第43話 真っ赤な星を見たか
当初は待機を命じたリリアンであるが、事態を伝えられたゼノンからは一先ず、セネカに救助活動を行うようにとの指示を受けた。
輸送船には食料や医療物資も積み込まれている。パトロール艇にも救助用の装備はあるので、一番近くにいるセネカ隊に救助義務が発生する。
といっても大打撃を受けたと思われる第六艦隊の演習宙域には飛べない。安全が確保されていないのもあるし、生き残った艦艇は演習宙域に近い植民惑星ルーランへと退却し、そこの駐留艦隊が防衛を固める事になるだろう。
どちらにせよ輸送船のコンテナを空にしないといけないのも事実であり、リリアンとしても何が起きたのかを確認したい感情がある。
リリアンは緊急事態であると判断し、20光年のオーバーワープを実施する。
これによって惑星ルーランへすぐさま到着することができる。
「これは……」
惑星ルーラン近くへとワープアウトすると、凄惨な光景が宇宙の深淵に漂っていた。
這う這うの体で逃げ出したのだろうか、第六艦隊の生き残りたちが酷い損傷を受けた状態で、何とか航行できているといった状態であった。
第六艦隊には旗艦モビーディックを含め戦艦三隻、巡洋艦が六隻、駆逐艦は十一隻という大艦隊であった。このうち、巡洋艦三隻は軽空母級並みの艦載数を誇るものであり、駆逐艦も多数の魚雷を抱えた攻撃的な編成である。一方でシールド艦の存在が少なく今回はそれが仇となったのか、惑星ルーランへと逃げてこれたのは一隻の戦艦と、シールド発生装置を搭載した二隻の巡洋艦と駆逐艦が六隻、そのいずれもが大破寸前であった。
既に脱出艇などを使い、乗員がそれぞれの艦から逃げていくのも見える。ルーランの駐留艦隊はその回収作業と警戒態勢を行っている様子だった。
当然、セネカ隊もそれに参加する事になる。輸送船はルーランの軌道ステーションへと向かわせ、セネカはパトロール艇を引き連れて脱出艇の回収作業に入る。
「これは、稀に見る大損害ね」
死屍累々という言葉しか浮かんでこない程の被害。
それでも妙に落ち着いていられるのは前世界の経験があるからだろうか。これ以上に酷い損害だって見てきた。
だが、セネカのクルーは、それこそヴァンですら顔色を青くしていた。一隻二隻程度の損傷した艦ぐらいなら見てきただろうし、宇宙での活動が長いのなら事故によって生身で放りだされたりした乗員の姿は見たことがあるだろう初老の軍人も、【戦争】による被害には慣れていないのだ。
それは第六艦隊に所属していた人員も、救助に当たっているルーランの部隊もそうなのだろう。
特に第六艦隊の面々は艦隊が崩壊したという事実を受け入れるのは容易ではないはずだ。見知った顔が、ついさっきまで話していた人間が無慈悲に死んでいった事実は、心に深い傷を作るものだ。
それはリリアンとて同じだ。前世界の後悔があるから、今こうしてより良い未来を選ぼうとしている。
だが、実際はどうだ。予想していなかった事が起きている。大西少将の死はもっと先のはずだというのに、そもそもステルス艦がこの時点で機能しているなどという記憶はない。どこか別の宙域で同じような事が起きていたという事もない。それだけは断言できる。
(それでも、大きく取り乱さない当たり。私もどこかズレてるのかしら)
七十九歳という中身がそうさせているのか?
しかし、中には例外もいる。
(ステラは……取り乱していないのね)
なら未だ十八のステラはどうだ。彼女は他のクルーとは違い、無表情に近い顔で、モニターを凝視していた。時折、パトロール艇に脱出した乗員の位置を知らせたり、指示も的確にこなしている。
やはり才能なのだろうか。デボネアやミレイも、ティベリウスの時程ではないにせよ、表情が硬いというのに。
「それにしても……戦艦クラスまでこの損傷とは一体どういう攻撃を受けたのでしょう?」
ヴァンは思考を働かせる事で、意識を立て直そうとしていた。
ショックを受け続けていては、若いクルーに示しがつかないという彼なりのプライドがそれをさせているのだ。
それに彼の疑問はもっともだ。地球帝国の戦艦は純粋に防御能力が高い。いくらシールド艦が少ないとはいえ、大破寸前の損害を受けるというのは集中砲火でも受けない限りはまずない。
「そればかりは生き残りたちのデータを見せて貰わなければ判断が付かないわね……損傷個所を見る限りは重粒子の直撃を受けた傷が多いけど……」
「艦長!」
刹那、ステラが叫ぶ。
それと同時にレッドアラートが鳴り響く。
その反応は、つい最近にも同じような事があったはずだ。
「高エネルギー反応増大!」
またもステラが叫ぶ。
「え、ちょっと待ってよ、反応距離、16万キロ……!」
ミレイは例えショックを受けていても己の仕事は果たす。彼女は即座にエネルギー反応との距離を算出していた。
しかし、彼女は己の出した答えを疑ってしまった。
「嘘でしょ……歪曲波なんて探知してない……! 駄目、このコースは!」
ミレイは悲鳴を上げた。
リリアンはそれをかき消すように、艦長席から立ちあがり、怒号を下す。
「デボネア! 全周波数帯に通達! ブーストを展開して、逃げろ!」
「あっ!」
デボネアが通信回線を即座に開いた。
無数の閃光が走る。セネカの前方数万キロの距離に重粒子の鈍い光が突き刺さる。そこにいたのは逃げ伸びていた第六艦隊。そして救援に当たっていた一部のパトロール艇やルーランの部隊。
それらが次々と濁流に飲み込まれていくかのように、重粒子の光に貫かれ、崩壊していく。
その時、セネカのクルーの多くは思い出した。ティベリウスに乗り込んでいた時の旅を。敵を貫き、撃破したその時の事を。それと同じような事が、今目の前で起きている。だが消えていくのは味方だった人間だ。
そしてリリアンも、久しく感じていなかった戦争の空気を感じていた。
「総員第一種戦闘へ移行! ミレイ、重粒子の方角、反応距離から敵の詳細位置を割り出せ! デボネア、通信を続けろ! 生き残っている艦艇は即座に退却せよ! 操舵手もたもたするな! 機関室、出力上げろ! 死ぬぞ!」
「艦長、私はCICに!」
ヴァンの動きは早い。
リリアンは目線だけを向けると、ヴァンは敬礼を省略し、小さく頷くとそのまま艦橋を後にした。
そして他のクルーの動きも素早い。ショックは大きいだろうが、やはりティベリウスの経験は無駄ではない。
そして何より……
「艦長。私、とても嫌な事が頭の中をよぎったんですけど」
ステラもこの時ばかりは苦い顔を浮かべている。
そしてどうやら自分はステラと同じ事を考えているようだ。
「もしかして、クレッセンの時……このステルス艦は近くにいたんじゃないでしょうか……?」
「ゾッとするわね……」
考えたくもないが、その可能性はある。
撃たなかったのはたまたまなのか、それとも相手にとっても偶発的な接触だったのか。
どちらにせよ、良い気分ではない。
「相手の気まぐれに救われたと思いたいわね」
しかし今はその気まぐれに期待は出来ないだろう。
リリアンはすぐさま観測ドローンを射出させた。各種センサーを内蔵したドローンによる多角的な情報収取に期待するしかない。
リリアンの知るステルス艦には弱点が存在する。それは光学迷彩使用中はスラスターなどの推進機関を使用すると、その熱で探知されるのである。
その為、ステルス艦は慣性航行を多用する。ステルス状態のまま移動する際には、一瞬だけスラスターを吹かして、慣性に身を任せる。距離が開いている場合はそれだけで探知が難しくなる。
ドローンにはその一瞬の隙を観測する事を期待したのだが、ドローンは熱源を探知する事が出来なかった。
「間に合わなかった……!?」
ステルス艦は冷却システムが高性能な場合が多く、恐らく砲身にしろ、スラスターにしろ冷却は済ましていると考えられる。
だが、それにしても早すぎる。重粒子砲やスラスターは非常に高温だ。それがすぐさま感知できないレベルで冷却されるというのは恐ろしい事だ。
そんな姿が見えない敵を探して、のこのこと前に出たら狙い撃ちされる。
セネカでは直撃は耐えられない。
「艦長、撃てる魚雷をとにかく指定ポイントにばらまいてください」
そんな中、ステラはじっとメインモニターを見つめたままだった。
彼女はコンソールを操作すると、ミレイが割り出した反応の周囲に無数の着弾予定を示した。
「目に見えなくても、存在が消えたわけじゃありません。爆風を利用すれば、輪郭を捉える事が出来ると思われます」
ステラの提案。それは未来におけるステルスへの対策の一つであった。
光学迷彩が実現されていないこの時代に、即座にそれを見抜くのは恐るべき才能だ。
こちらが指示を出すまでもなく、ヒントを与えるまでもなく、ステラは答えにたどり着いている。
「却下する理由もないわ。CIC、全魚雷発射用意。ポイントに向けて発射! セネカはランダム回避行動。敵の砲撃が飛んでくる可能性もある。レーダーから目を離すな」
セネカはありったけの魚雷を発射する。それらは16万キロの距離を加速しながら見えない敵への一撃として飛翔していくのだ。
だがどうやら、爆風による炙り出しよりも前に敵がしびれを切らしたようだった。
魚雷のいくつかが迎撃される。撃ちだされたのは実弾式の機銃ではなくパルスレーザーであった。
「ビビったか!」
レーザーパルスとはいえ攻撃は攻撃。
敵が焦ったのかどうかは定かではないが、とにかく光学迷彩は解除される。何もなかったはずの空間に一瞬の揺らぎが発生し、まるでベールを脱ぐようにその巨体が露わになる。
光学迷彩が解かれる様はまるで透明な生命体が、獲物の血を啜り、体中に血液が循環するかのようであった。
「なに、こいつ……」
鮮血のように真っ赤な船体だった。しかしその形状はどこか地球帝国製の艦船にどこか似ているが、微妙に違う。さりとて海賊が扱う旧式艦のような古さは見受けられない。完全な新型のようにも見えた。
各部には魚雷を撃ち落とした半球状のパルスレーザー機銃が目玉のように蠢いていた。
獲物を見つけた残りの魚雷が方角を変更し、紅い戦艦へと殺到する。
目玉のようなパルスレーザー機銃がそれを捉えると一瞬にして迎撃を始めた。
「自動迎撃装置。フン、機能に頼ったせいで位置がバレたってわけ? セネカは前進。機動力を生かせば敵艦の主砲の死角に潜り込める! 有効打撃距離に届かなくても良い、主砲斉射!」
真っ向勝負をしたところで駆逐艦では戦艦クラスの相手は厳しい。
しかし機動性という観点においては上回るはずだ。
何よりこちらが相手をすることによってルーラン側への被害を抑えられるはずだ。
重粒子の直撃は恐ろしいし、敵の魚雷も怖いものだが、機動性を活かせば死にはしないはずだ。
「敵、動きは見られません」
デボネアの報告にリリアンは一抹の不安を感じたが、攻撃命令を取り消す程ではなかった。
号令と共にセネカの主砲が重粒子を撃ちだす。
有効打撃距離ではない。それでも牽制、鬱陶しがらせることはできるはずだ。
だが、その期待はすぐさま霧散することとなる。
「重粒子が……吸い込まれた?」
紅い船体にか細くなった重粒子が直撃していた。シールドを展開しているかと思ったが、そんな事はなく、そのまま装甲へと当たった。だが、損傷は見受けられない。それどころか、拡散していたとはいえ、直撃したはずの重粒子がまるで意味をなさずに溶けたように吸い込まれていった。
「ち、違います! あの赤い戦艦の装甲に重粒子が拡散されているんです」
デボネアの報告の通り、セネカより撃ちだされた重粒子は間違いなく敵艦に直撃しているのだが、全くと言っていいほど効果を及ぼさず、無意味に拡散して消失していく。
「敵艦の装甲に光学兵器が通用していません!」
いかなる装甲なのかは理解できない。
だが、観測ドローンが熱源を探知できなかった理由には察しがついた。
「だから、魚雷を迎撃しなくちゃいけなかったわけか……! ならば魚雷攻撃を継続! 敵は実弾に弱いと見た!」
主砲斉射を中止し、セネカは再び魚雷を撃ちだす。
だがそのどれもが自動迎撃によるパルスレーザーによって撃ち落とされていく。
それでもセネカは雷撃を続けた。
「敵艦より、歪曲波を感知!」
ミレイが叫ぶ。
「逃げる気!」
それがわかっても、リリアンは今のセネカでは敵艦を止める術がないことを理解するしかなかった。
魚雷は全て迎撃されていた。
そして、紅い船は、揺らぎと共に消失した。
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