第82話 大人たちだって憂鬱する

 過程はどうあれ、模擬戦そのものが急遽決定した事に変わりはない。

 そうなれば実施まで時間を要するのは当然であった。与えられた準備期間は三週間。

 長いようで短い準備期間はあっという間に過ぎさるものである。

 それまでに装備の点検、艦隊編成、関わる予算のあれこれを考えなければいけないのだ。


 これが本格的な演習であればもう少し長い準備期間と実施期間があっただろうが、今回のは言ってしまえば決闘に近い。

 またそれだけの時間があれば民間に伝わるというものであり、大々的な報道がなされていた。

 もとより宣伝目的でもある為、秘匿する事はなかった。


【月光艦隊、第四艦隊との大規模演習か】

【第六艦隊の新たなる司令官に最年少が抜擢!?】

【帝国の新たなる英雄の誕生の瞬間!】


 しかも渦中にいるのが、今を時めく月光艦隊だというのだから、さらに民衆は湧く。

 付け加えて、その内の一人が壊滅した第六艦隊の後任として決まるかもしれない。

 それがまた話題を呼び、通常であれば航路が制限され、面倒くさい事をやっているという印象しか持たれていない模擬戦は、今回ばかりはエンターテイメントに成り下がっていた。


 で、こうなるとやり辛いのは月光艦隊だけではない。 

 その相手をするおとめ座方面を担当する第四艦隊の面々としても、自分達のメンツがかかっている。

 全くもって厄介なことになったと思っているのが第四艦隊司令のポルタ・ライツェーン中将である。


「面倒面倒。連中め、よくも俺に貧乏くじを押し付けたものだな」


 頭と首がまるで一体となったかのような体型であり、両腕も両足も丸太のように太い。岩肌のようにごつごつとした掌と頬。

 機動性を重視した艦隊の司令は、山のような男であった。

 そんな男は右腕のいやに太い指で艦長席のひじ掛けをしきりに叩いていた。


「これで我らが土をつけられてみろ。世間の笑いものだな。えぇ?」


 ポルタは第四艦隊旗艦フラカーンの第一艦橋で、クルーたちに言い聞かせるように、不機嫌な声を広げた。

 もう片方の腕は目の前に投影表示されたニュース画面をスワイプしていた。どこもかしくもこの模擬戦の話題で持ち切りだし、適当に映像チャンネルを点ければやはり同じ話題が延々と飽きもせずに報道されているだろう。


「アルフレッドめ。ややこしい展開にしてくれたものだ」

「何か、お考えがあってのものではないのですか?」


 ポルタの副官はなよっとした中年の男であった。

 彼の斜め後ろに立ち、それとなく返事をしただが、ポルタとしてはこの副官もまたのんきな奴だなと内心で毒を吐いた。


「考え? 違うな。場を収める為、適当な方法を提示しただけよ。奴にしてみれば、周りの喧騒などどうでもいいわけだ。さくっと解決させる方法がこれだった。だから実施させた。それだけだよ」


 ポルタは大きく鼻を鳴らしながら、悪態をつく。


「アルフレッド大将という男は面倒を嫌う。あの男が声を荒げない事を仏だという奴もいるがそうじゃない。奴は何に対しても興味がないのさ。それが巡り巡って野心がない、淡々と業務はこなす、与えられた仕事は果たす。だから年功序列で総大将さ。ま、実際、大した事件が起きないのなら、うってつけの男さ」


 しかし、今は平時ではない。第六艦隊の壊滅、それに伴うロストテクノロジーの出現。もっと言えば敵性エイリアンの存在までもがくすぶっている。

 この状況に置いて、第六艦隊の再編が急務であることぐらい誰もがわかる。

 だがその重要な事柄を決める総大将があの調子ではな。


「俺としても、ピニャールめに嫌味を言うだけの話だったのだ。腰ぎんちゃくのピニャールの娘がどこぞの艦隊の司令官になろうが、新型だか旧世紀の遺物だとかを手に入れようがどうでもいい。今は戦力が欲しい所だからな。他の政治に熱心な連中がどう考えているかは知らんが」


 ポルタはそこで一旦会話を中断すると、ニュースを閉じて、他の部下にアフタヌーンティーを持ってくるように命令を下してから、再開した。


「だが彼奴めがこれ以上、皇帝陛下のお近くに寄るのは面白くない。なのでその牽制程度の話だったのを、ややこしく大きくしたのはアルフレッドよ。あのいかれ趣味の老人め」


 部下の持ってきた紅茶に角砂糖を四つ入れてろくにかき混ぜることもなく砂糖ごと飲み込むポルタ。ボリボリと砂糖をかじりながら、彼は新たな投影映像を映し出す。

 それは自身の艦隊編成であった。

 駆逐艦と巡洋艦を前面に押し出し、戦艦は後方での火力支援。

 ある意味では鉄板な動きである。


「九隻だろうとセオリーは変わらん。駆逐艦による索敵、魚雷による先制攻撃。巡洋艦の砲雷撃を混ぜて、主力戦艦で圧をかける。良いな。特別な動きはいらん。いつも通り足を止めるな」


 そのように副官に伝えると、彼は敬礼をして第一艦橋を去る。


「さて……問題はあのロストシップか」


 ポルタは口の中に残るじゃりじゃりとした砂糖の感触と味を確かめながら、今度はエリスの資料に目を通した。

 奇怪な姿をした艦だ。どうやら元の姿ではなく、改修作業中だという。冗談みたいな話だが、四つの巨大なマスドライバーが装着されていたという。


「どんな設計思想だ。前面攻撃力だけに特化したのか?」


 理屈はわからないでもない。非常に危険ではあるが、シールドが存在するのであれば多少の無理は通るのだろう。


「しかも、実弾しか搭載していないと来た。随分と金のかかる艦だな」


 それにエリスの特徴の一つに、なぜか重粒子などの光学兵器が一切搭載されていないという事だろうか。実弾のみ、物理的な質量で確実に削り取ろうというのだろうか。

 同時にそれは弾薬費がかかりすぎる事になる。しかも通常の戦艦よりも大きく、砲塔の数も多い。仮に全砲門を一斉射し続ければ軍事費の何パーセントがとんでいくのか試算してみたいものだ。


 恐ろしい事は間違いない。今は取り外されている四つのマスドライバーによる圧倒的な弾速と質量弾はシールドをやすやすと貫く事だろう。

 模擬戦ゆえにそんな危険はないし、今は安全の為取り外されている事が非常にありがたい。


「だが、連中が危惧しているのはこっちか。服従プログラム。直球な名前だなオイ」


 特殊なプログラムを他の艦艇に感染させることで制御を奪うという。


「確かにこっちも面倒ではあるが……」


 現状、そのプログラムとやらは直接艦内で打ち込む必要があるらしい。

 なので、今回の模擬戦でいきなりこちらのコントロールを奪うという事はないだろう。

 それでも戦艦クラスの兵器を丸ごと操る事が可能というのは質量弾とは別の意味で恐ろしいものだ。

 聞けば、総司令部と同型の巨大船すらもコントロールを奪っていたと聞く。

 仮にそのプログラムがネットワークなどを媒介して感染すれば、あのエリスとかいう艦は一瞬にして帝国軍の兵器を掌握する可能性だってあるだろう。

 

(子供には過ぎた玩具。そう言いたくなる気持ちもわからんでもない。しかし、俺たちだって軍隊でおまんまを食ってきた人間だ。地位も手に入れた。いくら高い玩具を使っているガキが相手でも負けるわけにゃいかんだろうさ)


 面倒な模擬戦ではあるが、やるとなれば徹底的だ。

 油断などするはずもない。

 巨大だというのであればそれだけ鈍重でもある。シールドユニットを搭載していようとも横に広がった艦体は絶好の的だ。

 その隙間を埋める為か、あの奇跡の帰還を果たしたティベリウスを無理やり配置し、その他にも廃棄予定の老朽艦をいくつか艦隊に組み込んだという。

 流石は参謀総長、そして皇帝一族の分家と言ったところか。その程度のものは用意できるというわけだ。


(数の上では全くの互角。だが廃棄寸前のオンボロが四隻。それに対してこちらは未だ現役の艦。ロストシップが未知数ではあるが、バランスだけを見れば戦力差は互角かもしれんな。えぇい、面倒な。これで俺たちが負ければ笑いものだ)


 ポルタは口の中に残った砂糖を探すように、舌を転がす。


(だが駆逐艦と巡洋艦の運用はこちらの方が上だ。ガキどもはさてどのように動いてくるか……)


 彼らはまだ艦隊を運用したことがない。ごく少数の艦艇のそれとは違う。

 シミュレーションでは何度もあるだろうが、必ず言う事を聞いてくれるAIとは違い、人間はミスもする。

 その事を考慮に入れておかなければ大規模な運用などできやしない。

 優秀だとは聞くが、さてそれもどこまでのものか。


(しかし、連中がたった一隻で宇宙の果てから帰ってきた事は事実……度胸はあるというわけか)

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