第77話 誰が我儘娘を管理するのか

 惑星レオネル崩壊の危機はたった一人の少女のスリーサイズと体重と身長と血液型とその他諸々を公表することで回避された。

 9000メートルもの構造物がなんの対策もなしに浮上した場合の被害を計算することなど馬鹿らしいレベルであり、ただ一言、リゾート惑星としての価値がなくなるところだったというだけだ。


 当然及ぼされる被害総額は天文学的。未だ若い彼ら、そして貴族のご子息たちであろうと到底支払えるものではないし、規模が規模なだけに皇妹二人も権利を剥奪される危険性だってあった。

 それを単なる数値データの公開だけで防ぐ事が出来るのだから些細な問題だ。

 きっとそうに違いない。だから気にすることもないはずだ。自分は危機を救うために最適なことをしたはずなのだから。

 だからこの妙な恥ずかしさは一時的に違いないのだ。

 

(あー……精神が肉体に引っ張られるというのはこういう事か……かつての私なら全く気にしてなかった気もするけど)


 これまでに水着を着たり、父に媚びを売る為のぶりっ子を演じたり、最近の流行りにいまいちついて行けなかったり。多々感じる違和感はあれど、今回が一番きつかった。

 それもこれもロストテクノロジーに関わりだして、歴史が大きく変化したせいだ。

 まさか歴史改変の変動が、自分を辱める為に働き始めた? そんなバカな話があるものか。

 きっとこれは偶然だ。そうでなくては意味が分からない。

 だからこれはたまたま重なっただけなんだ。


「とにかく、二度とリゾートにはいかない。うん。やめよう」

「自己完結している所、悪いがそう簡単には話は終わらんぞリリアン」


 ヴェルトールが多少の哀れみを含んだ目でみながら言葉を投げかける。

 現在、月光艦隊の艦長クラス及び皇妹二人はホテルの一室を借りて臨時の会議室としていた。

 議題は当然、ロストシップと海底都市、そしてそこに残された数々の資料についてだ。


 現在これらは海底に待機させたままである。現在の彼らでは周囲に影響を及ぼすことなく浮上させる機材と人材がない。

 出来る事と言えば一先ずそこで待機させ、皇妹が手配した作業チームの到着を待つしかなかった。


 だがそれをただぼうっと待っているわけにもいかない。

 月光艦隊は当事者である。しかもその内の一人はロストシップに登録され、艦長となってしまった。今後、何か行う際にはリリアンがいなければ艦もそして海底都市も動かないというわけである。


「問題なのは、あのロストテクノロジーの塊をどう管理するかだ。都市ユニットはしばらくレオネルに置いていく他ないが、あの艦は月面に持って帰る他あるまい……一応、兵器だしな」

「持って帰った後だよね、ヴェル」


 さてどうしたものかと頭を抱えるヴェルトールとリヒャルト。


「ゼノン少将の口添えで月光艦隊の所有艦には出来ないのか?」

「難しいだろうな」


 デランがそのように尋ねると、代わりに答えたのはアレスであった。


「ロストシップという存在はそこらの艦艇とはわけが違う。言ってしまえば存在そのものが異質、そして大量破壊兵器になりえるものだ。月面都市は一応、娯楽の一般施設もあるからな」

「近くに軍事基地があるってのにか?」

「慣れ親しんだものとそうでないものの違いだ。特にあの事件もあったしな」


 そろそろ隠しきれなくなってきたロストテクノロジー周りの事件。

 第六艦隊の壊滅もメディアが一々報道しないだけで多くの民は勘付いている事だろう。

 だからこそ、帝国はあえてロストテクノロジーの発掘、管理を徹底する事に注力しているというわけだ。

 実際はそう簡単に見つかるとは思っていなかった所に今回の騒動である。


 しかも、惑星規模の避難勧告まで出されてしまった。

 大事には至らなかった為か、今は多少の落ち着きを取り戻してはいるが、レオネルを退去する観光客も少なくはない。

 ある意味、その方が作業もしやすいのだからありがたい話ではあるが、観光業は大打撃といった所だろう。


「それよりも、あの艦に登録されたリリアンのデータはどうするのだ? あれは今、リリアンにしか動かせないという話だが」

「そこなのよ、問題は」


 アレスの疑問に答えるのはレフィーネである。

 気にいったのかどうかはわからないが、海底都市で手に入れたロボットの頭部をまだ抱えていた。


「リリアンがいなければあの戦艦は動かない。まだきちんと調べてないので、これと言った確証はないけど、リリアンが許可を出さない限りは機関室を弄ろうとも火器管制を操作しようとも動かないでしょうね。管理者が乗り込んでいなければ絶対に動かない。正直、セキュリティとしては緊急時に融通が利かない気がするけど」


 仮にだが、何らかの事情でリリアンが艦を離れるとうんともすんとも動かなくなるというわけである。

 そうそうあるわけではないが、仮に戦闘中に艦を降りた場合、全くの無防備に晒されるというわけである。


「便利なようで、不便。意外と昔の人類も頭が固い。で、まあそれだけならいいのだけど……」


 レフィーネはここで初めて首を傾げ、難しい顔を浮かべる。


「どうにもあの戦艦、マスター艦のようなんだ」

「マスター艦?」


 その単語にリリアンたち聞き覚えがない。


「ようは他の艦艇を操作できる権限を持っている」

「あ、卒業試験の時にティベリウスをコントロールしていたシステム」


 類似したものと言えばそれぐらいなものだ。


「それは、今ある艦艇を支配下に置けるという事ですか?」


 ヴェルトールは一瞬にしてその危険性を察知したが、レフィーネを首を横に振る。


「あの女王様の特定プログラムを持った艦艇だけよ」


 どうやら思っていた危機はないらしい。

 だがその言葉を聞いてリリアンはふと思い出す事があった。


(うん? つまりあの艦は無人艦の操作ができる代物ってわけか?)


 それはいつか聞いたような、いや見たような記憶がある。

 そう、前世界の話。ステラが元帥となり、無人艦による反撃を開始した記憶。

 あれは単に帝国でも研究が進んでいた無人艦隊の成果だとずっと思っていた。卒業試験の際にティベリウスをコントロールしていた技術の応用だと。

 だがこの話を聞くと、実はそうではないのかもしれないと妙な確信があった。


(まさか、あの女王様。前世界ではステラが乗っていたの?)


 千年の時を経て、目覚めた女王。もしその性能が前世界の無人艦隊を操作する程の力を持っているのだとすれば、それはかなり危険度が高い。

 扱うもの次第ではまさしく命令を間違えない完璧な艦隊となる。一糸乱れぬ、一つの指示に忠実に従い、そして死を恐れないマシーン軍団。

 いや……女王に付き従う忠実な下僕たちと言っても良いだろう。


「その特定プログラムというものは、どういうものなのですか? 何か必要な機材を要するとか」


 思わず質問をしてしまう。


「うーん。こればかりは調査を進めない事にはわからないわね。ただ一つ確実なのはかなり容易にできるという事よ。だってこれ、コンピューターウィルスの類よ?」


 その言葉を聞いてリリアンも、そして安堵していたはずのヴェルトールも、他の少年たちもぎょっとした。

 それとは正反対の反応を示したのはフィオーネであった。彼女は何か感心したように頷いていた。


「なるほどーようは酒に酔わせて、イチコロってことね。とんでもない性悪女じゃない?」

「あなただって似たようなことするじゃない」


 双子の会話は気楽なものだが、リリアンたちはそうもいられない。


「あの、それってつまり。何らかの方法でプログラムを打ち込めば……」

「まぁ、通信システムとか同期システムとかその辺りを媒介にして動くのではないかしら。だから海底都市のロボットたちがみんなあの戦艦の為に動いていた」


 ぞっとするはずの話なのにレフィーネは楽しそうだった。


「もしかすると、かつてあの戦艦を率いていた人たちは圧倒的に人材が不足していたのかもしれないわね」


 そんな簡単な話ではなかろうと若き艦長たちは感じていた。


(これはますます、どこが所有するかで揉めそうね)


 頭痛の種というものはこうして増えていくのだ。


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