第68話 若者たちの長い夜
「ほ、ほら、機嫌治してくださいよリリアンさん。仕方ないじゃないですか、相手は皇帝陛下の妹なんですから、逆らえませんよ。それに水着可愛かったですよ」
惑星レオネルの夜は地球では見られない光景が繰り広げられていた。夜の闇の中でもくっきりと見えるデブリの輪は様々な条件が重なっている関係か、白く輝いて見え、星空と相まってか幻想的な空気を醸し出す。
獅子のたてがみと称される夜景である。
「そ、それにリリアンさんだけじゃないですよ? アレス少佐やデラン少佐も撮られてましたし? 私やミレイなんかも……ねぇ?」
そんな素晴らしい光景を望むビュッフェレストランの席で、デボネアたちは真下を向いて頭を抱えるリリアンの介護をしていた。
月光艦隊のメンバー全員が収まる程の巨大な空間だが、実はレストラン自体が巨大な船である。ただ食事を提供する為だけのレストラン船を貸し切り、一般市民はもちろん中流貴族でも中々ありつけない程の豪勢な食事に月光艦隊の面々は舌鼓を打っていた。
そんな中で、リリアンだけはかなりの勢いで落ち込み、皿に盛られた料理にも殆ど手を付けていなかった。
なにせ、昼間は散々な目にあったからだ。
フィオーネの思い付きで開催されたグラビア撮影会はまず艦長クラスは確実に巻き込まれ、その他の一般クルーも大体が撮影に参加させられた。唯一、その魔の手を逃れたのはヴェルトールのみであり、それ以外は全員がポーズを決めての撮影に挑む事になったのである。
アレスたち男性陣はわざと海水を被って、水を滴らせながらの撮影が多かった。女性陣はかなりシンプルだが、体を強調するようなポーズやボールや浮き輪などで戯れる様子を撮影されており、当然だがこの中にはリリアンも含まれている。
なおリリアンの写真の殆どがぎこちない笑顔とポーズであり、なぜかフィオーネからのウケは良かった。
曰く「なんか無理させてる感じが好き」というわけのわからないセンスに巻き込まれたというわけである。
なお、メンバーの中で最年長に当たるヴァンは水着ではなくカジュアルな半袖シャツとサングラスに帽子という風体での撮影に挑む事になり、一部の女性クルーからの熱狂的な支持を博した。
「やめときなってデボネア。こういう恥ずかしいものって自分の中で受け止めるのは時間かかるのよ……というか、あんただってアイドルみたいなグラビアが嫌だったんじゃないの?」
一方でミレイは恥ずかしさを食欲で誤魔化すように、肉に食らいつく。
「それはそうだけど……やるってなったら、やるしかないじゃない?」
答えになっていない返事をするデボネアであったが、彼女のその言い訳はコーウェンによっていとも簡単に崩される事となる。
「嘘つけ、テメー。艦長の写真で買収されたんじゃねーか」
「うっさい黙れ! あんただって女の子の写真もらう条件でカメラマンやってたじゃない!」
骨付きの肉を意外と綺麗にナイフとフォークで食べていたコーウェンの暴露にデボネアは顔を赤くして反論した。
「はぁー? 俺は正当な報酬ですー! あとカメラの筋がいいって言われましたー」
コーウェンも負けじと言い返し、しばらくは二人であーだこーだと応酬を繰り広げる。
「凄い。低次元な争い」
そんな二人を横目にフリムは山盛りポテトサラダにありついていた。
「ところでなんでここにいるの」
フリムは多少の侮蔑を含んだ視線を真正面に向けた。
そこにいるのはリヒャルトである。
「ははは! いやなにヴェルがいないからね。それに一応、リリアンとはチームを組んだわけだし、今日ぐらいは仲間さ」
リヒャルトもなぜかこの中に加わっていた。
ヴェルトール隊の面々は巡洋艦という事もあってか数が多く、一つのテーブル列に収まらない為、各隊の席に分散していた。
そして主であるヴェルトールの姿はそこにはなかった。リリアン隊もステラの姿はなく、二人は昼間のビーチバレー以降、姿を見せていない。
「いつもあの人にべったりな癖に」
「プライベートの隅々にまでについて行くわけじゃないさ。それに今はそういうのは野暮ってもんだろう?」
「ステラも一緒なの?」
フリムの言葉にリヒャルトは小さく溜息をついた。
「君も君で、あの子に関わりすぎだよ。母親じゃあるまい。あの子だってもう十八だよ?」
「ふん……あなたにだけは絶対に言われたくない言葉ね」
フリムはプイッと顔を背けて、リヒャルトはやれやれと首を振る。
さらにそれを優し気な目で見守りながら、優雅に食事を続けているのがヴァンとサオウの二人であった。歳は離れているが、比較的成熟したサオウはヴァンにとってはリリアンとは別に意味で話の合う仲間である。
「何だかんだ楽しかったのね、みんな。私はうまい事、撮影からは逃げれたけど」
「レフ板ずっと持っていましたね、サオウ君は」
ヴァンは、さすがに未成年の多い会場でアルコールは飲めないなと判断し、ノンアルコールのグラスに注いで雰囲気だけを楽しんでいた。
それに付き合うのがサオウである。
「力仕事は率先してやる主義ですから。私としてはヴァン副長がノリノリで撮影されていたことの方が驚きですよ」
「この歳にもなれば、色々と新しいことに挑戦する機会はないですからね。せっかくのチャンスだったので、思いきり楽しみましたよ、ははは! 倅たちも驚くでしょうな」
彼らが余裕のある楽しみ方をする一方で、別のテーブル列では逆に騒がしい事になっていた。
大柄な男たちがむせび泣きながら食事にありついているのだ。
それは海兵隊の面々であった。艦隊メンバーの多くが彼らの素顔を見る事となる。常日頃、分厚い装甲を身に纏いマスクで顔を覆っているのが殆どであり、着脱に時間がかかる代物である為、このような状況でもなければ素顔を見る事など出来ないのだ。
月面基地にいる間も殆どが訓練漬けであり、人によっては隊長であるアデルが女性であったことすら知らない者もいた。
「隊長! 我々はもしや一生分の運を使い果たしたのかもしれません!」
「そうであります! こんな料理、家族とて食った事はありません! 持ち帰ってもよろしいでしょうか!」
「明日死んでも後悔がないよう、全ての料理を食い尽くしましょうぞ!」
いかにもと言うべきか、顔に傷があったり、角刈りやモヒカンと言った今どき海兵隊でもそのような姿をする者はいないのだが、アデル隊はなぜかそう言った面々が多かった。
それはもちろん彼らが多くの任務を越えてきたベテランであることも事実だが同時に変わり者であることもまた含まれる。
それは隊長であるアデルからしてそうなのだ。
「泣くな貴様ら! いつも私の手料理を食っている癖に何を泣く必要がある!」
かくいうアデルもろくに料理名もわからないような高級料理を山盛りにしてかきこんでいた。
「隊長! 高カロリーレーションを煮込んだものを料理とは言いません!」
「ゲル状になったスープを煮凝りと最近覚えた言葉で誤魔化すのも正直キツイであります!」
「面白い奴らだ! 貴様はこのレストランの外周を泳ぎたいようだな!」
そんな騒がしい海兵隊の食事の中になぜか一人、ポツンと巻き込まれているのがデランである。険しい顔をしながら、黙々と食事を続けていた。
デランは地球で勤務していた頃からこの海兵隊たちになぜか気に入られ、月光艦隊へ編成されてからも、その度合いは加速度的に大きくなっていた。
なので今回の食事も「我らが艦長殿とぜひとも食事を一緒に!」という熱いリクエストに拒否権も発動されることなく引きずりこまれたというわけである。
「うるせぇ……こいつらいつも同じやり取りで飯食いやがる……」
「艦長殿! 私の作る料理はそれほどまでにキツイでしょうか!」
しかも毎回、こうして絡まれる。
「あー……取り合えず、レシピ本読んだらどうだ?」
「全てネットのレーション料理レシピ集に書かれていたものであります!」
「嘘であります! それは全てアデル隊長が投稿した……」
「腕立てぃ!」
「ハーァッ!」
とまぁこのようなやり取りが地球にいた頃からずっと続いていたわけである。
デラン隊の面々も、とりあえず海兵隊の相手は艦長に任せておけばいいという共通認識が生まれつつあり、何事もないように食事は進んでいた。
その他にもアレス隊は比較的大人しい食事を続けていた。それでも多少の羽目を外しているのか、笑顔も見られる。アレスは生真面目で規則に厳しい男であるが、こういった場においてはとやかく言うほどでもない。
なおかつそんな余裕もなかった。
「まぁまぁ、話には聞いていたけど、本当に大変だったのねぇ」
「それで。そのクローン兵士とやらはどういう存在だったのかしら。あなたの所感を聞いておきたいのだけど」
アレスは現在、皇妹二人に挟まれていた。
一見すれば美女二人に囲まれ羨ましいとみるべきかもしれないが、フィオーネに関してはあちこちの席に移動しては、めぼしいクルーに絡んでおり、なおかつ若干のアルコールに酔っていた。
レフィーネは海賊に囚われた結果、ある意味一番長くロストテクノロジーに触れた事になるアレスに話を聞きたいだけであり、ほぼ質問攻めであった。
「所感と申されましても……正直、頭のおかしい奴だったという印象しか……」
若干二人の圧に押されながらも、アレスは答えていた。
それが何かの役に立てばいいという思いもあったのだ。
「年齢固定型のクローンだったと聞く。となれば知識や人格は既にインストールされたもの……それがカルトに傾倒するとは……いえ、むしろ環境による影響はそっちの方が高いというのかしら。知識以外は真っ白だった……もしくは長い冷凍睡眠が何かしらの影響を……そもそもどのようにして年齢を固定するのだ。遺伝子操作だとして、成長を止める方法は……」
レフィーネが思考の海の中にダイブすると同時にフィオーネはまたどこかの席へと絡みに行く。
「あら~? ヴェルはどこ~? もしかしてランデブー?」
ふらふらと楽し気に酔いながら、フィオーネは次なる狙いを定めて、気ままに楽しむのであった。
月光艦隊の騒がしく長い夜はまだ始まったばかりだ。
それは、今この場にはいない二人の若い男女も……。
「抜け出して二人きりでデート? 中々やるじゃない」
だからフィオーネは、次のターゲットとして、いまだに恥ずかしさで顔を隠すリリアンに狙いを定めたのである。
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