第72話 眠れる海の女帝
どうやら過去の人類はかなり急いでこの施設を、この惑星を放棄したらしい。
周辺施設には様々なものが散乱しており、中には生活ごみのようなものも確認された。どうやら研究員らの一般生活区画だったようで、恐らくは家族なども一緒に暮らしていた可能性も見えてくる。
いくつか商業施設だったと思しき廃墟もその都度発見するに至る。
中には飲食店だったらしい廃墟と残滓もあり、完全に風化しており、腐臭なども消え去っていた。最低限の換気システムのおかげなのかは分からない。
彼らはここをひとまずの中継地点として定め、定時連絡を送っていた。
「紙の類も結構残っていますね。何々、地球産海鮮丼、三割引き……へぇお得だったのですね」
そんな中、アデルがテーブルに散乱していた紙の一枚をパワードスーツの巨腕で器用に手に取る。
それはチラシだった。今時、いや過去でも紙のチラシは中々に珍しい。表紙に載っている写真もどこか古臭い。
地球歴4000年代の今も過去のリバイバルブームが起きているが、どうやらこの海底都市も似たようなブームがあったらしい。
「えーと。値段は……おや日本円表記ですね。えぇと……四千五百円。馬鹿にしていますね」
アデルは値段に関しては見なかった事にした。
中継として丁度良い位置に存在していた飲食店内は、若干の埃っぽさを残しつつも、妙に小奇麗な状態であった。
ほんのわずかな劣化は見られるものの、壁やもちろんガラスやテーブル、椅子などはそのまま残っていた。
他にも料理の注文に使われていたであろうタブレットや調理器具などもそのままとなっていた。
不思議なのは油汚れなどは殆どなく、食品の類も空っぽな状態であった。
「円という事はここは日本系列だったのかしら」
リリアンもいくつかチラシやメニュー表を確認しながら、店内の奥を見て回る。
厨房はガランとしており、かつては忙しく動き回っていたであろう配膳ロボットが劣化し、そのまま放棄されていた。
冷蔵庫などの保存設備は機能を停止しており、中を開けても何も入っていない。
「食品などは持ち出したか、それか自動的に処理されて海に流されたか……」
この時代、余ってしまった食品などは自動的に分解され、肥料などに加工される。
海底都市がいつ頃の設備なのかは不明だが、遥かに技術が進んでいたのであれば、不可能でもないだろう。
「もしかすると、放棄されて暫くは無人のロボットたちがあちこちを整備していたのかもしれないわね」
同じように周囲を散策していたレフィーネが別のロボットの残骸を見て言った。
配膳用のロボットではなく、作業用のアームを多数搭載した類のものだ。恐らくは修理などを担当し、風化などで崩落した壁や機能を停止したロボットの修理などを行っていたのだろう。
だが何百年、何千年と経ってしまい、次第に自身の整備もままならくなって、機能を停止したというのが末路なのかもしれない。
「今までに発見されたものはこうではなかったのですか?」
レフィーネは以前そう言っていた事を思い出し、リリアンが尋ねる。
「そうね。殆ど水圧で潰れたり、錆びついていたり、海底火山や地震に巻き込まれたものもあった。だからこの施設が発見された時は驚きもしたわ。当初は表面が色んなものに覆われていたし、パっと見では惑星の地殻変動によって生じたものなんじゃないかって思ったぐらいだもの」
「巧妙に隠されていたというよりは、年月によって自然にそうなってしまった感じでしょうか?」
「恐らくはね。最初の残骸が見つかったのがもう八十年も前の事らしいわ。それで当時の皇帝がレオネルにはロストテクノロジーが眠っている事を悟って隠ぺいを始めた。その後も極秘に調査を続けてやっと一年前にコレってわけよ」
もしかするとまだ眠っているかもと付け加えながらレフィーネはもう何もない厨房を後にする。
リリアンもそれに付いていくと、アデルが数人の部下と何かを話し込んでいた。
周辺の調査及び他の中継地点に向かわせる様に指示を出しているようであった。
「アデル。何かあったの?」
「ハッ、リリアン少佐殿。部下に、いくつか適当な施設を探索させたのですが、どうにも妙でした」
「どういう事? 発見したものでもあるの?」
「いえ。めぼしいものはありません。なさすぎます」
アデルは首を横に振って、きっぱりと答える。
「確かに、一般生活品は多々あります。かつて人が住んでいたというのは間違いないでしょう。ですが、それなりの研究施設であったのなら防衛装置の一つや二つはあってもおかしくはないでしょう」
アデルの指摘にリリアンもレフィーネも確かにと頷く。
この施設に入ってから、それなりに警戒をしながら進んできたが、妨害にあった試しはない。そのせいで少し警戒が緩んでいたのも事実だ。
だが海兵隊たちは何もない事に違和感があるようだった。
「システムが死んでいる可能性もあるけど、それだとここの入口が開いた理由がなくなるわね」
「はい。照明もありますし、大気もあります。この施設そのものはまだ生きていると言っても良いでしょう。ですが、このように電力が切断された施設ばかり。ロボットたちも充電が出来ずにこのありさまです」
「ま、ようは中枢じゃないって事でしょう。どっちにしろ、あの中央のタワーに行かなきゃ何も分からない……これもう海兵隊の飛行艇あたりを用意した方がいいじゃないかしら」
目に見える街並みに意味がないとすれば、あまり意味をなさない。それこそドローンを待機させて、自動巡回で探査させてもいいだろう。生身での探査を行ったのは、生体反応に対する反応があるかどうか、機械では感じ取れない違和感を探る為でもあったのだし、その成果が出たと判断すればいい事だ。
「帰りは手配させましょう」
レフィーネも同じことを考えたようだ。
「曹長さんの違和感を踏まえた上で考えるなら、ここが地球にある総本部のアレと同系列の設計思想として……多分この街並みはアレでいうところの表面でしょう。海底にあるからドームで覆われているけど」
「つまり私たちはまだ【内部】に入ってすらいないと?」
「本当の姿はまだ見れて無いでしょうね。となれば、ここにとどまっている必要もないのだけど……そうね、追加の人員が欲しいかも。出来れば、総本部に勤務していた子が」
***
中継にドローンを配置、そして追加の人員を迎えてすぐに、リリアンらは早速中央へと向かう。
アデルの言う通り、何の妨害もなく、防衛装置などが働く様子もなく、電力の通っていない死んだ街並みを通りぬける事、数十分。
件の中央タワーには驚くほどあっさりと到着出来た。ここでも一応の警戒としてドローン、海兵隊の順番で周囲の安全を確認してからタワー内部へと入る。
特別な操作などは必要なく、手動で扉をこじ開けても何の警報もなかった。
内部も空虚なもので、紋章が掲げられたロビーのような場所だった。
「あれは……帝国軍の紋章ではありませんね」
アデルが見上げる紋章はかなりシンプルだった。地球と思われる青と緑の星に、流星を模した星型のアクセント、背景には太陽系の八つの惑星を表しているのであろう白い点が等間隔で並べられていた。
「うーん。どこかで見たことあるわね」
一方、リリアンはその紋章に見覚えがある。
そう例えば授業で習ったような……。
「連合宇宙軍の紋章だよ」
その時、聞こえてきたのはリヒャルトの声だった。
追加の人員。総本部に勤めていた人材。なおかつ今の所はある程度自由に動ける者と言えば、彼しかいなかった。
「これが掲げられていたのは地球歴1000年代後期から2000年代とされている。その後は暗黒期に突入して、文明や社会システムの崩壊で消えていったけどね。まさかこんな所で見るなんてね」
彼の説明にリリアン含めた全員が「ああ!」と納得する。
連合宇宙軍とはかつての地球の軍隊の名である。帝国制になる以前のものであり、地球歴2000年代の暗黒期には内乱などが起きて壊滅。その後、再び数千年の時を経て、帝国軍が設立されたという経緯がある。
「となると、これはギリギリ文明崩壊直前の時期の代物という事になるのかしら。なんというか、どういう施設なのかさっぱり分からないわね。やはり単なる研究施設?」
レフィーネは年代がある程度、絞りこめた事でがぜん興味を掻き立てのか、きょろきょろと子供のように周りを駆け回り、あちこちを見て回る。
周囲には受付用だったと思われるディスプレイや電光掲示板だったと思われるモニターの類、その他にも様々な電子製品が散乱していたが、どれも動く気配はなかった。
ただ照明だけが照らされる異質な空間。
「微妙に形は違うけど、これが総本部と同系統の施設だとすれば……」
そんな中を、リヒャルトは迷う事なく進み始め、中央に繋がる扇状の階段を登ってゆく。
「あー皆さん。やっぱりありましたよ、エレベーター」
リヒャルト曰く、総本部にはヘリポートもあればシャトルの発着場、戦闘機の滑走路も存在する。歩兵を配置する為のルートもあるし、各部署の宿舎なども当然存在する。
ゆえに、総本部の内側に入る為の出入り口はそこかしこに存在するのだという。
「探せば他にも出入口自体はあると思うんだけど……果たして電源が生きてるのかどうか。とはいえここがメインの入り口になるはずだからな……うん、動いた」
全員がリヒャルトの下へと集まると、そこにはかなり大型のエレベーターがある。それこそ海兵隊のパワードスーツも乗り込める程の大きさだ。
リヒャルトの言う通り、電力が通っているのか、内部から轟々と駆動音が聞こえる。
「つまり、ここに広がる街並みはダミー……と言うよりはあまり重要じゃない区画なんだろうね。それこそいつでも破棄して良いような場所。本当に重要なのはこの真下。だからここだけは多少の電源が生きている。良かったね。これが動かないと、めちゃくちゃ長い階段を下りる羽目になるからね。総本部の外から中枢へと向かう為の階段、実に3092段。降りたい?」
リヒャルトの言葉に全員が首を真横に振った。
「あはは! 僕もだ!」
扉が開くと、ガラス張りの空間が出てくる。
アデルがまずは先頭となり、乗り込む。異常が無いことを確認し、全員が乗り込むとまるであらかじめ行き先が決まっていたかのように、エレベーターは勝手に下降を始める。
「さて何が出るやら。ちなみに、みんなは総本部の本当の会議室が何を指しているか知っているかい?」
「総旗艦神月じゃないの?」
リリアンが答えるとリヒャルトは頷いた。
それが意味することは直ぐに判明することとなる。
「これは……」
リリアンは思わず息を飲む。
白い壁だけを映し出していたガラス張りのエレベーターは一瞬にして別の光景を見せてくれた。彼女たちの眼下に広がるのは奇妙な形をした巨大な戦艦。
通常、帝国が運用する艦船がその言葉の通り、船の形をしている。艦首から艦尾にかけて縦長に伸びているのが通常だ。
だがそこにあったのは、真横に広がっているように見えるのである。例えるのなら城、要塞と言うべきか。
目測ではあるが、500メートル級の戦艦だと思われる。横幅に広がった艦体には無数の主砲、副砲が設置されており、その他にも左右にはまるで蜘蛛の足のように伸びるマスドライバー、レールキャノンらしき兵装も確認出来た。
そう例えるならば、その艦は蜘蛛のようにも見える。明確に蜘蛛をイメージしたわけではないだろうが、戦艦に繋がれた固定用アームや動力パイプ、その他のフレームなどが複雑に絡み合い、まるで巣の中にいるように見えてしまうのだ。
「これは流石に僕も驚きだな……もしかしたら艦があるんじゃないかなと思っていたけど……」
ある程度を想定していたリヒャルトであってもさすがに異質な光景だったらしい。
「とんだお宝が眠っていたというわけね」
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