第76話 キャッスル浮上、ついでに赤裸々
艦内のシステムが息を吹き返す。機関室に向かわせた海兵隊が再起動させたとも思えない。つまりこれもまた人が戻ってきた時にそうなるようにプログラムされていたというべきか。
「さっきからずっと驚かされてばかりだけど、次は何が起こるわけ」
まさかいきなり出撃準備に入るなどという事はないだろうな。
そんな不安が一瞬よぎったが、今の所は待機状態を継続している。
とはいえ、再起動したことは事実である。
「ねぇ、これ動くの? 動かせるの?」
一方でレフィーネはさらに興奮が昂っているようで、まるで好奇心旺盛な猫のように目を輝かせていた。
「落ち着いてください。今は艦も待機状態ですし、不用意にそんなことをしたら他のクルーが危険ですよ。それに艦というものは少数で動かすのも大変なんですから」
機関室の動力に火が入らない限りは、少なくとも航行システムが作動することはない。
「そう……ちょっと残念ね」
危険なんですよ、と再度伝えようとしたが、多分こうなったレフィーネは聞く耳を持たないのだろう。
「リリアン少佐、連中はまだ機関室を発見できていないようです」
艦内システムの再起動に対してアデルも念のため、部下たちに連絡を取っていたらしい。彼らはまだ再起動に関わる作業を完了出来ていないとの事だ。
となれば、やはり艦橋に人が戻ってきたら取り合えず機能するようにしてあるのか。
しかし、それだと妙にセキュリティが甘い。
他にも何か原因となるものがあるのだろうか。
リリアンは用心しながらも、艦橋を見て回る。
「操舵、通信、レーダー、火器管制、動力制御……機能は生きているようだけど、まだロックがかかっている。その部分のセキュリティは出来ている? いえ、でもこうして再起動している時点で……そうなると?」
残るは艦長席だ。
恐らくそこに全ての権限が集中していると思われる。
リリアンがそちらに振り向くと、レフィーネとアデルが既にその席にいて、なにやらディスプレイやコンソールを覗いていた。
「あのー二人ともー。そういうのは勝手に弄らない方が」
「大丈夫よ。うんともすんともしないわ」
(勝手に触ってる……)
注意するものの既に遅く、レフィーネとアデルは顔を突き合わせながら操作しているようだった。
しかし、なんの反応もなく、ディスプレイとコンソールは淡い光を放つばかり。
「何が起きるのかわからないのですから、不用意な事はよしてくださいね」
念のため、リリアンは艦長席に向かいどうなっているのかを確認する。
ただよく見るとあちこち埃が被っており、レフィーネたちが指で軽く押し付けた指紋が残るぐらいだった。
しかも埃はかなり積もっている。その裏で色々と文字が表示されているのがわかるが、非常に見辛い。
「ほら。何か起動し始めてるじゃないですか。えぇと、何かしら。空調システムとかなら良いのだけど……」
リリアンは埃を払うようにディスプレイに手をかざす。それは自然な行為だ。埃が積もっているから払いのける。誰だってそうする。人によってはハンカチなどを使うかもしれないがあいにくと今はそういうものは持ち合わせていなかったし、無意識の行為だった。
【音声認証を確認しました】
「は?」
【指紋認証完了しました】
「え?」
【網膜認証完了しました】
「なに?」
【システム権限を譲渡。ロック完了。貴官のパーソナルデータを更新してください】
一方的な電子音声が次々と何かを完了していく。
リリアンも、そしてレフィーネもアデルも一体何が起きているのか理解するのに多少の時間をかけてしまった。
それほどまでに唐突な出来事だったからだ。
「リリアン? 何をしたの?」
だが、真っ先に我に返りそして目を輝かせるのはやはりレフィーネであった。
「艦のシステムが譲渡されたと言っていたと思われますが……でもおかしいであります。我々が触った時は何も反応が……ん? ちょっと待ってください。順番がおかしくないですか?」
感覚が冴えわたっているのか、アデルは奇妙な事に気が付いてしまった。
「リリアン少佐が画面を触った瞬間でしたが、それなら指紋認証が先になされるべきではありませんか?」
「い、言われてみれば……」
リリアンも指摘を受けて気が付いた。
確かに先の電子音は音声を認識したと言い出していた。そんなものいつ登録されたのだ。まさか偶然、古代の責任者と声の波長が同じだったなんて都合の良い話もあるまい。
だがそんなことを気にするよりも先に、彼女たちは新たな異変に対応しなければいけなかった。
【パーソナルデータ更新を待機します。惑星海洋環境チェック。OK。惑星大気環境チェック。OK。居住可能と判断。帰還プログラムに従いこれよりドック艦の再浮上を行います。おめでとう我らの新たなる母なる星】
嫌な言葉を聞いた。
浮上だと? しかも察するに浮上するのはこの海底都市……いやドック艦。
9000メートルもの巨大な艦が今まさに浮上するだと?
「ちょっと駄目に決まってるでしょ! そんなデカイものがいきなり海から現れたら!?」
単純な物理法則。津波が起きる。
何をどう気を付けたところで波は伝播する。
「大津波でしょ!」
「い、いや、その影響を受けないように、リゾート艦は緊急浮上プログラムが……あと距離もある!」
レフィーネは興奮しつつも答えるが、はっきり言ってなんの保障にもならない。
「どう起きるかわからないものへの対処なんてあてにできるわけないでしょうが! そもそも客船とかあるじゃないですか! うわわ、止めないとまずい!」
明らかに振動が大きくなっている。
このまま何の準備もなく浮上すればレオネルには未曾有の大津波が起こるだろう。リゾート施設は当然、のんきに海に浮かぶ船などは確実に巻き込まれる。
振動が起きている時点で大なり小なりの津波が発生している事だろう。
『おい! おい、聞こえるか! 調査班、何が起きている!』
混乱の最中、月光艦隊からの通信がアデルの下へと入る。
「ヴェルトール中佐殿! えぇとリリアン少佐に代わります」
「はぁ!? ちょっと、こんな時に!」
自分には対処不可能と即時判断を下したアデルはすぐさま通信機をリリアンに投げて渡した。
その信じられない行為にリリアンは目を見開くものの、しっかりとキャッチすると通信を交代する。
「なんかよくわかんないけど、ロストシップを見つけて私のデータが登録された! そうしたら今度はプログラムが起動してこの海底都市ごと浮上するとか言い出してる!」
『はぁ!? なにやっているんだお前は!』
「私のせいじゃないわよ! 古代人に文句言いなさいよ! 適当なセキュリティ残して! とにかくこのままじゃ9000メートルの巨大物体が無遠慮に海上に浮上してとんでもない事になるわよ!」
惑星規模の災害になることは明白であった。
「いや待ちたまえ。テラフォーミングを実施した上で浮上するということは、周囲の環境に影響が出ないようにしている可能性もある」
『ねぇレフィーネちゃん。それってその海底都市の機能が万全の場合じゃないの?』
「あ、そうか。あてにならない」
双子の会話はさらに不安を加速させた。
『うーん。とりあえず避難勧告だけ私の名前で出しておくけど、早い事なんとかしないと私たちみーんな犯罪者よぉ~?』
そう言いながら通信の向こう側のフィオーネが離れていくのがわかる。
聞こえてきた溜息はヴェルトールのものだ。
『とにかくだ。なんとか出来ないのか』
「今から技術者をこっちに……あぁ時間がない!」
『いや待て、お前のデータが登録されたという事は、そっちで操作できないか。プログラムの破棄ないしは中止だ』
それを言われてリリアンもハッとする。
そうだ。この艦が起動し始めたから意味不明なプログラムも始まった。
つまりシステムが同調している可能性はある。
『総本部と神月の関係と同じだ。以前聞いた事がある。総本部のシステムの殆どは実は神月からのコントロールであると!』
「そうか、あなたも総本部務め! じゃあ他にも何かわからないの!? 操作といってもどうするのよ、私は総本部になんて挨拶以外に行ったことない!」
前世界でもその程度の関係しかない。
『とにかくお前がコントロールを掌握しろ! 勝手に動いているという事はまだ完了してない項目があるはずだ! わからんが!』
「最後の一言が余分! えぇい、ままよ」
リリアンはもう一度埃を払いのけながら、ディスプレイを食い入るように見る。
確か後回しにされた項目があるはずだ。確かそう、パーソナルデータ。
画面を操作し、何とかその項目をひきずりだす。色々と登録しなければいけないようだ。
【IDチップを挿入してください。ない場合は直接入力を行ってください】
「チップ!? ない!」
そうなると自分で直接やるしかない。
どうやら登録された指紋と声でなければ操作は出来ないようだ。
登録するのは名前や生年月日。これはわかる。ただ問題も発生した。
「は、え? 体重と身長も? えちょっとまって、こんなに細かいの!? ってそうかパーソナルデータだから……」
どうやら個人そのものを登録するシステムのようだった。いわゆる生体認証と言うべきか。
指紋や声、網膜だけでは飽き足らないようで、血液やそれこそ身体の細やかなデータ入力が必要となるらしい。
本来それはもっと大がかりな設備で行う、もしくは既に登録されたデータを送信することで可能となるらしいが、どうやらこの艦では最低限の情報しか登録できないらしい。
それだけでも一応、艦の操作などは出来るようだが大がかりなマスタープログラムのようなものの操作はさらに認証が必要なのだろう。
「わ、わかんない……一々覚えてないんだけど……!」
体重や身長、血液型程度なら覚えているが、このパーソナルデータはそれ以上のものを要求していた。完全に個人であることを示せと言うのだ。
それはつまるところスリーサイズをなどを含めた数値データも……。
「馬鹿じゃないのかこいつ!」
思わずリリアンは叫んだ。
だが冷静に考えれば特定個人の生体データを丸ごと登録するのだから、さもありなんと言った部分でもある。
さてそうなれば……。
「ふ、フリム! フリムー!」
呼ぶしかないのだ。
健康診断を担当した医官を……艦隊の中で唯一、パーソナルデータを持っている者を……この星を守る為に。
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