第49話 星の道への誘い

 タイタン軌道ステーションの振動はさらに酷くなる一方だ。

 だというのに、囚人側の部屋に姿を見せたラナは笑みを絶やさずキャスカートへと近づいていた。


「くそ! 強化ガラスのせいで!」


 デランは椅子でガラスを破ろうとするが、面会人の安全を守る強化ガラスである。その程度が通用するものではない。

 すぐ近くに黒幕がいるというのに、手も足も出せないのだ。


「おいテメェ! アレスをどこにやった!」


 ガラスを叩きつけながら、デランが叫ぶ。

 しかしラナはそちら側の事など、興味もないのか視線を合わせようともしない。

 ただゆっくりとキャスカートへと歩みよるだけだ。

 一方、キャスカートの様子は著しく変化していた。まるで怯えるかのように、ラナを見る。逃げ場所などなく、壁伝いに移動するが、元が狭い空間である為、すぐさまラナの接近を許す。

 電磁式の手錠と足枷のせいで、危害を加えることもできない。

 キャスカートは青ざめ、無理にでも視線を逸らしていた。


「来るな! 寄るな!」

「困りましたね。おじい様、あまり我儘を申さないでください」


 ラナは心底困ったように、腕を組んでいた。

 まるで悪戯をした我が子に呆れる母親のように。


「あ、わかりました。おじい様なんて言うから駄目なんですね。じーじ?」

「うあぁぁぁぁ! 貴様が、その言葉を使うな!」


 発狂し、ラナに飛び掛かろうとするも、手錠と足枷の機能は作動し、キャスカートの動きは制限される。


「げぇえっ!」


 同時に無防備なキャスカートの鳩尾にラナは容赦なく蹴りを打ち込んだ。


「あなたも星を見てきた方でしょう? 私たちにとっては先達、尊敬すべき人。そして優秀な船乗り。おじい様、じーじ。どうして私から離れていったのですか。連れ戻す為に二年もかかりましたよ。あんなに可愛がってくれたのに」

「違う。お前はラナじゃない。お前は私たちの可愛いラナじゃない──」


 ラナは再びキャスカートへと蹴りを打ち込む。

 その場に崩れ去るキャスカートは嗚咽を漏らし、身を悶えさせた。それでもなおラナは老人を踏みつける。


「やめなさい! 何をやっているの!」


 思わずステラが叫ぶと、ラナはまるでやっとその存在に気が付いたかのように、振り向いた。


「あら……リリアン様ではないのですね。あぁでも、デラン様がいらっしゃる。という事はそちらのあなたもティベリウス事件の人かしら。嬉しい、星の彼方を見てきた人が二人もいらっしゃる。でも私はリリアン様とお話がしたかったな」


 足元のキャスカートなど無視して、ラナはまさしく修道女のように手を重ね、祈るような姿を取りながら、強化ガラスの間近へと寄ってくる。


「どうしてもお聞きしたいのです。星の向こうには何がいましたか。エイリアンとはどういう方々でしたか。そこに神はいますか。それとも単なる物質と知的生命体?」

「カルトかよ……付き合いきれねぇな!」


 デランはガラスを破る事が不可能であること、そしてラナという女が相互理解など出来そうもないことを判断するとステラの腕を掴んで、その場から離れる事を決意した。

 いや遅すぎたと言っても良い。目の前に黒幕の女が現れて、友人をどこかへとやった。生きてるのか死んでるのかもわからないという状況は無意識にもデランの冷静さを欠く事になっていた。


 ステラの腕を掴み、身を翻し脱出を図るデランであったが、それと同時に扉がこじ開けられる。姿を見せたのは真っ白なフードを身に着けた男たちだった。

 その手にはブラスターと呼ばれる光線銃が握られていた。掌に収まるサイズではあるが、人一人を殺傷するには過剰ともいえる威力を持っている。

 数は六人、六つの銃口が二人に向けられる。


「くそ、内部への侵入を許すとか警備はどうなってんだよ!」


 デランも丸腰ではない。士官ともなればこちらもブラスターの携帯は許可されている。

 だが、数の差もそうだが、今からそれを引き抜くというのは不可能だ。そんな事をすれば一瞬でハチの巣である。


「殺しては駄目。腕か足。もし命を奪うような事があればあなたたちを生身で放り出す」

「ハイ。宗主様」


 男たちの目は、虚ろではなかった。

 何か薬物などで洗脳されているというわけではないようだった。

 ラナの言いつけを信じるのなら、この場で射殺される事はないらしいが、デランはまだ手を上げるなどの無抵抗の意思を示していない。

 ステラも同じだが、海賊よりもラナの視線を向けていた。


「何が目的なんですか。星の彼方って……宗教はわかりませんよ!」

「それは難しく考えすぎよ。地球には生命がいた。そして人類になった。他の惑星にも原始生命体がいた。鯨だっていた。だけど私たちと同じ知的生命体だけは見つからなかった。けれど、人類がいて、原始生命体がいて、そしてあなたたちは外宇宙でエイリアンと遭遇した。なら神は宇宙の果てのどこかにいらっしゃるじゃない。簡単な話でしょう?」


 若干の頭痛はする内容だが言わんとすることは何となくわかる。

 それでもステラははいそうですかと答えるつもりはなかった。


「は、ハビタブルゾーンとかの事を知らないとは言わせませんよ。それに、私たちはいくつもの惑星をテラフォーミングしてきたじゃないですか」


 ハビタブルゾーンとは簡単に言ってしまえば地球と同じような環境を持つ生存可能領域であり、様々な条件をクリアしなければならない。


「少なくとも1500光年先の事は知らないし、ハビタブルゾーンを人工的に作り出す事なんてできやしないわ。それこそ神の御業ではないでしょうか?」

「神様は宇宙戦艦なんか乗らないと思いますけど」

「あら? 旧世紀の神話には神々には多くの乗り物があったわ。昔の人は馬とか、空飛ぶ戦車とか言っていたようだけど」


 彼女の中での理論はどうやら完成しているようで、何を言っても即座に反論されてしまう。正しい正しくないは関係がないようだ。


「あぁいえばこういうってタイプかよ……」


 デランも話が通じていない事に絶望するしかなかった。


「くそったれ、カルトなんて旧世紀の遺物の真似しやがって。大体あんた、星流派の人間だろ! 迷惑かけてるとはおもわねぇのかよ!」

「地表にへばりついて文章を読むだけの背教者が何億人いようと私にはどうでもいいことです。共に付いてきてくれるのであれば心強くも思いますが」


 そろそろ問答には飽きたと言いたいのか、ラナは小さくあくびをした。


「足を撃ち抜いて連れてゆきましょうか。そうすれば黙るでしょう」


 ラナがそうつぶやくと六人の男たちがブラスターを構える。


「それでは共に参りましょう。神の歩む道へ──」


 彼女の言葉は破壊音によってかき消された。金属の軋む音、破裂音、何かが砕ける音、悲鳴、そしてモーターの駆動音と……


「艦長殿ぉ! 遅参仕り大変申し訳ない!」


 やたら響く大声。

 ステラたちのいた面会室の右側の壁が勢いよく、力任せに吹き飛ばされ、大きな穴が出来上がっていた。えぐり飛ばされた壁によって六人の男たちはその間に挟まり、見るに堪えない状態へと変化しているだろう。

 幸いなのはそんな状態を確認することが不可能なほどにがれきに埋まっているという事だ。


「俺たちごと殺す気か!」

「大丈夫! 指向性衝撃弾です!」


 姿を現したのはモスグリーンのパワードスーツだった。2メートルの巨躯、ゴリラのような分厚い四肢と重厚な鎧に身を包んだ胴体、頭部はマルチセンサーユニットなどと称される複雑な複合カメラアイが蜘蛛の目のように散りばめられ、背中からは砲身のようなものが伸びていた。

 声から察するにアデルだと言う事がわかる。


「じゃ逃げましょう」


 アデルはそう言うと軽やかにステラとデランを回収する。


「待て、あいつを! あの女を!」


 パワードスーツであれば強化ガラスを破る事が出来る。

 デランはアデルのスーツの頭を何度も叩いた。

 

「え? 人? しょぼくれたジジイしか」

「しまった! 目視に切り替えて!」


 パワードスーツはもとより極限状態下での活動がメインであり、目視で物体を捉えるのは作業用などが殆どである。さらに言えば頭部を守る為、装甲やセンサーを設置した結果視界がすこぶる悪くなったので、メットの内側に映像を表示するようになっているのだ。

 だがその高性能センサーが今は仇となっていた。

 原理は不明だが、ラナの姿は高性能すぎると映らないのだ。

 恐らくは身にまとっているフードがそうさせているのだろう。


「む? 熱源反応──」


 その瞬間、アデルはステラとデランを部屋の外へ放り投げ、姿の見えないはずのラナへと全身を振り向かせた。

 同時に強化ガラスを貫通したブラスターの光がパワードスーツの頭部を貫いた。


「アデル!」


 デランが悲鳴を上げた。

 巨大なパワードスーツは、銃撃を受けた勢いのまま、仰向けに倒れる。

 

「無粋な人」


 ラナはそう言うと踵を返し、囚人側の部屋を後にする。


「ま、待ちやがれ!」


 無駄とわかっていてもデランはラナの後を追おうとする。

 だがそれを制止するようにパワードスーツがむくりと起き上がり。


「あっぶねー」

「あ、アデルさん?」


 頭部を貫かれたパワードスーツは、しかし何事もなかったかのように動き出す。装着者のアデルも声を聴く限りは無事な様子だった。

 ステラが困惑していると、アデルはパワードスーツの右腰に備え付けられた応急処置パックを開くと、真っ黒なテープのようなものを貫通した頭部の前後に貼り付ける。


「よし。気密処理終了。じゃ逃げましょう。急がないとあのヘンテコ戦艦が攻撃してきますよ」


 アデルは再びステラとデランを抱える。


「お、お前、なんで無事なんだよ」

「知らないのですか。パワードスーツは結構隙間があるんですよ」


 そう言いながら、アデルはパワードスーツのメットを開閉させる。

 すると、ブラスターによって焼き切れたのか、簡易メットの右側が切り裂かれていた。


「あぁくそ、破片が。すみませんが、このメット外してくれませんか。破片が目に入ると怖いんで」


 パワードスーツに固定されている為、アデルの両腕はふさがっており、ステラにそう頼み込んだ。

 こくこくと頷いたステラは恐る恐るアデルの簡易メットを取り外す。

 するとメットの中からは茶髪の長い髪があふれ出てくる。

 ブラスターのせいか右頬に火傷のような傷があるものの、その素顔はおよそ海兵隊には見えないぐらいに可憐であった。

 

「お、女の人……ですか?」

「ハーァッ! アデル曹長二十五歳。独身であります! そんなことよりも逃げますよ。この周囲は部下が制圧したはずなんで、直行で」

「お、おい待て。キャスカートは」


 囚人側の部屋に残され、ラナにも放置されたキャスカートを回収するように指示するデランであったが、アデルはきっぱりと断った。


「無理です。死んでますよ、あの爺さん」


 淡泊にそう伝えると、アデルはパワードスーツのメットを閉じて走り出した。

 タイタン軌道ステーションの揺れは、さらに酷くなるばかりであった。

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