第65話 つまり私は道化にされたってわけね?
流石は高級リゾート施設、睡眠用カプセルの質がとてもいい。
簡易的な治療にも使われるそれはリラックス効果を与え、脳波やホルモンバランスなどをある程度整えてくれる。
これの質が悪いと三十分で六時間分の睡眠を取った事になっても体中が硬直して、しかも肌寒かったり、場合よってはうっすらと霜がまとわりつく事もある。
そんな高級カプセルの中で眼を覚ましたリリアンの視界にまず入ってきたのはなんとレフィーネだった。
水着からは着替えているようで、クリーム色の薄いシャツにモスグリーンのサロペットというラフでカジュアルな服装だった。
空気の抜ける音と共にカプセルが解放されると、体が少し冷えてしまっている事を知覚する。睡眠カプセルはどうしてもこの冷えが付きまとう。
しかも自分は水着の上に上着を羽織っただけだ。
これでも一応は体に害のない範囲内ではあるが、目覚めた瞬間に冷たさを感じるのはわかっていても体が驚いてしまう。
しかも今回は皇妹が目の前にいるのだからさらに驚くわけだ。
「慌てなくていい。人払いも済ませてある。ここには君と私だけだよ」
「あ、はぁ……あのどうしてレフィーネ様がここに?」
「そりゃまぁ破天荒な姉のせいでこんなことになったのだし、心配するのは当然でしょう? あぁ、外にあのうるさい曹長さんもいるから部屋の安全は万全よ」
そう言われてリリアンはカプセルから体を起こして周囲を見渡すとどうやら個室にいるようだった。個室と言っても部屋は広くよく見ればソファーや机、テレビに冷蔵庫まで完備されている。
病室……というわけではないようだ。
「ここは艦長たちの為の個室。ビーチバレーで盛大に顔面を打ったあなたを休ませる為にここまで運んだの。あの曹長さんがね」
「ビーチバレー……そ、そういえばどうなったのでしょうか? 私がここにいるという事はチームは敗退したと思うのですが」
「引き分けよ。あのステラという子もボールが顔に命中してね。気を失った両チーム棄権。今頃は残った二チームだけで試合が進んでいるのではないかしらね」
「そ、そうですか……」
リリアンはひきつった笑いしか出せなかった。
自分が気を失った後に何があったのかはよくわからない。うっすらと記憶に残っているのはリヒャルトがボールを打った瞬間に聞いてはならないような声を耳にしたぐらいだろうか。
ステラがボールに沈んだという事は自分と同じような目に遭ったという事だろうが、二人そろってとんでもないどんくささを見せつけたという事だろう。
「それにしても、ヴェルはうまい事やったよ。どこまでが計算なのかはわからないけど」
レフィーネは眼鏡を怪しく光らせながら、笑みを浮かべた。
「どういうことです?」
尋ねながらもリリアンはふとステラがどうなったのかが気になった。自分と同じように気を失ったのなら、同じように部屋に案内されて休んでいるのだろうけど。誰か付き添っている子がいるのだろうか。
「あの子にはヴェルが付いているよ。彼の部屋にいる」
「ヴェルトールの部屋に……二人きりで? あぁ……それなら」
それを聞いた瞬間、リリアンはなるほどと妙に納得した。
「おや? あまり驚かないんだね?」
「えぇ、そうですね。あの二人、お付き合いしてるのでは? そうでなくともお互いに思いあっているものだと」
「これも意外。君は意外と人の恋模様に敏感なのね」
レフィーネはちょっと驚いて見せた。しかし何か勘違いしているようだが、リリアンは他人のそういった関係性に鋭いのではなく、あの二人の関係性に関してはちょっとした未来知識のおかげだ。
それにヴェルトールがステラをかなり気にかけているのは恐らくは周知の事実。
しかしわからないのが、レフィーネの言葉だった。
ステラが気を失い、ヴェルトールが付きそう。それはわからなくもないが、うまいことやったとは何のことなのか。
「これはあのリヒャルトとかいう子も一枚絡んでいるでしょうね」
リリアンの疑問を悟ったのかレフィーネが教えてくれる。
「ヴェルがブロックして、リヒャルトとやらがアタック。一方で君はステラという少女のボールを受け止めてトスを上げる。これ、どう考えたってだらだらと試合が続くでしょう?」
「あ、確かに」
なんといえば良いのだろうか。お互いに決め手がない。一見するとリヒャルトが攻撃に回っている分、こちらが優勢だと思うが、そのリヒャルトの動きを全て把握しているだろうヴェルトールが全てブロックすれば意味を成さない。
これは絶妙な配置だ。
「本当はもっと長くラリーを続けて体力が尽きるまでという程度の考えだったんじゃない? でもほら、君が自爆して、ステラって子は顔にスパイクを受けてこの通り。まぁヴェルにしてみれば結果オーライというものなんでしょうけど」
それはつまり、ヴェルトールたちの想定以上に自分たちが運動音痴だったというわけだ。
しかもだ。レフィーネの話が本当なら自分はどうやらうまいことだしに使われたらしい。
ヴェルトールは最初からあのバレーを抜け出す気でいたのだろう。
そして愛しい少女と二人きり。ロマンチックというべき……? 何か違うような気もするけど。
「と……ヴェルは思っているだろうけど、チームメンバーの選出はフィオーネだし、あの人はこういう話には敏感だから。多分ヴェルがどう動くかなんて読まれていると思うけど。こと恋愛に関してはフィオーネは巧者よ。伊達に恋多き皇室のお騒がせ娘とは呼ばれてないわ」
「それって……何か意味でもあるのですか?」
「あの人が楽しい。それだけよ。特にヴェルの事はお気に入りだし。夫にするというのも半分は冗談で半分は本気。一夫多妻でも良いとか言い出す人だし、あのステラって子も巻き込みそう」
そういうレフィーネは流石に飽きれた顔を浮かべていた。
恐らくそういうやりとりや話は珍しいものではないのだろう。
それにしても、その話が本当だとすればいよいよ自分は道化じゃないか。ここまで他人に使われたのは久々かもしれない。
幸いなのは、別にそこまで悪い気分ではないという事か。
「まぁしばらくはヴェルはこの事でからかわれるでしょうね。恋愛方面以外は完璧だと私も思うけど……」
最後、ご愁傷様とレフィーネは小さく呟いた。
「さて、そろそろ本題に入りましょうか」
レフィーネは立ち上がると、ソファーの下まで移動して腰かける。
「まずは服を着替えたらどうかしら? 寒いでしょう? シャワーを浴びても良いけど。あぁ服はなんでもいいわよ。脱衣所にホテルが用意した室内着とかがあるんじゃないかしら」
「え、はぁ……それでは……お言葉に甘えて」
フィオーネとは違うが、有無を言わさない圧がレフィーネにもある。
リリアンは大人しく従う事にした。さっとシャワーを浴びて、ホテルが用意していた室内着にとりあえず着替える。服装はレフィーネの言っていたホテルの用意した白い室内着に着替えておく。
そして一通りの準備を済ませると、リリアンは取り合えずレフィーネの対面に座る。彼女は端末を用意しており、眼鏡型のデバイスと同期させているのか、レンズが淡い光を放っていた。
「早速だけど、リリアン少佐。あなたたちはあのステルス戦艦と遭遇、そして撃退した。そうよね?」
少佐と階級を付けて呼んできたということは仕事の話というわけだ。
リリアンもそれぐらいは悟れる。
「はい。恐るべき相手だったと思います」
「でしょうね。対光学兵器用の装甲に完全なステルス、クローン兵士にしかも光子魚雷。過去の遺物の過重積載よ。でもあなた達の手によって撃沈した……という公式の発表。でも本当は違うんでしょう?」
まるでこちらを試すような言葉だ。
恐らくレフィーネは真実を知っているのだろうというのは砂浜での会話でもわかる事だった。
「跡形もなく消えていた……光子魚雷の自爆という処理にはなっていますね」
「本当に沈んだのならそれでもいいのだけどね。そんなに綺麗に消えてなくなるものならね」
光子魚雷の破壊力は凄まじい。まさしく消失という言葉が正しい威力を誇る。
だが、それでもわずかに残骸というものは残る。あの戦場でスターヴァンパイアの残骸のいくつかは発見された。
しかし、あの巨体に対して残った残骸があまりにも少なすぎる。
それが事実だ。
「あの艦が実際どうなったのか、それは憶測しか建てられない。まず私たちはロストシップやロストテクノロジーの事を半分も理解できていないのだから。神月だってその機能の99%を発揮できていないという話よ」
帝国軍総旗艦神月。ロストシップであるこの艦も実戦にでた回数は少ない。
裏では戦艦の形をした大きな会議室だのホテルだの言われている。
「だから何が起きても不思議じゃない。黄金の宇宙歴1000年、暗黒の2000年、動乱と復興の3000年。失われた技術があまりにも多すぎる。そこに来て、あなたたちはエイリアンと遭遇した……兄上もこの事が気がかりだったのでしょうね。それにロストシップ騒ぎ。慎重派な兄上が躍起になってロストテクノロジーの調査に乗り出した背景はこれなのよ」
形はどうあれ光子魚雷を筆頭とした力をまじまじと見せつけられたわけなのだ。
「軍の中では、君たちが遭遇したエイリアンは太陽系外に脱出した過去の人類の末裔で私たちに復讐をしに来た……なんて荒唐無稽な話も出てきてる。事実はわからない。だって情報も失われているからね。過去の人類が一体どこまで版図を広げていたのか……」
過去の人類。果たしてそれはあり得るのだろうか。
リリアンもそういう考えが全くないわけではない。だが、前世界で見たエイリアンたちは紫色の肌をしていた。実はあれが嘘の発表、もしくはそういう宇宙服だったと言われてしまえばそれまでである。
実際に見たわけではないのだ。
だけど、リリアンはあれが作り物だとは思えなかった。もちろんそれとて確証があるわけではない。前世界でも明らかにエイリアン関連の情報は不自然な程に隠匿されていた。
「だから聞きたいのよ。エイリアンと遭遇し、ロストシップとも戦った君に。君がこの中で一番それらに接している。単刀直入に聞くわね。帝国は、これらに勝てると思う?」
「……それは。私の口から断言できるものではありません」
思い起こされるのは、前世界の惨劇。
「ですが、我々とエイリアンの艦艇技術にそれほどの差があるとは思えませんでした。ですが、ロストテクノロジーの有無によってバランスは崩れるかもしれません。例えば、敵が光子魚雷を手に入れたとして、それを帝国の艦隊に撃ち込まれたりすれば、どうなるかは想像できません」
もしも帝国側にもまともなロストテクノロジー兵器があればあの状況も変わったのだろうか。
いやもしかすると既にあったのかもしれない。でも使えなかった、そのタイミングがなかった。そこは考えてもわからない話だ。
(思えば……元帥になったステラは、あの無人艦隊をどう操っていたのだろう? あれも、ロストテクノロジーの産物?)
なんという事だとリリアンは思う。
自分は、思ったよりも何も知らない。
未来の知識も、それはかなり穴だらけという事だ。
かもしれない。そういうものばかり。
それでも……。
「ですが、勝てると信じています。たかが一つ、二つの兵器ごときで勝敗が決まるわけではありません。私たちは光子魚雷の存在を認知しました。あると理解しています。それは正しい危機感に繋がると思います。そんなもの最初からなかったと思うよりはマシです。先ほども述べましたが、こちらの艦艇とエイリアンの艦艇に大きな差があるとは思えません。準備を怠らなければ……勝てます」
だからその為には、ステラには艦隊を率いる立場になって欲しいし、ヴェルトールたちにも万全の力を与えたい。
その為なら、なんだってしてやる。
それがリリアンの目的なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます