第47話 見えざる挑戦状
この所、慌ただしい事ばかりが起きている。
その中でもアレスとの通信途絶はさらに頭を悩ませるもので、リリアンとしても判断に困るというものだ。
その報告を受けて休暇を返上する免罪符も得られた。
こういうとき、軍人という立場は役に立つ。専用のシャトルも手配される。
とはいえ、どんなに早くてもシャトルの準備には丸一日はかかる。
結局はサオウを除く全員でホテルに戻り、一夜を過ごすしかなかった。
翌、早朝。リリアンは、ステラを連れて朝一の便に乗り込む。
本来であればサオウも連れて行きたい所だが、彼にもそれなりの準備が必要だった。サオウの事はデボネアとミレイを残し、任せることとなったのだ。
「一体何が起きたというの」
準備もそこそこに、取り合えず軍服だけは身に着けた状態で、シャトルへと乗り込み、個室にたどり着くとリリアンは溜息と同時に感情を吐露した。
アレスが消息を絶つ等という歴史は体験していない。
それだけでも厄介だというのに、アレスが護送していた囚人も同じく行方不明、ついでに教誨師の男も。
この結果だけを見れば、囚人たちによる反乱がおきて、シャトルが強奪。なんらかの不可抗力により駆逐艦も奪われ、逃走を許した……という流れが想定される。
だがリリアンはそう簡単な事ではないと察している。それはこの場にいないヴェルトールたちも同じだろう。
アレスはただ囚人を護送していたのではない。彼の目的地であるタイタンには、元海賊のキャスカートという男がいる。彼に、海賊たちに何があったのかを問いただす為に向かっていたのだ。
その矢先にこの事件である。全く無関係であると言い切る方が難しかった。
「十中八九、ステルス艦が関与していると私は思います」
一緒にいるステラも全く同じ考えのようだった。
「アレスさんに何があったのかはわかりません。ですが、駆逐艦というものは意外と大きいものです。それが、何の痕跡もなし、しかも太陽系内で消息を絶つなんてことはありえません。あのステルス艦によって捕縛されたと考える方が自然でしょう」
「それに関しては私も同意見よ」
リリアンは自身の専用端末を起動させると、機密性の高いとされる添付ファイルが送信されている事に気が付く。
送り主はゼノン少将だった。音声メールではなく文字メールである事から、ゼノンも緊急で送信できるだけの資料を送ってきた事になる
「さすがに自分の直属の部下が行方不明ともなれば少将も焦りだすわね」
そこに記されていたのは、ヴェルトールとリヒャルトがアレスを含めた関係者全員の背後関係を洗いなおしているという事。事件の緊急性を踏まえて、デランの艦隊合流を速めた事。駆逐艦パイロンの出航準備も進めているという事。
そして、メールには動画ファイルも添付されていた。そこにはアレスが最後に確認された監視カメラの映像だった。
リリアンはそれを起動させると、アレスが誰かを出迎えている映像が見えた。
いつぞや会った事のある大柄の神父、ロバートだ。
「ロバート神父は護送される囚人、そしてタイタンへの付き添いだったはず。なぜかしら、怪我をしているようね?」
その姿に驚いた様子のアレスの姿も見える。
彼はそんな態度を申し訳なく思ったのか、二、三の会話をした後、頭を下げていた。
「あれ?」
同じく動画を見ていたステラが何かに気が付いたのか声を上げた。
「すみません、さっきのところちょっと巻き戻してくれませんか」
リリアンはステラに言われた通りの箇所を巻き戻す。
アレスが神父を出迎える。この時点で少し驚いたような表情を浮かべていた。そして会話をする、再び驚いた様子、そして謝罪。
監視カメラには音声がない為、どのような会話がなされたのかはわからない。
ステラがリリアンの様子に気が付いたのか、そう尋ねてくる。
「アレスさんは何に驚いているんでしょう? 怪我をした神父さん……だけど何か動きがおかしい。まるで神父さんじゃない誰かと会話をしているみたい。」
「え? どういうこと?」
確かにアレスの行動は不自然なようにも見える。
だが具体的にどう不自然なのかは全くわからないのがリリアンの正直な感想だ。
いつの間にか、動画操作の主導権はステラになっていた。彼女はカーソルを動かし、動画時間を調整する。
アレスが頭を下げてるシーンの数秒前、会話をしていると思われる箇所。
「これ……アレスさん、どこを見ているんでしょう? そもそも、会話の途中から神父さんがアレスさんと顔を合わせていない……まるでここにもう一人いるみたいです」
「ちょっと見せて」
そんな指摘をされたらリリアンとて確認しなくてはならない。
よく目を凝らしてその部分の映像を見直す。すると確かに、ある部分からアレスは別の誰かに視線を向けている。神父とは目を合わせていない。
だがそこには二人以外の存在はない。
「まさか……光学迷彩? 人間を隠せる程の機能もあるってこと? いえ待って……乗船許可記録は……行方不明者にロバート神父はいる……」
今この状態ではそれを知る術はない。
「リリアンさん、もしここに見えない第三者がいると仮定した場合。いえ、私はもういると断定します。あのステルス艦の機能と同等の技術を敵が持っていないと考える方が不自然です。そしてこの神父さん、動揺が見られません。まるでそこにいるのが自然なよう……こんな映像の後に消息を絶つだなんて、あからさますぎます」
「ちょっと待って、つまりこう言いたいの? 敵は、隠れるつもりがない?」
「多分、わざとですよ、これ。もし光学迷彩を使えるのなら隠れてアレスさんの艦に乗り込めばいい。でもアレスさんとは会話をしています。ちょっと詳しく調べれば絶対にバレますよこれ」
「なんて大胆な……じゃあロバートは共犯……まさか」
ステラの指摘を受けて、リリアンの脳裏に浮かぶのはあの妖艶な修道女だ。
仮に彼女だとすれば、なぜこんなことをする必要があるのか。
「ヴェルトール、リヒャルトにも連絡を取らないと。ロバート神父と同じ宗派に属してるラナという修道女の事を調べてもらう必要があるわね。それとゼノン少将にも月面基地への入館記録も。デランが宇宙に上がるのなら……」
敵の目的は未だよくわからないが、アレスが乗艦ごといなくなったという事は、澄清は破壊されていないとみるべきだろう。艦ごと連れ去られたのだとすれば生きている可能性もある。
その部分の【なぜ】を知る為にも自分たちは手元にあるカードを全て使い切る勢いで勝負しなければいけない。
「ステラ。一つお願いがあるの」
ならばリリアンも動かねばならない。
帝国の未来を担う優秀な提督候補をここでむざむざと見捨てる事など彼女にはできないのだから。
***
駆逐艦パイロンの初任務は中断されたタイタン収容所にてキャスカートという元海賊との接触であった。
既にパイロンには火が入っており、いつでも出航可能な状態を維持されている。地球上の勤務であったとしてもデランは提督候補生である。初めて乗るはずの駆逐艦であっても、彼の腕に鈍った様子などはなかった。
さらにパイロンには観測ドローンではなく二機の航宙戦闘機が配備され、さらにはパワードスーツを装着する海兵隊が十人、フル武装で乗り込む事になり、パイロン下部には突撃艇と呼ばれる海兵隊用の装備が接続されていた。
物々しさでは月光艦隊の中でも随一と言ったところだ。
「だからわかったって言ってんだろ!」
そんな超攻撃的な装備を整えたパイロンの艦長席で、デランは若干うんざりとしていた。
それは通信相手のしつこい念押しのせいだった。
『言っておくけど、怪我でもさせてみなさい。セネカの男性クルーが黙っちゃいないわよ』
通信相手はリリアンである。
そして駆逐艦パイロンのメインオペレーター席にはステラが座っていた。
「お前、ねちっこいって言われたことねぇか?」
『学生時代、陰口で何度も聞いたわ』
「だろうな!」
パイロンにステラがいる理由は簡単である。
デラン含めてパイロンのクルーはステルス艦との接触を果たしていない。
そんな中で、セネカは現在改修作業に入り、動かす事が出来ず、かといってリリアンは艦長であり、艦が動かないからといって離れるわけにもいかない。
そういう事で、経験を持つステラが抜擢されるのは当然の事と言えた。
そんなステラを心配するあまり、リリアンが躍起になっているといわけである。
リリアンにしてみれば、歴史が変わった今、ステラに万が一があってはならないのだ。
「大丈夫ですよ、リリアンさん。こっちには海兵隊のみなさんもいるんですから」
『そうは言うけどね、ステルス艦に襲われたらおしまいよ』
「心配しすぎですよ。それにリリアンさんはセネカを待たないといけませんし、ヴェルトールさんたちの調査もあるんです。ここで指揮官が離れちゃったら月光艦隊は崩壊しちゃいますから」
それは正論である。言い返す事は出来ない。
『わかってるわよ……デラン、良いわね』
「わぁってるよ。何かあればすぐに撤退する。俺だって敵艦の情報は確認してる。じゃあな、そろそろ出航時間だ。切るぞ」
デランは半ば一方的にリリアンとの通信を切ると、疲れた様子で息を吐いた。
「ったく……うちのかーちゃんみてぇだな」
「あら、それじゃ素敵なおっかさんなんですね」
ステラの言葉にデランは頬を赤らめていた。
「ん……まぁ……ってんなことはとどうでも良い。駆逐艦パイロン、タイタンへ向け出航」
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