」


 あるはずなのだ。

 決定的な何かが。

 そしてそれは、リリアンにとっては確信でもある。


(そうよ。エイリアンが襲撃してきた方角を考えれば、そして私たちがティベリウスで飛ばされた方角を考えれば……それは当然の帰結だった。あまりにも当然すぎて逆に見落としていた)


 惑星シュバッケンは、馬頭星雲方面に存在しているのだから。

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