第62話 皇妹殿下にはご用心

 念のための確認であるが、月光艦隊は軍隊である。

 ゼノン少将が総司令を務め、四人の艦長と四隻(現在は三隻)が織りなす小規模な独立艦隊。予定では艦長と艦を一つ増やす事にもなっているがそれはまた先の話。

 とにかく軍人である為、仕事もある。常に艦に乗り込み宇宙の海を行ったり来たりしているだけではない。事務仕事もあるし、艦隊設立の背景もあってか、広報もある。

 なお、その広報の仕事は現在デラン少佐に一任して(押し付けて)いる状態であった。


 さて、軍人ともなれば護衛の仕事というものが存在する。

 特に輸送船の護衛は月光艦隊にとってみれば得意中の得意と言っても良いだろう。

 しかし、護衛という言葉はそれだけを指すわけではない。

 今回、月光艦隊に下された護衛任務は非常に重要なものである。


「いやはや……皇帝陛下も中々に大胆な事を成されるお方ですな。皇妹殿下様お二人の護衛を我々に任せるとは」


 久々の駆逐艦セネカの艦橋は、緩やかな空気が流れていた。

 しかしそれはだらけているのではなく、良い意味でリラックスしている状態ともいえる。

 ヴァン副長は、その中で一名だけ気が気ではない状態になっているステラを見ながら、艦長たるリリアンへと言葉を発した。


「大艦隊一つが潰えても、帝国に何の揺らぎもなし。それを見せつけるには皇帝一族が率先して動かねばいけないというわけよ。とはいえ、後継ぎたる皇太子殿下やその姉様たちを向かわせるわけにもいかない。なにせ長女でやっと十六だもの。だから妹たちを遣わせるのではなくて?」


 今回の話を受けたときは何を面倒な事をと思ったりもするが、国民の不安を払拭するうえで、ある意味では必要な事だ。

 皇帝一族は恐れない。つつがなく公務を行っているし、護衛も万全である。そう見せつけている。

 仮に、起きてはならないが、襲撃などがあった場合は完璧に対応しなければ艦隊の首が飛ぶ程の問題になるのだが、皇帝直々の勅命とあっては拒否することは出来ない。

 なんならゼノン少将に至っては、いつもの余裕ぶった笑みが凍り付いており、ほんのわずかにひきつった顔をしていた。

 だがそれは皇帝の勅命が嫌だからというわけではない。


「しかしまさか、あのゼノン少将にも苦手な方がいらっしゃったのですね。驚きです」

「まぁ、強烈なのは確かよ。双子と言うだけでも驚きだけど……私としてはヴェルトールまであんな風にたじろぐだなんて……ククク……正直、ちょっと面白い事になりそうじゃない?」


 その時のリリアンは中身の年齢を全面に押し出して、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 現在、皇帝陛下の妹君二人はセネカではなく、巡洋艦マクロ・クラテスに乗艦していた。艦の大きさや設備の問題あるが、一番の理由がマクロ・クラテスが月光艦隊の旗艦だからだ。

 それを指揮するのはヴェルトールである。彼にとってみれば、これが艦隊メンバーとして初めての仕事になるのだが、それは彼にとっては若干憂鬱なものとなるようだった。

 同時に、未来の元帥閣下予定のステラは一人、ヤキモキとしている姿が今も見える。

 流石に仕事に支障をきたす程ではないが、ぶつぶつと何か独り言をつぶやき続けていた。耳を澄ますと、年数を秒単位で計算しようとしている。


「だ、駄目だわ。思い出すと笑いが漏れてしまう。あ、あんな風に慌てるヴェルトールたちを見たのは、は、初めてだわ。ククク……!」

「し、失礼ですよ艦長。その……お気持ちは理解しますが」


 ヴァンも少し堪えていた。もっと言えば、ステラ以外のクルーの殆どが同じような考えを持っていた。

 それは、艦隊出航の三時間前に遡る。


***


 皇帝陛下の妹二人がやってくる。

 その知らせを受けたのは一週間前。同時に任務も言い渡されていた。

 地球より30光年先、しし座の方面に位置する植民惑星レオネルへの視察を行うというものだった


 そんなこんなで、ずらりと月面基地のスタッフが立ち並び皇室専用のシャトルの到着を待ち、二人の皇妹殿下を出迎えるわけである。

 白と金で彩られたシャトルは、四隻の駆逐艦に守られながら【火星】からやってきた


 通常、こういった場合は月光艦隊の面々が火星に赴き、お迎えに上がるのが一般的な対応のはずなのだが、なぜか月面で待てとの指示が出ていたらしい。

 そう語るゼノン少将の顔は硬かった。そして出迎えの最前列を任されるヴェルトールも表情こそは取り繕っているが、明らかに目にやる気がともっていなかった。


 その最大の理由は、すぐに判明する。シャトルの扉が開いた瞬間であった。

 無重力が働く場所である為か、ふわりと真っ白なドレスがパッと花開くようにシャトルから、ヴェルトールの方へと飛び出す。しかもそれなりの勢いで。


「ヴェールー!」


 姿を見せたのは純白のドレスに身を包んだ、長身で豊満な女性であった。緩やかなウェーブを利かせた長い亜麻色の髪がドレスと共にふわりと広がり、大きく両腕を広げ、ようは抱き着くような形で飛んでくるわけである。

 当然だが、ヴェルトールはそれを受け止めなければいけない。

 一瞬だけ、ヴェルトールが心底困惑したような顔を浮かべたのをリリアンは見逃さなかった。

 だが、それはすぐさま、飛び込んできた女性の影に隠れる。


「あぁ、久しぶりね、可愛いヴェル。大きくなったかしら? 偉くなったかしら? よく目を見せて。あぁやっぱり瞳の綺麗なヴェル。可愛い可愛いヴェル。ん-ふふ!」


 瞬間、その女性はヴェルトールを力強く抱きしめる。それはもう色々なものに埋まるように。そんな光景を目の当たりにして、月面基地の面々は唖然とするし、ステラに至っては信じられないものを見るような目で、愕然としていた。

 一方でヴェルトールは己を律し、動じないように努め、皇室に失礼のない態度で臨んだ。


「お久しぶりでございます。フィオーネ様。お、お元気そうでなりよりでございます」

「まぁまぁ、お堅い挨拶だこと。小さい頃のように無邪気に接してくれてもいいのに」

「そういうわけにはいきません。あの当時は礼儀を知らぬ子供故に……」

「ところで、階級はいくつになったのかしら?」


 唐突な話題の変更であったが、ヴェルトールはすんなりと答えた。


「中佐の位を頂きました」

「あら、もう大佐ぐらいにはなってもいいと思うのだけど。兄上にそう伝えましょうか?」

「フィオーネ様、お戯れはそのぐらいで……その、他の兵も見ておりますし、レフィーネ様もいらっしゃいますので……」


 そこで助け舟を出したのがゼノンである。

 

「あら、久世の。そういえば月はあなたの場所でしたね。噂は聞いていますよ。大変な働きを見せたと」


 ヴェルトールを抱きしめたままフィオーネは、その少しだけ目尻が垂れ下がったような柔和な顔をゼノンに向ける。

 そしてゼノンの真横にはフィオーネとうり二つの女性が立っていた。違う部分があるとすれば、こちらはストレートに伸ばされた亜麻色の髪を一つに束ね、丸い大きめな眼鏡をかけているという事だろうか。

 ドレスを着るフィオーネに対して彼女はフォーマルなスーツを着用しており、何から何まで正反対だった。


「フィオーネ。ヴェルトールが困っている。そろそろ離れなさい。皇室として恥ずかしいでしょう」

「いいじゃないレフィーネ。ヴェルは私の夫になるかもしれない子よ?」


 その瞬間、その場にいる者たちのざわめきが広がり、約一名の悲鳴が聞こえたが、双子の皇妹はそのような騒ぎは気にも留めない様子であった。

 レフィーネと呼ばれた女性はやれやれと首を振る。


「お互い幼い頃のままごとの話でしょうに。そういうことをあちこちに言うからお騒がせなどと言われるのです。もう少し自覚をして……」

「まぁー! あなたが話に聞くリリアンとかいう子ね?」

「フィオーネ!」


 レフィーネのお小言など聞くつもりはないと言わんばかりに、フィオーネはぐいぐいとヴェルトールを引きずったまま、今度はリリアンの前までやってくる。

 フィオーネはどこか童顔のような顔立ちだが、その時ばかりは好奇心旺盛な猫のような雰囲気を醸し出していた。

 垂れ下がった目の奥はルンルンと輝いている。


「ルゾール参謀総長の娘、だったかしら。噂は聞いているわぁ。海賊退治の女艦長、それに可愛い子を食べちゃうこわーい魔女さん」


 などと言いつつ、ヴェルトールを開放して今度はリリアンが抱き着かれる。

 色々と柔らかなものに包まれる感触が全方位から襲ってくるのは中々に圧巻であった。


「お、お初にお目にかかります。フィオーネ皇妹殿下。レフィーネ皇妹殿下」


 埋もれつつも、挨拶だけは何とかこなす。

 何と言うか、中々に強烈な方だった。前世界ではついぞ接点などなかった方々。歴史の闇に埋もれて、一体どこに消えたのかわからない。皇帝が崩御した際のごたごたに巻き込まれて暗殺されたとも、脱出の際に襲撃を受けたとも。

 少なくともリリアンが四十代になる頃にはもう名前すら聞かない状態だった。


 故に、リリアンも彼女たちの事は情報でしか知らない。皇帝の年の離れた異母妹で、お互いに二十歳の双子。自由奔放なフィオーネはよくお騒がせの姉として有名だった。複数の男性との交際のようなものがよく報じられている。

 一方で妹のレフィーネは姉とは反対に学者として名をはせていた。逆に浮いた話が無い為、兄である皇帝からはお見合いを進められるなどの話も聞くが、断り続けているとも。


 二人ともが火星のアカデミーと呼ばれる大学に所属しており、身分としては大学生であるが、この時代の大学生は半ば社会人と同列であり、事実レフィーネは大学に在籍しながらも学者として活動を続け、植民惑星の原生生物の調査などを行っていた。

 フィオーネも一応は芸術分野での評価が高く、絵画やそれこそ彫刻すらも手掛けていた。自由奔放さに反して繊細な芸術性を持つとされている。


「んまぁ、話には聞いていたけど本当に可愛い子ばかりが揃っているのね。お姉さん、こういうの好きよ。それであなたのお気に入りは誰? ところでヴェルの彼女はいるのかしら? もしかしてリリアン?」

「ち、違います……」


 それはそれとして自分の勢いだけで話を進める人だ。

 フィオーネはとにかくはしゃいでいて、その後ろではレフィーネが頭を抱える。

 それが二人のいつもの日常の様子らしい。


「私としては一夫多妻は構わないのだけど……ヴェールー、教えなさい」

「フィオーネ様、その話はまた別の機会で……その、レオネルへの出航準備もありますし、お二人のお部屋の準備もございます。私としても艦長として、お二人の安全を万全に期す所存。手を抜いては皇帝陛下に申し訳がありません。ですので、ここはどうか」


 ヴェルトールがその言って頭を下げると、フィオーネはちょっとつまらなさそうな顔を浮かべながら、しぶしぶと引き下がる。

 変わりに前に出たのはレフィーネであった。


「卿らには姉上が無理を言わせたようで済まないと思っている。あとうちのフィオーネに関してはこのような人だ。迷惑をかける事になるだろうが、レオネルまでよろしくお願いしたい」


 そう締めくくり、月光艦隊の賑やかな護衛が始まるのであった。

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