第79話 第六艦隊(仮)再編計画
休めたようで休まる暇もないバカンスの付き添いから解放されてから、一週間が過ぎようとしていた。
月光艦隊は通常業務に戻りつつ、レオネルでの騒動に関する報告書や始末書などの書類仕事に追われる。
なおかつそこに定時巡回や例の如くのメディアへの露出。ある意味では、懐かしい忙しさに身を投じる事で、彼らは自分たちの本来のペースを取り戻してゆく。
が、そうもいかない面々も存在する。
それこそが旧セネカ隊。現在は第六艦隊(仮)であり、たった一隻で構成される部隊である。
レオネルにて発見されたロストシップは未だに名称がなく、女王様と借りの名前で呼ばれ、火星にその身を寄せていた。
地球帝国最先端の科学技術を扱うのは、かつては軍神の星と呼ばれ、今現在は学術の星となっている火星。
なおかつそこはレフィーネのお膝元でもある。
彼女が在籍し、同時に責任者としても君臨するからだ。
「休暇らしい休暇も取れていないのに、申し訳ないわね、サオウ」
何千年もの昔に真っ先にテラフォーミングされた火星は、かつては赤い星だったと言われていたのが嘘のように水と自然豊かな惑星へと変貌していた。
第二の地球とも呼ばれるこの星に降り立ってからの展開は中々休まることのないものであった。
とにかく女王様の所有権、編成、修理、研究である。
その内の修理を担当するのが、サオウであった。レフィーネの力添えもあるが、スタッフの殆どはセネカからそのまま異動する形となり、増員の殆どもレフィーネの息がかかった派閥の者たちである。
通常ではありえない話だが、女王様の所有権を宙ぶらりんにするよりは明確に管理していますと名乗る方が厄介な手続きなどが短縮されるとの事だった。
「なんの、なんの。機械弄り屋からすればロストシップの整備は腕が鳴るってもんよ。で、さっそくなんだけど、この我儘娘。下手したらそのまま沈んでいたかもね」
サオウが言うには、修理に関しては徹底しなければいけなかったらしい。
「海底都市で無人のロボットたちに整備をさせていたとはいえ、千年もの間放置された艦体はやっぱり細かな傷や機能不全を起こしている個所も多かった。それに人工重力やワープ機関の不調が目立つ。まぁこの辺りは直ぐに危険が迫るわけじゃないんだけど……」
サオウは手にしたタブレットで次の報告書を提示する。
それは女王様のシルエットを蜘蛛のように見せる無数の砲身と、長く伸びた四つのマスドライバーである。
「この各所に装備されたマスドライバーキャノンが問題だった。なにせ砲身が歪んでて、仮に一発でも発射すれば即座に暴発。そのまま誘爆を起こして内部でズドン、と言ったところかな?」
「お、恐ろしいものに乗っていたのね私たち。全武装をロックしておいて正解ね」
海底都市から何とか引きずりだされ、月光艦隊に曳航されながら火星までやってきたわけだが、やはりとんでもない爆弾だったというわけだ。
戦闘行為に巻き込まれなくて幸いである。
「それで、この我儘な女王様の調整はどのぐらいになりそうなの? 第六艦隊の旗艦にするって話だし」
自分たちを第六艦隊の後釜に据えるなどと言う話をゼノン少将から聞いた時は「正気かこの男」と思ったが、同時にそうでもしなければこのロストシップを手放す事になるし、何より総司令直属の部隊ともなれば当然、総司令官との距離も近くなる。
それはレフィーネが語った、全ての真実を知るアルフレッドへと近づく為には必要な事である。
恐らく、ゼノンもそれを狙っての事なのだろうとはリリアンも理解していた。
「そうだねぇ。とりあえず通常航行をするのならまず四つのマスドライバーを取り外す方がいいかな。これが一番危険。完全な調整が完了するまでは使っちゃ駄目。その代わりに、シールド発生装置を四つ取り付ける事になった」
「随分と防御重視……あぁ壊したくないのか」
「でしょうねぇ」
なにせ火星側としても自由に研究調査ができるロストシップだ。しかも現存して稼働する個体は知的好奇心をくすぐることになるだろう。
そんな大切なものが何らかの戦闘に巻き込まれて撃沈でもされたら困る。
調整も完璧には終わっていない状態で動かすのならせめて傷がつかないように配慮したという事だろう。
「はぁ……なんというか本当に厄介なものを見つけてしまったわね。しかも艦長、かと思えば第六艦隊の旗艦、私ははれて最年少の提督? 出世街道を突き進むのは良いけど、これはちょっとやりすぎ。流石の私もついて行けない」
理由があるのはわかっていても、実際にその身に降りかかると厄介この上ない。
(とはいえ、私はそれをステラにやらせようとしてたのだから、因果応報って事なのかしら)
まさか自分がヴェルトールたちよりも先に提督(仮)になるとは思ってもみなかった。
一応、前世界では決戦艦隊の右翼を担う分艦隊を指揮する立場にもいたが、あれこそ本当の意味で無意味な七光りによるものだ。
そもそもあの人事すら通せてしまう時点で、帝国の質の低下は極まっていたとみるべきか。
そう考えると、今この場で提督になれるというのはチャンスでもある。ヴェルトールやゼノンが改革を推し進めているのは知っている。リリアン自身もそれには賛成であるから、父を頼り月光艦隊を結成させた。
それが今では跳び越えて第六艦隊再編に着手している。言いたいことは多々あるが、それでも都合は良い。
「ところで、レフィーネ様が持ち帰ったあのロボットの頭部。あれ本当に使うの?」
話は大きく変わり、リリアンはもう一つのレオネル土産の事を思い出していた。
海底都市にて人類の帰還をずっと待っていた作業ロボットの一体。調査の結果、あれは対話式のインターフェースも搭載されている事が判明している。
またどうにもリリアンの声紋が登録された原因の一つでもあるらしく、単なる作業を任されたロボットではない可能性も浮上していたのだ。
「プログラム関係の話になると流石に私も専門外な事が多くなるけど、あのロボットちゃんのシステムの一部がどう見ても女王様とリンクしているのは確かよ。多分、少人数で艦を動かす際の補助としてロボットを使っていたのでしょうね」
「確かに、異常なまでに搭載されているドローンの数も多いものね。大半が作業用とはいえ」
女王様もそうであるが、件の海底都市に眠るロボット、ドローンの数は大小及び役割を問わず、機能停止したものを含めれば一万体近く存在していた。とはいえ、実際に稼働していたのが多くても三千体、しかもその内の二千体近くは不調を抱えていた。
その全てに女王様の服従プログラムがインプットされているのだから恐ろしい話である。
「いうなれば、あのロボットちゃんは女王様への謁見を許可する執事や親衛隊といったところかしらね。もし、再起動のタイミングがずれていたらあの女王様はアデル曹長の物になっていたと思うと、運命って不思議なものね」
サオウの言う通りだ。
運命のいたずらとも言うべきか、ロボットを発見したあの時、真っ先にロボットに近づいたのはアデルなのだ。なのに、再起動のタイミングが遅れてしまい、その丁度に声を発したのがリリアンなのである。
曰くエラーが起きていたのだという。そのエラーが解消された瞬間だったとか。
そんな意味の分からない偶然があって良いものかと突っ込みたくもなるが、事実そうなっているのだから受け入れるしかない。
「というわけであのロボットちゃんを艦の補助知能として取り付ける作業も進んでいるって話。狙いとしてはあの子の頭の中にあるデータだろうけど」
ロボットの中に眠るデータバンクは貴重であると同時に女王様の操艦に関しても何らかの手助けになると考えられたのだ。
何が出来て、何が出来ないのか。本来の性能はどういったものなのか。そう言ったことを知る為である。
「壊れた後も労働を強いられるなんて、ロボットとはいえかわいそうね」
もとよりそう言う為に作られた存在とはいえ、千年のワンオペを果たした功労者なのに。
まぁ実際、手助けして欲しいのは事実なので、使えるのなら使うわけだが。
「ところで艦長……提督とお呼びした方がいい? ちょっとだけ聞いておきたい事があるのだけど」
「まだ仮よ。それで、なに?」
「あの艦、名前はどうする? いつまでも女王様女王様じゃ味気ないでしょ?」
「あぁ、それね……レフィーネ様にも早くつけておけと言われていたけど」
女王だからクイーンなんちゃら、というのは安直だろうが、それ以外にらしい感じの名前もない。
ではクイーンなににするべきかでまた悩み始め、もうジョロウグモで良いんじゃないかとすら思ったが、流石にそれは避けた方がいいだろうと踏みとどまる。
そうなるとまた名前に悩む事になり、何一つ思い浮かんでいない状態である。
「名前を考えるだけでもはた迷惑ね……」
いくらかの逡巡の末、リリアンはぽつりと名前を漏らす。
「エリス」
それは、不和と争い、騒動を巻き起こす女神の名前。
別名をエニューオーとも呼び、戦いの神の姉妹とも娘とも呼ばれた存在。
ここに至るまでに色んな騒動を起こしたあの我儘な艦。そして身に秘めた恐るべきシステム。それを考えれば、ある意味ではピッタリな名前かもしれない。
「そう、あの艦の名前は……エリスよ」
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