第56話 シルバーバレットはなくとも
基地内の艦船ドックには驚く程あっさりと到達することができた。抵抗らしい抵抗がなかったというべきか、海兵隊のパワードスーツに対抗できる歩兵装備が殆どなく、虎の子とも呼べるブラスターも素人が扱うのであれば怖いものではなかったようだ。
またアデルら海兵隊は前回の教訓を活かし、対ブラスター用の電磁防御用の盾を持った隊員を数人分用意していた。
ドックはパイロンの攻撃の関係か、僅かながら重力が弱くなっていた。緊急用の隔壁が降りているのか空気はまだ残っていたが、なくなるのも時間の問題と言ったところだろう。
アデルが時間切れと言ったのはこれも関係していたのかもしれなかった。
当然だがドック内にも信者らが多数いたようだ。
しかし、その殆どが海兵隊に鎮圧されていた。
「艦長! おぉそれにアレス少佐も! ご無事でしたか!」
セネカへと乗り込む事が出来たリリアンはアレスを連れて艦橋へと直行した。
艦長が戻ってきた事で艦橋内の空気は緊張感を残しつつも、わずかに明るいものとなった。
「艦長ー!」
特にデボネアは感動のあまり持ち場を離れて、リリアンへと抱き着いていた。
ミレイは自身の席で、緊張が解けたのかだらんと突っ伏しており、コーウェンはガッツポーズとそれぞれの方法で安堵してくれていた。
「デボネア、喜ぶのも良いけどまだ作戦中よ。艦の被害は」
「は、はい……海賊の装備は大したものはありません。駆逐艦の装甲を貫通するものはなく、爆発物もありましたが何ら問題ないとの事です」
ほんの少し涙目になりながらも、デボネアは報告を完了させた。
「それとサオウ整備長からです」
「通して」
デボネアを通信席に戻しながら、リリアンは艦長席へ。
それと同時に格納庫との通信が開かれた。映像には海兵隊や澄清のクルーがそこで応急処置などを行っている姿があった。一番広い空間がそこだった為、緊急的な対応だった。
『ご無事でなにより。澄清や海兵隊の皆さんはこっちでなんとかする。ふかふかのベッドはないけど』
「ありがとう。そっちも無理を聞いてくれて感謝するわ。あなたがいなければパイロンは私たちの居場所を探る事が出来なかったでしょうね」
『海賊たちが昔使っていた古い通信回線。傍受を恐れて彼らですら使わなくなったそれが、海賊のアジトを発見する。因果というべきか……あぁ、本題はそっちじゃないか。マスドライバーの方だけど、さすがに完全な整備はできなかった。一応なんとか遠隔操作ドローンで接続部分や回路の調整は出来たから、あと一発ってとこ』
「十分です」
リリアンは大きく頷くと、通信を艦内全てに切り替えた。
「これよりセネカは海賊の基地から離脱する! だがその前に駆逐艦澄清の爆破処理を行う! 映像が見えるものは澄清に敬礼!」
その号令がなされると、アレスがコーウェンの下へと向かう。
「い、いいんですか?」
席を譲りながらも、コーウェンはそれとなくアレスに尋ねた。
「あぁ。これは艦長の仕事だ」
そう答えたアレスは砲術システムを起動させ、トリガーを握る。
「許せ澄清。俺のミスで、お前を沈める」
アレスが澄清の艦長を務めたのは本当に短い間であった。それでも初めて任された艦である以上、愛着がないわけではない。
なおかつアレスにしてみれば自分のミスでこういう結果を招いたのだからやりきれない思いもあった。
だが、その一撃が恐るべき兵器を手にした海賊を殲滅する方法となるのなら、やるしかなかった。
「セネカ浮上。まずは副砲と機銃で隔壁を破壊する。その後、主砲にて澄清を破壊。離脱する!」
そして数秒後。
セネカの重粒子砲が澄清の動力部を撃ち抜く。火が落ちている為、大規模な爆発が起こることはないが、その衝撃やスパークが各部に伝達し、艦内に残った主砲の重粒子や魚雷などに引火。
特に重粒子の暴走により澄清は船体の各部から大量の重粒子砲を撒き散らすような形となり、そこに魚雷の誘爆が混ざり基地内のドックは瞬く間に爆炎と光に包まれた。
その間、セネカはシールドを展開させ、全速力でドックを離脱。爆風に押し出される形で凄まじい衝撃と共に外へと押し出されていた。
「姿勢制御! 周囲の警戒も!」
吐き出されるように脱出が出来たセネカは、内部で連鎖爆発が起き始めた氷塊基地の姿を映し出していた。
基地全体が崩壊する程ではないが、氷塊が砕け、またパイロンが行った作戦によるダメージだろうか、基地の表面はおびただしい数の穿たれた穴が出来ていた。また周辺には彗星の直撃を受けたのか、三隻の巡洋艦がひしゃげている姿も確認できる。
それらも誘爆に巻き込まれる形でわずかに残った可燃性の物質が爆発を起こす。ついには氷塊基地の氷が全て砕け散り、内部の施設にも大きな亀裂などを生じさせていた。
その光景を見ながら、セネカのクルー、そして澄清のクルー、海兵隊は敬礼を送る。
「え……基地内にまだ反応が!」
刹那、デボネアが叫ぶと同時にセネカの左舷を重粒子がかすめる。びりびりとシールドと干渉しセネカの装甲を叩く。
警戒態勢を取っていた為、回避が間に合ったのだ。
「本当にしつこい!」
爆炎に包まれる基地の上部が見えた。澄清の爆発はそこまでは到達していないはずだが、基地内のシステムに異常が発生したのだろう。
結果、閉じこめられる形となり、ハッチが開かない。
その為、無理やり砲撃で撃ち破ろうとしたようで、再び数発の重粒子が内部から放たれる。
そして脆くなった壁を力づくで押し破るように、真紅の艦が姿を見せる。
だが、無理やりな出航を図った為か、スターヴァンパイアのステルスは不完全な状態だった。一瞬だけ透明になったかと思えば、今度はむしろ透明になった部分が少なく真っ赤な姿を大きく晒している。
「敵艦、主砲をこちらに!」
「魚雷で応戦しろ!」
ヴァンが指示を出すと、セネカは無数の魚雷を一斉発射。
だが、敵の対空装備はまだ生きているらしく、パルスレーザーがハリネズミのように放たれ、迎撃される。
駄目押しとばかりに重粒子砲も放つが、敵艦に異常が出てるのはステルスシステムだけのようで、重粒子は装甲に阻まれ、拡散していた。
「さすがはロストシップというわけ?」
主砲はなおもこちらに向けられていた。
だが状況は目まぐるしく変わるものだ。
『こちら駆逐艦パイロン。まもなく雨が降る。セネカは退避しろ』
突如としてパイロンのデランからの入電。
一方的な通信の為か、返答を送る前に通信は途絶える。
それと同時に無数の重粒子砲がまさしく雨のように降りかかる。それらは敵艦の装甲に拡散されるだけではあるが、豪雨のようなそれは煩わしさを感じさせ、また重粒子同士の干渉もあってか、主砲の狙いが絞れない状態へと陥る。
掃射するだけならまだしも駆逐艦のような比較的小さく機動性のある目標に対して、そのブレは致命的である。
だがパイロン一隻ではそのような砲撃の雨を降らすことはできない。
「これは! パイロンだけじゃありません。十四隻の帝国軍シグナルを確認! 識別は冥王星防衛部隊のものです!」
デボネアの言う通り、敵艦の直上に位置取るのはパイロンを含めた十五隻の艦隊。
パイロンを除けば全て巡洋艦で構成されていた。
「それだけじゃありません準惑星エリスの防衛部隊も確認できます!」
「オールト雲から近い惑星から増援を募ったか! それも攻撃性能の高い巡洋艦だけをかき集めて!」
ヴァンもこれには驚いていた。
しかし、リリアンはよくぞやってくれたという表情を浮かべていた。
「オールトに海賊のアジトが隠れていましたなんてスキャンダル。冥王星もエリスもメンツが潰れるでしょう? 【協力】してくれたという言い訳を作りたいのだからそりゃ率先して性能の高い艦を回してくれるはずよ」
「それも、手配済だったのですか?」
ヴァンが訪ねると、リリアンはやっと苦笑した。
「元々協力させるつもりだったわ。本当はもうちょっと手順を考えるつもりだったけど、脅すみたいになったかしら? デラン少佐やステラには私の名前でつつけばいいとは事前に伝えてあったけど、本当は私が直接言うつもりだったの」
海賊に捕縛されるという異常事態が発生した為に、パイロン側がその役を買って出たのだろう。どちらにしろ、駆逐艦二隻でどうこうできる相手ではなかったのだ。
当初の予定は大きくずれた形ではあるが、最終的に同じ結果に繋がればそれでいい。
「さぁ! マスドライバー発射用意!」
リリアンは叫ぶ。
「準備が出来次第、撃て!」
その号令の下、アレスと砲手を交代したコーウェンがトリガーを握る。
『ま、待ってくれ! 我々は投降する!』
引き金に指をかけたその時。
敵艦からの緊急回線通信がねじ込まれた。
映し出されたのは、ロバートの姿だった。
***
スターヴァンパイアの艦橋は異様な空気が流れていた。
「なんのつもりですか、ロバート」
祭壇のような艦長席に腰かけるラナは理解不能な行動を取るロバートに侮蔑の視線を送っていた。
ロバートは艦長席のコンソールを無理やり操作しており、既に信者たちに取り押さえられていた。
だが通信は繋がったままである。
「現状をご覧ください! 対光学装甲はあれど、ステルス機能は停止し、主砲も出力低下中です! それに装甲も永遠に耐え続けられるわけではありません! 爆発の影響が出ているのです。これまでです」
「光子魚雷があります」
「こんな中で撃てば誘爆して我々も消えます!」
ロバートは激しく訴えかけるが信者はもちろん、ラナも彼の言葉に耳など傾けていなかった。
「お願いします! 無意味な抵抗をやめてください! もう十分でしょう!」
「一方的ね。ロバート。第六艦隊に復讐したいと言い出したあなたが? その我儘を聞いてあげた私がなぜまたあなたの言う事を聞かなければいけないの」
「そ、それは……違うんだラナ! 俺は親父の仇を! 家族の仇を取りたかったんだ! お前の家族を!」
ロバートは信者らの拘束を振り切ると、ラナを抱きしめた。
「私が! 私が悪かった! 可愛いラナ! 私の娘! 私がちゃんと愛情を注がなかったから──」
だがロバートは最後の言葉を紡ぐ前にラナによって首を掴まれていた。
そして無造作に投げ捨てられる。中央の祭壇から下方へ、無重力など働いていない艦橋で、ロバートの巨躯は頭から落下していった。
鈍い音と共にロバートはそのまま動かなくなる。
「なにあの人……気持ち悪い」
ラナは汚れを払うようにして、落ちていったロバートだったものを見下ろした。
「もういいわ。あなたのせいで無駄な時間を多く過ごした。育ての親を気取るからそれなりには接していましたが……所詮は哀れな男。後先考えずに赤子を作って、殺す事になった癖に」
もうラナはロバートの事など思い出すことはなかった。
しかし、その光景はセネカにも映し出されている事を考慮するべきだった。
「……!」
ロバートが投げ捨てられた瞬間。
セネカからはマスドライバーが放たれていた。
「容赦がないのね……」
スターヴァンパイアのモニターが撃ちだされる弾丸を捉えた時にはもう遅い。
マスドライバーから放たれた一撃はスターヴァンパイアの艦の右舷方向から直撃し、後部スラスターを撃ち抜いていた。
信者たちの報告を聞かなくてもわかる。これでこの艦は推進機能を失う。エンジン出力も低下するだろう。光子魚雷を撃った所で離脱も出来ない。
いやそれどころか推進機関の誘爆による自沈の危険もある。
「リリアン様。あなたは……」
その瞬間。
ラナの視界は光に包まれていた。
外側からは猛烈な光と爆発の炎を吹き出しながら、スターヴァンパイアが飲み込まれていく姿が見えたことだろう。
「駆逐艦でまともに撃ちあうわけがないでしょうが」
ただ一言、リリアンはそう呟いた。
「私たちに構わずさっさと外宇宙でもどこでも勝手に行けばよかったのよ」
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