第85話 貫禄が示す道筋
「無人駆逐隊が敵部隊に食らいついたようですな」
ヴァンはレーダー及び駆逐艦隊からのデータリンクによる映像をモニターで眺めていた。敵部隊は突然の駆逐艦の出現に動揺を見せていた。
近距離ワープ戦法。それは言ってしまえば無法の戦法である。極端な事を言えば、障害物がなければ一瞬にして距離を詰める事が出来る。
「近距離ワープ……理屈としては理解しますが、恐ろしい戦法です」
しかし、物事はそううまく行くものばかりではない。近距離ワープにはいくつかの問題点がある。
まず第一に近距離であろうがワープはワープ。そう何度も使えるものではない。第二に衝突の危険性。下手をすれば特攻になってしまい、非常に危険なのである。それを避ける為にある程度、相手との距離を取る事で防ぐことはできるが、そうなると今度は第三の問題が直面する。
それが衝撃である。艦内の人工重力と言っても良い。急激な加速、ないしは減速。さらには敵を捉えるべく急いで艦の向きを変えなければならない。
そうなった時、どんな艦でも相当の無理が生じる。特に内部に乗っている者たちはあらゆるものに振り回されるのである。
だが、もしそれが無人艦隊で行うとすればどうだろうか。
少なくとも【人】を考慮する必要はない。
「エリスによる無人艦隊のコントロール。これは、戦いの常識が変わるかもしれませんな」
そして、そんな恐れを知らぬ無人艦隊を操るこの女王陛下様は、間違いなく恐るべき兵器である。
「機動性という己の弱点を下僕を使って補い、無法の限りを尽くし、戦場に混乱を招く。かつて女神エリスが神々の間に不和を撒き散らし、戦争を起こしたように。この艦にもそれをやるだけの力がある」
ヴァンに答えているのか、それとも自問自答しているのか。
まるで戦闘機のような機動を行い、敵部隊に攻撃を仕掛け、離脱を繰り返す駆逐艦を見ながら、リリアンは言った。
「うぬぼれるわけじゃないけど、見つけたのが私たちで良かったとすら思うわ」
そう呟きつつ、リリアンはちらりと無人艦隊をコントロールするステラを見つめる。
物事に集中する時の、あの感情のない顔だった。
ある意味、この艦の特色を一番うまく扱えているのは彼女なのかもしれない。
ステラの操る駆逐艦隊はヒット&アウェイとも言うべき戦法で敵部隊を翻弄している。
これでこちらを包囲しようとする相手の足止めは出来るはずだ。
状況としては、まだ経験に乏しいはずの第六艦隊がベテランの第四艦隊相手にむしろ上回るような戦いを見せている。
それは油断を生む。
「す、すげぇ。俺たち、プロを追い詰めてるんじゃねぇか?」
真っ先にそう言いだしたのはお調子者のコーウェンである。
彼がそんな言葉を発した事がきっかけとなるように、普段なら冷静なミレイも少し空気に飲まれていた。
「相手の陣形が崩れてる。凄いじゃないステラ!」
さらにそんな空気を加速させるような報告がデボネアよりもたらされる。
「第一戦隊より報告! 敵駆逐艦一隻を撃沈判定!」
模擬戦における撃沈判定はAIによるダメージ計算であり、それに応じて損傷度合いや武装の使用制限などがかかる。当然、撃沈判定を受ければその時点で最低限の航行機能のみを残し、戦線を離脱させられる。
そんな彼らの勢いはエリスだけはない。マクロ・クラテスであっても、ティベリウス、セネカ、パイロンであっても同じだった。
先に自分たちが一隻落とした。その事実は艦隊全体に伝わっていく。
「さすがはヴェルトール達ね。でも……あなた達! 気を引き締めなさい! 敵はまだ【一隻】しか倒せていないわ!」
しかし、とリリアンはうぬぼれない。もう若い頃の失敗はごめんだ。
「こちらの奇襲で足元がばたついているのは今だけよ! ミレイ! 相手の動き、ちゃんと監視して! 逃げてるんじゃない。態勢を立て直しているだけよ!」
「え……あぁ!」
今度は、彼女たちが驚く番であった。
さっきまで慌てていた敵部隊だったが、いつの間にか陣形が整っているではないか。
しかも、一隻も撃沈判定が出ていないのだ。
「ど、どういうこった!」
「当たり前です」
コーウェンの驚愕に対して、至極冷静に答えるのは無人艦隊を操るステラである。
「旧式なんですから。まともに最新型のシールドを破れるわけないじゃないですか。出来る事は機動性でのかく乱ぐらいです」
また、それに付け加えるようにヴェルトールら、第一戦隊からも通信が入る。
『こちら第一戦隊。敵駆逐艦一隻は撃沈判定を出せたが、巡洋艦には逃げられた。このままでは敵部隊が我々の側面を取ることになるが?』
一時的に相手を崩す事は出来ても、無人の駆逐艦では旧式故に、さらには特攻戦術も出来ないのでは撃沈などできるはずもなかった。
本当にちょっかいをかける程度の事しか出来なかったのだ。
「て、敵部隊からの攻撃がきます!」
デボネアがそう叫ぶと、模擬戦用の派手な光がエリスへと降り注ぐ。
四つのシールドユニットのおかげで、そう簡単に破られる事はないが、一方的な攻撃に晒されるというのは焦りを生むものだ。
それが先ほどまで優勢だった者たちからすれば、さらに焦ることだろう。
「敵部隊、火力を集中する陣形ですよ!」
ミレイの悲鳴が飛ぶ。
さらに追い打ちをかけるように、ニーチェの無常な報告もなされる。
「このまま何もしなければエリスのシールドは十分後には限界を迎えます。また、側面を取られていますので、当艦では火力を期待できません。至急、対策を」
このような状況を報告されれば、最年長のヴァンも冷や汗を流す。
「さて、勢いに乗れたのはここまでのようですが……あなたはそうは思っていないようですね?」
ヴァンの見つめる先。リリアンは表情一つ変えていなかった。
ということはつまり、他の艦長たちも同じなのだろう。彼女たちにはこの危機的状況を危機と思っていない。
こうなることすらも計算済みという事なのだろうか。
もしそうなのだとすれば、恐るべき肝の据わりようだ。特に、リリアンは自分以上の貫禄というものを感じてしまう。
「その通りよ副長。むしろこの流れが良いの。敵はうまくこちらの攻撃に対応してくれた。見事な手並みよ。流石と言っても良い。相手は我々よりも経験もあるし実力もある。だからこそ、手堅い。そこにこそ、つけ入る隙がある」
一体どのような隙があるのだろうか。ヴァンには見当もつかない。
だが、これまでに色々とあったのだ。それを乗り越えてきたのも事実。
ならば、今回もなんとかなるかもしれない。不思議とそう思うのだ。
「わかりました。それでは如何いたしますか?」
「前進」
リリアンは右腕を大きく振りながら、号令を出す。
「了解。全艦、最大船速で前進!」
***
第六艦隊はまたも奇妙な動きをしている。
回頭するわけでもなく、側面を取られたまま前進。それでは後方を取られるというのにだ。
ポルタからしてみれば、セオリーから外れているし、ここから何か奇策を用いるとして、それがいかなる方法なのか、全く見当もつかない。
それに、結果はどうあれ先にこちらが一隻失っている。
「駆逐艦をやったのは、あのマクロ・クラテスとかいう巡洋艦か。指揮しているのは確か、ガンデマンの家の者か?」
「はい。ヴェルトール・ガンデマン中佐です。暁の焔学園を首席で卒業し、今後を期待される帝国の若き……」
「あぁ、そこまでは良い。優秀なのは知っている。見事に駆逐艦を食われた。その脇を固める連中も優秀なんだろうさ」
副長のまるで台本にでも乗っているかのような報告を中断させながら、ポルタはモニターで戦況を確認する。
一隻失ったのは痛いが、それでも形だけ見れば完全にこちらが有利だった。
先発隊は敵部隊の側面及び後方を取る事で安全に敵旗艦を狙える。堅牢さに賭けているのかもしれないが、先の動きを見れば相手がそこまで馬鹿じゃないことぐらいわかる。
だから不気味なのだ。
「いや……度胸がありすぎるのか?」
第六艦隊は前進を続けている。
わずかだが、ヴェルトールが指揮する第一戦隊がやっと対応するべく動き始めていた。
だが、それはあまりにも遅い動きだ。
一方で、こちらをかく乱した無人の駆逐艦隊はどうなった。こちらはシールドへの被害はあれど、あれによる被害で撃沈判定は出ていない。
同時に相手の無人駆逐艦を落とすことも出来なかった。
「おい、無人艦の位置は」
「ハッ……それが……」
「なんだ」
部下は困惑していた。
逆にそれが嫌な予感を抱かせる。
「散り散りになっていまして……四隻とも、単独で先発隊を囲む……囲んですらいないかと」
「モニターに映せ」
ポルタの指示の下、モニターには件の駆逐艦たちの姿が映る。機動を続けてはいるが、攻撃は通用しないし、殆ど逃げているだけの状態だ。
だが異様である。うるさく飛び回る羽虫のような不快感がある。
やはりあれの動きが一番、警戒しなければならない。
しかし何をどう警戒する。近距離ワープは恐らくもう使えない。特攻は禁止されている。それをすれば流石に模擬戦でも死人が出る。あちらは無人だから良いだろうがこっちは有人なのだから。
「敵部隊、こちらの砲撃射程距離内に入ります」
新たな報告。フラカーンとその僚艦の射程が敵を捉える。
同時にそれはこちらも相手に捕捉されたという事だが、この射程距離内ではまともなダメージ判定は出ない。
「旗艦同士による撃ち合いが目的か? いや、それでも背後の部隊を放置はできない。だから第一戦隊を向かわせた? それもおかしい。えぇい、気持ちの悪い」
この戦いは、ずっとそうだ。
まとわりつく違和感がぬぐい切れないまま、続いている。
「次は何をしてくるつもりだ」
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