第52話 輝ける宇宙の光

 光学兵器を無力化する装甲を持つスターヴァンパイアではあるが、実弾に対する防御性能は帝国軍の艦船とさほど変わりはない。対空機銃による迎撃、単純な装甲圧で耐える、そしてシールド。

 だが、マスドライバーによる質量弾はシールドすら貫通し、いとも容易く装甲をえぐっていくだろう。当然だが対光学装甲も意味をなさない。

 マスドライバーは粒子砲のように拡散する事も、消失することもなく、宇宙空間であれば加速を続け、まさしく一撃必殺の兵器となる。

 同時にそれは高速で飛来するデブリをばら撒く事になる。帝国の艦船がこれらを常時採用しないのはそういった背景もあるのだ。

 セネカが撃ち出した弾丸もその軌道のまま進めばいずれ土星の衛星のどれかに落ちてゆくだろうが、下手をすれば商船などにぶつかる可能性だってゼロではない。


「宗主様……ここは一旦引いた方がよろしいかと」


 スターヴァンパイアの艦橋ではロバートがラナへと提言する。

 マスドライバーの脅威性を理解しているからだ。


「仮にマスドライバーの直撃を受ければ、このスターヴァンパイアも無事では済みません。それにあの駆逐艦以外にも増援が来る恐れもあります。連中とて馬鹿ではありません。こちらの装甲の特性を把握して……」

「ロバート。その程度の事を私が理解していないと思っているの?」


 モニターの向こう側に映るリリアンを眺めながら、ラナはロバートの意見をそう切り捨てた。


「それに、増援がどうしたというのですか?」

「ハッ……差し出がましい事を」

「あの方は撃ちません。ご友人の居場所を知りたいでしょうから。私を殺す事は出来ない。とてもお優しい方よ」


 ラナは立ち上がり、両腕を広げる。

 聖母のように、慈しみの笑みを張りつけながら、回線が繋がったままのモニターを見上げる。画面の向こうのリリアンの表情は変わらない。


「もう一度聞きます。私たちと共に星の彼方へ参りませんか? それならばご友人も一緒です」


 リリアンからの返事はない。


「そう……そうですか……残念です。あなたは私と同じだと思っていたのに。私と同じものを見ていると思っていたのに。本当に……地表にへばりつく愚者と変わらないのですね」


 ラナはそう告げると、右腕を振り下ろす。

 すると、スターヴァンパイアはステーションとの接舷を解く。アンカーや掘削チューブが格納され、目玉のようなパルスレーザー砲が蠢く。照準はステーションを狙ったままだったが、撃つ様子はなかった。


「これは最後の言葉です。共に行きましょう。星の海を渡り、彼方へ」

『ねぇ。一つだけ聞かせて頂戴』


 それまで、無視をし続けていたリリアンが口を開いた。

 それを聞いたラナはまるで恋焦がれる少女のように笑顔を浮かべる。


「はい、なんなりと」

『なぜ私たちなの。なんで私たちにこだわるの。どこか行きたいなら、自分たちで勝手にどこへなりとも行けばいいでしょう。なぜ私たちを巻き込むの』


 その質問を受け、ラナは心底不思議だった。

 何を今更な質問をしてきたのだと。私は何度も何度も説明してきたじゃないかと。

 でもどうやら伝わっていなかった。理解されていなかった。

 なら何度でも、何度でも伝えるだけだ。


「簡単な事です」


 ラナはにっこりと、満面の笑みを浮かべて答えた。


「あなたたちは馬頭星雲に呼び出され、そして帰ってきた。偶然? いいえ、必然なのです。宇宙の神に呼ばれ、そして戻ってきた。あなた達は使徒。神の神託を受けた選ばれし者なのだから!」


 ラナがそう答えると、スターヴァンパイアの艦橋がにわかに騒がしくなる。

 神の使徒。宇宙の使徒。そのような単語を連呼していた。ただ一人、ロバートだけは俯いていた。

 選ばれし者。神託を受けし者。

 彼方を見てきた者。彼方より帰還せし者。


「さぁ参りましょう! オールトの雲へ!」


 刹那。

 高熱源体が亜高速の一歩手前の速度で検出される。ワープではない。ハイブーストの加速だ。

 姿を見せたのは、十三隻の巡洋艦隊。

 それは土星に配備されていた防衛艦隊であった。 


***


「土星防衛隊到着! 時間稼ぎ成功ですね!」


 デボネアの歓喜の声が響く。

 土星艦隊は旗艦を中心に面となるように展開していた。火力重視の陣形である。

 スターヴァンパイアの垂直上方向を取るように陣取ることで、盾となるステーションを飛び越え敵艦を捕捉する事が出来た。

 彼らにはマスドライバーは無いが、巡洋艦であれば艦載機の数も、魚雷の数も期待できる。何より敵は包囲されたようなものだ。


「妙ですね」


 一見すれば形成は有利。

 しかしヴァン副長はそう呟く。敵に焦りが見られない。


「あちらも、我々が装甲の特異性を理解している事には気が付いているはずです。実弾の飽和攻撃を受ければ、いかに対空パルスレーザーが優秀でも損傷は免れないはずなのに」

「私もそれが気になっている。嫌な予感がするわ……デボネア、土星艦隊に警戒を強めるように……」

『解放致します』


 突如として、スターヴァンパイアのラナが全方位への無差別通信で語りかけてきた。その言葉の通り、スターヴァンパイアはアンカーや掘削チューブを格納し、ステーションとの接舷を解除し、ゆっくりと離れていく。

 それは酷くあっさりとしていた。さらに、ぎょろぎょろと蠢くパルスレーザー砲がぴたりと止まり、各部の主砲もあらぬ方向を向いていた。武装解除のつもりなのだろうか、そのような姿勢をとりつつスターヴァンパイアは土星艦隊と同軸へと【浮上】する。


「……待って。第六艦隊はどうやって壊滅したの」


 その時、リリアンは頭痛のようなものを感じた。

 そしてフラッシュバックするのは、前世界の記憶。まだ愚かだった頃の自分。決戦宙域の記憶。


(うっ……なに? なんでこんなものが……!)


 思わず頭を押さえる。


「艦長?」


 ヴァンが不安げに顔を覗かせた。

 だがリリアンにはヴァンの顔など見えていなかった。

 見えるのは壊滅した地球帝国の決戦艦隊。おかしいじゃないか。いくら自分が馬鹿な行動をしたからと言って、そう簡単にあの大艦隊が壊滅するわけがない。

 重粒子の掃射を受けた? それはこっちだって同じ事が出来る。

 ではもっと違う武器が使われたとすれば? 


「まずい」


 思い出せ。思い出せ。

 何か、通常とは違う事があったはずだ。あの時、帝国艦隊は本当にただの攻撃で壊滅したのか。

 地球はただそれだけで劣勢に追い込まれたのか。


「艦長! 敵艦艦首から何かが……!」


 二発。

 スターヴァンパイアから二発の魚雷が放たれた。それは何の変哲もない弾頭だったが、途中で炸裂した。光を放ちながら。

 音のない宇宙に光が差し込む。閃光弾。いいや違う、リリアンはそれが信号の類ではない事を理解している。

 見たのは一度きりのはず。

 でもあれは……!


「逃げろ……!」


 光が差し込む。音もなく、眩い光があふれる。スポットライトに照らされるように土星艦隊に光が浴びせられた。彼らは迎撃をしていた。魚雷を重粒子を、艦載機を放っていた。

 だというのにそれらはまるで存在しないもののように消失し、光の中へと消えていった。

 数秒後。そこには、わずかな残骸しか残されていなかった。えぐられたような、切断されたような奇妙な損傷だけを残し。

 何も知らなければ恐るべき威力の重粒子砲を受けたのかと思うかもしれない。総攻撃を受けたと思うかもしれない。

 気がつけば壊滅している。それはまるでかつての記憶の通り。


「な、なんだあの兵器は……見た事がない」


 この場に置いて一番長く軍人を続けているヴァンですら、その兵器を知らなかった。

 デボネアもミレイもコーウェンも、ただその状況を唖然と眺める事しか出来ない。

 しかし状況は常に流れている。彼らにはぼうっとしている暇など与えられなかった。

 なぜならば歪曲波を感知してしまったからだ。

 スターヴァンパイアの背後に、まるで付き従うよに、三隻の未登録の巡洋艦が出現したのだ。


「て、敵艦! 距離300メートル! 至近距離です!」


 ミレイの悲鳴のような報告が艦橋に響き渡る。

 突如としてワープアウトしてきた三隻の巡洋艦は、勢いそのままにセネカを取り囲む。お互いの砲火が交わらないように位置取りながら、セネカの逃げ道を奪う。海賊がよくやる包囲網の一つだった。

 ヴァン副長は包囲網を構成する艦を見て、見識を述べた。


「ロストシップではないようです。若い頃に見たことがある……旧式艦ですが、火力は侮れないでしょう」


 旧式とはいえ、巡洋艦である。一斉攻撃を受ければ駆逐艦のシールドはあっという間に破られ、撃沈される事になるだろう。


『お忘れかもしれませんが、我々はあなた方の言うところの海賊なのです。ですので、このような戦力ももちろん持っていますよ』


 勝ち誇るというわけでもない。

 ただ当然の事を、友人同士で話すたわいもない会話のようにラナは告げた。


『念のため言っておきますが、おかしな行動をすれば撃ちます。私もあまり我慢強い方ではない事を御覧頂けたと思いますので、このまま大人しく付いてきていただけると、嬉しいのですけど。でないと……このステーションごと、あちらの艦を先に沈めます』


 ラナはわざとらしく、パイロンの映像をセネカに送り付けた。

 パイロンも動くに動けない状態なのか、周囲に展開させた艦載機もその場に待機している。砲塔は巡洋艦の方に向けてはいるが、砲撃することは出来ないだろう。


「形勢不利ね。抵抗はしない」


 リリアンは努めて冷静を保とうと深呼吸をした。

 起こってしまった事実は受け止めるしかない。今、それで騒いだところで状況は好転しないのだから。


「でもパイロンとステーションを傷つけたら、我々は特攻してでもそちらを落とす」


 下手な抵抗は無意味であることを悟っているリリアンは、反撃や離脱行動を命じることすらしなかった。それでも、最後の意地ぐらいは見せたかった。

 リリアンの判断に艦橋の面々も、それぞれの面持ちではあるが、押し黙っていた。

 涙目で祈る者。ただ下を俯き耐える者。無表情の者もいれば、コンソールを叩き怒りを見せる者もいた。


「最初からこれを狙っていたわけ?」

『フフフ、さぁどうでしょう。ですが私の前にあなたが現れた事は運命だと思っています。ですので、あなたを選ばせていただきました』


 その口ぶりから察するにタイタンにやってきた月光艦隊であれば、誰でもいいからもう一度捕縛しようとしていたという事だろう。

 その偏執にはゾッとさせられる。リリアンは一体何が彼女をそこまで突き動かしているのか、それが全く理解できないでいた。


「それはどうも、光栄ね。帝国軍参謀総長の娘は人質としては破格だものね。おいそれと手を出されることもない。どっちを人質にするかなんて決まっているもの」

『もちろん。そういう考えもあります。ですが先ほども言いましたよ。あなたは、私と同じだと。あの時、初めてお会いした時からピンと来ていました。あぁ、あなたは今を見ていない。私と同じ人なのだと。そう、言うなれば……一目惚れでしょうか』

「それはどうも……厄介な一目惚れだこと」


 リリアンは吐き捨てながらも、両手を挙げた。

 掌を三回振る。

 それは降参の意味である。


「抵抗はしない。でも約束をしてもらうわ。さっきも言ったけど、仲間を傷つけたら、特攻、自爆してでもあんたらを殺す」

『怖いことを仰らないで。もちろん約束は守ります』


 ラナが答えると同時にセネカを取り囲む三隻の艦がさらに近づき、先端にマグネットが装備されたワイヤーを射出した。

 曳航するという事なのだろう。

 セネカはそのまま引きずられる形でスターヴァンパイアの下へと運び込まれる。三隻の巡洋艦もスターヴァンパイアとワイヤーで固定される。

 これはワープ機関がクールタイムである為、スターヴァンパイアのワープで運んでもらう為だ。

 その間、パイロンは手出しができないでいた。


『それでは参りましょう』


 スターヴァンパイアに飲み込まれるようにセネカはワープの光に包まれる。

 ワープの光が艦橋に迫るのを見ながら、リリアンはちらりとパイロンへと視線を向けた。


「ごめん。あとは頼むわよ。ステラ」


 最後にそう言葉を残しながら、セネカの姿が消えてゆく。

 取り残される形となったパイロン。

 その艦橋では、ただ見守ることしかできなかったステラがじっとモニターを凝視していた。

 同時に艦長席のデランも深いため息をつき、口を開いた。


「くそ……なんだよあの武器は!」


 怒りや恐怖ではない。妙な諦めを感じさせるものだ。


「アレスに続いて、リリアンまで……!」

「いえ……違います。リリアンさんは、諦めていませんでした」


 ステラはデランへと振り向いて、言い放った。

 

「最後の通信。リリアンさんは道を示してくれました」


 ワープで消えゆく直前、セネカの通信回線はパイロンへと繋がっていた。

 あとを頼むと言い残して。

 だがそれだけではなかった。ステラはパイロンのモニターに文字通信を映し出した。それは簡易的なチャットで打ち込まれたものだ。


【旧回線をたどれ】

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