第51話 カルトの誘いは大質量弾で返事をするに限る
タイタン軌道ステーションの通路は激しい戦闘があったことを物語っており、弾丸やレーザーで撃ち抜かれた壁や天井はもちろん、火花を散らす防衛システムや基盤、なにより白いフードを纏った海賊たちが倒れ伏していた。
それなりに血痕も飛び散っていることもあってか、凄惨でもある。
当然だが、例え海賊であろうと射殺された死体を見るのは気分の良いものではない。
デランは嘔吐こそなかったが、顔色は明らかに青くなっていた。
「う、クソ……」
「お気を確かに艦長殿。私は吐かれても平気です。スーツがあるので。少尉殿は平気そうですね!」
「い、一応……慣れてるわけじゃないですけど」
一方で、ステラは顔色を悪くすることも、吐き気がこみ上げてくることもなかったが、それでも気分は良くない。
「ははぁ、結構大変な目にあったみたいですね。まぁそれでも無理はせず、遠慮なくげろっても大丈夫ですよ! 私も新人時代は上も下も洪水でしたからね!」
そんなどこか下品な言い回しは、アデルなりに緊張をほぐしているつもりなのは、二人とも理解はしていた。
「ついでと言っては何ですが、逃げ遅れたステーションの職員をパイロンに放り込んでおきました! あとうちの突撃艇にも押し込んであります! スペースはあるので!」
流石と言うべきだろうか、彼女ら海兵隊の動きは想像していた以上に迅速だった。
「い、いや。よくやった。被害の詳細は?」
「あーわかりません! 何人か死んでましたが、とりあえず無事な人たちは全員ってことで。先に脱出艇や宇宙服で逃げ出した連中の事は数えてないですね! あ、ついでに隔壁のコントロールも掌握してあります」
アデルは大雑把なようだが、仕事は確実にこなす。
逃げ遅れや隔壁もそうだが、少なくとも生きている敵に遭遇することはなかった。
「他のフロアがどうなってるかはわかりません。我々もそこまではカバーしきれないので」
同時にアデルはドライでもあった。
出来うる限りの仕事は全力でこなすが、キャパシティから溢れたものを天秤にかけ、何を優先し何を捨てるかの判断も早い。
「ちゃっちゃか艦に戻ってさっさと脱出した方が結果的に大勢が助かると判断しました!」
「いや……十分だアデル曹長。ありがとう」
デランとしても、それしかかける言葉はない。
その切り捨て方は指揮官となるうえで、ある意味必要な冷酷さ、冷淡さでもあるからだ。
もちろん切り捨てることを前提とする考え方はデランも好ましくはない。
そうであっても、特に空母のような艦載機に出撃命令を出すような立場であればなおさら意識しなければいけない部分でもある。
タイタン軌道ステーションの被害がどのようなものなのかは現時点ではわからない。アデルたち海兵隊は救出できる者はできる限りやっただろうし、最優先となるのは自分たちであることも理解している。
「パイロンに戻り次第、ステーションから脱出する」
その後、駆逐艦パイロンへと何とか逃げ伸びたが、ゆっくりとしている暇はなかった。艦長であるデランはインカムを使い、即座にパイロンをタイタン軌道ステーションから離脱させるよう命じた。
パイロンのエンジンは既に火が入った状態であり、いつでも発進が可能である。なおかつ、隔壁のコントロールも得ているのだから、留まっている理由もなかった。
「ステーションから離脱後、敵艦の攻撃に備えろ!」
パイロンはスラスターを最大出力で点火すると、勢いよく飛び出す。
「各モニターチェック。索敵レーダー、感度最大へ。艦尾方向、映像出ます!」
ステラは殆ど一人でそれらの操作を行っていた。
決してパイロンのクルーの質が低いわけではない。ただこの場においてはステラに任せる方が一番生き残る確率があるという事を理解しているのだ。
またステラもそう言う期待を寄せられている事を理解している。
この場において、自分だけがあのステルス艦の特徴を理解しているのだから。
「これは……!」
映し出されたのは異質な光景だった。タイタン軌道ステーションは直径で言えば2000メートルを誇る巨大施設である。それゆえか、原型は保っており、どうやら被害を受けたのも一区画である。
だが、そんな施設にまるで触手を伸ばすように接舷用アンカーを打ち込み、掘削チューブで外壁に穴をあけている不可視の何かがいる。
それはちょうどパイロンとはステーションを挟んだ反対側に存在しており、小規模な爆発に煽られる事で、ステルス機能がはがされていた。
真紅に染まる巨体を露わにし、獲物へと食らいつく吸血動物のような艦は、同時にステーションを盾にするかのようだった。
「カルト集団でも海賊は海賊ってわけかよ」
デランは吐き捨てるように言った。
それは商船や輸送船を襲う海賊が軍からの攻撃を防ぐ為に使う手段である。
ステーション内部にはまだ逃げ遅れも多く、なおかつ巨大施設である事が盾としては最大限に機能していた。
「脱出艇が近くを漂ってやがる。誘導魚雷攻撃もできやしねぇ。艦載機もこれじゃ……」
施設が巨大であることを考慮し、ある程度の衝撃には耐えられるだろうという判断も出来なくはない。誘導式の魚雷攻撃や搭載されている二機の戦闘機であれば、敵艦を直接叩く事も不可能ではない。
だがそれは敵を刺激することになり、そもそも対空砲火をばらまかれてはステーションだけではなく、そこから脱出した周囲に漂っている施設職員らにも被害が及ぶ。
最悪なのは、相手が被害などお構いなしに攻撃を仕掛けてくる可能性である。
敵は海賊だが、同時に頭のイカれたカルトだ。何をしてくるかもわからない。
「既存のレーダーシステムでは捉える事が困難なステルス性。事件を起こした宙域に潜む大胆さ。直接乗り込んでくる行動力。あぁ認めるしかねぇな。ありゃ、根っからの海賊だ……」
もしも、今乗っている艦がせめて巡洋艦であれば搭載されている艦載機の数も十機程度には増える。そうすればまだやりようもある。何なら海兵隊だっている。突撃艇を送り込む事が出来れば内部の鎮圧だって可能かもしれない。
だが今は駆逐艦一隻なのだ。使える手札は少なく、無理を通した所で得られる結果は大したものではない。
「くそ、何かねぇか。何か……」
撤退をするわけにもいかない。
それでは民間人を見捨てる事になる。
その時であった。
『こちら駆逐艦セネカ。突然だけど艦載機でもドローンでも良いから射出して観測情報をこちらに回して』
突如として聞こえてきたのはリリアンの声だった。
「リリアン!? 一体どうやって!」
デランが驚愕するのは無理もない事だ。
月からタイタンへ移動するには十二時間はかかる。セネカを駆るリリアンは未だ月にいたはずだ。
「ま、まさかお前……!」
『うちの航海士は優秀なの。航路予想を立てればワープ事故の可能性は減るわ』
「む、むちゃくちゃな……!」
『そんなことはどうでも良い。観測情報、とにかく詳細なものを早く用意なさい』
「どういうつもりだ!」
デランはリリアンの要求の意図を理解できなかったが、ステラは即座にリリアンの考えを理解していた。
「そうか! セネカにはマスドライバーが! でも、時間から考えて取付だけが出来た状態。そんな状態で撃ちだせば砲身がぶれて射線軸がズレる。その為の軌道修正が必要なのだとすれば……」
いまでこそメインオペレーターとして士官の道を歩みだしているステラであるが元は整備士である。
そして彼女は、本来ならセネカに所属しているのだ。
であるならば、リリアンのやろうとしている事は手に取るようにわかる。
「デランさん! あらゆる観測情報システムを使って敵艦とステーションの情報をセネカに!」
「あぁもうどうなっても知らねぇからな!」
かといってデランに状況を打破する術はない。
ならば可能性に賭ける以外ないのだ。
「テルプシコラー、発進!」
デランの号令により、パイロンの両舷カタパルトから二機の艦載機が射出される。
テルプシコラーとは小型の戦闘機であり、その攻撃力はティベリウスに搭載されていた戦闘機と比較すれば著しく低下しているが、機動性はその分良好であり、魚雷も搭載しているので決して無力ではない。
だが今回は戦闘機動を行うわけではなかった。
「データリンク開始。テルプはとにかく観測に専念。隅々まで撮影してやれ!」
***
その一方。
駆逐艦セネカでは一人の少女が突っ伏していた。航海士のミレイであった。
突然の出撃、しかも危険の多い太陽系内でのワープ。これの事故を極力下げ、なおかつ現場に最短ルートでたどり着けるギリギリの距離を予測しろと言われればこうもなる。
商船や客船などが多用するメイン航路を除外すれば事故の確率はぐっと減らせるが、そうなるとタイタンへの直行が厳しくなり、かといって寄りすぎると土星やタイタン以外の衛星の重力干渉を受け、見当はずれな場所にワープアウトすることもある。
当然だがメインの航路なぞ選ぼうものなら何が起きても責任は取れない。
まさしくギリギリの勝負を今すぐにやれと言われてやってのけたのである。
「ほ、他の艦のワープに影響受けたら次元のはざま行きでしたからねぇ!」
「大丈夫よ。こんな無茶、そうそうやらないわ」
若干泣き顔になりつつ抗議するミレイであったが、リリアンは軽く受け流した。
「セネカは狙撃位置へ移動。連中の横っ腹が見える位置にね」
また、セネカがあえて離れた距離にワープしたのは、位置関係を調節する為であった。
リリアンはステーションが襲撃を受けたと聞いた瞬間には、敵が盾を作るはずだと予測を立てた。
それは的中したわけである。そうなれば正面を向いて相手をする必要はない。敵艦とステーションが二列並んで見える位置に移動すればいい。
敵が接舷しているということは身動きは取れない。かといって下手な手出しをすれば、ステーションを破壊される。
ならば、マスドライバーの使い方はおのずと決まってくる。
「さぁ、パイロンから色んな情報が送られてくるわ。コーウェン、できるわね?」
「もちろん! って言いたい所なんだが……あの、俺への注文もだいぶ無茶がすぎるんじゃねぇの?」
新たに砲術士として艦橋入りを果たしたコーウェンは狙撃用のスコープを覗いていた。ティベリウス事件の後はデブリ除去用のレーザー砲衛星の砲手を務め、日夜宇宙のごみを処理し、航行の安全を守っていたが、それが突然軍艦のしかもテストも何もしてない外付けマスドライバーの狙撃をやれと言うのだから無茶な話である。
「ほ、砲身がブレる。軌道修正だって発射の直前までは厳しいんだぜぇ!?」
機械によるアシストはいくらでも活用できる。
だが実際の所、最後にあてになるのは自分の経験であり、タイミングなのだ。
しかも艦長様は無理難題を仰っておられる。
「よーし、俺はできる。俺はできる。ティベリウスでは百発百中のコーウェン様だぜ、デブリ処理隊の撃墜王様だ。しかも目標はデブリより大きい。なぁに簡単さ」
己を落ち着かせる為か、それとも鼓舞しているのか。
軽快な口調で独り言を続けるコーウェン。
だがそれも次第に口数が少なくなり、ぼそぼそとした声へと変化すると、しまいには無言となる。
「艦長、あの真っ赤な艦から通信です」
デボネアの報告。
一瞬の静寂であったが、それは無理やりな通信回線によって破られる。
もはや相手は正体を隠すつもりもないようだった。
セネカのモニターに映り込んだのは、漆黒の修道服に身を包んだラナであった。
まるで祭壇のような艦橋。中央部分だけが持ち上がったその頂点で豪奢な椅子にこしかける様は修道女というよりは女王のようでもあった。
『お久しぶり……というほどでもありませんね。ごきげんよう、リリアン様』
ラナはこぼれんばかりの笑顔を浮かべていた。
まるで親友と再会したような、そんな顔だった。
『あの時の約束。果たしてくれますか?』
「知らないわね。宗教の勧誘は受けない事にしてるの」
『どうしてですか? あなた方は星の向こうを見てきた人たち。神の存在を証明するいわば使徒。これは運命なんですよ』
ラナは困ったような表情を浮かべ、人差し指を顎に差し当てた。
「ごめんなさい。私、自分に都合の良い神様しか信じない事にしたの。そしてあなたのデートに付き合うつもりもないの。こっちは色々と予定が立て込んでいてね。むこう四年は予定でぎっしりなのよ」
『まぁ罪深い方なのね。でもそんなことはどうでもいいじゃありませんか』
「話通じてないわねこの女。大体、何言ってるのかわかんないのよ。何が目的でこんなバカな事をしているわけ?」
『何って……』
ラナは心底不思議そうな表情を浮かべた。
この人はなぜそんなことを聞いてくるのだろうと言ってるようでもある。
『無限の宇宙の果てを求めるのが人類の夢なんですよ? 宇宙の果てには生命の神秘がある。それはつまり神の国、神の存在、いうなれば宇宙の摂理の源。それを求めるのが私たちヒトが目指すべき究極の課題なんですよ?』
「知らないわよ。コーウェン、撃て」
「ちょっと好みなんですけどね……」
などと言いつつも、コーウェンは引き金を引く。
瞬間。セネカに取り付けられたマスドライバーから弾丸が撃ちだされる。一瞬にして加速した質量弾は、ほんの数秒後には敵艦スターヴァンパイアのすぐそばをかすめた。
外れ……ではない。これはリリアンがわざと指示したのである。
敵艦には当てるな。しかし至近距離をかすめろ。コーウェンはこの無理難題に答えたのである。
「さっきのは脅し。こっちの砲撃手は百発百中のスナイパーよ。次は打ち当てる。ステーションを傷つけることなく、あんたの艦橋を吹っ飛ばしてやる。嫌ならならさっさとうちのアレスを返してもらおうかしら?」
敵艦へ接近してもレーザー対空砲火や主砲の脅威がある。シールドを展開しても削り取られ、装甲を穴だらけにされるだけだ。
なおかつ人質もいる。そしてアレスの居場所もわからない。
撃沈は出来ないし、情報は欲しい。そして民間人の保護もしなければいけない。
しかもだ。
(やっぱり無理をさせたか……)
マスドライバーに不具合が発生し、二射目を打ち込むことができない。
取り付けて、とりあえず撃てるようにしただけなのだ。むしろ一発撃てた事自体が奇跡だろう。
(さぁ、見逃してやるって言ってんだから。さっさと逃げなさいよ。出来ればアレスの居場所を吐いて欲しい所だけどね)
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