第四章 銀河騒乱編
第88話 イントロダクション
地球。かつては日本と呼ばれた島国。
過去の大戦争の影響を受けつつも、ほぼ奇跡的にかつての原型を留めた国は少ない。日本という国はその数少ないうちの一つであった。
それは旧世代のデータが多く残された土地だからという、ただの偶然ではない明確な理由が存在する。日本以外のもいくつかそういった国は存在し、宇宙に目を向ければ月もまたかつての時代のデータを数多く残し、現在の帝国発展の礎となっていた。
宇宙時代の到来、暗黒期、そして復興期を乗り越え、今では重要拠点の一つとして保護された立場にある。
日本は月面と同じような立ち位置にあり、富裕層が多く住み、またサブカルチャーなどと呼ばれた娯楽の情報も多く残っていた事から、文明復興の地としても存在感を高めていた。
故にいくつか貴族階級の屋敷や別荘なども多く、お忍びで休暇を楽しむ者も多い。
そんな富裕層の娯楽を提供するトーキョーエリアの一角。会員制のカフェテラスの個室で二人の男女が向かい、話し合っていた。
少なくとも、カフェで恋人がするような会話ではない事だけは確かである。
「せめて変装ぐらいしたらどうなのかしら」
話を切り出したのは女の方だった。
ボリュームのある長い黒髪だが、それはカツラであり、個室に入るなり煩わしそうに取り外す。
会員制という事で、お忍びで寄る者もおり、こういった変装は大して珍しくはない。入場確認も網膜とDNA、そして会員カードの提示で行われる。
「下手にこそこそするよりは堂々としている方が良い。ここはプライベートを守るとは言うけど」
男の方はサングラスだけをかけていた。
「その為に高い金を払っているのだから、守ってもらわなければ困るわ。それより、本題。本国に至急、連絡を取って戦線を拡大させるべきよ」
女はイラついた声音で話を続ける。
「時期尚早。本国も準備が整っていないと思うのだけど?」
男の方は用意されたコーヒーを飲みながら、目の前の女を牽制するように言った。
しかし、それは相手の神経を逆なでするだけのようで、明らかな侮蔑を含んだ視線を男に向けていた。
「このまま地球が戦力を備えてしまっては本国も危険だと考えないの? 準備期間を与え続けて、帝国は危険な領域に入ってしまった。あのロストシップを見たでしょう。あれは本国のものと同じシステムよ」
それでも口調が比較的穏やかなのは、場所の問題だ。
いくらプライベートが確保された個室とはいえ、あまり騒がしくは出来ない。
「確かに君の言う通りかもしれない。地球は想定よりも変わりつつある。だけどそれは些細な問題だ。ロストシップを数隻見つけた程度で何が出来る。こちらには光子魚雷がある。あのステルス戦艦が拿捕されていれば話も変わっただろうけどな。それより、君は君でこそこそとあの海賊に接触していたようだけど?」
相手が大声を出せない事を理解した男はさらに追及した。
「フン。やる気のない貴様とは違って、私は使えそうなものは使う。都合よく、連中は頭がおかしかった。貴様こそ、明確な裏切り行為ではないか?」
女は女で挑発に乗ることはなかった。
男の性格は熟知しているつもりだったからだ。
対する男は気にした素振りもみせずに話を続けた。
「裏切り? 馬鹿を言うな。元々、使い捨てのゴミ同然だぞ? 頭ん中に機械をぶち込まれて、強制的に不釣り合いな知識と人格を呼び起こされただけの。まともにやってられるか。失敗する事を前提とした特攻でしかない」
そう言いながら、男は己の額をトントンとつついた。
「そのおかげで我々は怪しまれもせずに、ここまでやってこれた」
「幸運だっただけだ。今の状況とて、ただの幸運」
男の発言に、女は更に侮蔑を含んだ視線を向けた。
「そうよ。だからそれが何度も続くとは思えない。あの子たちはついに旧世代の記録まで手に入れた。そもそも、ロストテクノロジーの研究が進めば、こちらの存在はいつかバレる。いや、もう薄々気が付かれているかもしれない。戦力を手に入れた事よりも基盤技術の習得が問題な事ぐらい、貴様だってわかってるはず」
「なぁ。なんで君はそう一生懸命になれるんだ? 連中の為に動いてやる義理がどこにある」
「奴らの事なんてどうでも良い。これは復讐よ。貴様だって、シュバッケンの事、忘れたわけじゃないでしょう。私たちは、助けを求めたのよ! 勇気を出して! でも裏切られた! 地球の、帝国の身勝手で!」
髪を振り乱すように、女は叫ぶ。
「声が大きい。それに仕方ないだろう。あれは不幸な出会いだった。タイミングだって悪かったんだ」
「悪かった? そんな簡単な言葉でよくも済ませられるわね」
「じゃあどう言えばいい? 君を納得させる言葉があるのか?」
「あるわけがない。だから、あらゆるものに復讐を果たす。そうでもしなければ、私たちに生きる道はない。結局、この鎖は外れないのよ」
「そうして地球を連中に捧げて牧場に……なんとも素晴らしい計画だ。進化に行き詰まった種族はなりふり構わないってか?」
男は自嘲するように、呆れたように語る。
「たとえそうなっても、それは地球の自業自得よ。本国に攻め入り、占領したのは我々の先祖。逆襲されて奴隷に落とされても文句は言えない。それでも、故郷なら助けてくれると思った。でも裏切られ続けた。もうどうでもいいわ、こんな星。でも、私にだって情はある。あの子たちだけでも助けてあげたいという感情はある。その為には成果を出さなくちゃいけないでしょう。貴様みたいに安穏と今の立場に甘んじているわけにはいかない」
女は立ち上がり、男を見下ろす。
「その地位と立場があるのなら、あのニーチェとかいう機械を壊したり、あのあいつらの一人ぐらい暗殺してくれればいいのに。それともどっちかに惚れたのかしら? 良いわよね、この星は男も女も関係ないから。受け入れてくれるかもしれないものね。それとも、既に……」
「それ以上を言えば、俺はお前の首をここでねじ切るぞ」
その時だけ、男は初めて怒りの顔を見せた。
それでも女は動じない。余計に冷笑を浮かべるだけだ。
「やれもしない事を言わないで。臆病者の癖に。私はティベリウスだって操作した。傍受されるかもしれない通信だって何度もした。繋がるかどうかだって分からなかった。それでもここまでやってきた。貴様とは違う。逃げてばかりの癖に」
女はカツラをかぶり、振り向かずに続けた。
「死にたくなければ、これ以上邪魔をしない事ね」
女はそう吐き捨てると、個室から出て行く。
男はただそれを見送るだけだった。
「全く理解できないな。体を刻まれて、頭の中に機械を打ち込まれて、まともとも言えない作戦にねじ込まれて……僕たちはただのビーコンだぞ。現地人に怪しまれない為だけの……ただの信号でしかないと言うのに……」
一人残った男はうなだれていた。
「何千年前の復讐を果たすつもりだ……そう思い込む事でしか、精神を保てないのか? それとも……本気でそう思っているのか?」
男はコーヒーの残ったカップに映る自分の顔を見た。
作られた顔。そうなるように、そう成長するように遺伝子レベルで組み込まれた培養肉体。機械式の補助脳と記憶回路に転写され、延々と使いまわされるだけの道具たる肉体。
「人間のつもりか? 僕たちが人間なわけがないだろう。こんな、不自然な生物が……」
男は残ったコーヒーを呷って飲み干す。
「僕らはレオネルのウミウシと同じさ。ただそうあるように作られただけの人工生命体だ。先祖だと? ただの遺伝子提供者をそう呼ぶのは、君がただ憧れているだけだよ」
だがその言葉は自分にも突き刺さる。
壊れた道具だと自認する自分はなんだ。まるで人間のように振る舞うのはそうやる様に仕向けられただけだ。
それまでの行動だって全て。
機械ではなくとも、機械のような存在でしかない。
「あいつは……僕を殺すだろうな」
それだけは確信が持てた。
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