第74話 失われた歴史の蓋を開けて

 単純な作業を行うドローンのようなロボットは珍しくない。人を模したようなロボットもテーマパークなどの受付には今も存在する。

 それらは単純な受け答えは可能だが、およそ知能があるという程ではない。

 むしろそれらよりも現在開発中の無人戦艦のシステムの方がよっぽど高性能であり、対話などは出来なくとも十分であった。

 

 しかし、この部屋で朽ちているロボットはどうだろうか。

 見たことがない種類ではあるが、形状から察するにこのロボットも何かしらの作業を手伝うものだとは思われる。


「まさか、ずっとここを管理していたのかしら」


 それがもう起動しない事を理解したリリアンは、なんとなく哀れに見えた。

 当時の人類がこのロボットに何を任せたのか、何を託したのかはわからないが、金属疲労を起こし、動力がなくなるまで延々と、この場にとどまり続けたのだとすればそれはとても残酷な事だ。

 リリアンはその崩れていくだけのロボットの真横まで移動して、優しくその肩をさすった。今度は崩れなかったが、同時に奇妙な異変が起きる。

 モーターが駆動する音がかすかに聞こえたのだ。


「え?」


 ギギギとそのロボットは内部の機械を作動させている。


「リリアン少佐、下がってください!」


 アデルがすぐさまパワードスーツの拳を構える。ブラスターを放とうとしたのだ。


「待って、何かおかしい!」


 だが、リリアンはそれを制止した。


「見ろ、モニターが」


 次に変化に気が付いたのはレフィーネであった。

 彼女は正面のモニターを指さす。先ほどまでは海底都市や地下空間の至る場所を映し出していた映像は全て切り替わり、一つの巨大スクリーンへと変化していた。


「おかえりなさいませ」


 電子音で再現された言葉がロボットより発せられる。


「おかえりなさいませ。おかえりなさいませ」


 無機質にその言葉を繰り返すロボットはブラスターを向けられている事など気にもせず、緩やかに車輪を動かし、前へと進む。

 しかしそんなことはもう出来ない。アデルが軽く触れただけで腕が崩れ落ちたロボットである。移動をしようものなら、車輪ごと根本から崩れ、下半身が分解されていく。

 がしゃんと前のめりに倒れたロボットはそれでも、残った腕で這うようにして前に進む。すでに下半身の移動用ユニットから上半身は切り離されていた。

 その突然の行動に周囲の者たちは唖然とするしかなかった。


「なんで急に……」


 リリアンは自身が崩れてゆく事など構わずに何を行おうとしているロボットがもう哀れでしかなかったが、同時になぜ急に今になって動き出したのかが気になった。


「まるで、リリアンの声に反応したように見えたが……」


 リヒャルトも恐る恐る近づいてくる。


「私? なんでよ」

「それは……ご先祖様が昔ここに関わっていて、子孫が訪れたら反応するようにしていたとか?」

「どんな仮説よ。私のご先祖様が惑星開拓に従事していたなんてお父様から聞いた事はないわよ。ずっと地球で活動していたって話だもの」


 とはいえリヒャルトの推測も一部分は間違っていないのかもしれなかった。


「いや待って。リリアンがというよりは、【人間】なんじゃないかしら?」


 その結論を出したのはレフィーネであった。


「人間が戻ってきたら再起動するように設定されていた……いつか誰かがここに戻ってきても良いように。そう例えば、一時的に離れるからそれまで単純作業を任せておくとか」


 レフィーネはもう前に進む事もままならないロボットの下へとやってくる。

 弱弱しく、それでもプログラムに従うロボットのそばにしゃがみ、その頭部を撫でてやった。

 するとロボットは再び「おかえりなさいませ」と発声する。


「そう考えるとなぜか急に電源が戻っていたりする理由もわかる。人間が戻ってきたからだ。我々の艦船のシグナルに反応したのも、海底都市が受け入れ態勢を取ったのも、あらかじめそうなるようにしていた。逆に言えば、こちらからアプローチしなければ、この機械たちは、定期的に動く以外の事をしなかったのだろう」

「ですが、それだと防衛システムも発動しませんか?」


 リリアンがそう尋ねると、レフィーネは少し難しい顔を浮かべた。


「そこまでわからない。ただ、ここを離れた人類はすぐに戻ってくるつもりだったのかもしれない。本当に慌てていたのかもしれない。でなきゃ、ここまで色々と乱雑にものが残っていない」

「都市ユニットがそのままなのも、すぐにでも生活環境が整うように?」

「恐らく。そしてロボットたちはそれまでの間、環境整備を行うようにプログラムされていた。だけど、それは想定では長くて十年程度とかだったんじゃないかしら」


 レフィーネはもう動く事もままならないロボットを憐れむように見た。

 基部から異音を生じさせていたロボットは両目だけを点滅させている。

 何かシグナルを送っているのだろうか。モニターが映像を映し出す。

 そこには無数のシャトルがレオネルを飛び立っていく姿があった。


「日誌TC2412、四月七日よりTC3594、十二月二十日までの記録を再生します」


 気が付けば千年もの間、放置され続けた。それでもプログラムに従い続けた。

 他の崩壊した海底都市もそうなのだろう。

 記録映像は次に深海へと切り替わる。あの発光するウミウシの姿が映し出された。一つ違う事があるとすれば、大きくはあるが40メートルもない事と数が多い事だろうか。

 それ以外にもレオネルの海に生息する節足動物たちの先祖らしき生物たちの姿を見える。その後映し出すのは、海洋環境や生物の調査報告、ウミウシによる環境改善の結果等であった。


「大気成分のテラフォーミングの経過も残っているみたいね……ここはデータベースで良いようだけど」


 モニターで再生される映像はかなり早送りだが、それでもまだ十何年分しか再生出来ていない。それでもいくつかは年代がスキップされている。気が遠くなるような年月をこのロボットは延々と観察と保護に費やした事になる。

 レフィーネは一度、その映像を止める。すると、ロボットの機能も停止した。


「ここには失われた地球歴2000年代の中期の情報が残っている。という事は……」


 レフィーネは調査クルーのうち、技術スタッフを呼び寄せ、モニター下部のコンソールの操作を手伝わせた。

 現在の帝国の技術の大半が過去の技術の再現だとすれば、恐らく使い方も同じのはずだ。

 そしてその予想は当たっていたようで、彼女たちには問題なくデータベースを起動させることが出来る。

 やはりこの施設は調査施設だったようだが、それ以外にも当時いた研究員たちの日誌などもあり、ニュースレターではその時々の世情を知る事が出来る。

 ほとんどがデータ破損や削除などで見る事は出来ないが、それでも再生可能な記録には、『惑星連合と独立軍、戦争勃発』、『クーデター』、『有人惑星に向けての光子弾』、『長航1000光年、星系外への脱出船団』……そして。


「これは……さっきの艦? いえ、ちょっと違う……当時の姿?」


 記録は次第に文章ではなく映像に切り替わり、この海底都市で発見した先の蜘蛛のような艦を先頭に、まだ宇宙船だった頃の海底都市ユニットが着水する姿が見える。それを撮影しているのは、どうやら艦載機らしく編隊を組んでいるようだった。

 当時のレオネルはまだ荒々しい海で、空も黒い雲に覆われ、わずかに見える陸地もただ岩肌が露出するだけのものだった。

 かと思えば別の映像に切り替わると、海底に都市を構え、そこから何かを放出している。それが節足動物らしきもの、その卵、クラゲのような生物を次々と海に流している。


「もしかして、レオネルの動物は全て人工生命?」


 他にも何かわかるものは無いかと操作されていく。次々に映像が切り替わると、あるものでぴたりと止まる。

 そこには神月の姿があった。他にも見た事が無い艦船が艦隊を成しており、そこにはスターヴァンパイアに似た艦の姿もあった。

 対面にも似たような艦船の姿がある。

 ややすると、二つの艦隊は撃ち合いを始め、次第に光子魚雷の応酬が始まる。

 それが地球に降りかかっていく所で映像は途絶える。


「これが……失われた千年の始まり」


 次の瞬間には無数の艦隊がどこかへとワープしていく映像も流れるし、レオネルの空に艦隊が現れ、攻撃を仕掛けているものもあった。

 そのどれもが地球の艦隊同士の戦いである事はその場にいるものたち全員が分かる事である。

 順番はどうやら不揃いのようで、ランダムに再生されているのだろう。

 

「……そりゃ、皇帝一族がロストテクノロジーを封印したがるわけだ」

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