第80話 欲するならば勝ち取れと大人は言う

 エリスと名付けられた艦をそもそも小娘一人に任せてよいものか。いくら皇帝陛下の妹君の指図でもそれを「はいそうですか」と納得する事は難しい。

 お気に入りにおもちゃを与えるような話ではないのだから。

 何より、そこに参謀総長が大きく関わっていて、これ以上調子づくのは気にいらない。

 そういった言葉や態度が明け透けに見えてくるのが大人の世界である。


 総司令部。神月の会議室では定例会議という名の宴会が始まっていたが、今回ばかりは騒動が起きすぎた。それゆえに参加者もピリピリとしている。

 何よりその場には皇帝陛下に連なる分家である久世家の御曹司であり、少将の位を頂くゼノンも久しぶりに参加しているからだ。


 それが更に他の参加者たちの機嫌を損ねる。

 ピニャールめがゴマ擦りの本領を発揮してきた。そう思う者も少なくはない。

 実際、ピニャールとしても自分の味方が多いのは心強いものであった。

 それに、この手の文句やケチは慣れたものだ。


(ま、分からんでもないがな。不平不満を腹のうちに溜めこむよりはマシではある)


 ピニャールは涼しい顔をしながら、批判の視線を受けていた。それに、自慢の愛娘を含めて月光艦隊は着実な成果を上げている。何を恥じる事があろうか。

 多くの者も、先の海賊事件に関してはとやかく言うものではなかった。言ってしまえば駆逐艦だけで恐るべきロストシップを撃沈してみせた。それは間違いのない事実であり、これにケチをつけるのはただのひがみである。


 だが事はそれでおさまらない。過程は何であれ、新たに発掘されたエリスというロストシップ。その所有権、指揮権を弱冠十八歳の小娘に譲渡し、あまつさえ壊滅した第六艦隊として運用する。いかに皇帝に連なる者たちが決めたとて、それでは軍隊としての筋が通らない。

 何より報告されたエリスの性能を信じるのならば、帝国の戦力を奪われる可能性だってある。

 ウィルスを仕込んで制御を奪う。それは恐ろしい話であり、主導権というものを握られる恐れもある。


「確かに、ルゾール殿の御息女、そしてそのご友人方の働きは素晴らしい。まさしく新進気鋭。帝国が誇るべき新たな星であります。しかし、いささか、与える褒美が度を過ぎていらっしゃるのではないか?」

「左様。独自の艦隊、数隻とは言え軍艦の手配、それに人事にも首を突っ込んでいるとか」

「聞けば、惑星レオネルでの一件。事故のようなものだと。となれば、御息女も混乱しておられるはず。突然、旧世代の遺物などを手渡されては……」


 出るわ、出るわの反対意見。

 一言で説明するのならば「お前の権力が強くなるのが気にいらない」というわけなのだ。

 娘からのお願いもあったにせよ、ゼノン少将への接近。それに伴い皇太子への働きかけ。発足した月光艦隊とロストシップの撃破。そして皇妹とレオネルの一件。しまいには第六艦隊再編だ。

 確かにどれも騒動だ。当事者になってみれば事の面倒臭さが分かるものだが、傍から見るとそれはピニャールにとって都合が良い出来事にみえるらしい。

 実際、ルゾール家の立ち位置は気が付けば皇帝に近い場所へと移動していた。それこそ、親衛隊にも匹敵する程の。


(それで。大将閣下はなーんも助けてくださらんのか)


 馬耳東風とでも言うべきか、ピニャールは他の官僚や将軍たちからの言葉など気にせず、ちらりと上座に座るアルフレッド総司令を見る。

 羽織袴姿で胡坐をかき、脇息と呼ばれるひじ掛けに体を預けて、会議を聞いているのかいないのか。

 飲めもしない抹茶に砂糖を入れている姿が見られた。


(困っちゃうんだよなぁ、こういう時ぐらいはびしっと部下を助けて下さらんと。それとゼノン様もだ。置物じゃないか)


 毎度追及を受けるのは自分なのでそれには慣れているので良い。

 だが今回ばかりは進むも退くもどっちでもいいから話を進めたかった。


「良いではないか」


 そんな事を考えていると、アルフレッド総司令がぼそりと呟く。


「ロストテクノロジーに関しては皇帝陛下がご関心になっておられる。全てを妹君に一任し、それを月光に煌めく若獅子たちの群れ艦隊が見事果たした。ならば、それは彼らのもので良いではないか。それにあれは今、火星にあるという。あそこの科学者、研究者らが金を出すというのだから、受け入れてやっても良い」


 アルフレッドの発言を聞いてピニャールは内心、顔を覆いたくなった。


(そのお言葉が一番反感を買う)


 ようは「良いから黙って言う事を聞け」と直訳されてしまう可能性が高いからだ。

 実際、他の面々はそのように捉えて、あからさまに不機嫌な顔を浮かべている。

 あえて声を荒立てないのはゼノンがいるからだろうか。だから、より一層、ピニャールへと冷たい視線が向けられる。


「それに七つの艦隊を元に戻すのもまた我らの急務。危機過ぎ去りてますます帝国は健在という姿を見せてやるのもまた、臣民を安寧へと導くものと私は考えるがな?」


 アルフレッドがそう続けるが、納得のいかない者はついに反論を投げかける。


「ですが、経験も浅く、何より若い。あまつさえロストシップを扱うのですよ。ルゾール殿が娘を可愛がるのは結構。ですが、与える玩具が危険すぎます。幼子にブラスターを渡すようなもの。扱いを間違えれば暴発し、己だけではなく周囲も傷つけるでしょう」

「なら諸君らで教育してやればいい」

「は……?」


 アルフレッドは淡々と続けた。

 その返事に反論していた者たちも、ピニャールすらも首を傾げた。


「そのもの達が扱えているかどうかを諸君らで見定め、扱えていないと判断すれば取り上げ教育すればいい」

「閣下、それは、つまり……」


 話がまたややこしい方向に向かおうとしている。

 それを察知したピニャールは慌てて真意を問いただそうとする。このまま放置すれば、間違いなく面倒くさいことになる。


「ルゾールの娘は力を示せばいい。それが気に入らぬのなら諸君らは力でもって抑えればいい。わかりやすい構図ではないか。皇帝陛下を守る剣ならば、その力を示す。童であろうと、扱える力があるのならば、それは皇帝陛下の為に使う。我ら帝国軍の兵士、全てはその身も心も皇帝陛下に捧げる。それを示す方法は、力である」


 ピニャールは思わず肩を落とし、視線を地面に向けた。

 それは本当に言ってはならぬ言葉だ。

 確かにそれはわかりやすい。誰も文句はないだろう。力をもって全てを決める。これ以上にシンプルな話はないし、力を見せる事はあらゆる事の証明にもなる。

 皇帝陛下とその妹らが「やってみせよ」と期待を向けたのであれば、月光艦隊の面々はそれを示さねばならない。

 認められぬというのであれば、その方らはそれを証明するべく動かねばならない。


 実の所、キツイのは間違いなく月光艦隊である。

 彼ら、彼女らはこの申し出を断るわけにはいかない。皇帝とその家族によるお気に入りという寵愛は常に結果を出し続けなければいけないからだ。

 結果を出すからこそ、融通も利かせてもらえる。結果を出すからこそ寵愛を受ける。

 無能と判断されれば、いかに個人的な好みであっても手放す必要がある。

 それは権力者自身の名誉にも関わる問題であるから。


「ゼノン様。あなた様がここにいらっしゃるというのは、そういう旨を受けるという意味でもあらせられるのでしょう?」


 無言の華に徹していたゼノンはアルフレッドの言葉を受けて、微笑を浮かべて頷いた。


「はい。そのお話、受けて立ちましょう」


 彼はにこやかに答えた。

 同時にピニャールは冷や汗を流していた。なぜその流れになるというのだ。

 抗議を含めた熱い視線をゼノンに向けてみるが、彼はウィンクを返してきた。

 そうではない。そういう話ではない。もっとこう、穏便に済ませられる流れはなかったのか。


「派手に参りましょう。臣民たちに我ら帝国の力を多いに見せつけるにもうってつけ。強靭強烈なる帝国艦隊。老いも若きもその全てが力に満ち溢れ、皇帝陛下の剣として君臨している。それを示す事になれば、いかなる結果であろうと皇帝陛下は満足なさるでしょう。受け入れぬはずがありません」


 ゼノンは雄弁に語った。


「では……お相手はいかがいたします?」

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