第63話 ようこそリゾート惑星へ

 惑星レオネルまでの道中はそこそこの規模の艦艇が動員されたらしく、ワープにしろ通常航行にしろ数十万キロ範囲はレーダー網が展開されており、不審船の存在を決して許す事は無かった。

 当然、それも帝国軍の力を見せつけるという意味においては必要な行動であった。

 結果的に月光艦隊は大した苦労もなく、ただひたすら安全な航海を続けるだけでレオネルに到着したというわけである。


 恒星、白色矮星、そしてデブリ帯やその他の衛星の影が上手く位置している関係か、惑星レオネルは年中温暖な気候を見せる惑星で、ほとんどが海で満たされており、海が九に対して、陸地は一という比率ともいわれている。

 故にレオネルでは陸地に人類は生活拠点を持たず、海上フロートを建設し、そこに多くの観光施設や港を設置した。


 その為かは不明だが、戦艦クラスすらも二隻は収容できる超巨大なドックも完備されており、そのような施設がレオネルには四つ存在している。

 またそれらよりは規模の小さいフロート都市もあり、こちらがいわゆる一般市民向けのレジャー施設となっていた。


「何というか……護衛任務はどこに行ったのかしら」


 空には無数のデブリが作りだす輪がくっきりと見えており地球の空とは大きく違う光景を演出する。

 また多くの観光客を乗せたシャトルが行き来するのがみえた。水の星と言うだけあって軍艦並みの大きさの客船もクルージングを行っている。

 フロートの中では人工的に作り出された砂浜、ビーチも存在しており、その盛況さはすさまじい程だった。


 獅子の涙と称されることもあるこの星だが、実は獅子座を構成する星ですらなく、ただ単に獅子座方面の道中に存在するだけだったりもする。

 リリアンも一応はセレブの仲間である。幼い頃に家族旅行で来た事もあるが、父が参謀総長になってからはどうしても近場のリゾートにしか遊びに行けなかった。

 それでも十分な贅沢をしていたと思うのだが。


「なぜ私まで水着なんだ……すぐに着替えたい……」


 フロート内のビーチ。セネカのクルーで陣取った砂浜、パラソルの下で全身をタオルで覆い隠し、遠巻きに眺めていたリリアン。

 その右隣ではカジュアルなワイシャツとハーフパンツタイプの水着を着たヴァンの姿もあった。


「仕方ありますまい。フィオーネ様のご命令ですので」


 周囲にはセネカだけではなく、他の艦のクルーもいて、全員が水着を着用して、ビーチで思い思いに楽しんでいた。

 遊泳する者、浮き輪で漂うもの、ただひたすら走る者もいれば、日焼けに勤しむ者もいる。

 月光艦隊は、到着と同時にフィオーネの命令および奢りで水着を買うことになり、ほぼ強制的にビーチへと参加させられた。

 一応、艦には最低限のスタッフが残っており、適時交代する形となっているが、護衛はもはやどこへやらだ。


「念のため、海兵隊が各所で待機しているとの事です」

「その海兵隊隊長がすぐそばで水着になっている事実はどう説明するのかしら」


 億劫気味にリリアンは左へと視線を向ける。

 そこには競泳用のスイムウェア姿のアデルがいた。


「ご心配には及びません! 私を中心に半径2キロの範囲にはスナイパーを設置しています! つまり、私がいる場所は常に狙撃有効範囲内というわけですね! ははは!」


 健康的な肌とスイムウェアの組み合わせは素晴らしく、また堂々と胸を張るせいか、ただでさえ平均よりも大きなアデルの胸は見事に突き出され、身体のラインがはっきりと出るウェアのせいで色んな意味で注目を浴びていた。


(まさか、目立つ格好をしているのはいざとなれば自分をターゲットにして位置を把握しろって事かしら)


 この女性海兵隊員が一体どこまで、何を考えているのかはリリアンもまだ測りかねていた。正直なことを言うと、初めて出会うタイプなので、いまいち距離感がつかめないのだ。

 ずいぶんとクレバーな人物であることは、あの事件以降、理解しているつもりだ。


「曹長さん。少しうるさいので静かにしてもらえるかしら」


 そんな彼女たちの傍には、アデルすらも見劣りする程の豊満な肉体を持った女性がオフショルダータイプのビキニ姿で端末を操作していた。

 皇妹の一人、レフィーネであった。彼女もパラソルの下、ドリンクを傍らにビーチで遊ぶことなく、もくもくと作業をしている。


 レフィーネは気が付くと、いつの間にかリリアンらの傍にいた。そうなると一応は護衛の関係もあってかリリアンも移動する事が出来ない。

 しかも、つまるところはグラマラスな美女が二人、パラソルの下にいるせいで月光艦隊以外の客の目も引く。

 タオルにくるまる少女の姿もばっちり目立つというわけだった。


「ハーァッ! これは失礼を! 以後、黙ります!」

「このやりとり、二回目」


 レフィーネはストローでドリンクを一口だけ飲むと、デバイス内蔵型の眼鏡をかけなおし、一旦作業を止める。

 ぐぐっと体を伸ばすと、大きな双丘がより一層と強調される。


「リリアン・ルゾール、あなたは遊ばなくてもいいの? 一応、これは兄上からの特別褒美でもあるのだけど」


 レフィーネの言葉にリリアンはやはりかと思った。

 皇妹二人を連れて、リゾートで有名な惑星に向かわせる。それでこうしてビーチで遊んでいる状態なのだから、そういう意図もあるのだろうとは思っていた。

 だから、リリアンもヴェルトールも他の者もそれ以上をいうことはなかったのだ。


 それでも一応、名目は護衛ではあるので、気が抜けないのも事実だが、クルーの大半はもう遊ぶことに夢中になっていた。

 決して悪い事ではないと思う。ようは皇帝直々の褒美なのだから、誰に憚ることもない。少なくとも部下たちは思い切り遊んでも良いだろう。


「部下にはありがたいと思っています。ですが、私はどうにもこういう場が苦手でして……」


 もし自分の精神が若ければ意気揚々と遊んでいただろう。

 しかし、今となっては水着になるのも恥ずかしいし、一緒に騒いで遊ぶという気が起きない。これならむしろ釣りをしている方が楽しいかもしれないまである。

 もしくはそう、許されるのならこの南国感あふれるビーチでボトルシップを作るとか……。


「ふぅん。ルゾール参謀総長の娘は変わり者だと噂には聞いていたけど、本当にその通りというわけか。まぁ私としてはどうでもいい話だけど」


 レフィーネは口数が少ないようで、そこでぷつりと会話が途切れる。

 それはそれでなんとも居心地が悪い。一方的に会話を続けるのがフィオーネならレフィーネはその反対だ。


「あの、レフィーネ様。一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか」

「そう堅苦しい言葉使いはしなくていいわよ。それで、何かしら」

「はっ。それでは、今回は一応、レオネルのロストテクノロジーの調査も目的なのですよね?」


 リリアンがそう尋ねると、話題がレフィーネの琴線に触れたのか、眼鏡の奥から覗くような視線をリリアンに向けていた。その仕草はどこか艶っぽく、なるほどあのフィオーネとは双子なのだなと感じさせる。


「兄上があなたたちに休暇という形で褒美を与えようとしたのは本当だけど。そうね、一応それも仕事の一つとしてあるわ」


 ロストテクノロジーの調査というのは、彼女たちの護衛を仰せつかった際には伝達されていた事だった。

 というのもレオネルはリゾート惑星でもあるが、惑星そのものには多くの謎がある。

 というのも植民惑星の中ではかなり原始的な節足動物が確認されており、地球でいうなればカンブリア紀の頃に似ているともされているが、それにしては惑星環境は現在の地球環境に酷似しており、温暖ではあるが快適であった。


 過去の記録を遡るとこの惑星はおよそ三千年前にテラフォーミングが成されたという情報が残っていた。その時の情報を元に探し当てたのがこのレオネルである。

 果たして、過去の技術によって生物すらも作り変える事が出来たのか、それは今現在の地球帝国では計り知れない技術であった。


 だが、多くの帝国市民としてはそんなことはどうでもよいらしく、現在ではリゾート惑星として扱われているというのが正直な所であった。

 同時に一応、海洋研究所なども存在しており、帝国としてもそれなりには重要な研究機関を設置した要所でもある。


「今回のレオネルの調査とは直接関係ないけど、あなたは間近でロストシップ、そして過去の遺物であるクローンを見つけた。そうよね?」


 一応トップシークレットの情報だが皇室には伝わっているようだ。

 それとも彼女が独自で調べ挙げたのだろうか。

 何にせよその情報がレフィーネの下にある時点で隠し立ては無用だろう。


「はい。光子魚雷も確認しました」

「つまり、この帝国の中で一番ロストテクノロジーの脅威を間近で見てきたのはあなたたちと言うこと。それに、艦隊に被害まで出てしまった時点で兄上もそして軍の総司令官も重い腰をあげなくちゃいけなかった。だから、ロストテクノロジーの調査に本腰を入れる事になった。あの海賊騒ぎがなければ、兄上たちはそこまで動かなかったでしょうね」


 帝国は形はどうあれロストテクノロジーの脅威を体験してしまったのだ。


「それはつまり、私たちにロストテクノロジーの調査を任せるということですか?」

「さあ? さすがに一つの艦隊だけに全てを任せるとは思わないけど、他に自由に動かせる艦隊もないのだから仕方ないわね。このレオネルだって、データベースに存在したからみつけた、南国の海のような環境だからリゾートにした、というだけ。都合よくそういう環境になったのなら、別にそれでもいいけど、人工的なものを感じさせるぐらいには完璧な調整なのだから、本当はもっと調査をするべきなのよ。知ってる? この星の海には全長40メートルの巨大なウミウシがいて、それが海中の酸素濃度とかを調節してるの」


 それは知らない情報だった。

 惑星の海中環境を保護する為、一般人は例え貴族でもあっても海中に潜ることは許可されていないからだ。

 何かしら事情があるのだろうとは思っていたが。


「別に巨大生物ぐらいは存在していてもおかしくはないけど、酸素濃度の調整なんてものを自在にできるなんて、それはもうアニメや特撮の怪獣じゃない。それが自然発生したのか、それとも人工的に作られたのか……残念ながら私たちはまだよくわかっていないのよ」


 レフィーネは小さく笑った。


「まぁそういうことだから。今は遊んで英気を養った方がいいわね。フィオーネは遊ぶ気しかないみたいだし。今後いつ同じような休暇が取れるとも限らないわよ」


 すると、それを合図とするかのように水着姿の少女二人がやってくる。デボネアとミレイだ。二人ともがパレオタイプの水着を着ており、デボネアが赤、ミレイは緑だった。


「艦長! フィオーネ様が指揮官対抗戦のビーチバレーをやるから連れてこいって……」


 デボネアがそういうと、遠くの方で声が聞こえる。


「リリアン・ルゾール! リリアン・ルゾール少佐! そんな隅っこでタオルにくるまっていないでこっちにいらっしゃいな! せっかくのリゾートなのよー!」


 フィオーネが自分を呼ぶ声が聞こえる。

 視線の先にはクロスタイプの黒い水着を身に着けたフィオーネがいかにもリゾートを楽しむセレブと言った風体で、ジュースを片手にこちらに手を振っていた。

 その周囲には彼女に付き合わされたのか、ぐったりとしたクルーの姿もあり、よく見ればヴェルトール含めた艦長組もいた。

 なんとも渋い顔を浮かべているが、同時に「早く来い」という念も感じる。

 それを見た瞬間、リリアンはいかにも拒否しますといった顔を浮かべた。


「嫌よ。恥ずかしい」


 とはいえ、その言葉通りに事が運ぶとは思えない。

 なぜなら既にデボネアとミレイは、自分の両脇にいてタオルをはぎ取ろうとしていたからだ。


「艦長命令よ、離れて」

「それならこちらは皇妹様の命令です。ご勘弁を」


 そういうミレイの顔は明らかに楽しんでいた。

 デボネアに至っては目が動揺しており、破れかぶれな状態である事がわかる。


「大体、艦長はいつも基地の中で引きこもってばかりなんですよ。任務以外で外に出てないでしょ!」


 ミレイがタオルを掴む。


「そ、そうですよ。こういう時にこそ外に出て体を動かさないと!」


 デボネアが反対側を掴んでいた。


「よく言うわね! ジムでトレーニングぐらいは……」


 リリアンは内側からタオルを掴み、死守するが多勢に無勢。

 ヴァンは助けないし、アデルはレフィーネの言いつけ通り無言を貫き、明後日の方向を見ていて、レフィーネに至っては涼しい顔でジュースを飲んでいる。


「外に出てないのだから同じですよ! 人間、太陽の光を浴びないとダメって大昔から言われているんですから!」

「みんな待っているんですから、諦めて早く水着姿を……!」


 若干、個人的な欲望を感じさせる言葉が聞こえた。

 それはさておき、二対一でかなうわけがなく、ついにはリリアンを覆っていたタオルが取り除かれ、彼女の素肌がレオネルの暑い日差しの下にさらされる。


 紫色で、所々に白いラインがアクセントとなったその水着は、いわゆるハイネックビキニと呼ばれるタイプであり、胸元を覆い隠し、下は緩やかなスカートタイプで、全体的に体型を隠すようなデザインであった。


 ちなみにだが自分で選んだわけではない。体のラインがみえるのが嫌だ。派手なのは嫌だ。そもそも水着を着たくないと、我儘をこねていたら見かねたデボネア含め数人の女性クルーたちが妙にやる気になり、この水着となった。


「ほら! やっぱり似合うじゃないですか!」


 自分たちが選んだ水着をなんやかんやちゃんと着てくれていた事に喜びを表すデボネア。彼女はリリアンの腕を掴むと駆け出す。その背中をミレイが押す。


「それじゃ行きますよ!」


 南国の惑星の休暇は長くなりそうだった。

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