第48話 希望の子が生まれた時

「タイタンへの到着は十二時間後。旧世紀では七年もかかったらしいぜ」


 駆逐艦パイロンの航海は順調であった。

 初めての実務、初めての駆逐艦の指揮。いくら戦闘機乗りを希望し、空母所属を望むデランとて宇宙船の艦長という業務には心躍るものがある。

 同時に若干の緊張がないわけではない。

 それをどうにかする方法は会話しかないのだ。


「あ、知ってます。カッシーニっていう探査衛星の話ですよね。でも三年で到着したって話も聞きますよ?」


 一方で、さすがと言うべきか慣れているのはステラだ。

 ある意味、このパイロンの中で一番のベテランは彼女なのである。

 パイロンの他のクルーはこの日の為に待機、ないしはセネカや澄清に乗艦し訓練を行ってきたが、正式な活動は今回が初めてとなる。

 一応、それぞれの部署に先任という形でベテランが配置されているのだが、その奇妙な編成は七光りによって設立された独立艦隊であるという立ち位置のせいだろうか。


「あぁそうなの? まぁ大昔の技術だからな。それに本当かどうかもよくわかんねぇし。あーでもワープできねぇのはもどかしいなぁ」

「仕方ありませんよ。でも、ブーストのおかげで半日で到着するのは良い事です」


 宇宙船が太陽系内の惑星に移動する場合には実は相応の規制がかかっている。

 まず一つに往来が激しいのである。旧世紀においては足を踏み入れることすら難しかった八つの惑星(一部学者は九つだと熱弁する)は今では人類の手の届く範囲となっていた。

 特に火星に至っては軍神の名を関していたというが、今では学問の星となっていた。官民問わず多くの研究、工場が立ち並び、それに付属する大学なども併設された為である。


 地表のある準惑星、衛星には観測所など、その軌道上には大型ステーションが浮かび、ある種の交通網として機能しており、そんな所に予告なしのワープを行うと大事故につながるのである。

 宇宙は広い。されど太陽系は狭い。これがいつしか人類の共通認識となっていた。


 それゆえに太陽系内においては緊急事態でもなければワープの使用は制限される。

 太陽系外からやってくる輸送船などのワープアウト地点は定められた宙域や距離がある。そこをよく海賊に狙われる場合があるので軍の警備体制もまた厳重なのだ。

 そんな厳重な場所にわざわざ喧嘩を売りに行く海賊もどきが増えているのは、社会問題でもあった。

 だからこそ大西少将の海賊狩りは世間では大きな評価を受けたというわけである。


「しかし、慣熟航行もなしにいきなりの任務か。流石に俺だってこれにはビビるぜ。戦闘機だって二機しか積んでねぇ。アルベロを引っ張ってこれなかったのはキツイなぁ」


 アルベロとはティベリウス事件の際に戦闘機科のリーダーを務めた男だ。現在はデランが所属していた航空隊で若くして一部隊を任されているとか。

 主な任務は宇宙から降りてくる旅客船の護衛や周囲の警戒といった所である。


「それに海兵隊だろう?」


 デランは天を仰ぐように座席にもたれかかった。


「何かあったんですか?」

「あぁ、いや……なんていうか、前の所属基地ってさ。空軍だって言う割には陸もいるし、宇宙軍も普通にいる場所でさ。重力下訓練とか空挺訓練とか合同訓練を色々やってて。んで、パイロンに配備された海兵隊ってのが……」


 デランがぼやいていると、どたどたと音が聞こえる。


「きたよ……」


 デランは右手で顔を覆った。

 艦橋の扉が開かれると、現れたのは合金製のプロテクターと頭部を覆うセンサーメットを身に着けた複数の海兵隊員たちであった。

 これは大型パワードスーツを装備する際に着用する宇宙服であり、それ一つでも簡易的なパワードスーツにもなる。

 海兵隊に限らずパワードスーツは着脱に少し時間がかかる。その為、パワードスーツでの任務を行う際は、最低でも六時間前には装着しなければいけない。

 その為、この簡易スーツはある意味では陸戦隊や海兵隊の制服のようなものである。とりあえずこれさえ着ておけば最低限の戦闘行動が可能となるのだ。


「艦長! 我々海兵隊に挨拶がないというのは寂しいものですなぁ! 前の所属からずっと共に訓練をしてきた中ではありませんか!」


 海兵隊員たちの先頭に立つ人物は、頭部を覆うセンサーメットのせいで声がくぐもっているのだが妙に大声なせいで言葉を聞き取ることは容易だった。

 その隊員は、がしっとデランの肩に腕を回す。なお普通なら無礼である。


「出航して何分だと思ってる。警戒態勢下なんだよ!」

「ははぁ! そうでありましたな! これは失礼! おぉ、あなたが、かの有名なティベリウスのマドンナ、リリアン少佐ですかな!」

「ちげーよ! こっちはステラ! メインオペレーターだよ! ついでお前らより階級は上だ! 辞令書読んでねぇなぁあ?」

「読みましたよ」


 一気に艦橋が騒がしくなる。

 他のクルーは何が起きたのかとおっかなびっくりであるが、ステラはなぜかほほ笑んでいた。形は違うがセネカの艦橋もどちらかと言えば騒がしい方だったからだ。


「現在バトルスーツ装着時間でありますので、この姿のまま失礼いたします! 私は海兵隊所属、アデル・ナッハ曹長であります! 総員、この場にいる者は我々より上官だ! 敬礼!」


 アデルは見事な敬礼を見せた。

 するとその背後にいた他の海兵隊員もそれに倣い、一糸乱れぬ敬礼を見せた。


「あ、これはご丁寧に。私はステラ・ドリアード少尉であります!」


 対するステラも見事な返答であった。


「ハーァッ! 少尉殿! 先の無礼をお許しください!」

「あぁいえ……マドンナって呼ばれてるんだ……うんわかるかも」


 リリアンの外での意外なあだ名を知ったステラであった。


「良いから突撃艇に戻れよ! 歩兵装備のチェック、突撃艇の検査整備、パワードスーツの動作確認、命令!」

「ハーァッ!」


 そんな騒がしい一団は何事もなかったかのように艦橋を後にする。

 まるで嵐だった。


「知り合いですか?」


 ステラが訪ねると、デランはくたびれた様子で頷く。


「合同訓練でな。なんか知らんが気に入られた」

「お友達が増えてよかったじゃないですか」

「本気で言ってる?」

「はい! とても素敵な方々だと思います!」


 それは本音だった。

 そんな騒がしさを残しつつ、パイロンの航海は順調であった。

 妨害もなく、事故もなく、すんなりとタイタンの収容労働施設へと到着することになる。

 流石にタイタンの地表に降りる事はなく、パイロンは軌道ステーションに格納され、面会予定のキャスカートは軌道エレベーターを通じて運ばれる事となっている。

 面会を実施するのは、艦長であるデランとステラであった。

 

***


 一応は監獄という立ち位置にあるタイタンのステーションではあるが、その内装はかなり清潔であり、何も知らずに案内されたなら一般企業、もしくはそこそこのホテルと言われても信じてしまう程だった。

 だが至る所に監視カメラや防衛用の低出力スタンショックガンなどが配備され、隔壁も均等に降りるように設置されているのを見れば、違和感がすぐに出てくるだろう。


 だが一方で面会室は簡素な作りで、真っ白な部屋に強化ガラスや電磁網が張り巡らされており、囚人の脱走や暴動が起きれば即座に室内の酸素が抜かれる作りにもなっていた。

 当然だが面会人の区画にはそういった機能はない。

 そんな異様さが見て取れる面会室に案内されたステラとデラン。

 数分後、青い作業服を着た老人が案内された。手錠と足かせが掛けられているが、それは一定の間隔以上には広がらないように電磁式で固定されており、普通に歩く程度であれば問題ないが、自殺などを図ろうとすると、固定される仕組みになっていた。


「あんた……んん、あなたがキャスカートか?」


 デランは小さく咳払いをしながら、訪ねた。

 二人の目の前に現れた老人は、一見すれば普通の男だった。白髪で、皺が刻まれた肌。囚人であろうと人権は保障されているので、清潔感もあり、髭もあるが整えられている。しかし僅かではあるが、その両目に宿す光のようなものは普通の老人とは違うようにも感じられた。


「いかにも。殺した数を言えば良いかな? それとも沈めた船の数を言えばいいかな? なぶった女の数も言えるぞ?」


 まるで普段の会話のように話す。


「余計な事を言うと電気ショックが流れるぞ。俺はあんたより若いクソガキかもしれんが、軍人だ。合図を送ればあんたに長時間の電撃を与える権限がある」

「あぁ。それは困るな。話は聞いているよ。俺の自慢話を聞きたいんだろう?」

「いいや。あんたの情けない話を聞きに来た。あんたは、世間でいうラスト・パイレーツ事件の前に逮捕された。随分とマヌケ……いや一部では自首したとも言われてるな。なんでだ?」

「見りゃわかるだろ。この老いぼれだ。生きていく選択を考えたら、捕まった方がいい」

「死刑の可能性だってあっただろ」

「自首すれば終身刑になる可能性だってある。それに俺はいくつもの情報を売った。おかげで生きている」


 キャスカートはにたりと笑みを浮かべた。


「キャスカートさん。今あなたの自慢話はどうでもいいので、本題に入ります。ステルス機能を持ったロストシップ。あれはいつ見つけたのですか?」

「ほぉーよく知ってるな。大西を殺したのはその船か?」


 その情報は決して民間には報道されていない。

 キャスカートという男は隠すつもりはないようだった。


「あの男は恨まれてるだろうからな。まぁ景気づけに一発と言ったところだろう」

「質問に答えて欲しいのですけど」

「見つけたのは五十年も前さ。オールトの雲でな、氷塊の中で氷漬けになっているのを見つけた。ありゃ人工的に氷の中で隠してたな。大昔の連中は冷凍保存が好きだったみたいだ」

「では次の質問に答えてください」


 ステラは余計な返答を聞くつもりはないようで、淡々と話を進める。


「当時中佐だった大西少将の鯨狩りと称される作戦で多くの海賊が活動を縮小することになりましたよね。それでもあなたたちは存在した。何をしてきたのですか?」

「俺は同族狩りをしてきたと考えているんだが?」


 ステラの質問に付け加えるようにデランも発言する。


「あぁそうだよ」


 キャスカートはあっさりと答えた。


「だがな、一つ真実を教えてやろう。あの鯨狩りはな。虐殺というんだ。確かに大西は海賊を狩った。あぁ世間一般では鎮圧だろうさ、治安維持だろうさ。だが、奴は投降を認めなかった。武装解除した連中はみんな殺された。だから俺たちは逃げたのさ。どこにも受け入れられず、ただ身を潜めるしかなかった。まあ身から出た錆という奴だな。だから仕方なかったのさ」


 キャスカートは小さく笑った。


「物資のない、宇宙を漂う中で生き残る方法はそれしかなかった。あとはわかるだろう? 殺し合いさ。だが、それは結局力のあるものが制する。皮肉なものさ。数が少なくなって、結果俺たちは安定したのさ。だが定期的に殺し合いはあった。誰が指導者になるべきか、誰が物資を独占するか。しかしな、みんな疲れていた。絶望もしていた。そうなったら何にすがると思う? 神様さ」


 そう語るキャスカートの目は虚空を眺めていた。


「だが俺たちは神様の顔も名前も知らねぇ。そもそも何にどういう救いを求めていいのかも知らん。だが、そんな俺たちにも女神様が出来たのさ。あぁ、あれを見たときは、俺ぁ自分の行いを恥じたさ。極限状態の中であれを見ちまったんだぁ……あぁなんて、美しく、可憐な女神……小さな手を伸ばし、らんらんと輝くあの瞳、血で汚れた俺たちに微笑むあの顔……」

「まさか……赤ちゃんでも産まれたのかよ」


 デランは小さなショックを受けていた。

 だがキャスカートは「何を驚く」と言い返した。


「俺たちを生殖能力のないミュータントだと思ったか? だがまぁ、言わんとすることはわかる。鯨狩りを受けた当初はガキなんざ作る事すら禁止した。破れば殺す。だが、そんなバカげた決まりはいつか崩壊する。十八年前……生まれちまったんだよ……馬鹿な二人の男女だな。盛りやがって。だが、俺たちも疲れていた。生まれちまったもんは仕方がねぇ。いや違うな……俺たちは待ってたんだよ。いまかいまかと生まれるその日を」

「そ、その赤ちゃんの名前は……?」

「ラナ」


 しかしその声音はどこか呪詛を吐くかの如く重く、暗かった。


「ラナは可愛い子だった。ラナは俺たちの女神だった。俺たちは、女神の為になんでもしてやろうと思った。同時に海賊なんてしていたことを後悔した。でも俺たちに出来るのはそれだけだ。他の海賊から物資を奪い、ラナに与えた。あぁでも……ラナはいなくなった。でもな、ラナは帰ってきた。いいやずっといたんだ。ラナ、可愛いラナ。我らの娘、我らの女神。大きくなったらどんな子になっただろうか。あの赤髪は、長く美しくなったのだろうか、あの褐色の肌は、どう輝いたのだろうか」

「え……?」


 キャスカートの言葉に、ステラは絶句した。

 デランも同じようで、二人は顔を見合わせた。

 だっておかしいじゃないか。ラナは黒髪だ、肌も白い。整形? 確かにあり得る。海賊の子供だ。正体を隠す為に姿を変えることはあるだろう。

 しかし、彼らは社会から断絶させられていた。

 ならば闇医者を頼った? 

 様々な疑問が浮かび上がる中、ステラは、思わず訪ねた。


「ラナ・ウェルミルスは……黒髪では?」


 刹那。キャスカートは目を見開き、よだれを撒き散らしながら叫んだ。


「あんなものがラナなわけがない! あれはラナじゃない! バカ者どもが! ラナは死んだ! 俺たちの女神は二歳の時に死んだ! あんなものがラナだと! ふざけるな、ふざけるな! あれは違う! あれは俺たちの可愛いラナじゃない! たぶらかされおって!」


 直後である。

 爆発音と共に衝撃が走る。軌道ステーションにアラートが鳴り響いた。


「なんだ!?」


 デランとステラはとにかく態勢を崩さないように掴めるものを掴んで耐えた。

 そんな慌ただしい状況の中、囚人側の出入り口が開く。看守たちがキャスカートを保護しにきたのだろうとデランとステラは思った。

 しかし、現れたのは看守ではない。

 漆黒の修道女だった。


「おじい様。お迎えにあがりましたよ」


 にこやかに。たおやかに。

 ラナ・ウェルミルスは両腕を広げて、そこに立っていた。

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