第75話 女王の目覚めの時
海底都市の探索は情報の大津波であったが、同時に有益でもあった。
「手に入る情報は全部持っていきましょう。データサーバー本体に破損がなければ良いのだけど。あと、このロボットもね。頭部にメモリーチップが確認できる。可哀そうだけど、分解して、頭だけ持っていきましょう」
レフィーネはこういった部分では結構ドライらしい。ロボットに対して哀れみは見せるものの、情報資源として活用するという視点も同時に持ち合わせていた。
このままゆっくりと眠らせてあげようではなく、使えるうちは使ってしまおうというのだ。
海兵隊の一人に取り外させると、レフィーネはその頭部を抱きかかえた。
「さて……残るはあの戦艦だけど」
映像にも映り込んでいた蜘蛛のような戦艦。あれがこの星にたどり着いた移民船団の旗艦であったことは間違いない。そして移民惑星同士の戦争にも使われた事も容易に想像がつく。
もしかすると、戦闘の最中に甚大な損傷を負ったからここに置いて行かれた可能性もある。それが長い長い年月をかけて、プログラムに従うロボットたちのおかげで復元された。
もちろんこれは推測でしかない。
だがあの艦もまた、主の帰還を待ち望んでいたのかもしれなかった。
「む? わかった。レフィーネ様、置いてきた部下から、作業ロボットたちが艦の整備を完了させたようです。内部へと戻っていくとのことで」
その途中、アデルが部下からの報告を受け取っていた。
「わかったわ。とはいえ、ここの作業も完了していないのだし……でも気になるのよねぇあの艦も」
「それでしたら、このリヒャルトめが残ります。総本部と酷似した施設ですので、他にも手伝える事があるかと。それと本隊への報告もありますし」
リヒャルトがそう申し出ると、レフィーネは即刻了承した。
そしてちらりとリリアンを見る。ようはついてきなさいという事だ。
「それじゃリヒャルト。ここは頼むわ。アデル曹長は私たちと一緒についてきて」
その意を受け取ったリリアンも特に拒否するような意味もないので、応じる。
念のため、一番腕がたつアデルをレフィーネの護衛に着けさせて。
「それと、リヒャルト。追加の調査員を派遣してもらって。流石に施設内部が広大すぎるし、専門的な機材も多そう。色んな知見が欲しいところだわ」
「わかった。どっちにしろヴェルトールにもこのとんでもない発見で驚いて貰わないといけないからね」
そのようなやり取りを済ませると、リリアンとアデルはレフィーネを先頭に、件の艦へと向かう。
待機していた海兵隊とも合流し、人数としてはたったの五人。
巨大な戦艦を探るにはかなり少ない人数だが本格的な調査はいざ知らず、現状では第一艦橋を目指す事が決まっていた。
どうあれその部分が一番、重要な場所ではあるのだ。
「しかし、この形状の第一艦橋とはいったいどこなのでしょうか?」
艦内部へと入ると同時にアデルがふと疑問を口にした。
タラップの存在のおかげで乗員出入口ハッチはすぐに見つかったものの、【船】の形ではなく横広がりの【城】のような艦では、少しだけ勝手が違う。大体の艦船の第一艦橋は艦上部に位置する。古くからの船の習わしと言うべきか、そのような形状の方が作る側も、乗る側もわかりやすい。
わかりやすさとは重要である。
「私もよくはわからないけど、とりあえず中央区画じゃないかしらね」
こんなことならやはりサオウも連れてくるべきだったと思うリリアン。
「そこにあれば良し、なければ上部。だと思うのだけど」
ここまで形状が違うと常識も当てはまらない。
「せめてあのデータサーバーからこの戦艦の情報も抜き出しておいた方が良かったみたいね。まぁ仕方ないわ。入ったものは入ったのだし」
妙なところで大胆と言うか、細かいことを気にしないというか、レフィーネはどう見ても知的好奇心を満たす事を優先していた。
リリアンは少し前、この双子は正反対だと評価したが、揺らぎつつある。似ている。単純に外に向ける興味のベクトルが違うだけだ。
そう考えれば、いくら勅命を受けたとはいえ、皇帝の妹という権力を行使してまでロストテクノロジーの調査を行わないだろう。
ある意味、彼女も【我儘】なのだ。
「それにしても、形は変わっているけど、内部構造や見た目が今のものと変わらないのは神月と同じね。リリアン少佐、あなた方が遭遇したスターヴァンパイアを名乗るロストシップはどうだったの?」
「いえ、レフィーネ様。私はあの艦には乗っていません。ですが、それを格納していた基地にならいました。そこも、現在の帝国に使われる施設と大差ない環境だったかと」
「ふーむ。艦内部を移動する為の単独ワープシステムぐらいはあると思ったのだけど」
ロストテクノロジーならと思わなくもないが、なんとなくリリアンはロストテクノロジーにもある程度の限界があるとみていた。
「確かにロストテクノロジー及びその成果でもあるロストシップは凄まじい力を持っています。それは認める所ですが、私たちが考えるような夢のマシンというわけではないようですよ」
それは前世界における神月があっさりと沈んでいる事実も含めて、この時代に戻ってきてからスターヴァンパイアとの遭遇を経てのものなので根拠には乏しい。
「この艦にしても、ロボットたちがメンテナンスをしていなければ当の昔に朽ちていたでしょうし。本当に、今こうして現存しているのが奇跡に近い」
西暦と呼ばれた旧世紀の頃に比べれば耐久年数などは遥かに向上している。
最悪、百年は放置しても大丈夫などと豪語されていたこともある。実際は長くても十年、二十年単位で装備更新が起きるのだが。
しかし、ロストシップが事実千年もの間残っている、修理可能な状態でいる事を見れば、百年は持つという大言も嘘ではないのかもしれない。
そこには細やかな整備が必須という裏方作業の真実に目をつむればだが。
「しかしなんとも不気味であります。お恥ずかしい話ですか、私はこう見えてもホラーが苦手でありまして」
パワードスーツの屈強なボディからそんな言葉が出てきても違和感しかない。暗闇はライトで照らしだされるし、機銃程度なら余裕で弾く合金、軽戦車の装甲すらも撃ち抜くブラスターを装備し、最大稼働すれば2、3トンのパワーを発揮するというのに。
「幽霊が出てきてもそのまま捻りつぶしそうな装備してると思うのだけど」
「幽霊にブラスターが通用すればの話ですな! ははは! 通用しなかったらお手上げです。私は恥も捨ててその場に蹲りますとも!」
自信満々に答えるという事は多分、本音なんだろうとリリアンは解釈した。
この宇宙時代に何をと言いたいが、自分の身に起きた事を考えれば霊の存在も否定は難しい。
「ところでサブ動力しか働いてないようね。エレベーターが使えないわ」
レフィーネはその話には興味がないらしく、こちらもマイペースを発揮していた。
道中、艦内移動用のエレベーターを発見したのだが、いくら操作してもウンともすんとも言わない。
意味があるのかどうかはわからないが、レフィーネは抱えていたロボットの頭部に話しかけ、何かシグナルを送信させようとしているが、さすがに胴体部分から切除されていては電源も入るわけがない。
「さすがに兵器類のセキュリティだけは厳重なのでしょう。となると……階段か」
リリアンはちょっとげんなりする。
艦内部の非常階段は何というか、狭いし辛い。
しかもパワードスーツの移動は考えられていないので、アデルたちは別ルートを辿る必要がある。
「でしたら、部下たちは機関室を目指してもらいましょう。私は……」
アデルはパワードスーツを脱ぎ始めた。これにより重装甲はなくなるが、サイズ感は常人と同じものとなる。再度、このスーツを着るには専用の設備が必要なるのだが、アデルは思い切った行動に出たというわけである。
「今の所は危険がないとはいえ、護衛なしは認められませんので」
パワードスーツ内部に格納されている中で人が扱える武器だけを取り出し、アデルは準備を完了させた。
お化けが怖いといっていた割にはこういう時の判断力は早い。
「それでは参りましょう。お前たちは機関室へ、発見次第、報告。技術者たちを待て」
てきぱきと指示を出しながら、アデルはライフルを担ぐ。
***
その後、三人は暗く、長い非常階段を上り、階層を移動。その都度、中央を目指すべく手探りで艦内を探索しなければいけなかった。
艦内にもやはりと言うべきか、朽ちた整備ロボットが残っていた。回収されていないのは、エラーによるものなのか、それとも不要と判断された為か、それはわからないが、無常さも感じる。
ただ海底都市や地下空間と違うのは人の生活感は一切感じられないという事だろうか。
「う、うーむ。やはりスーツがないと怖いですね。ライトも小さいし、映像解析も出来ないし、パワーも出ないし」
一応先頭を進むアデルであるが、多少びくびくとしていた。
その分、細かく神経がとがっているのか、段差やロボットの残骸を即座に発見している。目の良さと危機察知能力は間違いないというべきか。
若干、口調が弱弱しくなっている所は愛嬌だろう。
「ふーん。あなた、がさつだと思っていたけど、存外可愛いのね。どう? 私の専属になる?」
「お断りします」
「そう……」
レフィーネの誘いにはきっぱりと断るアデル。
それなりに本気で残念がるレフィーネ。
「何やってんだか」
よくわからない漫才を聞きながら、リリアンも周囲を注意深く見て回る。
そして数十分後。三人は広い空間に出る。いくつもの通路の交差点と言うべき場所だと思われた。
となれば、ここはやっと艦内部の中央部分と言ったところか。
ならば艦橋ないしはそれに類する区画は近い。
「セオリー通りなら、まっすぐ進めば何かしらの部屋にたどり着きそうですが……」
リリアンがその取り合えずその方向へと進むと、変化が訪れる。
パッと艦内の照明が点いたのだ。それでもまだ暗いが、明らかな変化である。
それだけではなく、まるで道を示すかのように照明は続いていた。
導かれるように三人はその先へと進む。すると扉が視界に入る。パワードスーツがない為、こじ開けることは出来ないのだが、扉はまるで迎え入れるように自動的に開く。
そして。
「……艦が……息を吹き返し始めた」
扉の向こう側に広がるのは無数の計器類とモニターが起動し始めた光景。
駆逐艦とはくらべものにならないぐらいに広大な空間が怪しく光を放っている。
それは、眠りから覚める吐息か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます