第83話 少年たちの野望

「なに? 俺にティベリウスを?」


 月面基地、会議室では模擬戦への対策会議が行われていた。

 第四艦隊がそうであるように、月光艦隊もまた忙しくなっていたのである。

 その一幕、アレスは突然に任命に驚いていた。まず因縁深いティベリウスが名義上は第六艦隊の構成艦として登録された事。一時的ではあるが、月面基地に搬入され、整備を受けている事。

 そしてその艦長に自身が任命された事だ。


「待ってくれ。戦艦となればヴェルトール。お前がやるべきではないのか?」

「俺にはマクロがある。それに艦隊の編制を考えた結果だ」


 ヴェルトールはそう言いながら、考えた艦隊編成を画面に映し出す。

 この模擬戦、形はどうあれ第六艦隊再編を主軸としたものである。そうなると必然的に旗艦はエリスという事になる。

 エリスを中心として、左舷前方に配置されたのはヴェルトールが指揮する第一戦隊。構成されるのはマクロ・クラテスを旗艦とし、デランのパイロン、そして新たなにリヒャルトを艦長に据えたセネカである。


「なんだか、なし崩し的にリリアンの駆逐艦を受理しちゃったけど。これで僕も艦長だ。よろしく頼むよ」


 書類上、リリアンは月光艦隊から離れたが、セネカはまだ月光艦隊のものである為、こういう形となった。


「なんか奇妙な感じだけど、学生時代を思い出すよな。まだ一年しか経ってねぇけど」


 デランも懐かしい組み合わせに笑顔を見せていたが、次の瞬間にはほんの少し表情を曇らせる。


「でもなぁ。艦載機の使用は禁止なんだよな今回」

「仕方ないよ。いくらなんでも戦闘機群を艦隊運用するレベルで配置するのは無理がある。慣熟飛行だって出来やしない。正直、駆逐艦運用だってこりゃ土壇場だ」


 月光艦隊も、準備期間はギリギリと言ったところだ。


「でも、デランの言う通りだ。よく学園のシミュレーターでは僕たちで艦隊を組んだり、時には戦ったりしていた。本当に、懐かしいよ」

「懐かしむのは良いが、そこに俺が入っていないのだがな。それで、この駆逐艦隊はなんだ?」


 アレスが指摘する右舷を構成する第二戦隊は不思議であった。四隻の旧式の駆逐艦だけである。


「これはエリスの機能を活用した無人艦隊だ。これを第二戦隊。そうだな水雷戦隊と呼んでも良い。魚雷、機雷を主軸とし、戦場をかき乱す役割だ」


 ヴェルトールはそう付け加えた。


「そして君のティベリウスは守りの要。旗艦エリスの前方に配置する」


 旗艦エリスの真正面に堂々と君臨するティベリウスという配置。

 ヴェルトール艦隊にアレスがいない理由がこれである。

 

「女神エリスの面倒を見るのは軍神アレスというわけか」


 己の名前の由来。奇しくもエリスが待つ火星に連なる神の名前。

 女神ニュクスの娘であると同時にエリスとアレスは兄妹とも親子とも言われる。

 そのような関係性を意図してか、それとも単なる偶然か。

 アレス自身も苦笑していた。


「機動と防御。お前が最も得意とする運用を行うには、今の月光艦隊では圧倒的に艦が足りん。ならばここは防御という点を見込んで、この戦艦をお前に任せたい」

「わかった。お前がそう決めたのなら、それが最も効果的なのだろう。俺はそれに従うまでだ」


 疑問がないわけでもない。

 だがヴェルトールという男は自分よりも遥かに先の物事を見据えている男だ。彼がそう考えたのであれば、悪い事にはならないだろう。

 それにティベリウスはかつての事件以来だが、同時によく知っている艦でもある。何より、エリスを除けば単純な性能は一番高いし、元々少数人数で運用できるように設計された艦でもある。

 慣熟もそこまで手間取る事はないだろう。


「俺の事は了承したが、この第二戦隊。無人艦と言うが、誰が操作するんだ。エリスのシステムか? あの、回収されたロボット?」


 対話機能があったとも聞くし、管理をしていたらしいとも聞くが実際の性能は未知数だ。


「いいや、この艦隊を運用するのはステラらしい」

「あいつが? いや、確かに得意そうではあるが……」


 ティベリウスでの一件もそうだが、アレスもまたヴェルトールがコテンパンにのされた艦隊戦ゲームの様子を見ていたのである。

 それにここまでの戦いでも彼女の勘の鋭さや、作戦に与える影響は大きかったと思う。今現在は、リリアンの部下としての活躍しかないが、もしここでその才能を見せつければ一角の指揮官としての能力を認められるかもしれない。


「リリアンの考えか?」

「あぁ。流石の俺も、その提案が出された時は驚いたが。同時に納得もした。ステラの能力をいかんなく発揮するには無人艦隊の方が都合が良い。全く、嫉妬するよ。リリアンは俺よりもステラの事を理解している」


 冗談めいて言っているが、ヴェルトールの目が若干本気なのをアレスは見逃さなかった。彼が見せる珍しい隙である。レオネルでもそうだが、この完璧に見える少年もこと、女性が絡むとそうではないらしい。

 そう言えば、パーティーを抜け出して逢引していたとも言っていたな。


「フッ、お前たちの色恋沙汰に関しては見守るとするよ。それで、模擬戦の場所は?  具体的な状況設定もあるのではないか?」

「あぁ。戦場は火星と木星の間。アステロイドベルト。太陽系内では色々と都合の利く場所だからな」


 火星と木星の距離は非常に大きい。この両惑星の公転軌道にはそれこそもう一つ別の惑星が公転していてもおかしくない程の広さが存在する。だが実際は無数の小惑星帯が広がっているが、宇宙全体から見れば別に密集しているわけではない。

 充分に艦隊を展開できるスペースは存在し、何より他の邪魔にならない。流石に航路の封鎖などは行われるが、大規模な艦隊同士の演習にも使われる場所である。


「全能たるゼウスの御前でエリスが戦う……か。作為的なものすら感じるな」


 何かと帝国軍とはロマンチストな部分が存在する。験担ぎとも言うべきか。

 古来より、吉兆を神頼みするのは珍しいものではない。何かの後利益にあやかろうとするのも悪い話ではない。

 とはいえ、アステロイドベルトが戦場に決まったのは単純に広い空間が確保できるからだろう。


「ティベリウスの一件以来、本当色んな事に巻き込まれるよね僕たち」


 リヒャルトはそう言いながら小さく笑う。

 そのような考えはみなの共通認識でもある。


「本当、色々ありすぎて頭の中が混乱しているよ。極めつけに一足先にリリアンは第六艦隊の後任だ。まぁ仮って言葉が付くけどね」

「ま、俺は少なくとも飽きないから良いけどな。あ、いや、やっぱ面倒くさい取材はなしで」

「フッ、お前は未だに海賊退治の功労者でもあるからな」


 アレスが茶化すとデランは勘弁してくれと言う風な顔を浮かべていた。


「まぁ良いじゃないか。僕たちがこうして話題になると、それだけ月光艦隊への理解や支持は大きくなる。それに、第六艦隊再編に一枚噛めれば、ヴェルトールの計画も大きく進む。そうだろう?」

「あぁ、怖いぐらいにな」


 ヴェルトールは腕を組み、頷いた。


「リリアンも、そしてゼノン閣下も、この模擬戦を一つの踏み台にしようとしている。俺もそうだ。何としても勝たねばならん。だが、相手は主力艦隊を任された強者だ。油断はするな。駆逐艦と巡洋艦の機動性に翻弄されれば、隙を突かれる」


 かつての第六艦隊も決して弱くはなかった。

 海賊退治で名声をあげたのは確固たる実力を有していたからだ。彼らが壊滅したのは光子魚雷による不意打ち、そして光学兵器を無力化する装甲とステルスのせい。

 だが今回の模擬戦はそのような搦め手は取れない。真っ向勝負ともなれば、艦隊運用の実績年数がものを言う。

 いくら自分たちが才能を評価されようともそれはシミュレーションでの話。


「だが、これはある意味俺たちにとっても理想的な状況だ。ここで、俺たちの実力を世に知らしめる。俺たちは、ベテランたちにも引けを取らない実力があるのだと見せつけてやるのだ。ゆえに、全力だ。その意気込みでなければ、勝てんよ」

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