第57話 新たな英雄を求めるのは必然である

 事の顛末を説明するのは簡単だ。

 エイリアン襲来、第六艦隊の壊滅という混乱に乗じて発生した海賊によるテロ行為。無差別の自爆特攻により土星防衛隊にも多大な被害が生じた。

 だが海賊は期待のルーキーである【月光に煌めく若獅子の群れ】艦隊によって撃滅された。

 危険を伴う囮捜査、地道な調査活動、そしてアジトの発見、海賊団の壊滅など枚挙にいとまがない。

 特に駆逐艦一隻を犠牲にした大規模な作戦という派手な見出しは人々を熱狂させるのに十分な情報である。


 もちろん、それはメディアに向けた発表である。海賊船が実はロストシップであり、古代兵器の一つである光子魚雷を搭載していた事実は明確に伏せられた。

 これを知るのは軍内部、それも限られた上層部のみとなっている。

 民衆に知られると混乱もそうだが、何よりロストシップの発掘、探査などが公のものになると余計な危険が増える恐れがあるからだ。

 事実、海賊が偶然にも光子魚雷を搭載した艦を見つけたことで第六艦隊は壊滅、土星の防衛部隊の損失も言い訳するのが難しかった事が帝国軍を悩ませた。

 

 そのような関係で、新たな英雄を祭り上げるのはある種の苦肉の策でもあり、デコイでもあったのだ。

 とにかくわかりやすい英雄を与えれば人々はそれに食いつく。

 さらにそこにあえてリリアンとステラという少女たちの詳細を明かさずに、作戦を立案した軍師の存在をにおわせる事でさらに人々の関心を引くというのも追加されている。


 この盛り上がりに対して、ゼノン少将としてもそれで艦隊の評価が上がるのであれば万々歳であるし、駆逐艦一隻の損失や人員が捕虜になったという失態を帳消しにできるのだから、ある意味では今回の騒動はゼノンの一人勝ちともいえる結果に終わった。


***


 事件から一週間が経つ事で、やっと騒動も落ち着きを見せていた。

 とはいえ、英雄たちの存在はまだ人々を熱狂させている。

 今朝のニュースレターの一面には駆逐艦パイロンを背にデランが何やらポーズを決めた写真が掲載されていた。デラン自身が率先して行うようなポーズではない、カメラマンらによる要求であることはその場の全員がわかっている事だったが、それはそれで、面白い一面だった。


「うわ~取材にテレビ出演、あら講演会まで。ティベリウスが帰ってきた時以上の盛り上がりね」


 個人端末から投影されるニュースレターを見ながらリリアンは微笑していた。

 月面基地、上級士官用のラウンジでは事後処理を終えた面々が集まり本当の意味での休暇が始まろうとしていた。


「お、お前。俺に全部おっかぶせやがって! クソ忙しいんだよ! 報告書はあるし、実家からは鬼電はくるし、うざってぇ見合い話も飛んでくるし、オマケにメディアの連中のおっかけがしつこいし! 休めねぇんだよ!」


 語気は強いが、デランはテーブルに突っ伏した状態だった。

 本来であれば色々と事後処理を行う必要があるというのに、その時間の合間合間にはメディアへの参加が入る。実は一番眠れていないのが彼だった。

 というのも、リリアンもアレスも【囮捜査】の為に敵地に潜入、そして内部からの破壊工作に従事したという事になっており、身体的、精神的なストレスを考慮してメディアへの露出はあえて控えめにされていた。

 ヴェルトール、リヒャルトは配置の関係で後方からの高度な情報援護を実施していたという形となる。

 となると、艦隊を率いて氷塊基地を撃破することに貢献したデランが矢面に立つのは当然とも言えた。

 そんなダウン中のデランに励ましの声をかけたのはなんと、ヴェルトールであった。


「はっはっは! まぁ良いじゃないかデラン。実際、お前が冥王星とエリスを突かなければ艦の数が揃わず苦しい戦いになっただろうしな」

「そうだよデラン。仲間を助けるべく啖呵を切って艦隊を動かしたって評判じゃないか」


 そこにはヴェルトールだけではなく、リヒャルトの姿もあった。月光艦隊の評価が高まった事、そして第六艦隊や土星防衛隊の損失を埋める為、彼らの本格配属が少し早まったのである。

 現状ではまだ専用の巡洋艦が完成していないので、皇帝の誕生式典の際の乗艦したものを引き続き運用する事となるが、これで月光艦隊は本当の意味で始動する目処が立った。


「しかし、アレスはまだ落ち込んでいるのかい?」


 ラウンジにはアレスの姿はなかった。

 特別、部屋に引きこもっているというわけではない。アレスという男はそこまでやわではない。

 だが指揮する駆逐艦をみすみす鹵獲されてしまい、結果はどうあれ自沈処理をすることになった部分については負い目を感じているのもまた事実であった。

 現状、アレスには新たな艦を与えられる事になっているが、それはまだ先の事である。


「心配はいるまい。むしろ我々が余計な気遣いをすることが却ってあいつを傷つける事になる。あいつは自分の失敗を糧に出来るはずだ。私はそれを信じて待つだけだ」


 ヴェルトールはコーヒーカップを片手に、この場にはいない友を思う。


「ま、実際。あぁなったら俺だって同じ事考えたと思うぜ。そもそもあれはアレスの責任じゃねぇよ」


 デランからすればアレスこそが一番の貧乏くじを引かされているように感じている。彼が陥った危機は、彼でなくとも同じ結果を生む事になったかもしれない。

 いやむしろ冷静なアレスだからこそ海賊を下手に刺激せずに済んでいた可能性もあるのだ。

 自分であれば大げさに抵抗して命を奪われているかもしれないとすらデランは考えていた。

 とはいえ、このような慰めもアレスには逆効果であることも彼は理解していた。


「しかし、今回の事件で軍は海賊狩りにまた本腰を入れる事になるだろうね。むしろラナという恐怖がいなくなったせいで、彼女から逃げおおせてなりを潜めていた海賊の残党が動き出す可能性もある。それに、反国家活動の取り締まりも強化するそうだし。しばらくは騒がしくなるだろう。宗教関係も今までは結構見逃されていた部分もあったわけだし」


 ラナたちが教会関係者であったことは一部は伏せてある。

 しかし、噂というものは必ずどこからか漏れていくものだ。事実、大西少将の戦死、第六艦隊の壊滅とてエイリアンではなく海賊にやられたのではないかという真実がどこからともなく漏れ出し始めている。

 いずれ、この事実は明るみに出る事になるだろう。

 だが、そうなったとしても月光艦隊の功績によって不安は打ち消す事も可能だろうが、実際の所は起きてみないと分からないものだ。


「むしろ私はここからが本番だと思っているわ」


 リリアンは紅茶を注ぎながら言った。


「遅かれ早かれロストシップの存在は民間に知れ渡る。なんなら海賊含めて犯罪組織にはもうバレバレでしょうね。そして軍も今回の件であえて見て見ぬふりをしていたロストテクノロジーの確保、調査に乗り出すと思う」


 思えば、前世界はその調査が大幅に遅れていたと思う。

 ラナによる海賊事件が起きていなかったというのも大きいだろうが、無意識のうちに古代の技術に対する恐怖が帝国にはあったのかもしれない。

 だが、自分たちも含めて帝国は、地球は知ってしまった。

 失われた千年の技術を。光子魚雷、特殊なクローン、そして特殊兵装を搭載した戦艦。たった一隻が暴れただけで、艦隊が消滅する。そのような結果を理解してしまったら、それは動かざるを得ないというものだ。


「それに、スターヴァンパイアの残骸があまりにも少なすぎる。上層部は光子魚雷の自爆で消え去ったという事にしたいようだけど」


 事件の終わり。

 マスドライバーによって大きな損傷を受けたスターヴァンパイアであったが、その最後は小規模な爆発と眩い光の中に消えてゆくというものだった。

 その瞬間、わずかながらに歪曲波のようなものを感知していた。ならばそれはワープが成功したのかと問われれば、確定も出来ない。


「まぁ、さすがにあれでまともなワープが完了したとは、私も思えないけど」


 エンジン出力の低下、大きな損傷、何より艦体の爆発という状況を鑑みれば、仮にワープが出来たとしてその途中で時空断層のはざまに飲み込まれ、圧壊することになる。

 ワープは不安定な代物である。通常空間自体に異常があれば実施できなくなり、艦が正常ならそれでワープが中断される。

 しかし、リリアンの中には不安要素もあった。


(もし……あの艦が仮にティベリウスと同じように馬頭星雲にたどり着いてしまったら。艦が無事で残った光子魚雷が連中の手に渡ってしまったら。それは前世界と同じ事が起きるのではないか?)


 まず、前世界においてスターヴァンパイアが馬頭星雲に渡り、光子魚雷が奴らの手に渡ったという考察自体が思いつきの域でしかない。

 だが仮にそれが正しいとして。なおかつ今回の世界でも結果はどうあれ同じ事が起きたのだとすれば、前世界との決定的な違いは帝国軍が、そして帝国市民がそれとなく古代の力を感じ取ってしまった事だろう。


(軍は、躍起になってロストシップを探すかもしれない)


 ロストテクノロジーの存在は間違いなく広まる。

 それはある意味では、帝国に変化をもたらすかもしれない。

 第六艦隊の壊滅が早まったことで、軍も再編を急がねばならないし、いくら英雄の誕生があったとはいえ、大規模な被害、そして失態であることは間違いない。

 この混乱に乗じて犯罪活動や反帝国運動が盛んにでもなれば、前世界以上の混乱が起きるかもしれないのだ。

 何より海賊がロストシップを手にして暴れたという事実は彼らにとっても恐怖となりうる。

 それが良き変化であることを祈るしかない。

 リリアンは紅茶に口を付けた。

 それと同時に個人端末に通信が入る。


「えぇ、定期健診?」


 そこに表示されたのは文字メールであった。

 というのも、海賊に囚われた面々は心理状態の確認を定期的に行う必要があった。海賊といっても実質的にはカルト教団であった為に、洗脳の疑い、ないしは薬物などが投与されていないかなどの確認である。

 疑われているというよりは不安を払拭させる為のフォローに近い。

 リリアンとしてはちょっと煩わしいものだったが、拒否するとそれはそれでうるさいのだ。

 なにせ、担当医官が怖い人だから。


「フリムは容赦がないのよねぇ」


 その為に派遣された医官。

 それはフリムであった。検診をサボろうものなら、どこまでも着いてきて呼び出しを行う。捕まればお小言をもらい受けるオマケ付きである。


「ははは! 行ってらっしゃい」


 彼女の兄であるらしいリヒャルトが笑っていた。


「はいはい……行けばいいんでしょう」


 リリアンは仕方がないとぼやきながらも立ち上がった。


「まぁ確かにここ一番で倒れても困るし、健康は維持しておきたいところだわ。少なくとも足腰がガタつくまでは生きていたいのだから」


 エイリアンの襲来は起きる。それは避けられない。だがあの時のような失態はもう起こさせてはいけない。

 自分という不安要素は消えたかもしれない。

 だがまだ帝国に漂う安穏とした姿勢は払拭しきれていない。

 だからこそ、ここからが本番なのだ。

 艦隊の再編にせよ、危機感を持ち、迅速な行動を可能とする兵士の教育。考えることはまだある。

 だけど……今は定期健診とやらを受け、これを完了させることが一番の任務だった。


「まぁ……ほんの少しの休息は必要よね」


 時間はあると願いたい。

 流石に疲れた。やるべき事がまだ多いというのに、新しい事件が起きるのだから。

 そうだ、今だけは馬鹿だったあの頃に戻って……いやそういう精神状態ではない。

 そう、のんびりと紅茶を淹れて、スコーンを焼いて、振舞ってやるのもいいかもしれない。

 それぐらいの休暇は、罰が当たらないだろう。


***


「はい。ロストシップの通信に割り込む事は出来ました。ですが、座標を指定しましたが、果たしてたどり着いているかどうか」


「いえ……こちらもそう大きく情報を手に入れられる立場ではなく。それは他のものが……」


「はい。申し訳ありません。ですがロストシップの性能であればワープは完了すると思います」


「それは……わかりました……可能な限り接触してみます。ですが、帝国内部でもその情報を知る者は相当の地位におります。こちらの立場では、あのロストシップの存在を察知はできたものの遅れをとってしまい……」


「はい。帝国がロストテクノロジーの調査に乗り出せば、この通信も危険となることでしょう。ですが、現在の帝国は混乱の中にいます。第六艦隊の壊滅は大きなダメージです」


「いずれ、裏切り者の処理はこちらで……情けはかけません」


「先祖の無念を晴らす為、帝国に与(くみ)する事などありえません」


「はい。生き残った我々に与えられたチャンスは無駄にはしません。必ず役に立ちます。前回のような失敗は……ですので……」


「あの子たちだけでも……どうか……受け入れてください。必ず……説得します」

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