第87話 これからの為に、派閥を作りましょう
模擬戦が終結し、十二時間後の事である。
第四艦隊司令ポルタは第六艦隊旗艦であるエリスへと招待を受けていた。お互いの健闘を称えるべく、また偉大なる先達の胸を借り、実りある戦いが出来た事への感謝、そしてこれからの話をしたいという事をリリアンから直接、通信が送られてきたのである。
追伸として、ケーキの用意もあるとの事。
「敗軍の将だからな。勝者の顔色を伺う必要がある」
ポルタはそんな冗談を言いながら、了承した。
彼個人としても、自分たちを相手に勝利をもぎ取った若き指揮官たちの顔を直接みたいとも思っていた。
世間や他の艦隊の連中がどう判断するかはさておき、ポルタ個人としては第六艦隊、ひいては月光艦隊をもはやただの若造の集まりとは思わない。
ティベリウス帰還の真実は、決して幸運やまぐれではなかったのだと思い知らされた形なのだから。
送迎用の小型シャトルで、エリスへと足を踏み入れたポルタは出迎えた少年少女たちに面食らった。
知ってはいたが、若い。若すぎる。全員がやっとこさ十八、十九になったばかりの連中だ。なかには大人もいるようだが圧倒的に多いのはやはり十代の子供だ。
「お待ちしておりました、ポルタ閣下。私はこのエリス副長、ヴァン・ヴァルヴァロッサ大尉であります」
出迎えを担当したヴァンと言う男が四十七。見た目以上に老けて見えるが、彼が最年長なのだという。その他では整備士や機関士などにそれなりの年齢の者がいるらしいが、それでも四十代だとすれば、やはり若手に分類される。
ポルタはその事実にすら眩暈をしかけた。
「案内、よろしく頼む」
それでもぐっとこらえ、ポルタはヴァンの案内を受ける。
道中、すれ違い、敬礼を向けるクルーたちを横目で観察すると、ここが軍艦ではなく練習艦ないしは学校か何かだと錯覚すらしてしまう。
だが、同時にこの者たちに負けたのだという事実が降りかかると、それはそれでポルタにとっても反省するべきものだった。
子供だと侮っていたという事実に。
「驚かれましたか?」
そんな中、ヴァンがそのように訪ねてくる。
「率直な感想を言えば、そうだ。本当に子供が多い。それと、ゴシップ程度の話だが、女性士官の割合が多いな」
リリアンは若い女性士官を集めているという話だ。
まぁその程度の【趣味】は珍しくもないし、いちいち気にかける事もない。
かくいう自分は大の甘党だ。
「私も、リリアン少佐の下に配属された時は面食らったものです。若いと。それに、駆逐艦時代は、女性が多かったので、中々肩身が狭かったのです」
「だろうな。心中お察しするよ」
仮に自分がこんな空間にいたら、糖分の摂取量はさらに増加していた事だろう。
ドクターストップもやむなしだ。
艦内エレベーターなどを乗り継ぎ、エリスの中央部分。つまりは腹の中ともいえる場所に案内される。
そこは艦長室であった。
そしてその扉の向こう側に、新たなる第六艦隊司令となるリリアン・ルゾールが待っているというわけだ。
それを自覚すると、流石のポルタも神妙になるというもの。例え相手が年下、それこそ自分の子供と言っても差し支えのない年齢差の少女が相手であってもだ。
今はあちらが勝者、こちらは敗者なのだから。
案内を務めたヴァンが扉をノックする。その際、ヴァンは「実は艦内の整備がまだ完璧ではなく、このようにアナログな方法でなければ聞こえないのです」と説明した。
それはさておき扉が開かれると、件の少女が待ち構えていた。
ふわりとケーキの甘い香りもする。不覚にも鼻孔をくすぐられ、心地よい気分であった。
「お初にお目にかかります、ポルタ閣下。どうぞ、ご遠慮せず」
リリアンは立ち上がり、敬礼をすると、ポルタを席へと案内する。
ヴァンはそのまま一礼をして去って行き、ポルタは案内されるまま席に着いた。
「買収でもしようと言うのかね」
「甘いものがお好きだというのは有名ですから」
まずは軽いジャブ。
リリアンはにこやかに受け流していた。
嫌味が通用しないのは、父親譲りなのだろうか。
「この度は、模擬戦の相手をしていただき感謝しています。小規模とはいえ、艦隊戦を経験できたのは私たちにとっても良い刺激となりましたので」
リリアンは紅茶をカップに注ぎ、ケーキを切り分けながら言う。
ポルタはそれぞれを受け取り、まずは用意されていた砂糖を紅茶の中に投入する。
「あぁ全くだ。我々も良い経験をさせてもらったとも。それよりも社交辞令はなしと行こうか。何が目的で俺を呼んだ?」
甘くなった紅茶を啜りながら、ポルタはリリアンの出方を伺った。
一方でリリアンはにこやかな表情を崩さなかった。その態度がさらにポルタを困惑させる。目の前にいる少女は本当に年相応の子なのかと。
貴族社会の子供は大人との会話にも慣れている者が多いが、それは社交界仕込みの話だ。
お互いに本心を隠してうわべだけのお付き合いをするのだから、手加減された関係と言ってもいい。
その裏の裏を読むというのは、それなりの経験が必要となる。
社交界も伏魔殿の様な環境ではあるが、それとはまた違う何かをリリアンからは感じる。
それが何であるかは、明確な答えは出なかった。
「目的は既にお伝えしたと思いますよ。まずはお互いの健闘を称える為、そして模擬戦を受けてくださった事に対する感謝。そして第六艦隊の今後についてです」
リリアンはゆったりとした動作で、ポルタの真正面に向かい合って席につく。
その一挙手一投足は子供のそれではないし、社交界のマナーに沿ったお決まりの動作でもない。余裕を持てば自然と出るものだ。
「単刀直入に申し上げます。力をお貸しくださいな」
「社交辞令はなしと言ったが、あまりにも直球だな。力を貸せと?」
部隊を解散して傘下に……というわけではないだろう。
流石にそれは不可能だ。
「形はどうあれ、私は晴れて第六艦隊の司令代理に就任する事になるでしょう。ですが、実態はお飾りかと。所詮は小娘ですから。それに艦隊というには、艦艇数が圧倒的に足りません。これから再編されると言っても、入って来るのは新兵が殆どでしょう」
リリアンは己の立場というものを理解している。
立場は手に入れても、自分という存在がその立場を自在に扱えるわけではない。当然、反発も生まれる。
父親の権力というは事実、凄まじいだろうが、それに頼ってばかりもいられないし、自分が相応の立場についてしまった今、逆に下手を見せれば父親の失脚にだってつながるだろう。
それに、皇妹殿下二人から気に入られているというのもプラスに働くと同時にマイナスでもある。
とにかく、リリアン個人の権力はさほど強くはないという事だ。
「ようは派閥に入れという事か」
ポルタもそういう話を全く理解していないわけではない。
見返りは、参謀総長側の権力基盤。引いては総司令官殿のおひざ元に着けるという事。それは確かに艦隊司令としては魅力的だ。
優先して装備を回してもらえる可能性とてある。
ポルタ自身は特別どこかに寄るということはなかった。単純に気に入らない相手や派閥はいる程度だった。
逆に言えばそれはどっちつかずとも言える。
「月面基地で適当に好き勝手やっているうちは見逃されていた事でしょう。ですが、今の私は総司令直属という立場。他の主力艦隊の責任者様たちとは名義上は同類でも、根回しはとてもとても……それに、後ろ盾はあっても脇を固める仲間がいません。そんな時、主力艦隊のお一人でも仲間になって頂けると私も怖い方々に睨まれても心強いというもの」
リリアンは饒舌だった。
「それに、私の父はほら……あぁいう方でしょう? ポルタ閣下も、あまり好まれないタイプ。ですが、閣下のような方がついてくれると、父としても見えてなかった視点がみえてくるでしょうし、私たちとしても頼れる先輩が近くにいるという安心感が得られます」
リリアン自身も随分とうまい事を言っている自覚はあるし、ポルタもそれを理解していた。
かつての第六艦隊に付き合い、大規模な海賊狩りや反体制側との小競り合いも経験した。大規模な演習はもちろん、訓練も定期的に行っている。
軍事行動という点では、どの主力艦隊よりも実戦的ではあると自負している。
「神輿は担がなくていい。ようは武闘派の支持も欲しいという事だろう。父親よりははっきりとものを言うタイプの様だな。ルゾール参謀総長の娘は我儘娘だと聞いていたが……想像よりも随分としっかりしている。とんだ隠し玉だ」
「必死なだけです。私も、ヴェルトール中佐も、ゼノン閣下も。それに、エイリアンの事もありますし。ロストテクノロジー問題も抱えています。のんびりとしている暇などどこにもないというわけです」
確かにたった一年かそこらで地球帝国には色々な事件が起きた。
特に対エイリアンなど第六艦隊の壊滅で一旦中止などという話になってしまい、今では若干うやむやになっている。
「そうか。ティベリウス事件の当事者たちは、エイリアンの艦と戦闘を行っていたな……失念していたわけではないが」
「そうです。私たちは敵と相まみえて、そして帰ってきた。だからこそ、備えなければいけないと考えています。それだけではありません。帝国がひた隠しにしている真実も私は知りたい」
「真実?」
「エイリアンについて、アルフレッド総司令は何かを知っている。惑星シュバッケン崩壊の真実。そして……スパイの影」
リリアンはいつの間にか立ち上がり、ポルタを見下ろすように語っていた。
「だから力を貸して下さい。私たちの、帝国軍改革の為に」
***
リリアン・ルゾール少佐は中佐に昇進。
特例として第六艦隊の司令代理として任命する。なお、艦隊編成および装備に関しては一時保留。
正式な艦隊司令就任はその後の昇進人事を待つこと。
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