第46話 アレスの受難

 リリアンらセネカ隊が抜けた穴というものを埋める為、アレスが率いる澄清はいつになく忙しかった。

 輸送任務が中止となり、変わりに二十四時間の第一種警戒態勢で地球圏防衛ラインの警戒任務を行い、先日も同じ任務を続けていた。

 現在は休息と澄清の整備を兼ねて月面基地に帰還しているが、あと十二時間後には土星の衛星タイタンへと向かう事となっていた。


『すまないな、アレス。今動けるのはお前だけになってしまったからな』


 待機中の澄清の艦長室で、アレスは長距離通信をしていた。相手はヴェルトールであり、彼は申し訳なさそうに画面の向こうで頭を下げていた。


『セネカ隊の強制休暇はそう長くはない。彼女たちもじき戻ってくるだろう』

「気にするな。ここの所は巡視ばかりでな。必要な仕事とはいえ、若干億劫になっていた頃だ。それに、リリアンにだけ手柄を取られるのは癪だからな」


 もちろん、その言葉に本心はない。気を許せる友人に出来るジョークというものだ。

 ヴェルトールもそれを理解している為か、顔を上げると、少し苦笑いを浮かべている。


『月光艦隊が結成されて、何かと事件に巻き込まれるが、今回のような事件はさすがに想定出来ていなかった。よもや第六艦隊がな……』

「俺も思わず耳を疑った。それに対して軍のなんと弱気な事だ」

『あまり責めてやるな。今回ばかりは、混乱を抑える為には一定の理解も必要だ。それに、リリアンらが持ち帰った情報。あれを見る限り、ロストシップの存在も確認出来ている』

「星間戦争時代の高性能艦か……もしそれが本当だとすれば、神月以来というわけか」


 失われた千年、もしくは黄金の千年。宇宙技術が最も発達した時代の艦。

 地球帝国に置いては総旗艦神月が唯一現存するロストシップであるとされているが、その事実を知る者は少ない。

 少なくとも一般には公開されない情報であり、本来であれば少佐程度の彼らが知るような情報でもない。

 しかしながら、彼らは大貴族の子息に位置する。ある程度の秘密というものはおのずと知る事になる。

 特にアレスの実家はかつて皇帝の親衛隊を務め、それなりの影響力を持つ。


『海賊連中も、あのような隠し玉を持っていたとは驚きだ。そしてそれを今の今まで隠し通していた事実にも驚愕する』

「帝国に対する乾坤一擲になる代物だ。是が非でも隠し通して置きたかったのだろう。それで、タイタンにいる元海賊とやらは信用できるのか?」

『あのラスト・パイレーツが起きる二年前に逮捕された男らしい。名をキャスカートと言う。人生の大半を海賊行為に明け暮れたとされていてな、罪状だけ見れば相当な極悪人だ。だが、逮捕されてからはずいぶんと大人しいらしい。年齢も年齢だからな、自分の最後を感じ取っているのだろう』

「それで罪滅ぼしのつもりか……」


 アレスの手元にはその海賊のパーソナルデータなどが用意されていた。

 生い立ちやそれまでの犯罪歴を見れば、顔を顰めたくなるような事ばかりが書かれていた。殺人も犯しているし、下劣な行為も羅列されている。

 こんな男に会う事すら、任務でなければ拒否したい所だ。


『かつてはスターシャンブラー船団などと名をはせた海賊だったらしいが、内部抗争によって壊滅し、さまよっていた所を逮捕された。本人もそう自供しているし、当時もそれで調査が終わったらしいが……』


 その時点で海賊の手元にあのようなステルス艦があるなどとは誰も思うわけがなかった。

 なにより海賊の撲滅を急いでいたこともあり、名のある海賊の逮捕は早急に知らしめたいという背景もあった。


「あのステルス艦の存在。極端に少なくなったとされる海賊船団の数。内部抗争。なるほど、話を聞く価値はあるというわけか。だが何度も同じことを言うが、信用できるのか?」


 現時点で、海賊の内情に詳しくかつ話を聞ける存在がこのキャスカートしかいないのもまた事実ではあるが、アレスとしてはそもそも元海賊の男の言葉全てが信用できないでいた。

 彼は大罪人ではある為に衛星タイタンに押し込められたが、それがかえって彼の安全を保障している。

 失うものもないのだとすれば適当に嘘を振りまいた所でなんの痛手もない。


『そればかりは会って話をしてみない事にはな……本来なら俺も一緒に向かいたいのだが』

「作戦司令部から離れられんだろう。任せておけ、吐かせてみるさ。それに、クレッセン事件の海賊もそこに運ぶ事になっているし、付き添いとなる教誨師の護衛も兼ねているからな。長くこの仕事に就いている者のようで、そういった手合いにも慣れているだろうさ」


 タイタンは現在、収容労働所のような場所となっていた。黄金時代ではテラフォーミングが進んでおり、地球と同等の環境だったと言われているが、失われた時代に入ると戦争の激化により、軍事基地衛星となり、その後また破棄され、環境が悪化。テラフォーミングされる以前よりはマシとはいえ、再び極寒の衛星へと逆戻りとなった。


 帝国の統治が始まってからは、その環境を利用し、重罪を犯した犯罪者たちを収容する衛星へと変貌を遂げた。

 人体には有害な物質を含んだ吹雪と分厚い氷に覆われ、しかしそれらは資源となる為、採掘が行われている。

 タイタンの居住区はそんな採掘用の工業プラントであり、それこそが刑務所となっている。

 その他にも木星の衛星などの準惑星クラスにはそういった収容施設が置かれる事となっていた。


『仕事を頼んでいる手前、このような事を言うのはおかしいかもしれんが、あまり無理はするなよ。お前はお前で働きすぎる所があるからな。デランも予定を繰り上げて宇宙に上がるはずだ。そうなれば月光艦隊も多少楽にはなるだろう。せめて巡洋艦があればいいのだが、こればかりはな』

「巡洋艦に関してはお前たちが来てからの楽しみにしておくさ。すまないが、そろそろ俺は休む。吉報を期待しててくれ」

『ありがとう、アレス。ゆっくり休んでくれ』


 それからアレスは六時間の睡眠を取った。

 起床後は諸々の準備を進め、いつでも出発が可能な状態を務める。

 その間に、罪人を乗せたシャトルが二隻。定員は五名となっており、簡易的なベッドとシャワー、トイレが設置された個室に押し込まれる。


 また今回はタイタン収容所へ教誨師を運ぶことにもなっており、ゼノン少将がそのあたりの調整を行い、アレスが迎えるように手配をした。

 そして教誨師はゲストという形で駆逐艦澄清へと乗り込むことになっている。流石にシャトルやパトロール艇に押し込むことはできないのだ。

 出発を三時間後に控えた頃になると、件の教誨師も姿を見せる。

 アレスは出迎えの為に澄清を降りていた。やってきたのはいつぞやの月面基地で出会ったロバートとかいう大男だった。

 しかし、顔には黒いマスクをしており、額には包帯、右目にもうっすらとあざが出来ていた。


「ロバート神父? 一体どうしたのですか?」


 痛々しい姿を見ればアレスとて驚きはする。


「あぁ、いえ、そういう方々を相手にしますからね。少し、油断をした隙にこれです」


 ロバートは恥ずかしそうに視線を逸らした。


「お体は大丈夫なのですか?」

「えぇ、体は頑丈なもので。見た目よりは怪我も浅いのです」

「でしたら良いのですが……個室は用意できています。お休みになられた方が」

「お気遣い痛み入ります。ただ、私がこのような姿ですので、囚人の方々には警戒をされる可能性がありまして、急遽で申し訳ないのですが、彼女も連れていくことになったのですが」


 そう言いながら、ロバートはちらりと己の背後へと振り向く。

 すると、修道服姿のラナが立っていた。

 彼女はにこりと笑みを浮かべてくれた。


「お久しぶりです、少佐様」


 アレスは彼女の存在に全く気が付いていなかった。いくらロバートが大男であり、彼の背後が見えなかったとしても、これは失礼であると考えたのか、アレスはラナに向かって、謝罪の意を込めて頭を下げた。


「あ、これは気が付かず、失礼を」

「いいえ。神父様が大怪我をされたので、私も急遽かけつけた次第でして。ご連絡する暇もなく、本当に突然で」

「いえ、大変なお仕事であると改めて理解できたと思います。ただ、個室の準備が……いえ、ゲスト用の空き部屋自体はありますが、掃除やベッドメイクなどは」

「それぐらいは自分でやります。ご迷惑をおかけした側ですので」

「しかし……」


 そのまま押し切られる形ではあったが、出港時間も迫り、なおかつ神父が怪我をしている事実もあってか、アレスは一先ず了承をすることとした。

 その後は二人を乗船させ、囚人護送用のシャトルに囚人たちが運ばれることを確認したアレスは澄清を発進させる。


 シャトルにはワープ機能が搭載されていないので、護衛の澄清も通常航行にて移動に付き合う事となる。

 タイタンへの到着は一日半といったところだ。

 到着までの間、アレスは艦長室にて海賊の資料に再び目を通していた。自分なりに考えたい事もあったし、キャスカートとかいう男に聞きたい事をまとめる必要もあった。

 そんな時であった。ノック音と同時にラナの声が扉の向こう側から聞こえた。

 アレスは資料をデスクの脇に寄せてから、「どうぞ」と声をかける。


「あ、お仕事中でしたか」


 ラナがそういうとアレスは「構いません」とだけ答えた。


「いかがしましたか?」

「いえ、出発前にも言ったのですが、突然の事でご迷惑をおかけしたわけですし」

「神父様がお怪我をなさっていますし、仕方ないでしょう。しかし、私も改めて言いますが、大変なお仕事ですね。怪我までされるとは」


 アレスがそう言うと、ラナは小さな声を出して笑っていた。


「何か?」


 アレスが怪訝な表情を浮かべると、ラナは「申し訳ありません」と言って、


「怪我……あれ、実は転んだんですよ。それが恥ずかしいのです」

「こ、転んだ? 一体どういう場所から落ちたんですか」

「教会の階段です。あの人、そそっかしい所があるんです。神父様なのでしっかりしていただきたいのですが」

「そ、そうですか……転んで……」


 アレスとしてもどう反応をしていいのかわからなかった。

 とはいえ怪我人であることに変わりはない。


「ですが、危険を伴う仕事であることには変わりないでしょう。なにせ相手は犯罪者です」

「そうですねぇ。乱暴な方もいらっしゃいますし」

「これは興味本位なのですが、なぜ教誨師に?」


 アレスは席から立つと、ラナにお茶を用意してやろうと準備を始めた。

 その間、会話が途切れて、微妙な空気になることを避ける為、ふと頭に浮かんだ質問を投げかけていた。


「なぜ、と言われると難しいですね。物心ついた頃には教会にいましたし。それ以外に私ができる仕事というものが限られていたので」

「……これは失礼な事を」

「いいえ。両親の顔は知りませんが、祖父に引き取られましたので」

「おじい様に?」

「はい。面白い人でした。ですから、亡くなった時は悲しかったですね」


 これはまずい事を聞いたなとアレスは次の話題を考えようとした。

 流石に身の上話はいきなりすぎだと反省もする。

 まずはお茶でも飲んでもらい、話しを区切って……


「む……」


 カップを取ったはずなのに、指から力が抜けて落としてしまう。

 カップが割れ、破片を拾うとするが、今度は両足の力が抜け、次第に全身に脱力感が広がる。


(なんだ……体が)


 視界もかすむ。しかし聴覚だけはまだはっきりとしていた。

 足音が聞こえる。部屋にいるのは自分とラナだけだ。

 ならばその足音が彼女のもの。


「ようこそ。星を見てきた方。それでは私たちの下へ参りましょう」


 耳元で、ラナが囁く。

 その瞬間、アレスは朦朧とする意識の中、しかしそれがかえって無駄な思考を排除することとなったのか、一つの答えのようなものが導き出せていた。


(どうりで……企業などを調べても海賊の繋がりが出るわけもない……教会……なら……クレッセンの事件は……)


 だが、あともう一押しの瞬間。

 アレスの意識は深い闇に落ちる。


***


 数時間後。

 駆逐艦澄清とシャトルの消息が絶たれる。

 行方不明とされたのは澄清クルー、護送中の囚人、そして教誨師であるロバート神父のみとの報告が月光艦隊へと送られた。

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