第44話 立て並べる嘘の数

 空間の揺らぎと共に漆黒の宇宙に鮮やかな紅色が姿を見せる。

 その艦は星が瞬くような火花をあちこちから散らしていた。

 同時に空間へ溶け込むように紅色の艦体が色を失っていくのだが、まだら模様のように紅色が残る。

 ステルス戦闘艦【スターヴァンパイア】。それが正式名称であるかどうかはクルーも知らない。

 この艦を見つけ、修理を続けていた先代がそう呼んでいたから、それに倣っているだけだ。


「この自動迎撃機能というもの、オンオフの切り替えは出来ないのでしょうか?」


 スターヴァンパイアの艦橋は広く、半円球状であり、クルーと機材もその形に添って配置されていた。

 特徴的なのは円形に並ぶクルーたちはみな中央を向くようになっており、そこには白く厳かな椅子が周囲を見下ろすように用意され、さながら玉座のようにも見えた。

 その席に腰かけ、少しけだるげに肘をついているのは、ラナである。

 漆黒の修道服はそのまま、フードだけは外した状態の彼女は、言葉の通り周囲のクルーを見下ろし、ほんの少しのいら立ちを含めて問うた。


「ハッ。どうやら艦内システムのバグ取りがまだ完全ではないようでして。ステルス機能、対ビーム装甲の起動、兵装の同時運用不可能というエラーは解決しているのですが、兵装部分の一部オートが連動しており……」


 答えたカソック姿の大男、ロバートではあるが、彼の返答にかぶせるようにラナは深い溜息をついた。そうすると、男は黙るしかなかった。言い訳は聞きたくないという事だ。


「以前もそれで、危うくこの艦の存在が露見しかけました。信徒たちの献身がなければバレていたところです。あの時は、対ビーム装甲も武器も使えなかったのですから。本当に運がよかったと思うべきでしょう。そう何度も幸運が訪れるわけではありませんよ」

「ハッ。修理を急がせます。しかし、少し残念ではありましたな」

「残念? 何が?」

「いえ、システムエラーで主砲が使えなくなったのもありますが、あの駆逐艦めが邪魔をしなければ、第六艦隊を完膚なきまで消滅させる事が……」


 ロバートは最後の言葉を放つ事が出来なかった。

 ドンと脇腹に衝撃が走ったかと思えば、彼の巨体は中央から転がり落ちることになる。幸い、さほど高さがあるわけでもなく、またロバート自身が頑強な肉体を有している大男である為か、額にわずかな裂傷と前歯が二本折れる程度、そして打撲程度で済んでいた。

 蹴り飛ばされ、転げ落ちた衝撃による全身に駆け巡る痛みよりも、ロバートは尾を踏んでしまった事を後悔していた。

 一体、何が逆鱗に触れたのかはわからないが、何でも良い、素直に謝っておくのが良い。


「も、申し訳ございません! 出過ぎた言葉を!」


 周囲のクルーの反応は半々であった。当然の事だという風な視線を向ける者。ロバートの姿を見て、視線を逸らす者。

 コツ、コツ、とラナが中央から降りてくる。


「あぁロバート。あなたはなんてことを仰るの。あの駆逐艦には星を見てきた方がいるのよ。神の国を見た者たちがいるのよ。あの方々を害そうだなんて、なんて失礼な。あなたのくだらない復讐よりも尊いお方を殺せというの」

「い、いえ、そのような……」


 そもそもそこまでは言っていない……等という言い訳は通用しない。

 ただ謝るしかないのだ。


「遥かな星の海を見てきたお人。私はあの方々と共に参りたいというのに。あなたも、その事を理解してくれていると思っていたのだけど」


 額をこすりつけ、這いつくばるように、冷たい床を見つめるロバートのすぐ近くにラナの足音が近づいていた。


「私が浅はかでありました。スターヴァンパイアの性能を前に、気持ちが昂っていたようです。未だ精進が足りぬと、恥じ入るばかりです」

「その通りです。私はあなたに期待しているのです。あなたのこれまでの働きに報いる為、先ほどのようなくだらない殺戮に手を貸しましたが、こんなことはもうこれっ切りですよ」


 ラナはそれ以上、暴力に訴える事はなかった。

 

「さぁ、それでは布教に戻りましょう。艦が直るまで時間もかかるでしょうし。信徒を迎えにいかなければいけませんからね。ロバート、シャトルの準備をしておいてください。私は身を清めます」

「はい……すぐに準備を致します」


 ロバートは痛みをこらえ、立ち上がると、クルーの何人かに指示を飛ばす。

 

「ロバート」


 通路へと繋がる扉の前でラナは立ち止まり、ロバートを呼ぶ。

 彼が振り向くと、ラナは自然な笑みを浮かべていた。まるで、どこにでもいる少女のように。


「これ以上、私を失望させないでくださいね」


 それは普段の会話、挨拶を交わすかのような声音だった。


「はい……宗主様」


 ロバートはただ、頭を下げるしかできなかったのだ。


***


 第六艦隊壊滅。

 どうあがこうと、その事実は隠し通せるものではない。

 大西少将を含め、上級士官及び下士官の被害は当然として、三隻の主力戦艦と多数の巡洋艦、駆逐艦の損失は帝国の防衛力に大きな穴をあける事となる。

 しかし、隠せないのならば、公開すれば良いだけだ。

 軍人の死というものは、いくらでも話を作る事が出来る。そして状況も良かった。

 惑星ルーラン宙域というのは地球本土からは絶妙に離れた場所に位置する。辺境と言っても良い場所である。それに、敵が新型と思しき戦艦を使ってきたというわかりやすい恐怖は、逆に民衆へのカモフラージュとして作用する。


 あとの筋書きは簡単である。

 恐るべき【エイリアン】の先発隊が卑怯にも奇襲を仕掛け、惑星ルーランへと攻め入ろうとした。第六艦隊はそれを阻止するべく、奮戦。敵艦隊を撃破せしめ、名誉の戦死を遂げる。

 海賊狩りで名を馳せた英雄、大西少将は帝国臣民を救うべく最後まで指揮を執り続けた。

 

 そも、真実を知るのは第六艦隊の生き残り、救援に当たったルーランの駐留艦隊、そしてセネカである。

 ルーランの住民は宇宙で起きた戦闘の詳細など知らない。

 偶然にも助けられながら、帝国軍はそのような形で、報道を流した。

 当然、これを疑問に思う者がいないわけではないだろうが、大半の者は「そういうものだ」と認識する。

 その嘘には事実が多少は含まれている。何より、戦死者の家族としても、そのような扱いの方がありがたいのだ。

 遺族としてもそれが嘘かどうかなどどうでも良い。ただ無駄死にをさせられたという事実でなければ、それはある程度の救いになるのだから。


「まぁどうせいずれバレる内容だとは思うけど……」


 ルーランの一件の後。セネカのクルーには口止め料のようなものが支払われ、一週間の休暇を地球、かつてはドイツと呼ばれた土地で得る事になった。

 ようは「いいから黙っていろ」というわけである。

 リリアンとしても、軍の考えは理解できる。無用な混乱を避ける為だ。実際、全ての真実を包み隠さず公表したとして、何か自分の利益になるようなことが起きるのかと言われればそんなことはない。

 むしろ、自分の計画の邪魔になるし、とにかく今は穏便に済ませておいた方がいい。

 それに、形はどうあれ軍は月光艦隊に借りを作った事になる。

 セネカの活躍はあえて報道されていない。せいぜいが救助に当たったという程度のものだ。

 ステルス艦を追い払ったという実績は、世間には公表されない。

 

「休めと言われてもそういうわけにもいかないのよね」

「あの……用意されたホテルから抜け出しても良いんですか?」


 現在、リリアンはミレイが運転する乗用車の後部座席にいた。その隣ではデボネアが、前の助手席にはステラがいる形だった。

 運転するミレイは少々苦笑いを浮かべて、バックミラーでリリアンと視線を合わせる。


「別に良いのよ。どうせ監視もいるし。それに、あの件を言いふらした所で、私たちに何の得もないわ。じゃあ黙っておいた方がいいに決まっている」

「そりゃあ……そうでしょうけど……」


 ミレイとしては少々納得のいかない事だった。

 それでも理屈は理解していたし、納得しなければいけない事もわかっていた。


「それじゃあ、私たち一体どこに向かっているんですか?」


 デボネアは旅行用のパンフレットを広げながら訪ねる。

 一応、彼女たちは街に繰り出すという理由で外出をしているのだ。

 なので格好はそれらしいラフな服装である。


「サオウさんの所ですよ」


 助手席のステラが答えた。


「サオウ? あぁ、整備長さん」


 デボネアは一瞬、誰の事かわからなかったが、ティベリウスの元クルーであることを思い出す。


「でもまたなんで?」

「サオウさん、整備の腕前だけじゃなくて、知識も豊富なんですよ。あのステルス戦艦の事で何か助言をもらえないかなって。ほら、軍だと、教えてくれない事もあるじゃないですか」

「なるほどねぇ。でもあのノッポの整備長さんでわかるものなの?」

「サオウ・ラインダーは学園の技術関連の首席よ。なんで整備士やってるのか不思議なぐらいには優秀なの。本来なら技術省へそれなりの地位が用意されるぐらいにはね」


 デボネアの疑問にリリアンが答えると、デボネアは「マジですか……?」、ミレイも「うっそ……」と二人して初めて知る情報に驚愕していた。

 技術省はその名の通り、帝国が扱うあらゆる技術、それこそ一般生活から軍事に至るまで幅広いものを管轄としている。サオウはその優秀な成績から内定が決まっていたようなものだが、なぜか選んだ学科は整備士であった。

 かくいうリリアンも実はそれを知ったのはわりと最近であった。

 元々整備科だったこともあってか、ステラはその事を最初から知っていたようで、今回の話も彼女が切り出した事だった。


「私としても、あの艦の事は知っておかなくちゃいけないと思ったんです。でないと、第六艦隊の人たちが浮かばれませんから」

「あれ? でも技術省の内定貰っているのなら、こんなリゾート地にはいないんじゃ?」


 デボネアの疑問は最もだったが、ステラは心配無用と言わんばかりの笑顔で答えた。


「大丈夫です! サオウさん、技術省には入らずに自分で会社興してるそうなので! それがこの近くにあるんですよ! だからここに行きましょうってお願いしたんです!」

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