第71話 全ては深い底に眠る

 一部特殊な個体を除けば、そのほとんどが浅瀬に生息するはずのウミウシが深海などいるはずがない。

 いやそもそも40メートルという巨体で存在すること自体が異常なわけだが、事実としてそこにいるのだから、嫌でも認めるしかなかった。

 

 奇妙な発光を続ける巨大ウミウシは月光艦隊に興味も示さず、悠然と海の中を進む。周囲の原生生物も大半はその巨大ウミウシを無視するのだが、時折その体表に張り付いたりしながら、ある程度の共存の姿を見せている。


 ある意味では神秘的、ある意味では狂気の産物のそれを後目に、月光艦隊は海底都市へと近づいてく。

 途中、レフィーネの指示によって外部からのアクセスを行う為のシグナルがマクロ・クラテスより発信される。

 すると海底都市は電源が入ったかの様に、光が灯り、ガイドビーコンが投影され、都市内部へと誘導する様に巨大なシャッターが開いていく

 それによって多少なりとも振動と音が発生し、周囲の原生生物たちは散っていくが、ウミウシだけはどこ吹く風の如く無視を続け、ゆっくりと通り過ぎてゆくのであった。


 艦隊はビーコンに従い、都市内部へと入港を果たす。

 すると海水が排出され、その他にも環境調整がなされているのが、各艦のセンサーが捉えていた。

 時間もさほど経たないうちに少なくとも周辺区画の環境は地上と同程度のものであるという観測結果がもたらされていた。


「もはや何でもありになってきたわね」


 リリアンはこの一連の流れを見て、思わずため息が出てきた。

 なぜこれほどのものを帝国の上層部は隠していたのか。しかもその隠ぺいは完璧に近い。なにせ前世界の自分はついぞこの事実を知る事なく死んでいる。

 それとなくの噂は耳にしたこともあっただろうが、その全てを聞き流していた。興味もなかった。

 人間、意識を向けなければ興味のないものに対する認知力は著しく低下するものである。

 かつての自分が周囲の事を理解しようとしなかったように、今の自分が若い子たちの流行りをいまいち理解できない事と同じだろう。

 無関心とはそれほどまでに視界を遮るものである。


「だからリゾート施設か……」


 惑星レオネルに至ってはいくつものリゾート施設があるし、厳重に決められたルールも存在する。環境保全の為、海底へのツアーはないし、リゾート施設そのものが決められた地点に点在し、決められたシャトルや空路でなければ入る事も出来ない。

 高級リゾートによるサービスと浪費に酔いしれる解放感と没入感は最高の目くらましになっているというわけだ。


 みな、目の前の欲望を消費する事に夢中になるから、海底の事も気にしない。それらしい禁止事項を伝えておけば大体のものはそれに従う。

 冷静に考えれば道中の警備の厚さも、皇妹の警護だからという理由だけはない可能性も出てきた。

 それほどまでに守りたい秘密だと言うのだろうか。


「いえ、違うわね……何がおきるか分からなくて怖いから封印しておきたい。それが本音だ。レフィーネ様の言うように、歴代皇帝がそれを恐れたから……」


 自分たちはそれを暴こうとしている。

 それが一体何をもたらしてくれるのかは、まだ分からない。

 一つ確かなのは、自分の住むこの世界は思ったよりもややこしいものに満ち溢れているという事だろうか。


***


 さて、海底都市の探索であるが、当然と言うべきか海兵隊は全員投入される事となる。パワードスーツも念の為、特殊環境適応型の仰々しいものとなっていた。

 但し周辺への過度な破壊、それに伴う外壁の崩壊に警戒するべく、携帯火器はブラスターのみであり、爆発物の装備は見送られた。

 その他に携帯が許可されたのは2メートルを超える巨大な盾であり、緊急時には担架としても使用される。


 そのほかには数名の技術スタッフ、整備士、通信士らが同行。

 都市内部は広大な為、移動用の車両も準備された。

 この調査メンバーの一員にレフィーネも含まれる。もとより彼女の仕事なのだから、それは当然ともいえた。


「不思議な感覚ね……深海に建てられた施設。普通なら、水圧で死んでるはずなのに」


 そしてリリアンもまたメンバーの中にいた。

 艦長であり、指揮官でもあるリリアンは通常、艦にて待機するものだが、リリアンはどうしても同行したいと強く訴えた。

 単なる思い付きでもあったが、それ以上に巨大な組織がそうまでして隠し通したかった謎というものに興味があった。

 それを聞き入れたのが双子の皇妹たちである。


「宇宙船と状況は同じなのに、こうも流れる空気が違うものなのね」


 都市内部は強固な外壁によっておおわれており、深海を映す事はない。

 鈍色の空のような天井から人工的な光で照らしており、それがより一層空気を重くさせているように感じる。

 風化による影響だろうか、それとも微生物か何かがまだ残っているのか、かすかに埃臭い空気が漂う。それでも大気成分は正常値を示しており、危険性は皆無だった。


 それでも念の為に調査クルーには簡易的な宇宙服での活動を推奨されている。ヘルメットを閉じればそのまま宇宙空間でもある程度の活動が可能となっているものだが、この深海では何の意味も持たない。

 一歩外を出れば人間が活動できない環境という意味においては宇宙と大差ないはずなのに、宇宙で役に立つ装備の殆どがこの深海では何の役にも立たないという事実が、異なる空気を感じさせるのだろうか。

 そもそも一体どういう技術でこの巨大な建造物を深海の中で維持させているのか。

 それすらも分からないのだ。


「いきなり防衛装置みたいなのに襲われるってわけじゃなくて安心したわね。そっちの方が不気味と言えば不気味なのだけど」


 不意にレフィーネが後ろから声を掛けてくる。

 そのままリリアンと並ぶようにして立つと、彼女はぐるりと都市内部を見渡した。何の面白みもない白と灰色の建造物。それだけで、ここが娯楽都市ではなく、研究施設のような場所だった事が分かる。

 

「一応、メットは閉じておいた方が良いわ。薬品とかがこぼれてないとも限らないし、何より閉鎖空間でしょう? 空気清浄機とかもどこまで機能しているのやら」

「レフィーネ様は、ここへ来た事は?」

「これで二回目。しかも最初はあのドック内だけよ。この都市区画の調査自体はドローンで行ったけど、本当にぐるりと周囲を見ただけでね。何もないってことぐらいしか分からなかったわ」


 そうは言うが、レフィーネはどこか楽しそうだった。


「でも、それは表面上の話。本格的な調査はこれからよ。その為に海兵隊のような屈強な人たちも呼んだのだし、何があっても、まぁ何とかなるでしょう。大丈夫よ、死ぬときは水圧で一瞬だろうから」

「恐ろしい事をおっしゃらないで下さい」

「それもそうね。それじゃあ、そろそろ移動するわよ。装甲車に乗ってちょうだい」


 移動用の車両二台。その周囲をパワードスーツが固め、またその他いくつかのポイントに先回りして状況を確認。同時にドローンも飛ばし、多角的に都市内部を探索、調査。

 だが、彼女たちには明確に目指すべき場所があった。

 明らかに異彩を放つ中央の建造物である。それがなんなのかはさっぱり分からないが、天井にまで伸びるタワーの時点で中枢区画に値するものだという事が分かる。

 その道中にもある程度の資料が散らばっており、出来るだけをそれらの回収も行いながら、彼らは中枢タワーへと向かう。


「取り合えず、ここがあの巨大ウミウシの巣じゃないかという疑問は消えたわね」

「あれは……人工生命体なのですよね?」

「さぁね。多分そうじゃないかなと思うだけよ。実際に生態を調査出来たわけじゃないし、この施設との関連性も不明。でも現実的に考えて40メートル級の生物がいきなりポンとそこにいるもの変な話でしょう。周囲の節足動物とも微妙に存在が異なるというのに。実はあれが外宇宙からこの星の為に飛来してきた謎の生命体なのだとしたら、ちょっとだけ説明が付きそうなのだけど」


 さすがにそれはないだろうとレフィーネは付け加えつつ、笑っていた。


「真面目な話をすると、ここでは生物的な実験を行っていた可能性がある。あのウミウシもそうだけど、この星に生きている生物が不思議と地球の原生生物と似ているのがどうしても気になったのよ。確かに環境が似ていれば、同じような生物が生まれるかもしれない。実際は多少、異なる進化を遂げている様にも見える。でもね、それ以上に星の環境があまりにも人間にとって都合がいい。海だって穏やかだったでしょう?」


 レフィーネは饒舌だった。

 そして彼女の言う通り、この惑星はどこかちぐはぐもしている。

 過去の人類が何を考えていたのかは、現時点ではまだ分からない。ただ、外宇宙にまで進出し、生物の進化を再現しようとした技術がぽつんと残されている事は非常に不気味でもある。


「まぁ、案外物事はシンプルかつあっさりとしている事もあるけれどね。単純に資金繰りとかがうまくいかなくなって、放棄する事になった……なんて理由も十分にあり得るのだから」


 それが事実であるかどうか。

 中枢タワーへと向かえば、おのずとわかるかもしれない事だった。

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