第55話 パワーisシンプルな海賊攻略戦
その瞬間、リリアンの判断は素早かった。
彼女は自分を拘束する二人の信者を払いのけると、咄嗟にラナの方へと駆け出していた。
信者の男たちは当然ライフルを向けるが、撃てるはずがない。その射線上には自分たちの宗主様がいるのだから。
万が一、その弾丸が宗主様に命中でもすれば、自分たちの立場が危うい。
そもそも警護のやり方が素人同然であった為に、そのようなつけ入る隙を与えるのだ。
「お互い不用意だったわね!」
かくいうリリアンも実際の所はかなり行き当たりばったりである事は否めなかった。まずこの状況になっていること自体が想定外だったという事もある。
本来はもう少し穏便な方法で敵の拠点を見つけるつもりだったのだ。その為の準備もしていたが、それが光子魚雷の存在でパァになり、こうして捕らわれの身になってしまった。
だが今となってはむしろ好都合であったとも思う。
リリアンはラナへと掴みかかり、二人してもみくちゃになっていた。
「あんたは連中にとって女神様なんでしょう。撃てるはずがない。あんたは自分の存在にあぐらをかきすぎていたんだ!」
「あなた! 下手をすれば撃ち殺されていましたよ!」
「でも今は生きているわ!」
リリアンは仰向けになりながらも、ラナを羽交い絞めにする形となった。
「そろそろ、あんたとの問答にも飽きてきた。だから私から一つ、狂人のあんたに良い事を教えてやるわ。私も実は神様は信じているのよ。いっぺん、死んでみればいいわ。運が良ければ神様がチャンスを与えてくれるでしょう」
自分がそうであったようにだ。
それが神様の力なのかどうなのかは知らない。実はこれ自体が長い長い走馬灯が見せる夢なのかもしれない。そんなことはどっちでもいいのだ。
姿を見せない神様を当てにはしていないが、いるかどうかと言われればいるのだろうとぐらいは答えてやる。
「な、なにを……!」
「あんたが信じてる神様と私が信じてる神様は別だってことよ。馬頭星雲の向こう側に神様がいる? 残念ね、あそこにそんな大層なものはいなかったわ。私たちと同じような血気盛んなエイリアンが艦隊を組んで待っていた。それだけよ」
「あなたは……!」
その瞬間、リリアンは凄まじい力による抵抗を感じた。羽交い絞めにしているはずなのに、容易く振り払われる。
何か嫌な予感が走ったリリアンはとにかく叫んだ。
「アデル曹長!」
こちらの意図が通じるかどうかはさておき、独房の中にいるアデルへ合図を送った。初めてみる顔だが、頼りになるかどうかを確かめている暇はなかったのだ。
「なんと無茶苦茶な!」
その事を確認したアデルの動きもまた素早く、スーツのパワーで強化ガラスを突き破ると、左腕のスタンショックを二連射。一瞬にして狼狽している信者二人を無力化させる。
アデルは振り向きざま、スタンショックを構えた。
しかし。
「やはりあなたは!」
ラナはその細腕のどこにそんな力があるのか、リリアンの体を軽々と押しのけた。
それは少女の肉体が出せる力ではなかった。筋骨隆々な男がただ乱暴に力を振り回すような勢いである。
「うわっ!?」
しりもちをつく形でリリアンは吹き飛ばされる。
「いった! この馬鹿力どこから!?」
「リリアン少佐殿!」
ラナは腕を伸ばしリリアンを掴もうとしたが、それはアデルの放ったスタンショックによって阻まれる。
だが電流はラナの修道服によってはじかれたように、小さなスパークを炸裂させるだけだった。
しかしその衝撃によってラナはのけぞる形となる。
「邪魔をして……!」
「ならば足を撃ち抜く!」
アデルは容赦などなかった。
スタンショックが通用しないのならば、今度はスーツ搭載型の対人ブラスターをなんの躊躇もなく発砲する。光線は間違いなくラナへと命中し、彼女を大きく吹き飛ばす。
「んなぁっ!?」
だがそれはブラスターの直撃ではありえない光景であり、アデルは驚愕の声をあげる。
スタンショックに続きブラスターまで防がれたのだからそうなるのも当然だ。
間違いなくブラスターは直撃している。だというのに、ラナの修道服はまるでスターヴァンパイアの装甲と同じく、光学兵器を吸収、拡散してみせた。
いくら対人用とはいえ、アデルはそれを殺傷レベルで放ったのだ。パワードスーツとて装甲の薄い部分であれば貫通する威力である。
衝撃で吹っ飛んだとはいえ、光線を防いで見せたのだ。ただの布切れではない。
「リリアン様。あなたの事、少しわかった気がします。あなたは私なんかとは違う。もっと、もっと、素晴らしい方……」
一方でブラスターの直撃を受けたラナであったが、彼女は抵抗ではなく撤退を選んでいた。それは目の前のパワードスーツに勝つことが出来ないというもあるが、このような歩兵戦力にここまで侵入された時点で敵艦も近くにいるということなのだ。
ともすれば外で待機してるはずの三隻の巡洋艦もどうなったものか。
せっかく、ここまで来たというのに水泡と化しては意味がない。
「あなた様の存在が、私を真実へと導く……! フフフ、また……えぇ、またお会いしましょう」
「いいえもう二度と会う事はないわ」
ラナは反対側の通路へと駆けてゆく。
リリアンはただそれを見送るだけだった。
「おい、追いかけなくていいのか」
「あ、顔出したら死にますよ」
独房からはいずり出る形となったアレスであったが、顔を覗かせた瞬間、アデルのパワードスーツに捕まり、半ば乱暴に背後へと回される。
「うおぉっ!」
なにか文句を言ってやろうとしたアレスであったがその瞬間、ラナが逃げた先の通路から信者たちがライフルを構えて姿を見せた。
同時にアデルのパワードスーツが盾となるべく前に出た。瞬間的に放たれるライフルは実弾のもので、統率のないバラバラの射撃であったが、それがかえって危険であった。
アデルは最優先としてリリアンとアレスの身の安全を確保するべく、防御態勢を取りつつ、スタンショックを放つ。
狭い通路で爆発物の使用は出来なかった。何より、この通路にはアレスの部下が捕らわれている。破壊力のある兵装は使えなかった。
「もうちょっと待っててください。あいつらやっつけたら、このまま駆逐艦へと戻ります。アレス少佐殿も! もうじき自分の部下がやってきますのでお仲間を運びます!」
瞬く間のうちに信者たちを感電させたアデルはスーツのメットを閉めた。これによってセンサーを起動させ周囲の安全を確認する為である。
彼女のスーツは友軍の接近を検知していた。上官と同じように天井を突き破り、四人の海兵隊が姿を見せる。全員がパワードスーツを装着し、背中には電磁浮遊する折り畳み式のコンテナ担架が背負われていた。
耐弾仕様のそれは負傷した友軍兵を救出する為に使われる装備で、無理をすれば三人ぐらいは積み込める。
「質の悪いタクシーで申し訳ありません」
周囲の安全を確認しながら海兵隊のパワードスーツは独房を破壊し、澄清のクルーを担架へと運び入れる。
それでも入りきらない場合はパワードスーツで担ぎ、元気なものは己の足で走ってもらう事になった。
一団の前後を巨大ながれきを盾代わりに構えた隊員が守る形で彼らは通路を移動する。
「十分よ。アデル曹長だったわね? デランの艦に配属予定だったと聞いているけど」
「ハーァッ! デラン艦長殿とは地球にて訓練を共にした仲であります! 現在、駆逐艦パイロンはデラン艦長の指揮の下、そしてステラオペレーターの作戦によって巡洋艦三隻を瞬く間に行動不能にしました!」
朗らかに答えるアデル。
なお、そんな中でも基地への衝撃は続いていた。だがそれは爆発のような一つ一つが大きい衝撃というよりは無数の細かい何かが連続で襲ってくる感覚に似ている。
「いやぁ見事! 休眠状態の彗星に刺激を与えて人工的に彗星雨を発生させ、巡洋艦どもは瞬く間に圧壊! 基地にも相当の被害が出ていると思われますな!」
「おい待て! それはかなりヤバイんじゃないか!?」
説明を受けたアレスは今後起きることを予測してしまった。
「はい! なので、この救出作戦には時間制限があります!」
「む、無茶苦茶だ!」
「しかしこれが一番安全性が高いのです。なにせ巡洋艦を一網打尽に出来ましたし、その間に我々が突撃艇で侵入する事が出来ましたので!」
「お、お前たちは一体どういう思考回路をしているんだ」
アレスは呆れ果てたよう視線をリリアンへと向けた。
「ちょっと私は関係ないでしょう」
「俺たちを助け、海賊を一網打尽にする為にわざと捕まったのではないのか?」
「結果的にそうなったというだけ! 本当ならもっとスマートにやるつもりだった!」
なにやらあらぬ誤解を受けそうだったので、リリアンは反論した。
「あ、ステラ少尉からもう一つ伝言がありました」
走り抜ける最中、アデルは器用にパワードスーツの両手を合わせて、何かを思い出す。
「今から澄清を起動させる時間はないと思うので、アレス少佐らは全員駆逐艦セネカへと避難するようにとのことです」
「あ、あぁそれは同意だ。澄清は完全に火が落ちている。しかもクルーも全員外に出ているからな……今から起動準備をしている暇はない……残念だが澄清はこの場に置いていくしか……」
「セネカで爆破処理してほしいとのことであります」
「そうだな爆破して……ん?」
流れで一瞬同意しかけたが、この海兵隊は今とんでもないことを言っていなかったか?
「待て待て待て。貴様何を言っている」
「自分ではありません。ステラ少尉の作戦です」
「爆破だぞ!」
「ですが破棄なさるのですよね?」
「それはそうだが……いやあとで回収」
アレスはそこで言葉を止めた。
彼もまたステラが何をさせたいのか、何をやろうとしているのかを理解してしまった。だから黙ったのだ。
「この施設の機能をダウンさせ、あのステルス戦艦に打撃を与える……その為には澄清を爆弾の代わりする……あぁ確かに。それなら大打撃だ。だが、そこまでやる必要が」
「あるわ」
まだ多少の未練があるのか、さすがのアレスも躊躇いが捨てきれていなかった。
だからリリアンは彼がまだ知らないであろう情報を与えることにした。
「ここの海賊は、偶然にも過去の遺物を手に入れた。その中の一つに、光子魚雷を確認している。それにあのラナと言う子。年齢固定型クローンであると同時に恐らく身体能力も強化調整を受けている……負の遺産ばかりなのよ、ここは」
「なっ!」
「何より、ここにいる連中は第六艦隊を壊滅させ、土星の駐留防衛隊も壊滅させたのよ。そして恐るべき危険な兵器も持っている。私は最初から、そのつもりだった」
そこまでの説明を受ければ、アレスとて頭ごなしに拒否はしない。
「あまりにも危険すぎる技術を……世に広めてはならない……」
そう言いながら、アレスは小さく頷くしかなかった。
「わかった……だが、爆破処理の砲撃は……俺がやる」
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