第67話 狙うは、総司令官のあれこれ
「いやいや大した怪我がなくて良かったよ。バカンスにきて入院しましたは笑えない話だからね。それも皇妹殿下の付き添いがさ」
レフィーネが部屋を去ってから数分後。
入れ替わりで訪ねてきたのはリヒャルトであった。曰くフリムから「チームを組んでいたのだから見舞いに行け」と言われたとの事。
リヒャルト曰く「言われずとも行くつもりだった」らしい。
一応は見舞いだと言うので、彼はホテルの売店で買ってきたのであろうカップアイスを持参してくれた。
「ちなみにおすすめは蜂と蜂の子と蜂蜜を贅沢に使ったハニービーアイスとのことだ。普通のミルクアイスもある」
「ミルクで」
「即答だね」
リヒャルトがカップを並べながら説明していたが、リリアンは即座にミルクアイスを手に取った。蓋を開けてみると、カチカチに凍った状態であり、金属製のスプーンでも中々削れない。曰く少し溶かしてから食べるものらしいが、高級ホテルならそこらへんはもう少し親切な作りのアイスを用意しろと思わなくもない。
一方で蜂アイスはわざとらしい黄色で、一見すれば普通のカップアイスに見えなくもない。流石に蜂などがそのまま入っているわけではない事ぐらいはわかるが、リヒャルトの説明のせいでちょっと手に取り辛い。
「しかし、ビーチバレーは中々面白い結果に終わったよ」
リヒャルトはやはり同じくカチカチに凍った蜂アイスをスプーンで削りながら話を続ける。
「勝ったのはアレスたちの組でね。相方の女の子の方、名前は何と言ったけか。そう、フランチェスカ。あの子は堂々と新型の戦闘機が欲しいってフィオーネ様にお願いしたらしいよ。アレスはさんざん悩んだ挙句、何も思いつかなかったようでねぇ。その内、フィオーネ様が時間切れと言い出して、オイルを塗る権利を与えられたよ」
「みんなの前で……?」
「みんなの前で」
アレスのストイックな部分がどうやら通じない相手だったらしい。真面目過ぎるのも考え物だという事だろうか。彼の事だ、新造艦が欲しいだとか即物的な事は言えなかったのだろうし、かといって遊びを持たせた返答が出来るとも思えなかった。
「皇妹殿下、直々のお言葉だからね。それに彼の実家はかつては親衛隊も務めた程の家柄だし、それも含めてフィオーネ様はアレスが断れない事を理解していたんじゃないかなと思うよ。全く、意外と恐ろしいお方だよ。どこまで考えていたのやら」
「あなた、もしかしてチーム分けの事に気が付いていたの?」
レフィーネが言っていた言葉が思い出される。あのチーム分けはフィオーネが意図して組んだものだと。目的は単純でヴェルトールが気にかけているステラと組ませてどういう反応が見られるかを楽しむ為だったという事を。
「あれは結構露骨だと思ったけどね。ヴェルもほら、意外と生真面目だろう? 仕事以外では策を張り巡らせられないのさ。だから僕みたいなのがそばで支えてあげないとね?」
「……まさかステラの顔にボールを当てたのはわざと?」
だとしたら色々と言いたいものだ。流石にそれは酷いのではないだろうかと。
「いや、あれは本当にあの子がどんくさい……失礼、うん、なんと言えば良いか……まぁ、そういう感じだ」
リヒャルトはかなり困惑した顔を浮かべていた。
どうやらここまでの騒ぎにするつもりはなかったようだ。
そうなると、結果的にヴェルトールと二人きりになれたのはステラの幸運というべきなのか、不幸中の幸いと言うべきなのだろうか。
なんであれ結果的にはフィオーネが楽しめたという意味では彼女の一人勝ちなのかもしれない。
「それにしても本当に硬いなコレ……まさかアイスキャンディーじゃないだろうな」
それなりに話をしていたのだが、二人のカップアイスはまだ凍った状態だった。もくもくと削るかある程度溶けるのを待つしかないのだが、それはそれで無の時間が流れてしまう。
だが、リリアンとしてもリヒャルトとはそんなに深い中ではない。会話をしようにも話題はないし、優秀ではあったが前世界でもあまり目立った男ではなかった。
ヴェルトールの副官を自称し、あの決戦でも恐らくはヴェルトールの隣にいたのだろう。時々は自分で艦の指揮を執ることはあったようだが。
「ところで、ヴェルトールと皇妹殿下たちってどういう関係なの? ほら婚約者がーみたいなこと言ってたじゃない」
ひねり出した話題がこれだ。
「あぁ、あれか。いや実は僕もそんなに詳しいわけじゃないんだ。僕がヴェルと出会ったのは十二歳の頃だから、それ以前の事はちょっとね。聞いた話でしかないけど、ヴェルの実家が皇帝一家に挨拶をした際に、遊んでもらっていたらしいんだが、まぁその時に色々あったんじゃないかな。ヴェルもあまりその時の事は教えてくれないし、恥ずかしいんじゃないかな?」
「ふぅん。ヴェルトールを弄れるネタが手に入るかと思ったけど、それだけだとちょっと弱いわね」
「仮に知ってても教えないよ。人には知られたくない秘密の一つや二つはあるものさ。それよりも、君の方は……あぁ、いいや。気にしないでくれ」
ついにはアイスを削るのを諦め、溶けるのを待つ事にしたリヒャルトも何か話題を繰り出そうとしていたが、なぜか言い淀み、切り上げてしまう。
「何よ?」
「いや、ほら、レフィーネ様は……そういう方らしいからさ」
「あー……」
リヒャルトは後半は若干言葉を濁していた。
なんとなく意味を察したリリアンだったが、それ以上に彼女の口から教えられた事実の方が衝撃的であり、そちらの方を思い出していた。
そのせいで思わず言葉が詰まってしまい、しばし無言となる。
「どうしたの? やっぱり」
「いえ。そういうのはなかった。ただ……」
リリアンはふと話題を変えようと思った。
目の前にいるリヒャルトは作戦司令部にいた男だ。もしかすると総司令官であるアルフレッドの事も何か知っているのではないだろうか。
もちろん全てを知っているわけではないだろう。レフィーネは皇帝一家の分家であるゼノンですら知らない情報だと言っていた。
「ねぇ、アルフレッド総司令官って、いつから総司令官をやっているの? というかどうやってなったの?」
「え? なんだい急に」
「いやね、どうやったら最速で元帥とかになれるものかなと思って」
本当に唐突な質問だったせいか、リヒャルトはまた困った顔を浮かべていた。
「どんな野心だよ……うーん、年功序列……もあるだろうけど。まぁ家柄もあるんじゃない? ケイリーナッハと言えば結構な歴史を持つ家系だと聞くし。アルフレッド総司令も長らく軍に勤めていたのだから、それこそ海賊退治とか治安維持で功績を上げてポストが空いたから就任って流れなんじゃないか? こればかりは金を握らせてできる話じゃないし」
「総司令官の任命って一応皇帝が決めるはず。アルフレッド総司令の時は前皇帝でいいのよね?」
「あぁ。確か十五年前だったかな。その直後に前帝が崩御なされているから具体的にどういうやり取りがあったのかは分からないけど、息子である今の皇帝陛下の基盤作りに尽力するように……って具合じゃないのかな?」
十五年前というキーワードは出てきたが、惑星シュバッテンの話はかすりもしていない。
「都市伝説とかじゃ何か密約があって就任したーとかあるけど、これは総司令官が就任する度に囁かれているって話だし信憑性は薄いかな」
この反応から察するに流石にリヒャルトも知らないようだ。
さてそうなると、頼れるのは父であるピニャールだけになるが、いくら娘に甘い父でも総司令官のプライベートや機密情報を教えてくれるとは思えない。
となると、やはりレフィーネか? だが彼女も自分が知れるのはそこまでだと語っていた。
流石は軍の総司令と言うだけある。今の自分たちでは手も足も出ない雲の上の存在だ。
そもそも少佐や中佐程度の階級では面通しをするだけでも苦労する事だろう。会議に出席すれば同じ空間にいる事は可能だろうが、会話を成す事は難しいだろうし、そこから秘密を聞き出す方法もない。
裏から探るにしても自分たちにはそんな便利な諜報員もいない。
「それじゃあさ。惑星シュバッテンの事って何か知ってる?」
「シュバッテン……あぁ、地殻変動で崩壊したっていう植民惑星だろう? 隕石のせいだって話もあったかな。とにかく大変な事件だったようだ。それがどうかしたの?」
「いえ……ちょっとね、別件で」
「ふーん。まぁ君はいつも何か考え事をしているようだけど、こういう日ぐらいは何も考えずに気楽に過ごしてみたらどうだい? とはいっても、運動は禁止か……うーんでも今ビーチに戻るのはなぁ」
そういえば今あの子たちは何をしているんだろう。
ビーチバレーは終わったらしいが。
「何かあるの?」
「グラビア撮影会が始まったよ。フィオーネ様はモデルもやっていらっしゃるし、じゃあついでに月光艦隊の女の子たちも巻き込んでとかで。君が戻ったら間違いなく、巻き込まれ──」
その刹那、やたら大きなノック音と共にはきはきとした声が扉の向こう側から聞こえる。
「しつれーい致します! フィオーネ様のお使いで再び参りましたー!」
声の主はアデルだった。
レフィーネの護衛に居たのではないのか。
「ごめんなさいねーリリアン。フィオーネが我儘言うから、付き合ってあげてー。すねると面倒臭いし言い出したら終わるまで止めない性格なのー」
なんとレフィーネの声まで聞こえる。
「巻き込まれたみたいだね」
「えぇ……私、水着着替えたばかりなんだけど」
「まぁ、頑張るしかないんじゃない?」
「ご心配には及びません! 代わりの水着も用意したとの事ですー!」
こっちの会話が聞こえているはずもないのに、アデルがなぜか代わりに返事をするような形となった。
その前に代わりの水着とはなんだ。
そんな話は聞いていないぞ。一体どういう事だ。
「ちょっと、あんた女装でもなんでもして代わりに写真撮られてきなさいよ」
「はっはっは! 断る」
リヒャルトはとても良い笑顔で答えた。
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