第66話 時代が遺した厄介なもの

「準備ねぇ。リリアン少佐、つまりあなたは今の帝国艦隊ではエイリアンとの戦いに敗北する可能性も含まれているという事ね?」


 レフィーネは再び眼鏡型デバイスを起動させ、レンズを光らせていた。


「ロストシップが相手とはいえ、たった一隻の艦に第六艦隊は壊滅させられました」


 リリアンはきっぱりとそう言い切った。

 レフィーネは無言のままだ。話を続けろという事だろう。

 ならばとリリアンもそれに応じる。


「この宇宙にはそれほどまでに恐ろしいものがまだ眠っているという事です。第六艦隊は不運に巻き込まれただけ。むしろたった一隻の海賊船がそれほどまでの結果を及ぼす。これが現実なのです。第六艦隊と同じ悲劇が繰り返される可能性の方が高い」


 海賊によるロストシップ事件、それに伴う第六艦隊たちの壊滅は前世界では起きなかった事件だ。

 だが言い換えればエイリアンにやられるかどうかの違いでしかない。

 遅いか、早いか。誰にやられるか。本当にそれだけの差だ。

 

「ふぅん。中々の事を言ってのけるわね」

「申し訳ありません。ですが、エイリアンがこれらに類する兵器を使用して来ないとも限りません。これをどう受け止めるかで、我々の存亡がかかるものと考えます」


 前世界の決戦。エイリアンは間違いなく光子魚雷を使用したに違いない。それは一発だけだった。もしかすると乾坤一擲、彼らにとっても唯一のロストテクノロジーだったのかもしれない。

 だが効果は絶大だった。


 それを考慮した上で、ステラ以外にもヴェルトールたちには生き残って貰わなければいけない。

 そして帝国軍の意識改革、兵力の質の向上、そして単純な戦力強化。

 やらねばならない事は多いのだ。


「その点に関しては、皇帝陛下も同じお考えに至ったのだとご推察します。ロストテクノロジーの調査に乗り出した。それはつまり、敵との戦いに備え始めた。そう捉えてもよろしいのですよね、レフィーネ様」


 リリアンがじっとレフィーネを見つめる。


「……ロストテクノロジーはかつての文明を崩壊させた。それこそ数千年の崩壊をもたらした。歴代の皇帝がロストテクノロジーの発掘に消極的だったのは、かつてのような悲劇を繰り返さない為と言われているわ」


 レフィーネは語る。

 今までロストテクノロジーが秘匿され続けた真実を。


「実際、艦隊を一撃で壊滅させるものが出てきたわけだし、ご先祖様たちの考えが間違っているとは思わない。だけど、そうは言ってられない事態に差し掛かったというわけか。かつての時代の遺物はどう覆い隠そうとも、自らその姿を現し始めた」


 レフィーネは天井を見上げた。


「いいえ、結局は私のようななんでもほじくり返したくなる人間がどの時代にも現れて過去を見つけ出す。何かが起これば秘密が暴かれる。兄上もかわいそうね、そんな時代に生まれて、皇帝に即位したのだから」

「ですが、私たちはその過ちを理解しています。そうはならないように動く事だってできます」


 過去に戻った自分に言い聞かせるように、リリアンは語る。

 自分はかつての行いを後悔し、それを防ぐために動き出した。自分が出来るのだから、他のものだって可能だろう。そう信じるしかない。


「不思議ね、あなたが言うと、本当にそうしなければならないと思ってしまう」


 すると彼女は小さく笑った。


「何ていうのかな。まるで見てきたかのように語るものだから、説得力というか、納得力があるのよね。根拠はないけど」

「申し訳ございません。差し出がましい言葉だったかもしれません」


 レフィーネとて、自分の言葉がまさか本当だとは思うまい。

 リリアンもそれを一々言うつもりはない。どうあれ、荒唐無稽な話なのだから。


「あなたの考えは理解したわ。ゼノンやヴェルがやたらと褒めるから、どういう子なのかと気にはなっていたのよ。フィオーネもね」

「私をですか?」

「当たり前でしょう。あなた、結構目立っているのよ?」


 目立つと言われると、リリアンはそうだろうなと思う。

 実際、色々とあった。騒動の渦中にはいたのだし当然だろう。


「あぁ……なるほど」

「あら。自覚はしていたという顔ね?」


 父親の権力もまぁそれなりには使っていたし、それで目立たないわけがない。

 妙な注目を受ける事も自覚はしていた。


「本当に不思議な子ね。前評判は散々だったと聞いていたし、ゼノンだってあなたの事は眼中になかったと言っていた。それが気が付けば、艦隊設立に尽力し、中心人物とて活躍してくれている。嬉しい誤算とも言っていたわ。ステラという子と同じく、ヴェルが気にかけるのもわかる。それに……とても落ち着いていて、凛としている。美しく気高くもみえるわ」


 その時のレフィーネの笑みはフィオーネそっくりだなと思う。どこかいじわるそうで、人をからかったような笑顔。流石は双子と言ったところか。

 いやそれ以上に視線が妙に熱い。

 レフィーネは気が付くと、上半身を乗り出し、顔を近づけている。


「私としては個人的にはあなたの事が知りたいとすら思っている。色々と調べたりもしたわ。ゼノンやヴェルの話も聞いたし、事件の事も調べさせてもらった。どういう子なんだろう、どういう考えをしているのだろうと思っていた。そして直に顔を合わせて話せて本当によかった」


 そっと頬に手を添えてくる。


「レフィーネ様?」

「堅苦しい言葉は使わなくても良い。私はあなたとは友人になりたいと思っている」

「そ、それは光栄です……」


 などと言っているうちにレフィーネの顔がすぐ間近まで迫っていた。

 ふと思う。フィオーネとレフィーネはまるで正反対のような双子であると。まさかと思うが趣味もそうなのだろうか。

 そしてこれを払い退けるのは、不敬罪に当たるだろうか。不敬を買えばちょっと面倒になるかもしれないという感情もある。

 受け入れるべきか?


「く、くく! ははは!」


 だがレフィーネは突如として吹き出し、笑い出した。


「ごめんなさい、冗談よ。あなたのもう一つの噂がどのようなものか試したかったの。許して頂戴ね」

「もう一つの噂……?」


 なんとなく予想は出来る。


「えぇ、あなたは美少女を集めてハーレムを作っている……というね。女の子を巣穴に引きずり込むジョロウグモなんていう人もいるわね」


 否定はし辛い。女性士官が多いのは本当の事だ。

 ただハーレムを作ろうなどとは思っていない。ただ優秀な人材を集めた際に女性が多くなったのは事実だし、デボネアが自分に向ける感情を理解していない訳でもない。


「それは、まぁ。否定は致しません。そう捉えられても構わないと思います」

「いいえ、ちょっと違うみたいね」


 レフィーネは微笑を浮かべ続け、レンズ越しの猫のような目をリリアンに向けた


「あなたは引きずり込む側じゃなくて、引き寄せてしまう側」


 レフィーネはぱっとその場を離れた。


「いいわね、あなた。気に入ったわ。このレフィーネはあなたを支持してあげる。何か困った事があれば、相談なさい。皇帝の妹の権力はゼノンよりはあるわよ」


 そういいながら、彼女はウィンクをして部屋の出口へと向かった。


「そうそう。これはあなたに伝えてもいいと判断したから言っておくわ」


 レフィーネは立ち止まり、振り向く。


「エイリアンの存在は十五年も前に一度だけ確認されていた」

「え?」

「これはゼノンもヴェルトールも……いいえ多くの将兵も知らない情報よ。かつて100光年と地球から最も離れた植民惑星……そうなるはずだった惑星シュバッテンの崩壊事故。実地調査の不足のせいで、老年の惑星であった事を見ぬけず、惑星全土の噴火とそれに伴うマントルとコアの刺激によって内側から爆発し、塵になったとされる星。でも事実は違う」


 レフィーネはその時だけは無表情だった。

 淡々と事実だけを述べるそういう顔だった。


「惑星シュバッテンにはね。エイリアンの艦が近づいていた。そこで、当時の護衛艦隊が戦闘となり、惑星シュバッテンは巻き込まれた。生き残ったのは民間人を収容できた駆逐艦一隻。その数、百四名」

「それは……」


 知らない情報だ。


「私もそれ以上は知らない。皇帝の妹が知れるのはここまでよ。この情報をどう受け止めるのかはあなた次第。生き残った兵士もどこかにはいるのじゃないかしらね。その家族も……民間人は殆ど子供だったらしいけれど、それ以上はわからない。でも唯一、判明している事がある」


 レフィーネは静かに言い放った。


「その当時のシュバッテン防衛艦隊の司令官。その名はアルフレッド・ケイリーナッハ」

「それって……総司令官の」

「えぇ。彼は、全てを知ってるわ」

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