第78話 蚊帳の外の男たち
『一体どういう事なのですかゼノン様。私はもう報告を聞いたときは思わず心臓が止まりかけた。妻などここの所、心労が堪えてデザートも食べなくなってしまった。私を見ろ、このように頬がげっそりと欠け落ちている』
「お辛い気持ち、お察ししますピニャール参謀総長。ですが、私も寝耳に水なのです」
月面基地、ゼノンの執務室では珍しい組み合わせの会話がなされていた。
通話画面のピニャールは至って健康そうだが、それでもソワソワとしており額からは汗がとめどなく流れていた。
対するゼノンは普段の通り、穏やかで涼やかな笑みを浮かべているが、彼をよく知る者が見れば口元が引きつっており、作り笑いを浮かべている事がわかる事だろう。
ともかく、両者共にストレスに苛まれているという事実である。
『どうしてこうなってしまうのだ。月光に煌めく……ンンっ! 月光艦隊を設立してから、今日まで心休まる事がない……あの子の、リリアンたっての願いでここまでやってきたつもりだが……色々な事がありすぎた』
「そうですね……私も全く想定外の事ばかりで驚いています」
一応、ピニャールは月光艦隊の後見人という立ち位置にいる。艦隊司令のゼノンと密接な関係であることは本来珍しくない。
だが、ここ数か月の間は色々な事が重なりすぎてお互いにこういった会話を交わす事が出来ずにいた。
まずはそもそもの艦隊結成の根回しや装備更新、何より艦船の手配は書類一枚で済むというわけではない。少将であろうが参謀総長であろうが、関係各所に話を通す必要があるし、サインしなければいけない書類の数も膨大。
そこに予算調整や人員配置なども考えれば、椅子に座っているだけでも忙しい。
だがそれは良い。それは問題ではない。
必要な事であるし、立場がそのような仕事を強いるのだから文句もない。
それでも管轄外から横っ面を殴りつけてくるような事件にはため息も出るものだ。
『海賊事件からおかしな事ばかりだ。第六艦隊は壊滅する。タイタンの警備部隊も壊滅する。ハウロイ家のご子息は人質になる、私の可愛いリリアンも攫われる……どちらも無事であったから良かったものの、今度はロストテクノロジーと来た! 光子魚雷の存在も、ロストシップの存在も、もはや隠し通せるものではない。そうしたら今度はどうだ! 皇妹殿下の付き添いに出かけたと思えば、またもやロストシップ! しかも! リリアンが所有者として登録!』
「えぇそうです。頭の痛い問題が次々と起きてしまい。私も混乱しています。バカンス土産には少し重い……」
ロストシップの発掘。海底都市の浮上未遂。それに連なる惑星レオネル崩壊の危機。そこにリリアン・ルゾールがロストシップの艦長として登録されてしまい、しかもそれはそう簡単には解除できないと来た。
さらには発掘されたロストシップの所有をめぐって皇妹の一人、レフィーネが『そっちで管理しなさい。私が許す』などといきなりの爆弾発言。
確かに、皇帝の親戚の言葉は大きい。それこそ人事に影響を与えるぐらいは容易にできるだろう。
だが今回は違う。規模が違う。ロストシップなのだ。失われた千年の時代、文明崩壊の危機を招いた恐るべき兵器なのだ。それを見つけたまでは良いとしても、一体全体何がどうなれば所有者になるというのだ。
幸いなのは、よもや自慢の娘のプライベートなデータが共有されてしまったという事実をピニャールは知らないという事だけだろうか。
「しかし、事実としてロストシップは見つかり、リリアン嬢はそのマスターとなってしまった。秘密裏に処理できればそれでよかったのですが、あまりにも騒動が大きくなりすぎました。そこにレフィーネ様のお言葉もあります。否が応でも我々が対応せねばならないのですから」
ゼノンの言葉通りである。
レオネルのロストシップ騒動も、見つけただけなら何とでもできたのだ。
発見した、軍で管理します。それで済む話。あとは他の部署に丸投げ。それで終わり。
だが艦長として登録されました、皇帝の関係者が所有を認めたという手順が追加された瞬間、大事になるのだ。
しかもそれが自分たちの預かり知らぬところで始まったのだからたまったものではない。
当然やってくる。他からの「どういうことですか?」という問い合わせの数々。
軍関係者ならまだ何とでもなる。事情を話せば「皇妹殿下関係ですか」となる。
しかし、一般のメディアはそうはいかない。この手の連中は面白可笑しく書き立てるし、話題に飢えていると来た。
「しかし、逆に申せばこれは利用できるチャンスです。過程はどうあれ、所有権がこちらで認められた。しかもそれを容易く解除は出来ない。これはもう仕方ありません。それに、ロストテクノロジーの探索は皇帝陛下直々の勅命であります。我々はその命に従い、そして結果を出した……驚かれはするでしょうが、とやかく言われる筋合いもない……」
『しかし、あのような厄ネタを内側に引き入れるとややこしい事になりますぞ?』
「えぇ。非常に危険です。恐らく月面基地に持ち込むのは相当先の話になると思われます……なら作ってしまえばいいのです。必要な置き場所を」
『作る……それはどういう……』
ピニャールはゼノンの言いたいことを理解してしまった。
『いや、いやいや、それは不味いですぞ。非常に不味い。いくらゼノン様が久世家のご子息、そして私が参謀総長であっても、それは無理というもの。そもそも月光艦隊ですら中々の無理を通したのですから……』
「えぇ。非常に無茶を申し上げています。ですが、残念ながら月面基地であの艦を受け入れるというのはどうしても国民感情が理解しないでしょう。そもそもがよく分からない兵器。しかも先の海賊事件のせいで敏感になっています。ですから……消えた第六艦隊の後釜を用意して、そこにとりあえず据える……皇帝陛下直々の艦隊であり、総司令官の指揮下に最も近い位置にいる。これはこれで騒がれるでしょうが、国民の意識はそちらに向きます」
壊滅した第六艦隊の再編は後回しにされていた。
ゼノンはそれを利用しようと言うのだ。彼の言う通り、大きな話題にはなるだろうが、それを別の話題で塗り替えるというのはよくある手法だ。
もはや隠し通せないのなら、あえて見せびらかした方がいい事もある。
「リリアン嬢には第六艦隊の司令として就いてもらいます。もちろん規模はかつての第六艦隊よりは縮小されるでしょう。今すぐにというわけにもいきません。ですが、その様に用意している、対応しているという事実があればそれで充分です」
『しかし、それでは月光艦隊が……一応、これは皇太子様のお力添えもある事ですし』
「出向という形を取ります。つまり、月光艦隊は第六艦隊と共同作戦を実施する。それは未だ万全ではない第六艦隊の為である……そうすればいい。ですから、出向先の艦が月面に来る事も、まぁ、仕方ないというもの。私の所有物ではない。皇帝陛下のご威光の為、必要な行動をしている。そう言い訳も出来ましょう」
それでもずいぶんと無理な話を持ち込んでいる事をゼノンも理解はしている。
だが宙ぶらりんになるよりはマシだ。
(とはいえ、ずいぶんと私の目論見から逸れている。いや、むしろ加速度的に進みすぎていると言ってもいいか?)
帝国軍の再編と改革。
それはゼノンも目的とする事だ。ヴェルトールたちのような有能な若者が台頭できるように働きかけ、いずれは影響力を持ち、クーデターなどではなく、合法的な改革を行う。
その為には長い目で見た計画が必要となり、若いとは言っても三十、四十の頃の結果になるだろうと思っていた。
それがどうだ。小規模とはいえ、独立艦隊を得た。それで実績も出した。
かと思えば今度は第六艦隊の再編にまで手を出している。
そんな事が出来るなど、もっと先の話だったはずだ。
(何かとんでもないことをやっている気がする)
彼の知る所ではないが、異なる歴史においてもゼノンという男は帝国の再編に関わる。それが彼にとって幸せな方法であったかどうかはまた別の話。
それはさておいても、この流れはある意味では望ましい。怖いぐらいに都合が良いことも含めて。
(それでも、敵性エイリアンの存在を考えれば必要な事だ。それに……)
ゼノンは片時も忘れた事は無い。
スパイの存在を。
(皇帝陛下か、それとも総司令官か……スパイが地球の技術を知っている事は間違いない。それに、レオネルで発掘された戦艦の機能。あれが、一つだけと思う方が甘えだ。あるのだろうな……あちらにもロストテクノロジーが。それを調べるためには……)
奇跡の帰還を果たしたあの戦艦が必要となる。
ティベリウスが。
(総司令部直属の艦隊を組むのだ。戦艦の一隻ぐらいは融通してもらわねばな)
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