第45話 win-winあるいはギブアンドテイク
ラインダーインダストリーと名付けられたその工場は海沿いに建てられていた。
大層な名前の通り、工場の規模はそれなりのものを有しているのだが、それを学校を卒業したての若人が作れるような規模とは到底思えない。
工場には陸戦隊、海兵隊たちが使用するパワードスーツがずらりと並んでいた。大気圏用、局地環境用、潜水仕様、そして艦内突撃用……とにかく多くの歩兵たちの命を守り、そして敵を撃滅する2メートル級の合金スーツ。
「コーヒーも用意できなくてごめんねぇ。下請けって忙しいから。それと整備の多いパワードスーツはやりがいがあって楽しいものなの」
工場には八人の従業員がいるようで、彼らはせわしなく動きまわり、スーツの整備を進めていた。
工場の主であるサオウも右肩部分にウィンチユニットを取り付けた艦体補修用の作業スーツの整備を進めており、作業服のあちこちにはオイルがにじんでいた。
デボネアとミレイは二人して、中々お目にかかれないパワードスーツの数々に興味があるのか、見学をしていた。
リリアンとステラは一応、今回の目的が任務に関わる事である為、サオウの下にいた。
「これ全部、正式仕様型のパワードスーツでしょ。民間だけじゃなくて、軍仕様のも沢山あるけど、よく卒業したてでここまでかき集めたものね」
リリアンは前世界に置いてはこのサオウと言う男の事はあまり知らなかった。脱出艇で逃亡を図った時に、数回会話した程度の相手だった為か、会社を興したと言われても中々どうして想像がつかなかった。
軍の品まで整備を行うというのは、それ相応の技術と信頼が必要となる。
つまり、サオウという男はそのどちらも持っていたという事になる。
「蛇の道はなんとやら。ま、企業秘密ってことで。違法性はないけどね」
「そこは心配していないわ。それで……」
「ステラちゃんから聞いてる。例の艦の事でしょう? 悪いけど扱った事がないタイプよ」
サオウはあっけらかんと答え、整備作業を続けていた。
「サオウさんでも知らないものなんですか?」
ちょっとショックを受けているのか、ステラはしょんぼりと顔をふせた。
「知らない、とはちょっと違うかな」
そんなステラをみて、サオウは軽く肩をすくめた。
「まず、外見だけど。私も帝国の艦船はそれなりに知っているけど、このタイプはなんていうか、パッと見は軍が六十年以上前に採用していた主力級に似ているけど、艦橋部分やスラスター部分の構造が違うし、そもそもこんな目玉のようなパルスレーザーは搭載されていなかった。だから、私が知るタイプではない」
サオウはパワードスーツの内部に腕を突っ込み、スーツの機能のいくつかを確認しながら説明を続ける。
「でもこの光学迷彩と重粒子を無力化した装甲については知ってる。というよりはその二つを兼ね備えた存在を知っているって感じ。もっと言うと、文献記録程度の知識しかないって所」
「文献、ですか?」
ステラは首をかしげるが、リリアンはサオウの言葉に思う部分があった。
「あなたまさか、黄金の千年について何か知ってるの?」
「機械屋は大なり小なりその手の情報を手に入れるもんよ」
黄金の千年。
それは今よりも宇宙に進出した技術力を持つ過去の文明の事である。
地球歴が千年を迎えた年に文明がおおいに発展し、同時に戦争がおきる。そして失われた千年、文明が崩壊するほどの戦争を起こしたという。再生の千年、崩壊した文明が再び宇宙を目指す。
現在の地球帝国が使っている技術などは失われてしまった遺産の中から、とりあえず使えるものだけを再現、抜き出して利用していた。
「話は戻すけど、私の予想ではこの艦、ロストテクノロジーって奴よ。ステルスは現在研究中のシステムだけど、この重粒子を無効化した装甲ははっきり言って現在の帝国の技術では、一から作る事は出来ない。そもそも、データバンクには多少なりとも情報があっても、現物が無くてお手上げ状態だったはず。それが、あそこまで完璧に残って、しかも機能している。よほど綺麗な状態で見つかったんじゃないかなって」
ロストテクノロジー。それは宇宙開発が最も進んでいた頃の残滓があの宇宙にはいたという事になる。
だが、その恐ろしさが未だにピンとこないのか、ステラはおずおずと再びサオウへと問うた。
「そのロストテクノロジーと現在の帝国艦艇の性能差ってどれほどのものなんですか?」
「さぁね。資料を確認したけど、まず主砲の威力がずば抜けていると思う。戦艦のシールドを貫通しているとしか思えない。これが最大出力なのか、それとも通常出力なのかはさておいても火力は要注意」
サオウはパワードスーツのヘルメットを本体に装着しながら言った。
「でも一番厄介なのは装甲。重粒子はあの艦には通じない。魚雷などによる実弾攻撃であれば損傷を与えられるとは思うけど、パルスレーザーによる迎撃、そもそもステルスになると誘導も通用しないでしょうし、単独というのも面倒な状態。逃げに徹されたら見失うわよ。相手が馬鹿じゃない限り、失敗を踏まえて行動するはず」
整備に区切りがついたのか、サオウは首にかけていたタオルで顔の汗や飛び散ったオイルを拭き取りながら、リリアンへと質問を投げかける。
「それで、帝国は艦隊を差し向けるの?」
世間的には大西少将はエイリアンとの戦いで名誉の戦死を遂げた事になっている。
当然、失われた第六艦隊の再編なども考えられているだろう。
その状況で他の大艦隊を行動させ、たった一隻の不明艦を追いかけるとなると、世間の不信感は一気に加速するだろう。
「大々的には行わないと思うわ。世間を騒がせる事になるだろうし。でも、躍起にはなるはず。治安維持の名目で海賊狩りを行うのではないかしら?」
リリアンがそう答えると、サオウはタオルで拭くのを止めて、わずかに視線だけを覗かせていた。
「そうね。帝国が部隊を差し向ければ、いくら相手が重粒子を無効化するとはいえ、倒せない程じゃない。第六艦隊は奇襲を受けて、その混乱のまま壊滅した……ステラはそう教えてくれた。そのあたりはあまり詳細じゃなかったけど、私だってある程度の予想は付く。それを踏まえた上で聞きたいのだけど……あなた、いえあなたたち、その艦を討ち取ろうとしているでしょ?」
サオウの視線はステラにも向けられていた。
「だから私の所に来た。だって帝国の一部隊として動くのであれば、私の所に来る必要は全くない。でも、あなたたちは確か独立艦隊だったはず。手柄を立てようってわけ?」
「えぇ、そうよ」
まるでこちらを試すかのような物言いをするサオウに対してリリアンは毅然と言い放す。それがどうした、何が悪い。そう言い返すような声音を持っていた。
「どっちにしろ放置しておけないじゃない?」
「見つけられるあてはあるの?」
「別の人に任せてあるわ」
「それ以上は教えられないって感じ? 共犯じゃないから」
「そういう事。私が知りたいのはただ一つ。【駆逐艦】でこいつを撃沈する手段がないかどうかよ」
リリアンは本音を伝えた。
サオウはタオルを肩にかけなおすと、すっと立ち上がる。2メートルの彼の巨躯に見下ろされるのは中々に圧巻だ。
「マスドライバーよ」
サオウは無表情のまま答えた。
「帝国の艦艇にも搭載できる中で、一番火力があるのはマスドライバーだけ。でも本来は巨大なステーションや地上施設に搭載する装置だし、今から対策として帝国艦隊に装着させましょうというのは無理な話ね。それこそ、独立艦隊の艦一隻につける時間ぐらいしかない」
サオウは近くに置いてあった水筒に口を付けた。
「あと、無理やり小型化されたものは撃ちだす加速度はさておき、砲身の安定感に欠けるし、連発も出来ない」
「腕のいい砲手には心当たりがあるから心配はいらないわ」
「マスドライバーはどうするの? あれは簡単には……あぁ、あなた、参謀総長の娘だものね。それで、私の所に来てこんな秘密の会話をするって言う事は、手伝えってことでしょ?」
「こちらとしては色よい返礼を考えているわ」
「まぁ嬉しい。でも、今じゃまだ捕らぬ狸の皮算用という奴よ。相手の戦力が未知数すぎる」
サオウは最終確認とでも言うのか、まだ首を縦には振らなかった。
「相手は、まだ本調子じゃありません」
踏み込んだのはステラである。
「あのステルス艦は不自然なぐらい、主砲を撃たなくなりました。もしもあれがロストテクノロジーで、海賊がそれをなんとか修理して使っているのだとすれば、エラーか何かが出たのだと思います。そうでなければあっさり撤退するとも思えません。第六艦隊を襲った時も、あのステルス艦は真っ先に旗艦を狙ったとされます。指揮系統の混乱も加味しての事でしょう。その時はうまく行っていた。でも、私たちが駆け付けた時は不調が出てきた。つまり、まだつけ入る隙はあります」
ステラの説明は可能性の話しかなかった。確証というものに乏しい。
それでもサオウは溜息をつきながらも「わかった」と答えた。
「いいわ。一枚、噛みましょう」
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