第73話 ただ待ち焦がれていたもの

 エレベータが降りた先は、ちょうどその戦艦の中腹部分に位置する場所であった。

 その距離から見れば、なおのこと異質さが際立つ戦艦である。通常の艦船とは明らかに異なる設計思想であり、果たしてその形状がどのような性能を発揮するのかは全く持って未知数である。


 今までに見てきたロストシップは神月とスターヴァンパイアのみであり、その二隻は通常の艦船と同じ形状で作られていた。そのうち、スターヴァンパイアは完全なステルス性と耐ビーム装甲、圧倒的な光学兵器に光子魚雷と言うロストテクノロジーの塊のような存在であった。


 一方で神月はその真価を誰も知らない。それこそリリアンですら、神月がまともに運用された姿を見たのは前世界の決戦のみだし、その時も全く活躍することなく沈んでいた。

 あえて言うのならかなりシンプルな戦艦であり、基本性能を高めたものなのだろう。


「総本部と同じような構造だし、この惑星がかつて開拓されたものなら、移民船団の旗艦かその随伴艦ぐらいはあるとは思っていたけど」


 凄まじいお宝……と言っていいのかどうかはわからないが、とにかくとんでもないものを発見してしまった事実に、レフィーネは興奮を隠しきれない。


「ここまで原型を残したロストシップがあるだなんて思ってもみなかったわ。それまでに発見された都市ユニットの残骸にも、艦らしい残骸は発見されていたけど……むしろやっと出会えたって感じ。どこから入れるかしら? いえ、その前に周辺の探索も必要ね……曹長さんたち、お願いできるかしら?」


 地下空間には戦艦以外にも個室や通路、出入口が確認できる。

 どうやら自分たちが見ているのは巨大施設の一区画程度にすぎないようだった。


「リヒャルト、総本部もこんな具合にだだっ広いの?」


 前世界においてもついぞ総本部に顔を出すことはなかったリリアン。

 彼女自身も初めての体験である故に色々と気にはなっていたのだ。


「700メートル級の神月を格納しているぐらいだからね。それに、あっちの方がもっと大きい。とはいえ、同系統の施設だとすれば、推進機関やメイン動力、食糧生産工場、兵器工場もあるだろうね。僕たちも全部を回ったわけじゃないけど」

「ここでいう都市部は所詮生活用のスペース……総本部の秘密、ここにありってわけか」


 神月だけではなく、総本部の正体。それは一定の階級にならなければ明かされないという噂は本当だったという事が図らずしも判明した事になる。

 あの長ったらしい、くだらない名前を付けられたあの巨大フロートもロストシップだったのだろう。何百年も前に建造されたという話も果たしてどこまで本当か。


「レフィーネ様、まさかと思いますが地球帝国軍総本部も……」

「えぇ。ロストシップよ。700年ぐらい前に建造されたというけど、実際は帝国が樹立される前、ご先祖様たちがあれを手に入れる為に戦って勝ちとった。だから当時の戦争を終わらせたなんて話もあるわね」

「なんとも壮大ですこと……でも確かに、こんなものがもしかするとあちこちにあるかもしれない。それがいつ誰に渡るかもわからず、どのように使われるのかもわからないとなると、不安になるのもわからないでもない」


 スターヴァンパイアは偶然にも海賊たちが見つけてしまった結果、あんなことになった。たかが一隻の艦のせいで帝国は第六艦隊を失うという損失を受けているのだから、封印ではなく直接管理するという結論に至った皇帝の判断は正しいとみるべきだろう。


「それで、この艦をどうなさるのですか?」

「さてね。まずは調べたいというのが本音よ。解体するか、そのまま放置するか、持って帰るか……取り合えずそれは後回しでも良いでしょう。むしろ誰からも邪魔されない今だからこそ、歴史の真実の一端が垣間見えるかもしれないじゃない?」


 レフィーネはこの時点で自らの知識欲を満たす方にシフトしているようだった。

 とはいえ、それはリリアンらも同じだった。後になって取り上げられるよりは今この場でとことん調べ尽くしておいた方が後腐れがない。


「とりあえず、艦はあとにして、周りの施設を……」


 その時である。

 戦艦から音が響く。ハッチの開く音、そこから何かが移動してくるような音であった。

 瞬時に海兵隊たちが武器を構え、リリアンらの盾となるように展開する。

 ややして、姿を見せたのは無数のドラム缶のような見た目をした無数の小型ロボットであった。


「親蜘蛛から子蜘蛛が出てきたって感じかしら……」


 その数は数百体を越えるだろうが、よく見れば破損したものや、エラー行動を起こし、その場でぐるぐると回り続けるものもある。

 だが大半はリリアンたちを無視して、一斉に戦艦へと群がっていく。始まったのは点検作業のようであるが、巨体に対して数が合わない。

 さらに動作のおかしい小型ロボットはぶつんと電源が切れ、転がり落ちていくものも。


「定期メンテナンスが実施されているようだけど……これ大丈夫なの?」


 リリアンはサオウたちを連れてくれば何かわかったかもしれないと思った。

 今から呼び寄せるべきだろうか。


「どうだろうね……ただ一つ確実なのはあの艦がまだ生きてるってことだろうね。あの艦自体に何らかの生産工場があって、そこで自分のメンテを行うシステムだけが生きている……もしかすると内部でもあのドラム缶が作業しているかもしれない」

「私たちの存在を無視しているのは、人を相手にするプログラムがないから?」

「そこまでは僕も専門外だからわからないけど……まぁそういう事なんじゃないかな。むしろ気になるのは整備用の資源はどこから……って壊れた仲間を回収して、それを修理してを繰り返してる感じかな。それでよく持ったものだね」


 それが維持できなくなったのが他の崩壊した海底都市なのかもしれない。


「もしくは、その崩壊した海底都市から物資を調達して共食いしていたか……なんにせよここが一番重要な施設だったということは間違いない」


 ドラム缶ロボットが艦のメンテナンスを終えるまでは中に入らない方がいいだろうと判断した一行は先の予定通り、周辺の探索を開始する。

 念のため、数人の海兵隊は作業ロボットの監視の為に待機。


 リリアンたちはそのまま地下空間の施設を探索するが、そこは期待していたようなものは殆ど残っていなかった。

 恐らくは艦の整備に使える物資をかき集めた結果なのだろうか、兵器工場だったらしい区画は綺麗さっぱり設備が解体されている。

 人がいなくなったから不要と判断されたのか、それとも放置されすぎて風化したのか、食糧生産工場にはからからに乾いた土だけが残されていた。

 そして居住スペースも一応存在したが、ここも上の階と同じくガランとしている。


「女王様を活かす為にあらゆるものを貢ぎ続けたって感じね。他の都市も食い散らかして、ついには住処まで食べ始めて。ここの崩壊も時間の問題だったのかもしれないわね」


 恐らくは偶然だろうが、奇妙な縁も感じなくはない。

 スターヴァンパイアとの接触と言う変化からここまで、前世界とはもう異なる歴史が進み始めている。

 ロストテクノロジーへの接触がそのよい証拠だろう。


 だが考え方を変えればあの時、その場にはなかった力が手に入ると考えれば武力面の調整は楽になるだろう。

 もちろん他の問題が残るし、ロストテクノロジー周りの厄介な話も出てくる。

 その代わりに皇室との繋がりを得たり、かつては肩を並べることも出来なかったものたちとの出会いもある。

 果たしてそれでバランスが取れているのかどうかは、リリアンにはまだわらかない話だった。


「うん?」


 歩みを進めると、より一層厳重な扉の前に一行はたどり着く。


「リヒャルト、総本部と比較してここは?」

「電算室……いや中枢のメインシステムと言ったところかも。基本的な会議とかは神月の中でやっているけど、総本部だって一応は基地だからね。なら、ここもそういう場所なんだと思うけど」


 電源は生きてるが、扉にはロックがかかっている。


「こじ開けますか?」

「レフィーネ様?」


 アデルの提案をどうするかを尋ねるリリアン。


「一応、慎重にね?」


 OKが出たので、リリアンはアデルに向かって頷く。

 アデルら海兵隊は扉に手をかけ、パワードスーツの力で無理やりこじ開ける。バチバチと火花が散り、金属がひしゃげていく音は響くが、アラートなどがなる様子はなかった。

 それらの機能は消えているのか、それともこうなることも織り込み済みだったのか。

 それは考えないものとするしかない。


「あれは……」

「皆さん、お下がりください。あまり見てて気持ちの良いものではないです」


 扉が開かれた先には多くのモニターが機能していた。それは都市部分を映していたり、先の戦艦を映していたり、海底都市の外を映していたり、様々であった。

 そしてそんな無数のモニターを一瞥できる中央の席には、何かが座っている。

 それが白衣を身にまとい、人の形をしていることは誰の目にも明らかだった。

 だが、ここは放棄され、封印されていた場所である。ならそこに人がいることはありえない。

 仮にいたとして、それは……。


「確認してきます」


 アデルが先行し、室内へと向かう。

 恐れることなく中央の席へと向かったアデルは白衣の何かを覗き込む。


「……人じゃない。なんだこれは……」


 アデルのパワードスーツがそれに軽く触れる。

 すると、腕がぼろりと崩れ、落ちていく。金属同士がぶつかり合い、崩れる甲高い音。


「アンドロイド……ロボット?」


 人のように見えてもそれは形だけ。

 その姿はいかにもと言った形であり、目は電球のような形をして、口と思しき部分に至ってはチューブのようなもので胴体と繋がっている。腕も人の手ではなくマジックハンドのようになっているし、足は車輪が付いていた。

 よく見れば、席に人が座っているのではない。ロボットがそこに立っていただけなのだ。

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