第60話 星の中の少年たち

 仮想空間内の宇宙に赤と青、二隻の駆逐艦が対峙する。装備は同じ、重粒子砲が艦前部に二門、後部に一門。魚雷発射管が両舷二門。お互いに艦載機はなし。

 それはシミュレーションで使用される仮想の艦であり、実際の帝国軍ではもはや使用されていない旧式の、それもかなり基礎的な駆逐艦であった。

 どんな艦長も、提督も、まずはこの小枝と称される程に貧相な艦を操る。ある意味では揺り籠ともいえる存在であり、仮想存在とはいえ多くの将兵を輩出してきた隠れた名艦と言っても良いだろう。


 模擬戦の火ぶたを切ったのは赤の駆逐艦である。主砲斉射、青の駆逐艦めがけて直撃コース。当然だが、青の駆逐艦とて棒立ちでいるわけではない。主砲が発射される数秒前には射線軸からは逃れている。

 駆逐艦の機動性を活かし、蛇行を繰り返しながら、時に上昇と下降を交え、巧みに重粒子を避けていく。


 それと同時に青の駆逐艦は反撃の重粒子を放つが、赤の駆逐艦はあえてシールドで受け止める事を選択した。

 距離減衰もあるが、それでも駆逐艦のシールドは心もとない強度である。だが、赤の駆逐艦はただ受けるのではなく、わずかながらに艦を移動させていた。

 それはさながらシールドを利用して、重粒子を逸らしているようにも見えた。


 一見すれば、回避行動を取ればいいだけの話なのだが、赤の駆逐艦は回避ではなく前進を選んだ。必要最低限の回避行動、それでもなお正確無比な砲撃に対してシールドで万が一を防ぐ。

 伏せぎ、避けながら、にじり寄る。気が付けば懐に入られる。それが赤の駆逐艦の戦法である。


 ならばと青の駆逐艦は大きく軌道を変更する。メインスラスターの出力を調節し、艦右舷の姿勢制御用のスラスターを全力噴射。同時に主砲塔を旋回させながら砲撃、魚雷も放つ。大きく弧を描くように脇腹を見せる事になるが、後部の副砲も加えることで単純な火力は向上、それに付け加え、放たれた魚雷は一斉に赤の駆逐艦へと群がる。


 赤の駆逐艦も対空機銃で魚雷に対応しつつ、重粒子の隙間を潜り抜ける。全力で軌道を変更しながらの砲撃である。軸もブレて、そうそう当たるものではないが、赤の駆逐艦は相手の意図を読んでいた。

 一見すると牽制を目的としたばらまきのような砲撃であるが、実際の所は回避コースを潰すような嫌な砲撃だった。まばらに見える砲撃も、その隙間も全て誘導されている。


 ならば、あえてその誘いに乗る。

 回避行動に躊躇し、速度を落とす事があってはならない。動きを止めれば、それこそ相手の餌食になる。

 その可能性を考慮しつつ、赤の駆逐艦は最大船速で駆け抜ける。


 相手は大きく減速している。加えてこちらは加速をしている。多少のダメージはあれど、シールドを加味すれば十分な耐久性を維持できる。

 このまま進めば相手の背後を取る事が出来る。その為の加速だ。

 しかし、青の駆逐艦は再び魚雷を発射していた。それは赤の駆逐艦へ向けてではなく、まるで周囲にばらまくかのように。


 「はっ!?」


 その瞬間、赤の駆逐艦の視界とレーダーは無数の爆炎と熱源によってかく乱された。青の駆逐艦が放った魚雷はその周囲で自爆したのだ。

 それでも赤の駆逐艦は突き進む。目くらましであることはすぐにわかった。それならばこちらにダメージはない。

 先ほどと同じだ。躊躇して動きを止めればそれこそ餌食になる。

 姿を隠すという事は、敵は何かしらの行動に出るはずだ。

 全周囲警戒。


「なにっ!」


 反応が重なっている。それは0時方向という事。

 上か、下か。

 気が付いた瞬間。赤の駆逐艦は後部への直撃を受け、メインエンジンへの致命的な誘爆判定により撃沈となった。


 同時に仮想空間の宇宙が味気ない白いドームに姿を変えた。

 駆逐艦を操っていた二人も球体状のコフィンから出る。

 赤を操っていたアレス。青を操っていたヴェルトール。

 アレスはヴェルトールへと駆け寄ると、頭を下げた。


「すまん、何度もつき合わせて」

「構わんさ。だが、あまり根を詰めるなよ?」


 対するヴェルトールは微笑を浮かべる。

 ドリンクでも取りにいこうとアレスを誘いながら、ヴェルトールは不完全燃焼だと言いたげなアレスを見て今度は苦笑するしかなかった。


「聞いているぞ。海兵隊の訓練も受けているそうじゃないか」


 先ほどの模擬戦もそうだが、アレスは海賊事件以来、何かと訓練に没頭していた。もちろん本来の業務に支障が出ない範囲であるが、同時にそれは仕事と訓練しかしていないという事でもある。


「艦内での失態だ。それをどうにかする手段を考えるのは妥当だろう?」


 アレスという男は生真面目である。失敗があれば、それを二度と繰り返さない為に何が必要なのかを考え、実行する。

 それが模擬戦であり、対人戦の訓練であった。

 新たに月光艦隊へと配属された海兵隊たち。一癖も二癖もあるが、質は一級品。

 ならば教えを乞うには十分だろう。


「違いない。対人戦の訓練は、一番キツイ」


 ドリンクを手にした二人はそのままベンチへと座る。


「お前の事だ。体が壊れるような真似はしないだろう。だが、気負い過ぎると学んだ事は抜け落ちる」


 総司令官はゼノンであっても艦隊運用全般、現場を担うのはヴェルトールの仕事だ。以前はそれが出来ない状態であったが、やっと正式に配属が決まればその職務を全うする。

 本来ならもう少し先の話だったが、状況が一変したことで、配属と昇進が早まった。

 ある意味ではヴェルトールにとっては都合が良いとも言えたが、第六艦隊や土星防衛隊の犠牲を考えると素直には喜べないのもまた事実である。


「まぁ、何かに没頭している方が気が休まるという考えもある。お前はそっち側なんだろう」


 現在のアレスには艦がない。そうなるとやれる事は事務作業と訓練しかないのも致し方ない事ではある。


「だが、お前の真価は単独行動ではなく大規模な艦隊を用いた機動、防御だ。駆逐艦での単独戦闘は少し趣が違うのではないか?」

「時としては単独行動を取らねばならないし、俺たちもいつかは駆逐艦に対してそういう指示を出す側になる。その時、指揮を出す人間が駆逐艦が出来る事、出来ない事を知らないでは話にならん……」


 アレスは一気にドリンクを飲み干し、コップを握りつぶす。


「フッ……実戦を経験した者の言葉という奴だな」

「実戦? 俺は大した成果は出せていない。巡視が殆どだ。しまいには駆逐艦を捉えられ、自沈処理までしている」

「実際に宇宙に出て、巡視を行う事もまた任務だ。それに、海賊だって拿捕している。十分に実戦だ。俺など後方勤務で、今もなお艦を動かしていない。シミュレーションがせいぜいだ。そういう意味では、アレスたちよりも素人なのだよ」

「良く言う。俺を落とした癖に。十戦十敗、自信がなくなるとはこの事だ」


 そうは言うアレスだが、本気の言葉ではない。

 ヴェルトールもそのことを感じ取っているから、口元を緩めた。


「シミュレーションは所詮、シミュレーションだ。一つの才能を測るという意味では効果を発揮するが全てではない。ステラのような天才を見つける事にもつながったが、全くの正反対、シミュレーションでは成果を出していないのに実戦では結果を出す者もいる。それを知った事で、俺は数値のデータ以上のものが存在すると改めて突きつけられたのさ」

「リリアンか……」


 少年たちの脳裏には二人の少女が映し出されていた。

 片やシミュレーションとはいえ自分たちを手玉に取った平民の少女。どんくさく、天然で、疑う事を知らない、しかも元は士官候補ですらなかったステラ。

 一方で完全なエリートの生まれ、しかし評価は散々、口だけだったはずの少女。だがどうだ、今は艦隊での彼女の働きは凄まじく、必ず中心にいるリリアン。


「リリアンのおかげでゼノン少将は艦隊を有する事が出来た。そして俺たちもそこに参加し、過程はどうあれ艦持ちの艦長だ。それに、結果も出すことになった。だが、俺の予想を上回るスピードだ」


 自分たちの貴族という立場があれば、数年真面目に仕事をすれば必ず艦が与えられ、そのまま小規模な艦隊を手にすることもできる。むしろここからが本番であり、軍功を上げなければいけない。

 海賊狩り、テロリストの鎮圧など諸々ある。確かに貴族という立場があれば年功序列でも優先され、若くして……それこそ三十代、四十代で中規模の艦隊を手にする事は出来るだろう。


「怖いぐらいさ。何もかもうまく行っている。気が付けば俺の昇進も早まっているからな」


 そして独立艦隊に自分たちは所属している。現在は一隻失われているとはいえ四隻の艦を保有する独立艦隊。少佐、中佐ごときが手にするにはあまりにも大きな力だ。

 ゼノン少将というトップがいるとはいえ、異例の編制であることは間違いない。

 それが参謀総長の鶴の一声でいとも簡単に設立が完了した。

 その働きかけをしたのが、学生時代の頃は気にも留めていなかった少女によるものなのだから、人生というものはわからない。

 それを偶然の一言で片づけて良いものかどうか。


「ステラも見習いから今やメインオペレーターとして活動している。得難い経験だ。何かしらの権限がなければ整備士志望の少女がそこまでの出世を果たすことは出来ない」


 見習いとしてパトロール艇に乗せる事はゼノンにもできる。これでも十分、権力を行使しているのだ。

 それが気が付けば駆逐艦とはいえメインオペレーターである。


「極めつけは先の海賊事件の際にもステラはデランと共に作戦を立案し、彗星を意図的に暴発させ、基地を潰した。見せつけてくれる……」

「そして、あの子がそういう活躍をできる状態に持ってきたのも、リリアンという事か?」

「結果的にはそうなるだろうな。だが、それ以前からリリアンはステラの才能に気が付いていた節がある。でなければ、あそこまで可愛がる事はしないだろう。彼女は、ティベリウス事件の時から、ステラの才能を見抜いていたと俺は思う」

「そんな頃から……? いや、確かに俺はあの二人と模擬戦をした。リリアンはまるでステラの事を最初から信用しているような動きだった……」


 その事を認識した上でリリアンという少女の事を考えると、確かに末恐ろしいものを感じる。


「だが、あいつは……」

「わかっているさ。俺もリリアンが悪人とは思っていない。いや、まぁ、随分と学生の頃から様変わりしていて、別人なんじゃないかと思うが……見極めてはみるさ……俺は少なくとも人を見る目は持っているつもりだ。リリアンのせいで、少し自信を失いかけているがね。あそこまで見事に爪を隠されてはな」


 ヴェルトールは立ち上がり、軽く屈伸運動をする。


「それで、次はトレーニングだろう? どのコースでいく? 俺は別に海兵隊仕込みでも構わんぞ?」

「フン。抜かせ。デスクワークが長い貴様に付いてこれるか?」

「地球本部の訓練施設は一級品だ。俺がただ椅子に座っていただけだと思うなよ?」


 お互いに軽く言いあいながら、二人はトレーニングルームへと足を運ぶ。


(このままいけば、俺たちはいずれ中規模の艦隊へと成長する。だがそのスピードが俺の予想以上だ。リリアンという要素が加わっただけで、ここまで全てがうまく運ばれていく。それは喜ばしい事だが……)


 ヴェルトールは思うのだ。

 リリアンという少女は、一体何を見ているのか。

 決してこちらの不利益になるようなことはしていない。作戦司令部に所属し、一応は艦隊の管理を任されている立場である。下調べもする。

 リリアンの変化に関しては、良い事だと思う反面、怪しみもした。だが、どう調べても、彼女は変わらずルゾール家の一人娘、100%本人であるという調査結果が出るだけだ。


(何を思い描く、リリアン・ルゾール。願わくば、その道が俺たちと同じであるのなら良いのだが)

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