第84話 お手並みの見せあい

 アステロイドベルト宙域。

 多くの人々が思い浮かべるのは隕石や小惑星とでびっしりと埋め尽くされた空間だろう。実際そういった宙域がないわけでもないが、それらはほんの一部。

 事実、小惑星帯ではあるのだが、それぞれの距離というのは途方もなく離れており、実際はかなり余裕ある空間である。

 時折、巨大な小惑星を見つけてはそれを観測器として活用するべく機材を打ち込んだり、小さな基地として活用することもなくはない。


 それ以外の活用としては、表世界にいられなくなった罪人などが隠れ潜む場所として使われるというぐらいだろうか。

 だが浮かんでいる小惑星には当然だが食料となるようなものは存在しないので、結局はそこで餓死するか、諦めて出てくるかである。


 そんなアステロイドベルト宙域には小規模な二つの艦隊が集結していた。

 一方を第六艦隊(仮)。もう一方を第四艦隊。双方ともに大艦隊ではなく、その一部のみ、お互いに九隻の艦艇を展開している。

 双方の距離はざっと70万キロと離れている。そうでもなければ、初手で艦砲射撃合戦となってしまう。

 また戦艦のレーダーは大体100万キロをカバーするので、実はお互いにどのような編成をしているのかは丸わかりである。

 だが具体的にどの艦種がどう展開しているのかを知るにはそれなりの距離を接近するか、観測用ドローンを射出する必要もあった。


「さて……模擬戦、演習とはいえエリスを実際に動かしての戦闘なわけだけど、どこまでやれるかしらね」


 第六艦隊(仮)、旗艦エリス。

 未だ塗装が成されておらず、所々が剥げてしまっているせいで、名前の割にはどことなく貧相なイメージを出してしまうのは致し方ない部分であろうか、それとも鎧に沁みついた血糊の痕であろうか。

 それでも艦の整備そのものはばっちりと済んでおり、少なくとも空気が漏れたり、人工重力が消える、推進機関を吹かしたら炎上するなどと言う事はない。

 ただどうにも鈍重な動きであることは目を瞑らねばならなかった。もとより機動艦隊戦には不向きな設計らしい。


 エリスの第一艦橋は艦中央に位置する。エリスは蜘蛛と例えられるが、ちょうど蜘蛛の頭部部分と言ったところか。そこから四方に艦体が広がり、両舷に四つのシールドユニット。全体各部に主砲と副砲、そして機銃が前面方向へと集中的に設置されていた。


 一応と言うべきか、一部の主砲、副砲ともに左右、後方に砲身を向けること自体は可能だが、火力は激減する。後ろを取られた場合はそれだけで危機的に陥るのだ。

 どうやらそれを補う為に服従プログラムによる無人艦隊の運用をメインとしていたのだろう。

 そんな艦の中で、リリアンは艦長席で手と膝を組んで、レーダーが捉えた第四艦隊の動きを注視していた。


「さすがは疾風迅雷の第四艦隊。迅速な部隊展開ね」


 艦橋のモニターに表示される光点。それぞれがどの艦艇を現しているのかはこの時点ではまだわからないが、進行速度から察するに駆逐艦と巡洋艦が等間隔で広がり、索敵を行っていると見える。

 座して動かない二つ反応。これは恐らく戦艦クラスと見るべきだろう。


「ある意味、我々にとっても初めての艦隊戦ですが……どう出ます?」


 副長のヴァンはいつものポジション。リリアンの斜め後ろに立ちながら、同じようにモニターを見上げる。

 ヴァンにしてもこのような本格的な艦隊戦の経験はない。

 月光艦隊にいる面々全員がそうだ。


「そうねぇ……まずはいつも通り相談かしら」


 リリアンの指示に従い、通信士のデボネアが各艦との通信をオンラインにする。

 帝国の若き獅子たちと呼ばれた四人の少年がモニターに映し出される。

 真っ先に声を発したのはヴェルトールであった。


『ごきげんよう司令官』

「もしかして茶化してます?」

『何を言う。一応、この戦いは第六艦隊の戦い。そして君はそこの責任者じゃないか』

「それはそうなんだけど。それより相手の動きは見えているわね?」


 お互いのレーダーはリンクしているはずだった。


『全員見えている。流石はポルタ司令だ。手堅く、そして素早い』

『褒めている場合ではないぞ。足の速い駆逐艦に攻め込まれれば、俺たちでは対処できん』


 そう言うのはティベリウスを指揮することになったアレス。


『と言ってもよぉ、相手の得意な動きに合わせる必要ってなくね?』


 パイロン艦長、デランの言う通りであった。艦隊機動戦ではどう足掻いても相手が一枚上手である。これは性能云々の話ではなく経験だ。


『僕もそれに賛成』


 セネカの艦長に就任したリヒャルトも同意の旨を伝える。


「フム。となると、まず一つの方法はこの場から動かない。防御陣形を取り、迎え撃つ」

「提案があります」


 リリアンの発言にかぶせるように、エリスの艦橋では珍しい声が響いた。

 それは合成された電子音声であり、全員の視線がその声の主に注目する。

 艦橋中央に設置された筐体。その真上には海底都市で発見されたロボットの頭部がそのまま接続されていた。その頭部は口元のチューブのみを排除され、代わりに声を発する度に点滅するデジタル液晶パネルが取り付けられていた。


「わー! ニーチェ、邪魔をしちゃ駄目じゃない!」


 そんな声の主に慌てて飛びついて、どこにあるかもわからない口を押えるのはステラである。彼女の席はそのロボット、ニーチェのすぐそばにあった。というのも、無人艦隊を操作するパネルがちょうどニーチェの筐体と重なるからである。

 元々、無人機の制御装置であったものに、とりあえず取り付けたというのが正しい。


「ステラ中尉。あなたが発言をしないからです」

「いいの! 邪魔をしちゃ駄目!」


 ステラは「メッ」とまるで母親が子供を叱るようにニーチェへと対応するが、件のニーチェは全く意に介してないようで、筐体の上にある頭部がぐるりと回転し、リリアンへとその電球のような両目を向けた。


「拒否します。私はマスターに全ての状況をお伝えする義務がございます」

「いいわ。時間も惜しいし、聞かせて、ステラ」

「あ、いえ……その、シミュレーションとは違いますし、あまり効果的じゃないかもしれませんので……」

「時間が惜しいと言ったの。あらゆる可能性は考慮すべきよ」


 その時だけは、リリアンは言葉を圧を強めた。

 ステラの才能を活かす。それはこの模擬戦の目的の一つでもある。何より彼女は無人艦隊を操作するもう一人の艦長であり、戦隊指揮官でもあるのだ。

 この場で、発言をする権利はある。


「ステラ、早くして。航路の再計算だってすぐには出来ないのよ」


 席が近いミレイがステラを促す。


「そうだぜ。特にこのエリスちゃんは砲撃が難しいんだ。というか射角たりねぇ。内側に潜り込まれたら機銃しか使えねぇんだもんな」


 砲撃手のコーウェンも軽口を叩いて、ステラを励ましている。


「ティベリウスの時だって結構割り込んでたんだから、ここでごねるのは無しよ」


 デボネアもそれに続く。


「う、うん……」


 第一艦橋の支持を受け、ステラも小さく頷く。


「提案します。全艦隊は敵部隊の最も左側に向けて突撃してみてはどうでしょうか」

『各個撃破を狙うのか?』


 ステラの提案にヴェルトールが疑問をぶつける。

 確かに、敵部隊は等間隔に並んで前進している。面としてみれば圧倒的かもしれないが、お互いの位置が微妙に離れている為、言ってしまえば単独行動をしている様にも見えるだろう。


「いいえ。敵部隊の動きは迅速です。どこかに食らいついても、すぐに包囲されるだけです。中央突破を図ろうとすれば、両舷から。左右どちらからに食いつけば、後ろに回り込む」

『だろうな。第四艦隊はその疾風迅雷な動きが特徴だ。攻撃を仕掛けたとおもえば、いつの間にか包囲殲滅される』


 アレスの発言にステラも頷いた。


「そうです。ですので、そのように動いてもらいます。ただ、無人艦隊はエリスの後方に下げ、待機させます。ヴェルトールさ……中佐の第一戦隊が攻撃を仕掛け、アレス少佐のティベリウスが砲撃支援。その背後にエリスを構え、さらにその後ろに私の無人駆逐隊。ですが、前に出ると言っても出すぎてはいけません。とにかく敵部隊の左翼に直進して下さい」


***


 戦況が動く。

 第四艦隊の先発隊は巡洋艦四隻、駆逐艦三隻。それぞれを交互に配置し、等間隔で展開。前進させる。

 どの位置に敵が噛みつこうと全ての艦が駆け付けるように。場合によっては即座に集結し、砲火を集中する事も、撤退する事も可能である。

 当然、敵を包囲する事も。


 対する第六艦隊は全艦総出で、第四艦隊の左翼へと突撃を開始していた。

 それこそ、旗艦エリスも含めて。しかし、足の速さの関係で巡洋艦一隻、駆逐艦二隻の部隊が先行する形となり、ティベリウスはその背後から砲撃支援の形。エリスは後方に構え、その後ろを守るように四隻の駆逐艦が備える。


 先発隊が捉えた映像は第四艦隊旗艦フラカーンへとリアルタイムに送信されていた。艦隊司令のポルタは相手の動きの意図を探っていた。


「ふん。各個撃破を狙うか? 砲撃能力に賭けたか、それとも別の動きがあるのか?」

「まずはセオリー通り、という事でしょうか」


 副官がそのように答えるが、ポルタはもう一度鼻を鳴らした。


「あまりにも素直すぎるな。かといって、左翼部隊を放置するわけにもいかん。左翼部隊はあまり前に出るな。残りの部隊は予定通り、連中を囲むように動け。素早くな」


 しかし……とポルタは訝しむ。

 駆逐艦の配置は奇妙ではある。足の遅い旗艦の後方を守る。それは分からなくもない。準備できたのが旧式の駆逐艦しかなかったのだろう。

 それに旗艦エリスの防御力は高いとみた。四つのシールドユニットを搭載しているのだ。かなりの堅牢さだろう。

 ということはその堅さで耐え忍ぶと言うのか。


(気持ちが悪いな、連中の動きは)


 何か違和感がある。

 それがぬぐえない時点で、何を見落としている事は明白だった。


(だが、四隻の駆逐艦が背後を守るのならば、こちらの部隊で蹴散らすことは可能だ。あのエリスとかいう艦も後方への攻撃手段に乏しいとみた。ここは、左翼部隊を後退させつつ、取り囲むのを急がせるべきか)


 艦載機があれば話も変わっただろうが、お互いにこの模擬戦ではそれらは使用しない事となっている。

 

「展開を急がせろよ」


 ポルタは、そう指示するしかなかった。

 状況は、まだ動き始めたばかり。

 数分後──模擬戦用の派手なレーザーライトと花火による疑似爆風の光が見える。

 砲撃戦が始まったのである。

 

「第六艦隊の動きは」

「依然、左翼部隊へ……いえ、敵艦隊、左翼部隊との戦闘を避けています! 我が方から見て、左へ直進。部隊から離れてゆきます!」

「なに?」


 部下の報告の通り、第六艦隊は一度左翼部隊に攻撃を仕掛けたが、そのまま応戦することなく全員で進行方向に直進。連中からすれば右方向へ突き進んでいた。


「このままでは同航戦……いや真正面からの撃ち合いになるか」


 いわゆるT字ではなく、相手は遠回りをしてまで正面切っての撃ち合いに持ち込もうとした?

 だがそれはいささか不自然だ。そんなことをする必要はない。それならお互いに直進すればいいだけの話だ。


「……まずいな。敵の駆逐戦隊の動きは!」


 違和感の正体が判明しないまま、ポルタはぞわりとした感覚が背中を走った。


「は? 依然、旗艦の後方……あ、加速しました!」

「突破させるな! あれは無人艦だ! そうだ、あれに人間は乗っていない! 旧式とて侮るな!」

「え、こ、これは……!」

「今度はなんだ!」


 部下の悲鳴に似た叫びが耳に入るたびにポルタはさらに大声で怒鳴り返す。


「わ、ワープ反応! 駆逐艦がワープを……! あぁ、これは!」


 部下の反応を聞く前にポルタも悟った。

 無人艦隊は人がいない。つまり、乗員に考慮する必要がない。それこそ、ワープ酔いだろうが、急激な加速、減衰、方向転換すらも、容易に行えるという事実である。


「迎撃魚雷! 機雷も散布させろ!」


 部隊の展開速度で、第四艦隊が手玉に取られてたまるか。

 その意味も含めて、ポルタは指示を投げ続けた。

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