第54話 進歩がない者を愚か者と呼ぶ
西暦が2348年に終わり、その年に地球歴が始まり、そして現在は地球歴4000年代。地球歴1000年代は黄金時代と伝えられた。
しかし地球歴2000年代は宇宙戦争の時代であったとされる。その時代の人類が一体どこまで宇宙に版図を広げていたのかは不明であり、最高潮とも言われた技術は文明が崩壊した事でその多くが失われ、各々の植民惑星との交流も絶たれるほどの被害が出た。
人類は再び宇宙時代を手にするのは地球歴が3000年に差し掛かった頃とされ、現在の地球帝国の礎がその時に誕生した。
(未来から意識だけ帰ってきた自分が言っていいものじゃないけど、流石にそれはインチキよ。想定しろってのが無理な話)
リリアンもこれには衝撃は受けた。
さすがにこの答えは想像できなかったし、あのステラですらもまさか目の前の少女が地球歴2000年代という最も動乱の時代の、しかもクローンだとは見抜けないだろう。
しかも遥か過去の存在が、現代においては海賊をやりながら、カルト集団のトップを演じているなどと。
「とにかく、私はあんたが思ってるような存在じゃないわ」
この少女が一体何を想って自分と同類だと思ったのかは分からない。
どうやら、死に戻ったという事を理解している様子もないのだが。
「ふーむ。あなたは過去の人間ではない……まぁそれならそれでもいいでしょう。なんにせよ、あなたが馬頭星雲を見て帰ってきた使徒であることに違いはないのですから。出会いは運命だったという事よ」
ラナは未だ半信半疑な視線を向けたままではあるが、ひとまずその問答を辞める気にはなったようだ。
「科学技術の粋を極めて作られたクローンなのに。随分とスピリチュアルな事を信じているのね?」
会話の主導権を握られっぱなしだったリリアンはここで意趣返しのつもりで反撃に出た。実際気にはなっていた事だ。
そもそも年齢固定型クローンがどういう理屈で、どういう存在なのかが全くわからない。過去にクローン技術があった事、現代でもやろう思えば可能だが倫理的な観点から表向きは禁止されている事ぐらいは知っている。
逆に言えばその程度の知識しかないし、身近にクローンがいるわけでもない。
「あら。クローンだって神を信じるわ。私たちは神の御業を真似て作られたクローン。人類は、それほどの技術を手に入れた。だけどね、ついぞ生命の起源を知る事は出来なかった。地球歴4000年代の今ですらもそれはわかっていない。人類は人工的に生命を作り出せる。なら最初の生命は誰が作ったの。気になるでしょう? 私たちクローンの存在こそが神の御業の証明。ならあとは神の実在を証明すればいい。私たちはその為に生まれたのですから」
もはや彼女の中で理論は完成しているようで、それを今更どうこう言ったところで覆るものではないらしい。
(地雷を踏んだかしら……怖いんだけど……)
つまり話が通じないというわけだ。
何かを信じるのは勝手だが、その信じるものに他人を無理やり付き合わせるのだけは勘弁願いたかった。しかも海賊行為をしてまでというのがダメだ。
(海賊どもめ。なんてものを見つけて、起こしたんだ)
そう海賊だ。
ステルス戦艦を見つけて、どういう経緯でこの少女が目覚めてカルトなんてものになったのか。それは知っておきたい事実だった。
「ねぇ。質問ついでにもう一つ聞きたいのだけど。なんで海賊なの? 何で彼らに協力するの。目覚めさせられた礼? それとも何か……」
「さぁ? よくわかりません」
ラナは海賊の事にはあまり関心を示していないようだった。
「確かにこのスターヴァンパイア……まぁ正式名称は違うのですが、彼らがそう呼びたいというので、その通りにしてあげていますが。これを氷塊の中から発見し、私を目覚めさせたという点においては感謝しています。でも、それ以降は私をラナと名付けて、女神様だと呼んだり。頼んでもいないのに色んなものをくれました。勝手に自分たちの仲間を襲ったり。噂を聞きつけて、勝手に私たちの仲間になったり。色々と便利だなぁと思って。年齢固定型クローンの事をよく理解してないんです、ここの人たち。それに……」
一瞬だけ、ラナの表情は侮蔑のような感情をみせた。
リリアンに対してではない。別の誰かのようだ。
「まぁ別にいいですけどね。この時代で生活する為の戸籍も手に入れました。修道院ですが、学校とやらにも通えました。でも不思議なんです。私を勝手に持ち上げておいて、勝手に怖がる人が出てきたのです。自分たちが女神だと、救いだと呼んだ癖に。あまつさえこの艦を奪おうとしてきた。だから、死んでもらいました」
「随分と簡単に命を奪うのね。生命の神秘とやらはどうしたのよ」
嫌味の一つでも言いたくなるものだが、ラナには通用していないようだった。
「そうである前に私はこの艦のメインオペレーターですよ? 艦を守る為です。それがひいては私の目的に繋がります」
「なるほどね。一つ謎が解けたわ。海賊の活動縮小の裏にはあなたも一枚かんでいたというわけか。ともすればあのラスト・パイレーツ事件は」
「あぁ、あれですか。逃げた人たちです。私を怖いと言って。結果はあのありさまですが。キャスカートのおじい様も離れていったし。みんな薄情ですよね。自分たちで起こしておいて、死んだ赤ん坊の代わりにしておいて、怖くなったら捨てる。殺そうとする。とても酷い。所詮海賊。だからまぁ……彼らの事はどうなろうが、どうでもいいですね」
ラナは当然でしょうと言いたげな表情だった。
「そもそも私は年齢固定型。赤ん坊の代わりにはなりません。自分たちで勝手に死んだ赤ん坊が大きくなって帰ってきたんだとか。正直、気持ち悪いですよね。でも見てるとなんだか哀れなので」
ラナは苦笑しながらそう言った。
その真実はあっけないと言うべきか、それとも不幸の積み重ねと言うべきなのだろうか。
(大西少将の作戦で追い詰められた海賊が見つけた希望の光、神にも等しい存在。それがこの子だったというわけか……そして赤ん坊?)
もっと詳しく話を聞いてみたいという欲もあるが、今はそれを抑えるべきだ。
「まぁいいわ。あなたの立ち位置はある程度は理解した。そしてますます不安になってきたわ。あなたの機嫌を損ねれば命はないという事よ。アレスたちは生きているとあなたは言ったはず。いいえ、正確には殺していない、傷つけてないだったかしら? 証拠を見せて欲しいわね」
「もう。本当に疑い深い方ね」
ラナは仕方ありませんと呟くと、壁に備え付けられた西洋風のアンティーク調の通信端末を起動させた。何やら指示を送っているようで、ややすると実弾式のライフルを構えた白フードの男が二人やってくる。
(こいつ……)
その男たちにリリアンは見覚えがある。
クレッセン事件で逮捕されたチンピラ風の男たちだ。
あの粗野な風貌はそのままだが、身にまとう雰囲気は異質で、無表情であった。
(何となくそうじゃないかと思っていたけど、最初からグルだったわけだ)
だとすれば、演技力は褒めてやりたい所だ。
「ごめんなさい。護衛は必要ですから。それじゃあアレス様の下へ行きましょうか。この時間ですとお食事でしょうか」
それもプレゼントなのだろうか。懐中時計を取り出し、時間を確認していた。地球時間で18時と表示されている。
ラナは先頭を歩きリリアンがその真後ろをついて、さらにその後ろから信者の男二人がライフルを構えている。
護衛という意味においては、かなり奇妙と言うべきか、全く意味をなさないような位置関係だった。
とはいえ、リリアンは武器を持っていないし、現時点では抵抗すら不可能である。
基地内は少なくとも内装そのものはよくある無機質なもので、手を加えられた様子はない。ただフード姿の信者が徘徊しており、その光景がなんともミスマッチで、認識を混乱させに来る。
ただ時折フードを被っていない、同時に緊張した面持ちの者たちもいた。
「まだ慣れてない方もいるんです」
リリアンの疑問に気が付いているのかラナがそう説明した。
よく見ればそういう面々はまだ若い者たちが殆どだった。中には浮浪者然とした中年もいた。とにかく、そういうどうでも良いとされる人を集めて数を増やしているのだろう。大半は鉄砲玉の扱いだろうが。
その他にも何か前衛的な、形容しがたい音楽が流れ瞑想をさせられている信者の姿や聞いたこともない歌を歌っている信者もいる。
それを見るだけで頭痛が加速度的に酷くなりそうだった。
「こちらです」
苦行の果てにたどり着いた場所は独房だった。
狭い個室に強化ガラスで前面を多い中の様子を確認しやすくした作りの独房がずらりと並んでいた。そこに半ば無理やり三人も四人も入れられた形となっている。
確かにそこにいたのは澄清のクルーだ。リリアンも見覚えがある。
だが彼らはリリアンの存在に気が付いていないのか下を俯き、提供されたブロックのような固形食を齧っていた。
恐らく、ガラスはマジックミラーのようになっているのだろう。
「オートメーション化も考え物ですね。駆逐艦なのに百人もいないだなんて。だから簡単に制圧できましたけどね」
月光艦隊自体が人材の少ない部隊である為、少人数運用を前提とした艦内勤務となるのは致し方がない部分であった。今回ばかりはそれが逆手に取られたという事である。
「あぁこの部屋です」
しばらく進むとアレス一人が入れられた独房へとたどり着く。
アレスは固形食には手を付けず、じっと真正面を睨みつけていた。外は見えてはいないはずだが、それでも抵抗の意思を表しているのだろう。
そんなアレスの視線などどこ吹く風の如く受け流し、ラナはコンソールを操作すると、マジックミラーを解除する。
するとアレスが立ち上がり、無駄だと分かっていてもガラスを叩きつける。
「貴様! 俺をここから……!」
同時に、彼はリリアンの存在に気が付いたようだった。
「リリアン! お前までも捕らえられたのか!?」
「アレス! 無事なのね?」
「あ、あぁ……なんてことはない。この程度で心など折れるものかよ」
アレスはラナを睨みながら言った。
「もう。またお食事を残して。倒れても知りませんよ」
「黙れ魔女め」
「あまり私を怒らせない方がいいと思いますよ。無酸素状態にされたくはないでしょう?」
にこやかに答えるラナであったが、端末を操作すると空気が抜ける音が聞こえてくる。
「ちょっと! やめなさい! 傷つけないという約束よ!」
「大丈夫ですよ。ほんの少し空気を抜くだけ。すぐに窒息するほどじゃありません」
「そういう問題じゃないでしょ!」
リリアンがさらに抗議をすると、信者の男二人がライフルを突きつける。
「私は本気ですよ。あなたたちを殺したくはない。むしろ迎え入れたいだけなのに」
「まっぴらごめんよ」
「でももう帰れませんよ。このオールトの雲の中から私たちを見つけ出すのにどれだけの時間をかけるかしら。正直言いますともう時間がないので、さっさと旅だとうかなと思っているんですよ」
「旅立つ……?」
「えぇ。スターヴァンパイアも調整が殆ど終了してますし、物資もそれなりに集まりました。ですので、あなた達がたどり着いた馬頭星雲宙域へ……ワープをしようかなと。スターヴァンパイアなら可能です。そしてその先、馬頭星雲の中心へ、さらに向こう側へ……あぁアンドロメダ銀河を目指すのもいいでしょう」
夢見る少女のように語りだすラナ。
そんな彼女を見て、アレスが吐き捨てる。
「計画性の欠片もない。ただ自殺しにいくようなものだ」
「何度も言わせないでください。馬頭星雲であなたたちは知的生命体に出会っている。つまり生物の住む環境があるという事です。それに私にはあるのです。クローン製造の際に刻まれた座標データが。私の頭の中に刻まれている。暗黒星雲の中心。そこに私は……!」
刹那。
巨大な揺れが基地内を襲った。同時にレッドアラート。内部も騒がしくなる。
「何事ですか」
ラナは落ち着いた様子だが、若干の苛立ちを感じらせる声だった。
「そうね。時間切れと言ったところかしら」
答えたのはリリアンだった。
ラナも、そしてアレスも不思議そうな顔を向ける。
「本当はもっとスマートにやりたかったの。こんなギャンブルみたいな事、私の趣味じゃないし、率先してやろうとは思わない。二度とやるものか」
リリアンはそう言って、ラナに向かって笑みを浮かべた。
「でも、意趣返しにはなったかしら。お前たちがタイタンにやった事をそっくりそのままやり返させてもらうわ」
その瞬間。信者がリリアンを拘束するが、それと同時にアレスの独房の天井を巨大な手刀が貫き、力ずくで引きはがす。
「お、おい! 破片が!」
アレスの苦情など無視して。数秒もしないうちに狭い個室がさらに狭くなるようなパワードスーツが天井の穴から落ちてくると右腕を構え、強化ガラス越しにラナへと向ける。
パワードスーツの右手の甲にはブラスターが装備されていた。
「少佐殿を解放してもらおうか。さもなくば貴様らの女神様の脳漿がぶちまけられる事になる」
パワードスーツを身にまとっていたのはアデルであった。
彼女は目視するようにメットを開けた状態である。
そして脅しのようにブラスターをわざと放つ。光線は強化ガラスを貫通し、ラナの目の前を通り過ぎていた。
「無粋な……」
ラナはまたしても現れたパワードスーツを睨みつけ呟いた。
それは奇しくも、タイタンで吐き捨てた言葉と同じものだった。
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