第64話 灼熱のビーチファイト
艦長対抗戦ビーチバレーなどと言っても艦長比率は男三人に対して女一人。それは間違いなく不公平であるとの事で、特別ルールが設けられた。
男女混合戦であり、また即席のチームを組むというものがフィオーネから提案された。試合に出場する艦長は異なる艦の異性メンバーと組むこと。これによって一定のバランスを取るというわけらしい。
果たしてそれが何かハンデになるのかはわからないが、組み合わせ自体は中々面白いものとなった。
ちなみに組み合わせ自体はフィオーネが曰く「適当」に選んだものらしく、アデルはデラン隊のパイロットの一人、フランチェスカ・オーエンという気真面目そうな少女と組む事になり、入れ替わるようにデランはアデル隊のラムザ・キスカという砲術士課の少女と組む事になった。
そしてリリアンだが、彼女のパートナーとなったのはなんとリヒャルトであった。
そう、リヒャルトは【まだ】艦長ではない。立場としては副長であり、故にリリアンと組むことが可能となっていたのだ。
「ねぇ一応伝えておくけど、私、バレエはやったことはあるけどバレーはやったことないのよ。あなたは?」
幼い頃からのお稽古事の一つにバレエダンスが含まれていた。その他にもテニス、乗馬やバイオリン、ピアノなどとにかく両親が思いつく淑女らしい習い事はある程度は嗜んできた。
しかし、それで腕前が上がったかというと微妙なところで生来のものぐさかつ我儘のせいで、どれも大して長続きはしなかった。唯一は乗馬ぐらいだろうか、動物と触れ合えるからなどという理由で長くは続けていた。
それ以外は疲れる、面倒くさいなどの理由で勝手にやめている。
幼い頃の自分を叱りつけてやりたい気分だった。
「自慢じゃないけど、僕はそれなりに体は動かせるよ? バレーの経験はないけど、ルールは知ってる。それに、施設じゃそれなりに運動が出来なきゃ虐められるからね」
一方で質問を受けたリヒャルトは一見すると貧弱そうな細く白い肌をしているが、よく見れば胸板はしっかりしていた。ボクサータイプの水着に白いシャツを羽織った出で立ちも相まってか、意外と男らしくも見える。
いつもの細い目を見開きながら、腕を組み、どこか自慢げに答えていた。
「……悪いこと聞いた?」
「まさか! 子供特有の足が速い子がカーストトップになれるとかそういうレベルの話だよ。ま、気にしないで。足は引っ張らないよ。むしろ……」
リヒャルトはちらりと相手チームを見やる。
そこにはなんとヴェルトールとステラがいた。さらに言うとステラは今まで見たことがないぐらいにガチガチに緊張しており、熱中症にでもかかったのかというぐらいに顔が赤い。
ヴェルトールに声をかけられると、大げさな反応を示したり、明らかに気持ちが昂りすぎて空回りしているのが見えた。
「あの子って、運動できるのかい?」
「……無理よ」
リリアンは即答した。
ステラは確かに優秀だ。戦闘などに入ればその驚異的な集中力と演算力でまるで未来を予知するかのような作戦を立てる事が出来る。また対応力も優れており、その場その場での判断が早い。
また元が整備士だったこともあってか、意外と体力もある。
なのだが、こと運動となるとてんで駄目駄目だった。何せどんくさいのだ。
何もないところでたまに転んでいる姿を見かける事もあるし、集中しすぎて壁に激突する姿もたびたび目撃されている。
そんな彼女が咄嗟の判断だけではなく、反射神経すらも要求される球技のスピードについて行けるかと言うと、それは中々に疑問である。
スポーツも戦闘である。そういう意味では決して、ステラの能力が生かされないとは言わない。だが実際に体を動かすとなるとそれは、常日頃の運動量に帰結する。
「それじゃあ第一試合を始めるわよ~」
色々な不安がある中、この場においては圧倒的な権力者であるフィオーネの自由を妨げることはできない。それに、別に不利益を被っているわけでもなく、多くのクルーたちは今得られているバカンスに浮かれていた。
「四チームとも頑張ってねぇ。勝てばそうねぇ……私が出来る範囲内だったらなんでもしてあげちゃう。今ならデートも受け付けるわ」
チュッとまるで効果音すら聞こえてきそうな投げキッスをヴェルトールに向けるフィオーネ。なお、ヴェルトールは無意識なのか意識的なのかは定かではないが、さっと体を避けていた。
だがパートナーであるステラはそんな光景を見て、ひとりであわあわとしていた。
そんな奇妙な光景も、観客となったクルーたちの熱狂のせいで誰に気が付かれるわけでもなく、勢いに飲み込まれていく。
これが人を扱う事に慣れている者の力なのか、気が付けばフィオーネにうまい具合に扇動されているわけである。
「それじゃあ、ヴェルチーム対リリアンチームよ。両チームは所定位置についてねぇ」
もはやリリアンも一々文句を言うつもりはなかった。
とにかく試合を始めるしかない。
チームのリーダーは当然、艦長が行う。リリアンとヴェルトールはコートネットを挟んで向かい合い、あとなぜか審判を務める事になった最年長者のヴァン副長がコイントスをすることとなっていた。
「ややこしい事になってすまない、リリアン」
なぜかヴェルトールが謝る。
「皇室のお騒がせ者と呼ばれるぐらいだもの。これでも大人しい方なのでしょう?」
「まぁそうだな。あの方は本当に思いつきで色々となさるの……幼い頃はそれが楽しくて仕方なかったが……だが、悪いが勝負事だ。手を抜くことはしない」
ヴェルトールはやっといつもの調子を取り戻したのか、不敵な笑みを浮かべていた。
「公式のルールとは若干違いますが……裏と表を決めてください」
ヴァンがコインを構えた。
試合をシンプルかつ素早く進める為にコインと裏表を決めて、それに勝てばファーストサーブ権を得られるという単純なものとなった。
リリアンは裏を、ヴェルトールは表。
コイントスの結果、先行はヴェルトールのチームとなり、ステラがファーストサーブを行う事となる。
「大丈夫だ、ステラ。私がフォローする」
ボールを構えたはいいものの、だらだらと汗を流して緊張を続けるステラに対して、ヴェルトールは優しく微笑みかけた。
「あ、あぁ、はいぃ……」
自身の運動音痴を理解しているステラはなんで私こんなところにいるんだろうという感情と勝たないとヴェルトールがフィオーネとデートするかもしれないという普段の彼女なら絶対にありえないような勘違いの中、試合が始まる。
「え、えぇい!」
とにかくサーブ。ステラは渾身の一撃を繰り出すが、ビーチボールは思ったよりも抵抗するようで、あまり速度は得られなかった。妙にヘロヘロとしたボールがリリアン側のコートに漂い、落ちてくる。
流石にそれはリリアンでもトスする事は出来た。
打ち上げられたボールにすかさずリヒャルトがアタックを仕掛ける。打ち返されたボールはたやすくヴェルトールにブロックされ、ボールは再び宙を舞う。
「ステラ!」
ヴェルトールが指示を出すと、ステラは砂に足を取られつつもなんとか落ちてくるボールにたどり着き、返す事が出来る。
だがやはりまともなパワーのないボールである。
「もしかしてこの試合、ぐだぐだのまま続くんじゃないでしょうね」
再びボールを打ち上げながらリリアンがぼやく。
ヴェルトールとリヒャルトは何も心配はいらない。むしろこの二人を足を引っ張っているのは間違いなく自分とステラであることをリリアンは感じているし、恐らく周りもそう思っているだろう。
だからこそ面白いのか、一応の盛り上がりは見せていた。
「ただでさえ水着姿で恥ずかしいっていうのに!」
「ほら、文句を、言わない!」
リヒャルトのスパイク。
そこそこの加速をみせるボールだが、ヴェルトールは見事にそれを捉えていた。
「甘いな。軌道が見え見えだ。それでは簡単に、防げる!」
その後もリヒャルトの攻撃をヴェルトールが受け止め、ステラが力のないボールを打ち返し、それをリリアンが打ち上げ、そしてリヒャルトへ……というラリーが続く。
ある種の膠着状態、しかし温暖な気候と熱砂による反射は次第に体力を奪い始めていた。
「おっと、レディたちが限界だ。すまないがヴェルトール、ここで終わらせてもらう!」
リヒャルトは見事な姿勢でジャンプを見せ、鋭い一撃を放つ。
だが、ヴェルトールはまだ余裕で動けていた。
「言っただろう。それは甘いと!」
ヴェルトールはうまく衝撃を受け止め、再びチャンスボールを作り出す。
「ステラ、今だ!」
ステラも防御は全てヴェルトールに任せればいいと判断したのか、これに関しては攻撃に移る動きも早かった。
それに彼女も本気だ。だから力の限りボールを打ち込む。それは偶然なのか、それとも計算されたものかはわからないが、ファーストサーブのヘロヘロ玉ではなく、鋭いボールが打ち出される。
「や、やった!」
自分でもそんなボールが出せたことに驚いているステラ。
対するリリアンは思った以上に鋭いボールをどうにかして受け止める必要があった。
「あぁ、えぇと、取り合えず受け止め──うぺっ」
何とか両腕を突き出しボールを受け止めるが、バウンドしたボールは予想外の方向にはねてしまい、それはリリアンの顔面を直撃する。
それでも一応は宙に上がったボールをリヒャルトが捉える。
「あ、やばい」
リヒャルトの気の抜けた声。
だがそれに反して打ち出される強力なスパイクボール。
それは、まっすぐに【ステラ】へと向かっていた。
いや正確には、ボールの直線上にステラがまだぼうっと突っ立っていたのだ。
「ふぇ?」
刹那。
リヒャルトの放ったボールはものの見事にステラの顔面を直撃した。
ビーチボールのはずなのに、なぜかステラは弾き飛ばされる形で砂浜に沈む。
一瞬の静寂、ついでにリリアンも反対側で同じように砂浜に沈んでいた。
ステラはぴくぴくと小さく痙攣をして、目を回して、倒れたままの姿である。
「ステラ!」
ヴェルトールがすぐさま駆け付けるが、ステラはまだ目を回した状態であり、言葉にならない喃語のようなものしか発していなかった。
ややすると観客の中からフリムたち医療スタッフが姿を見せた。
倒れこむ二人の少女を診察し、フリムが代表となり周囲へと伝える。
「棄権で」
この瞬間。
リリアン及びヴェルトールチームの敗退が決まったのであった。
それは本当に、なんとも言えないぐらいにお粗末であっさりとした結果だったが、なぜかフィオーネだけは手を叩いて楽しんでいた。
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