第42話 モビーディック狩り
クレッセン輸送船襲撃事件から早いもので一週間が経とうとしていた。
海賊対策をしなければいけない等と言いつつも、月光艦隊としては艦を遊ばせるわけにはいかず、また独立艦隊とはいえ軍人である以上、業務は発生するのだ。
それで結局やることは巡視である。何をどう言い訳しても、この仕事が一番海賊対策に効果的なのだ。
軍艦が周囲を回っていることが犯罪行為への抑制となる。
楽しくはないが、重要な仕事なのは間違いない。
そして、駆逐艦セネカは早くも二回目の海賊捕縛を成功させていた。
「一週間前に捕まってる連中がいるっていうのに、良くも恐れずやるものね」
三隻の旧式艇はろくな抵抗も出来ずに、セネカの重粒子で後部推進機関を撃ち抜かれ、航行不可能となっていた。
今回襲われたのは地球圏へたどり着いた直後の輸送船の受け取り場面であった。
帝国の支配領域の中でも最も防衛の厚い地球圏での海賊行為はもはや自殺行為に近い。
当然、セネカでなくとも簡単に鎮圧、捕縛されたことだろう。
「輸送船は?」
「損傷は確認されません。また一つ、功績ですかな?」
ヴァン副長は周囲への警戒態勢を指示しながら、リリアンへと輸送船の状態を伝えた。
「地道な任務でもコツコツと……とはいえ、ちょっと間隔が短くないかしら?」
クレッセンの事件から一週間でこれなのである。
しかも今回の襲撃はかなりおざなりというか、無計画に感じられた。
とりあえず輸送船が最も通る航路を選んで突撃してくる。当たり前だがそういった航路は警戒が厳しい。普通はこんなことをしない……と言いたいが、近年の海賊は海賊もどきと言われ、その脅威度はかつて恐れられた船団規模の海賊らと比べれば雲泥の差である。
しょせんはチンピラが宇宙船を動かし、無秩序に行動している。そう見られても仕方がないし、むしろ今回のような事件こそが近年ではよくある内容と言うべきで、クレッセンの事件が異常なのだ。
「聞けば、三日前にも他宙域で海賊たちが逮捕されていましたな。さらに別の宙域では物資を奪われた事件も報告されています」
「それで今のを合わせて一気に三件か……」
デランが疑問視していた少なすぎる海賊の被害。その要因は海賊の高齢化や大西少将の活躍にあるとしていたが、いきなり三件も事件が起きるのは由々しき事態である。
「単純な数字だけを見れば今月七件……先月は軍事演習があったから六件で収まったとされているけど、いきなり数が上回ったらちょっと気味が悪いわね」
「全くですな。ですが巡視の強化も行われるでしょうし、今はこの地道な仕事をこなすしかないでしょう」
「でしょうね……海賊たちを引き渡した後、セネカは損傷をチェック。問題がなければ巡回航路に戻る」
セネカは再び巡回を行う。
その後、三時間が経過すると他の巡視隊と交代が行われ、セネカは月面基地への帰還、その日の業務を終えるのである。
***
が、その三日後。
30光年離れた観光惑星に海賊が乱入行動を起こす事件が発生。
さらには輸送船団へのちょっかいが四件報告された。このうちの一件はセネカによって鎮圧されている。
地球圏での不審船の臨検も幾度もあり、そのどれもが未遂ないしは海賊の捕縛によって幕引きとなっている。
そして駆逐艦セネカはそんな慌ただしい中、50光年という比較的遠い距離の植民惑星宙域の輸送護衛を受け持つ事となった。
そこでは現在、第六艦隊が展開していた。好戦的と評判の大西少将が率いるこの艦隊は定期的に演習を行う。これによってある程度の睨みを利かせ、警戒を行うのである。そんな艦隊への補給物資の護衛を担うのであるから、セネカはまた一つ重要な仕事を任されたという事になる。
またこの輸送には第二陣としてアレスの駆逐艦澄清の出撃も決定していた。セネカからは二日遅れる形での派遣となる。
その道中、リリアンは艦長室にて一時的な休息を取っていた。
50光年先である為、刻んで五日の旅で、今は三日目だ。
残りは20光年。
今回に限って言えばパトロール艇はなんと五隻。内二隻には大型のシールド発生装置を搭載したものが随伴しており、シールド艦としての働きも期待できた。
それだけに物々しい編成でもある。
「ふーむ……海賊たちの動きが活発になったのは気のせいじゃないはずだけど、前世界ではどうだったかしらね」
現在のセネカは半舷休息という形であった。
その休息の中で、リリアンは紅茶を淹れつつかつての事を思い起こす。
「クレッセンの輸送船はまんまと物資を強奪されたという事件で流された気がするけど、まぁ月光艦隊がなかったから仕方ない事として」
ティベリウス事件以降はもはや前世界の知識はあまり通用しない事は理解していた。
それでもある程度の参考にはできたはずだった。
この時期、どういう情勢であったか。どの宙域で、どの艦隊が、何をしていたのか。それだけでも情報としては大きなアドバンテージとなるはずなのだが、どうやら自分はそういう細かい情報をとんと手に入れてなかったことを改めて思い知らされる。
「かつての私があまり海賊事件に興味がなかっただけというのもあるけれど」
海賊被害そのものは前世界でも存在はしていた。
だが、組織的な動きをしていたかどうかは自分は知らない。いや、こうして起こっている以上、前世界でもこの動き自体はあったのだろう。
だが、誰もその動きの奇妙さには気が付かなかったのかもしれない。
まずリリアン自身は馬鹿な娘だったし、ゼノンに独立艦隊は存在していなかった。
ヴェルトールたちも各々の部署で働くだけだっただろうし、ステラは辺境宙域で活動していた。
唯一、ステラだけが辺境の海賊たちに対応していたはずだが、何か大きな事件に遭遇したという話はなかったはずだ。
「まさか……辺境に送り込んだステラが実は海賊の親玉を知らないうちに逮捕していたとか? そんなのだったら私ってば余計なお世話をしているってことじゃない」
不意に思いついた内容に自分で突っ込みを入れてみるが、なぜか冷静になると「ありえるかも」となってしまう自分もいた。
「い、いや、まさかそんな……そんな都合の良い事ってある? あぁもう、過去の私、もう少し海賊の動向に目を向けていなさいよ。もしかしたらそこに答えがあったかもしれないのに」
いくら過去の自分が馬鹿で、何かしら忘れている事があったとしても、何か大きな事件であれば記憶には残るはずだ。
だが少なくとも海賊関連で何か大きな事件が起きたかと言われるとそうでもない。
「前世界よりは良い方向に進んでいるはずなのに、何かしらねこの奇妙な違和感。なんだろう、何か引っかかるけど……」
淹れたまま、放置していた紅茶に口をつけるリリアン。
それと同時にインターホンではなく、扉を叩く音が聞こえた。
「し、失礼します! ドリアード少尉であります!」
ステラの切羽詰まったような声も響く。
「どうしたの」
異様な雰囲気だった。
リリアンが扉を開けると、ステラがまるで転がりこむようにバランスを崩して姿を見せる。何とか転倒することなく持ちこたえたステラは、はじめ言葉が詰まったのかうまく発音が出来ないでいたが、すぐに深呼吸して自分を落ち着かせると、リリアンの目を見て、「撃沈されました」と伝えた。
その単語にリリアンは一瞬首を傾げた。
撃沈? 何が? 誰が?
そんなリリアンの疑問に答えるように、ステラが続ける。
「第六艦隊旗艦、モビーディックが……撃沈されたとの報告がありました」
「どういうこと?」
リリアンも、その報告には愕然とする。
第六艦隊は今まさにセネカが補給物資を運ぶ為に向かっている部隊だ。
そしてその第六艦隊の司令は海賊狩りの大西少将である。
彼の指揮する戦艦の名はモビーディック。それが、撃沈されたというのだ。
リリアンはすぐさま艦橋へと向かった。既に艦橋は慌ただしく、通信士のデボネアは殺到する情報をなんとか捌いている状態であり、その他のスタッフもそれに協力していた。
ヴァン副長はリリアンが姿を見せたことに気が付くと、敬礼を省略しながら、手短に報告をする。
「艦長。先ほど、第六艦隊の司令代行から通信がありました」
「モビーディックが沈んだってどういうこと。誰にやられたの。まさかエイリアンが艦隊を率いてきたとかじゃ……」
しかし、リリアンはそれはないと確信があった。
まだエイリアンたちが攻めてくるには早い。だが、一つ確かな事はあった。
エイリアンとの最初の戦いで戦死する者の事を思い出したのだ。
それこそが、大西少将だ。
だが、それは先の話。こんなタイミングで戦死するはずはなかった。
「いえ……それが不明であると……」
「不明?」
「姿が、見えないそうです」
「長距離からの狙撃? それとも待ち伏せ? 熱源や電磁波を極力遮断していた?」
「光学迷彩……ステルス艦との事です」
リリアンは軽い頭痛に襲われた。
ステルス艦? 戦艦クラスを覆う光学迷彩はこの時期はまだテスト段階のはずだ。
戦艦を覆う事は出来ても、戦闘機動などすれば一瞬でステルスが解除されるという弱点がある。爆炎や重粒子の残滓の付着によっても解除され、当然だが砲撃などしようものならこれまた解除される。
実用化には未だ遠い技術のはずだ。
「旗艦代行ミガローとの通信途絶!」
思案はデボネアの報告によって中断された。
「20光年の長距離ワープは可能ですが?」
ヴァンはそのように提案するが、言葉に含まれるのはおすすめしないという空気だった。
「駆逐艦が一隻乱入した所で無意味よ。それにこっちには輸送船もいる。現状、待機。艦長権限で輸送船の護衛を優先するわ。それとゼノン少将に連絡を。それ以降の指示を仰ぐしかない」
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