第86話 かつて夢見た理想の形

 ティベリウスが先導する形で、エリスは堂々と前進を続ける。

 たった二隻の戦艦は相手の攻撃を恐れることなく突き進むものの、攻撃には転じていなかった。

 シールドにエネルギーを集中させ、防御を固める。そうなれば砲撃能力は当然の事、若干の推力も低下し、進軍が遅くなる。

 最大船速で距離を詰めたのはものの数分程度の事で、今は敵味方同士で微妙に砲撃の効果が出辛い距離を維持していた。

 

「流石はアレス。機動と防御にかけては彼の才能は随一ね」


 その絶妙な距離、そしてシールド出力の調整は全てアレスの提案である。

 言ってしまえば、月光艦隊が設立されてからのアレスは不運続きで、その才能をいかんなく発揮する場面には恵まれていなかった。

 それは単純な運というだけの話ではなく、彼が指揮していたのが駆逐艦であった事も起因する。

 彼の才能は、戦艦を指揮して、初めて発揮されるものである。


「相手は鬱陶しいと思っているわ。攻撃はギリギリ届く。でも削れない。近寄るようで、近寄らない。引けば攻め込まれ、攻めれば逃げられる。たゆたう水の如く、流れに乗り、風に乗るように攻撃をいなす」


 これを艦隊規模で実行した時。

 相手は思うだろう。まるで戦場をコントロールされていると。

 しかし、それは大規模艦隊同士の戦いの場合である。今回のような数隻程度の小規模な戦いではアレスの才能は攻撃か防御のどちらかにしか発揮できず、反撃を行うには少し手が足りなかった。


『言っておくがリリアン。目の前の相手もそうだが、後方の巡洋、駆逐艦隊をどうにかしなければ、背後を突かれておしまいだぞ』


 そして、第六艦隊の圧倒的不利は未だに続いてる。

 なにせ、駆逐艦を一隻倒したとて、状況としては背後を取られ、挟撃される形なのだ。

 ヴェルトールたちが指揮する第一戦隊が背後の艦隊に対応するべく動き始めたが、絶対的な数の差がある。何せ巡洋艦が四隻、駆逐艦は二隻が健在なのだから。


 それに対してヴェルトールたちは巡洋艦が一隻、駆逐艦が二隻。これはどう考えても無謀である。

 一応、こちらは無人艦隊の駆逐艦四隻が健在ではあるが、それでも攻撃が大して通用しないのであれば、盾以外の活用方法が見いだせない。


「そうね。そろそろ頃合いかもしれないわね」


 リリアンはモニターで背後の部隊との位置関係を確認する。

 完全に背後を取られてしまい、ヴェルトールたちはエリスの左側面へと周りこみながら、敵部隊を射程に捉えようとする。

 だがエリスから顔を出せば、即座に砲火が集中し、それは流石に突撃を敢行できる状態ではなかった。


 それでもヴェルトールの動きには動揺などなく。むしろ、当然の行いのようにちらりと顔を出しては、エリスの影に隠れる。

 その動きはアレスの機動防御にそっくりであった。


「ステラ、準備は出来ているわね?」


 今が好機。

 リリアンはそう判断し、待機していたステラへと号令をかける。


「はい! ニーチェ、計算できてる?」


 それを受けて、ステラもその一瞬だけは笑顔を見せた。

 半ば相棒と化したニーチェへと語り掛け、操作コンソールとサブモニターへと視線を落とす。


「軌道計算完了。距離算出。ハイブースト準備完了」


 ニーチェの電子音声が響く度に、ステラが眺めるモニターには様々な情報が表示されていく。そこにはこちらの背後に位置する敵部隊の陣形や距離が事細かく観測されていた。

 無人艦隊は息をひそめていたのである。


「良い、ニーチェ。ぶつけないようにして。これは模擬戦。人は死なない。だから、できる事なんだから」

「了解致しました」


 攻撃が通用しない。それは覆しようのない事実である。だが、それで役に立たないわけはない。少なくとも機動性での翻弄は出来た。

 だが、これは模擬戦である。無人艦隊を質量兵器として、特攻させて勝利しましたという結果には出来ない。

 されど、これは模擬戦であり、ステラが操作するのは無人である。

 ならばいかようにもやり方は存在する。


「ブースト点火! 縫い付けて!」


 刹那。

 四方に散らばっていた無人駆逐艦たちが一斉に動き出す。無人故に不規則な軌道と加速。一見すればでたらめな動きを見せる駆逐艦たちは、しかし確実に敵部隊へと接近していた。


 それはあたかも特攻を仕掛ける艦のように。はたまた巨大なミサイルでも撃ち込むかのように。

 当然だが敵部隊も駆逐艦たちに対して反撃を行う。

 いかにでたらめな動きでも、全てを避けきる事は不可能である。僅かながらにシールドへの直撃、被弾判定、小破判定を受ける。

 

 それでも駆逐艦たちは猟犬の如く敵部隊へと群がる。

 だが次の瞬間、なんとも奇妙な構図が生まれた。

 その光景は、アレスやデランにとっては苦い思い出でもある。


『おい、相手は人が乗っているのではないのか?』

『相変わらず、無茶苦茶しやがるな』


 アレスとデランはお互いに、感想を言い合う。

 無人艦隊は、密集する敵部隊の懐に潜り込んだのである。密集とはいえ、シミュレーションとは違い、お互いの艦同士には近くても数百メートル以上、数千メートル以上の距離が開いている。

 だが、艦隊としてみればそれは至近距離であり、非常に危険な位置関係である。


 なにせ、敵部隊も止まっているわけではない。常に移動し続けている。特に第四艦隊の売りは機動力である。

 だが、その機動力とは艦隊同士の連携によって担保されるものであり、決して単独行動の素早さではない。

 乱れることのない、一定のリズムと息のあった動き、お互いの癖を理解した上で初めて発揮されるもの。

 

 そんな完成され尽くした集団の中に異物が紛れ込めば、それは瞬く間に瓦解する。集団行動を常とする彼らにしてみれば、集団を乱す存在は非常に不愉快であり、理解の出来ないものだ。

 それが、今自分たちの内側に存在している。

 特攻以上に、それはいやらしく、厄介なものであった。


***


 その光景を見ていたポルタは奥歯を噛みしめ、次に力なく笑った。


「してやられた」


 さんざん意味不明な行動をしていた連中だが、ここまでやるとは思っていなかった。

 いや、最初から自分がその可能性を考慮していなかったのが問題だったのか。

 模擬戦である。特攻は禁止されている。そのルールは相手も理解している。だからやるわけがない。これは実戦形式ではあるが、死人が出れば問題である。

 だから除外していた。

 しかし、第六艦隊はその裏をかいてきた。


「特攻はしない。我が方の艦隊の内側に居座り、杭を打ち込む」


 こちらの部隊は、まさか敵が特攻を仕掛けてきたのではないかと、恐怖していた。実際、ポルタも何を愚かな事をと罵倒しかけていた。

 だが実際はそうではなく、恐ろしい程の至近距離に近づいて、こちらを嫌がらせすることが目的だったのだ。


「人が乗っていないからと、こうも強気にでるか。それに、攻撃を捌きつつ、内側へと潜り込ませる手腕。相手のオペレーターは何者だ」


 そうなれば先発隊を解散させようにも、それは各個撃破の憂き目にあう。何より内側の駆逐艦へ対処しようと攻撃を行えば、友軍に流れ弾が当たる可能性もある。

 相手は無人艦だ。恐れる事なく急接近して、同時に急速離脱を図るだろう。自分たちの腹の中で好き勝手に動きまわる。


 それはまるで艦載機による翻弄にも似ていた。この模擬戦では戦闘機の使用は禁止である。だが、相手は駆逐艦でそれを行ったのだ。

 当然、戦闘機よりも動きは遅いし、的も大きい。

 攻撃が通用しないとはいうものの、まとわりつかれたら、それでも厄介ではあるし、一度崩れた陣形の再編は最速で行っても隙が生じる。


 模擬戦だから、禁止されてるから。

 最初に侮ったのは自分だ。

 奴らは何一つルール違反をしていない。持てる能力の全てをぶつけている。

 無人艦でもそこまではやらないと決めつけていた。


「初手から俺が判断をミスっていたか」


 ポルタがそうぼやいた瞬間、一瞬にして二隻の巡洋艦が撃沈判定を受けていた。

 動揺を見せた艦だろう。それにめざとく狙いをつけて攻撃を仕掛けたのは、ヴェルトールとかいう小僧の部隊。

 この時点でこちらの部隊の集団的な行動は意味をなさなくなった。単独行動による各個撃破の憂き目にあう。


 なんとか反撃を行い、無人艦を一隻撃沈判定させるものの、そんなのは大した結果を及ぼさないだろう。

 それよりも、この状況をチャンスと捉えた敵旗艦たちが威風堂々と接近していた。

 

「戦艦同士の真っ向勝負をするつもりか」


 最後の総仕上げと言う事だろう。

 敵は最初からこの構図に持ち込みたかったようだ。

 同時にポルタはずっと抱えていた違和感の正体に気が付いた。


「素人だと……馬鹿を言うな。この動き、この度胸、この奇抜さ……戦場を知っている者の視点だ」


 そして。

 戦艦同士による砲撃戦が始まる。

 だが結果は見えている。エリスという艦の前面攻撃能力の高さに加え、第四艦隊の士気は下がっている。

 それに、後方の部隊をゆっくりと料理した後に敵の巡洋艦隊も合流すれば、圧倒的に数が少ないのはこちらだ。


「おい、第六艦隊を任されたルゾール参謀総長の娘……名前はなんだったか」

「リリアン、だったかと」

「そうか。ガンデマンだけはないという事か」


 数十分後。

 旗艦フラカーンの撃沈判定が成された。

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