第59話 美少女艦隊に潜む魔女

 彼女たちの話題は一旦ブレイクタイムを挟む事になる。休憩時間の休憩とはなんであるかと言う疑問はさておき、彼女たちにしてみれば、今自分たちがやっている事は休憩ではなく極秘ミッションと言う共通認識を得ていた。

 とてつもなくくだらない話であるが、彼女たちは本気だった。

 リリアンが作った焼き菓子はもうなくなってしまったので、彼女たちは持ち寄ったお菓子を広げて新たなる会議を始める。


「大人の女性通り越してるじゃない……」


 ステラのとんでもない発言にフリムは少し頭を押さえていたが、若干理解できてしまう部分もあった。

 これに関してはデボネアも無言を貫いているが、目が泳いでいる時点で同意はしている。

 ミレイに至ってはステラと全く同じことを考えていたのだ。


「まぁ趣味は人それぞれだし、もしかすると学生時代の反動が今になって押し寄せているのかもしれないわね。いわゆる、若い子に合わせて無理をしていたとかさ。そうなると今度は艦隊運用の授業で手を抜いていた部分について気にはなるんだけど」


 リリアンの学生時代の評判は正直を言えばよい方ではない。かとって悪辣な評価を受けているわけでもなく、成績もすこぶる悪いというわけでもない。貴族の娘だし、相応の教育を受けているのだから平均以上には点数が取れている。

 ただ実戦形式のシミュレーションでの評価が芳しくないのと、悪い意味での高飛車な態度で距離を置かれる事があったというわけだ。


「なんか……よくわからないまま周りのノリに合わせていたらダメな結果が残ったとかそういう感じに見えてきたんだけど」

「ちょっとやめてよ。まるでリリアンさんが無理して若いフリしてるみたいじゃない」


 何やらリリアンの評価がおかしな方向に進みつつある事を阻止するべく、デボネアが抵抗を見せるが、ミレイは腕を組み大きくため息をつきながらやれやれといった具合に首を横に振った。


「失礼なのは承知だけど、もう私の中ではそういう風にしか見えないのよ」

「まぁまぁ。いいじゃないですかデボネアさん。そういう部分もあの人の魅力だと思いますよ? 落ち着いていらっしゃいますし? ミレイさんも言っていましたが、趣味は人それぞれなんですから」


 それとなくフリムがフォローを付け加える。


「でもあの落ち着き方は私らから見ても異質なのよね。肝が据わっているというか、大抵の事には動じないし」

「うんうん。冷静で、時に大胆で、気配りも出来て」


 ミレイの評価にデボネアは気を良くしていた。


「でも完璧人間には悪い噂が付きまとうものよ」

「ちょっと急に梯子を外さないでよ。そもそもあの人に悪い噂って何よ。少なくとも卒業してからこれまで何かあったかしら?」

「権力の乱用で月光艦隊を創設させたとか、人事に介入させたとか、まぁこの辺りはわきに置いといていいと思う。ひがみとか逆張りもあるし、別に悪い事に使ってるわけじゃないし」


 ミレイの言う通り、月光艦隊の設立にはリリアンの父であるピニャール参謀総長の力が大きく働いていることは周知の事実である。ピニャールも隠すような事はしていない。

 人事に関しても特にセネカのクルーはリリアンの意向が強い。とはいえ、この程度の事なら何もリリアンだけではなく実家が太い貴族軍人であればそれなりに出来るものである。


 実際それで優秀な人材が奪われたといった声がないわけでもないが、この辺りはヘッドハンティングに対するケチであり、大体は聞き流されるものだ。

 しかし、中には明確に批難されるものだってある。わかりやすい左遷などは良い事例だろうが、少なくともリリアン自身は誰それを左遷したという話はない。

 そんなミレイの意見に賛同を示したのはステラであった。 


「月光艦隊がなければ、あの海賊事件だってまともに対応できなかったと思います。特にあのステルス戦艦は即応性のある部隊でなければ捉えることすら難しいでしょうし。運よく出鼻をくじくとかしない限りは、後手に回るだけでした」


 もしも仮に、誰かが辺境の宙域でせこせこと物資をかき集めたりしている海賊を毎回逮捕している等という都合の良い展開でもなければ、あの海賊たちの行動を未然に防ぐ事など出来ない。


「帝国の艦隊戦力は単純に見積もっても強大です。第六艦隊が壊滅しても、その穴をふさげる程の戦力数はありますが、数の多さが却って動きを鈍らせて、艦隊同士の縄張り意識などの要因も絡むと……」


 そこまで言って、ステラはハッとした。

 茫然と彼女を見つめるミレイやデボネア。またやっているとこめかみを抑えるフリム。


「ご、ごめんなさい。話が逸れましたよね。それで、えぇと……リリアンさんの噂ってなんですか?」

「あ、あぁ。それね。うん……いやまぁゴシップ程度の話よ? 基本的には【帝国艦隊のマドンナ】って評判の方が上だから」


 ミレイも話の流れを仕切りなおすように、まずは自分が落ち着く為、紅茶を一口。

 何度も「これはゴシップレベルの話よ」と付け加えながら、やや重たくなった口を開く。


「リリアン少佐は父親の権力を使って、美少女だけをかき集めたハーレム、すなわち美少女艦隊を作ろうとしている……!」


 この世の真実を語るかのように、ミレイの口から出てきた情報に、一同は真顔のまま黙っていた。

 数秒の時間が過ぎると、デボネアはチョコスティックを齧りだし、フリムはいつの間にか持ってきていたホールケーキをつつきだしだ。真面目に話を聞いているのはステラだけだった。


「何よ、そのくだらなーいって反応。ゴシップだって言ったでしょ」


 とはいえ芳しくない反応にミレイも納得がいってなかった。


「いやいや、出てきた内容があまりにも馬鹿らしくて……何その、美少女艦隊って」

「まぁ確かに女性士官は多いですけど……」


 デボネアとフリムの反応はいまいちだった。


「美少女……艦隊……! じゃあヴェルトールさんたちは……イケメン艦隊!」


 一方のステラは食いついてはいるが、何か明後日の方向だった。


「大体さ。月光艦隊だってどっちかと言えば男の数が多いわけじゃない。そもそもセネカには男のクルーもいるし。ヴァン副長なんて本物のおじいさんよ」

「言っとくけど、少佐に口説き落とされた筆頭候補はアンタだからね」

「だから私はね!」


 ミレイの指摘に、思わずむせたデボネア。

 彼女が抗議しようとすると、ミレイはすかさず次にステラを指さす。


「そしてあなたよあなた」

「はい?」


 なんで私? と言った顔を浮かべたステラ。


「そもそも整備士だったのに、気が付いたら指揮官コースまっしぐらじゃない。リリアン少佐もあなたの事を気にかけているのは有名な話だし、ティベリウスの時は二人でアレス少佐とデラン少佐に勝ったんでしょ?」

「あれは流れですよぉ。勝ったのは本当ですけど」


 えへへと母親に褒められた子供のように喜ぶステラ。

 そんな彼女を見てミレイは「意外といい性格してるわね」と呟きながら、続けた。


「そして私よ。リリアン少佐が直々にスカウトしてやってきたわ。これはもう決まりじゃない」


 実際は、ステラはリリアンではなくヴェルトールの働き掛けであるのだが、傍から見ればどうやらリリアンがという話になるらしい。


「はいはい。つまり優秀なメンツを集めたらなんか女の子だったという話でしょ。なんか自分で言ってて恥ずかしくないの?」


 デボネアがそれとなく突っ込むとミレイも少し目を泳がせて、「まぁそれなりには」と答える。


「あら? ですけど、月光艦隊の設立はリリアンさんのお父様が後ろ盾となったという話で、それも娘であるリリアンさんをゼノン少将と近づけさせる為という話だと聞きましたけど……? その、お二人は婚約者じゃないか、なんて話も」


 フリムがそのような事を言うと、デボネアは小さく笑いながら「ないない」と答える。


「私、その時はリリアンさんの家にいたし、その後もホテルにいたけどあれは艦隊設立の為にお父様にお願いしに行った時の方便よ。だって私聞いた……」


 そこまで言ってデボネアはまた恥ずかしくなったのか顔を赤くして縮こまった。


「墓穴を掘るってこういう事ね」


 そんな哀れな少女にはこれ以上触れないようしてあげる情けがミレイにもある。


「まぁとにかくよ。リリアン少佐が結構謎の多い人ってのはわかったんじゃない? それに、月光艦隊への働き掛けとかさ。私はあの人の事、信頼はしてる。でもね時々、未来でも見えてるんじゃないかってぐらい状況への対応力が高いじゃない? 月光艦隊がなければ、本当にあの海賊は止められなかったわけだしさ」


 ミレイは総括をするように言った。


「全てを裏から操る魔女……なんていう人もいるわ」

「そうですか? 私は、みんなを良い方向に導いてくれる人だと思いますよ?」


 ただステラはそれをポジティブにとらえているようだった。


「リリアンさんなら、きっといい司令官になると思います。それこそ、帝国艦隊の総司令官……元帥になってくれそうじゃないですか!」


 ぺかーっと疑う事を知らない笑顔でステラは語る。


「あ、でも……ヴェルトールさんも良いかも……ふ、二人で二大元帥に……! 無敵の艦隊に……! わ、私はどっちについて行こうかな……えへへ」


 だがその直後に勝手に一人で悩みだす。

 そして奇妙な笑い方を始める。


「たまにこの子の事もわからなくなるのよね。フリム、あなたこの子と仲いいんでしょ? 普段からこうなの?」


 ミレイは唯一自分の世界に入っていないフリムに意見を求めた。


「え? えぇ、そうね。何というかのめり込むとそれに一直線な子だから……だから、本当は軍人になんてなって欲しくなかったし、それも宇宙軍の船乗りだなんて……」

「才能があるんだから仕方ないんじゃないの?」

「戦う才能なんてむなしいだけよ。それに……友人が命の危険に晒されるのは、あまりいい気分じゃないもの……」


 フリムはケーキを平らげると、そのまま席を立つ。


「ごめんなさい。そろそろ私の方の仕事が……あ、それとミレイさんもちゃんと診断受けてくださいね。徹夜で航路計算は健康に毒ですから」

「わかってるわよ。気をつけまーす。それじゃ」

「えぇ。それでは」


 フリムはにこりと優し気な笑みを浮かべて去っていった。

 残されたミレイは、自分の世界に埋もれている二人をどうしようかなと思いつつ……ほっとけばいいかという結論に達して、自分の飲み物を取りに向かった。

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