第81話 ご都合主義の通し方
模擬戦をする事になった。
その報告が火星のリリアンに耳に入ったのは、件の会議から丸一日が経った後の話であった。
当てがわれた部屋で報告を受けたリリアンは深い深いため息をついて、天井を見上げたという。
驚きはしなかった。まぁ来るだろうなと思っていた事だし、そりゃあ文句の一つや百個は出てくるだろうと。
いかに参謀総長の娘とは言え、皇帝一族の分家の指揮下とは言え、皇太子殿下のお気に入り、皇妹のお気に入りであろうと、十八の小娘が誉ある大艦隊に列するなどと言う事態はそりゃあ騒がれる。
異例の抜擢が過ぎるわけであるし、その過程もまためちゃくちゃなのだ。
なし崩しと言えばそれまで。ロストシップの所有と管理者権限の書き換えが現状では不可能という状態から端を発した騒動でもある。
『予想していたという反応だな?』
映像通信に映るゼノンは落ち着いた様子のリリアンを見て、頼もし気とも言いたそうな顔を見せていた。
「案外早かったなとは思っています。でも、どうせこれはパフォーマンスなのでしょう?」
『だろうな。反対派の連中もまさかこうなるとは思ってもいなかっただろう。しかし、アルフレッド総司令の鶴の一声で決まった』
「その方々とて、本当に模擬戦がしたいわけではなかったでしょうに……今頃は余計な事を言い過ぎたと悔やんでいるのではなくて?」
月光艦隊は申し出を断る事が出来ない。
それは事実であるが、同時に文句を言うものもそれにふさわしい結果を出さなければならない。
吐き出した唾を飲み込む事が出来ないように。主君に異を唱えるというのはそういう事だ。
彼らにそこまでの考えがあったとは思えないが、総司令がそのようなセッティングをしてしまえば彼らもやるしかないのだ。
『普通であれば、なぁなぁで流れる所だがな』
エリスが発見されなければ、そもそもこのような事態は起きなかったのだろう。
『しかし、今回ばかりは彼らの考えも理解できないわけではない。エリスの発掘、運用。そして所有権をめぐる一連の流れ。それ以上に第六艦隊の壊滅の余波は大きかったというわけだ。エリスはきっかけの一つに過ぎない。だが、その艦が発見されなければ、第六艦隊の再編に関わることなく、ずるずるといつものような意味のない定例会議で終わっただろうさ』
エリスと名付けたのはやはり正しかったのかもしれない。このように不和と争いを巻き起こしている。
どうせこの艦を見つけた時点で何かしらの騒動が起きるのだろうと言うのはわかっていた。
だから模擬戦を行うというのは受け入れる。
ただ問題なのは、誰と、どの程度の規模で行うかである。
恐らくは実際の艦を使った大規模な演習になるだろう。
「模擬戦は承知致しました。ですが、どう戦えばよろしいのですか? よもや、エリス一隻で複数の艦隊を相手にしろなどと言う無茶を仰るわけではないでしょう?」
『流石にそれは不公平というものだ。お互い、最大九隻までという条件が付けられた。また我々の相手は第四艦隊が務める事になる。旗艦を含めて戦艦二隻、巡洋艦が四隻、駆逐艦三隻と提示してきた』
帝国第四艦隊は巡洋艦と駆逐艦を多数保有する機動性に優れた艦隊であるのが特徴的だ。空母並みの艦載数を誇る巡洋艦も存在するが、どうやらこの模擬戦では運用しない方針のようである。
『これに対して、我々は月光艦隊を出向という形で数を合わせる。それと戦艦を一隻、まわしてもらう事になった。これで戦艦は君のエリスを含めて二隻。そして巡洋艦のマクロ・クラテス。駆逐艦のパイロンとセネカだ』
「全く以て足りませんね」
戦艦二隻、巡洋艦一隻、駆逐艦二隻。計五隻だ。
流石にこれでは戦いにならないだろう。圧倒的に数が足りない。せめて巡洋艦だけでどこからから都合して貰わないと。
「今から他の艦隊から借りるわけにもいかなでしょう? いくら主力艦隊が一五〇〇隻あるとはいえ……」
一五〇〇隻。それは栄光ある地球帝国軍の艦艇、いわゆる主力艦隊だけで計算した場合の数である。そのうち戦艦は一二〇隻、空母は六隻。巡洋艦は二〇九隻、残りは駆逐艦。さらに、この中でもシールド艦、砲撃艦など細かい種類に分かれ、軽空母並みの搭載数を誇る巡洋艦、戦艦クラスの攻撃力を持った重巡洋艦などもひっくるめて計算されている。
なおこれらはその時々の整備、更新によって変わるが基本的にはこの数を七つの艦隊、そして植民惑星の防衛に分ける。
(そのうちの何隻かは光子魚雷で消えていったわけだけど、それでも帝国の艦艇数にはまだ余裕がある)
とはいえ、これは帝国の全艦艇ではない。当たり前だが植民惑星の防衛には圧倒的に数が足りない為、実際は主力艦隊には含めない旧式艦もまだ稼働しており、これらが各地の植民惑星を防衛している。
旧式とは言うものの、【通常】の海賊や反体制派が運用する艦艇に比べれば天と地ほどの差がある。
(かといって、それぞれに任務がある都合上、今から臨時で模擬戦の艦隊を組む為に参加してくれとは言えない……なにより即席の混成艦隊は動きが乱れる)
いくら最終的な指揮系統は艦隊司令にあるとはいえ、動きの癖や性格を把握する必要がある。それに、昨日今日あったばかり上司と部下では信頼関係もないだろうし、お互いの提案に素直に従ってくれるとも限らないのだ。
(まさか……卒業したての新兵を使う?)
何だかんだとティベリウス事件からはもう一年が経過しようとしている。
リリアンはまだ十八だがもうそろそろ十九になる。つまり、新たな卒業生がやってくるというわけだ。
(いや、それも難しい。卒業試験を終えてない学生を使うのは例外すぎる。私たちのような事がそうホイホイと起こるわけにもいかないし、余計に混乱を招くだろうし)
しかしそうなると数の問題は如何ともしがたい。
『数に関しては私に考えがある。まぁ少々、君の御父上にもお力添えをしてもらう事になるが、月光艦隊を設立するよりは簡単だろう』
「即席で数を増やしても、艦隊運用は簡単にはいかないと思いますが?」
『あぁ。なので人員に関しては残念ながらといった所だ。だが、使い物になる艦ぐらいならかき集めてみるさ』
ゼノンの意図は何となく察する事が出来た。
一年経つというのがちょうどいいわけである。装備の更新、それは破棄されるものも含まれる。実戦には耐えられなくなった老朽艦というものはどうしても出てくるものであり、これらは解体処分され、新たな資材となる。
それを前提に新兵器の実験に使われたり、場合によっては練習艦として改修されることもある。
「……まさか、エリスの服従プログラムを利用なさるおつもりですか?」
ゼノンはそれらの廃棄予定の艦艇をかき集めるというのだ。
流石に攻撃力の高い戦艦や重巡洋艦、艦載機の類を運用する空母級は集める事は不可能だろう。また艦載機も同じく、厳しいとみる。
だが軽巡洋艦、駆逐艦であればそれぞれ二隻程度は集まるはずだ。
そしてその運用をエリスの支配下に置くことで人的不足をカバーするというわけだろう。問題があるとすれば、どこまで運用できるか、そして誰がその支配下の艦を指揮するかである。
『使いこなして見せれば、他の将軍たちも文句は言い辛い。それに、フィオーネ様やレフィーネ様も鼻が高いというものだ』
「簡単に言ってくれますね。ですが、そこまでお膳立てされては、こちらも退けぬというもの」
『頼もしいね。それでは、まずは君が乗っていたセネカとそして一応我らのものとなるティベリウスの乗員についてだが』
「それに関しては我々で話し合いたいのですが、どうでしょう?」
『構わん。ヴェルトールたちにも伝えてある。実際の艦隊運営は君たちに投げっぱなしだからな。今回も任せるとする。残りの艦に関しては出来るだけ相手と同じになるよう集めるとするよ。ではな』
ぷつりと通信が途絶えると、リリアンはもう何度目かになる溜息と、天井を見上げる一連の動作を行う。
「全く。面倒なことになったものだ」
しかし、これは同時にチャンスでもある。
第六艦隊編成に着手出来れば、アルフレッドに近づけるし、帝国軍の改革に関しては大幅に短縮ができる。
それはつまり、必ず勝たねばならない戦いでもあるのだ。
「これを乗り越えられないようじゃ、あの決戦だって乗り越えられやしない」
チャンスはそれだけではない。
もう一つ、見定める必要がある。形はどうあれ無人艦を操作するとなれば、それはステラの出番だと思う。
彼女の才能は、たびたび見てきた。
なら、もうそろそろ開花させても良い頃合いだろう。
「未来の元帥の力。ここで連中に拝ませるのも良いかもしれない」
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